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実質金利マイナスが招く円安と国富流出の構図

by 鈴木 麻衣子
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はじめに

円安の説明として最もよく使われるのは、日米金利差です。実際、それは重要です。ただ、2026年に入っても円が主要通貨の中で弱い地位から抜け出せない理由は、それだけでは説明し切れません。日本では名目金利が上がっても、物価上昇を差し引いた実質金利がなお低く、円が「資金調達通貨」として使われやすい状態が続いています。

もう一つ見落とされやすいのが、国際収支の質の変化です。日本は対外純資産を積み上げた世界有数の債権国ですが、稼ぎの中心は輸出より海外投資収益へ移っています。しかも、その所得がすぐ円転されて国内へ戻るとは限りません。この記事では、実質金利と対外所得の二つの軸から、なぜ円安が長引きやすいのかを整理します。

実質金利がなおマイナス圏にある理由

日銀は利上げしても、物価に追い付いていない

日銀は2026年1月23日の金融政策決定会合で、無担保コール翌日物金利の誘導目標を0.75%程度に据えました。マイナス金利解除からみれば大きな転換ですが、世界の主要中銀と比べれば依然としてかなり低い水準です。一方、総務省統計局が公表した2026年1月の全国消費者物価指数は、総合で前年同月比1.5%上昇、生鮮食品を除く総合で2.0%上昇、生鮮食品とエネルギーを除く総合で2.6%上昇でした。

ここで重要なのは、どの物価指標で実質金利を見るかです。単純に総合CPIだけを引けば、政策金利0.75%との差はマイナス0.75%程度です。しかし、基調的なインフレに近いとみられる生鮮食品・エネルギー除く指数で見れば、実質短期金利はなおマイナス1.8%前後となります。日銀自身も過去の会合で、利上げ後も実質金利は大幅なマイナス圏に残るとの認識を示してきました。

この状態では、円で資金を借りるコストがなお低く見えます。名目上は利上げしていても、インフレを考慮した実質ベースでは金融環境がまだ緩いからです。円が買われるためには、単に政策金利がゼロを上回るだけでなく、物価上昇に対して十分な実質的な上乗せが必要になります。

米国の高金利が円キャリー取引を支える

さらに円安を長引かせるのが、米国との金利差です。FRBは2026年1月28日のFOMCで、政策金利の誘導目標を3.5〜3.75%に据え置きました。日銀の0.75%と比べると、名目ベースでなお3ポイント近い差があります。しかもFRBの記者会見資料では、2025年12月時点の米コアPCE上昇率は3.0%とされており、米国もインフレは完全に収まっていないものの、日本より高い名目金利を維持しています。

この差は、投資家にとって円を調達してドル建て資産や他の高金利通貨へ振り向けるインセンティブを残します。2025年12月に日銀が0.75%へ利上げした局面でも、ロイターは「利上げ後にむしろ円が売られた」と報じました。市場が見ていたのは利上げの事実そのものではなく、その後の引き締めペースがなお緩やかだというメッセージだったからです。

要するに、円安を止めるには「日本が利上げした」というニュースだけでは足りません。日銀の金利が物価上昇率を上回り、さらに米国との金利差が目に見えて縮まるという二段階の条件が必要です。2026年3月時点では、そのどちらもまだ十分には実現していません。

「国富流出」とは何を意味するのか

日本は稼いでいるが、その稼ぎ方が変わった

国富流出という表現は刺激的ですが、事実関係を丁寧に分ける必要があります。日本の国富そのものが急に消えているわけではありません。むしろ財務省の2025年12月末の対外資産負債残高によれば、日本の対外資産は1828.5兆円、対外負債は1252.8兆円で、対外純資産は575.8兆円に達しました。日本は依然として巨額の対外純資産を持つ国です。

問題は、その国富の稼ぎ方とお金の戻り方です。財務省の2026年1月の国際収支速報では、経常収支は9416億円の黒字でしたが、内訳を見ると、貿易・サービス収支は1兆3157億円の赤字でした。これを埋めたのは2兆7466億円の第一次所得収支の黒字です。つまり、日本は「モノを売って稼ぐ国」よりも、「海外に持つ資産から利子・配当・再投資収益を受け取って稼ぐ国」へ重心を移しているわけです。

この構図自体は悪いことではありません。成熟経済として自然な面もあります。ただし、為替市場では意味が変わります。輸出代金は比較的わかりやすく円転需要につながりますが、海外子会社の利益や海外証券の利子・配当は、現地で再投資されたり、外貨建てのまま保有されたりしやすいからです。ここでいう「国富流出」とは、国富が失われるというより、国富の運用と再投資の重心が海外にとどまり、円買い需要として国内へ戻りにくい構造を指すと理解した方が正確です。これは国際収支と対外資産の構成から導ける解釈です。

足元でも対外投資は続き、円買い圧力を弱める

足元の資金フローも、この構図を裏付けています。2026年1月の国際収支では、居住者による対外直接投資が1兆8363億円の資産増、対外株式・投資ファンド持分投資が8066億円の資産増でした。日本の企業や投資家は、海外で稼ぐだけでなく、なお海外へ資金を振り向け続けています。

もちろん、月次統計には振れがあります。ある月には外国証券を売り越すこともありますし、円相場が急変すればヘッジ需要も増えます。それでも大きな流れとして、日本の家計・機関投資家・企業が海外資産を厚く持つ構造は変わっていません。しかも2026年1月のドル・円の月中平均は156.71円でした。円安が進むほど、海外資産の円換算額は膨らみ、外貨建て資産を保有し続ける動機も強まりやすくなります。

ここに実質金利マイナスが重なると、円はさらに弱くなりやすくなります。国内で円を保有する魅力は乏しい一方、海外資産の保有は利回り面でも評価益の面でも魅力が残るからです。円安が円安を呼ぶ自己強化的な面が生まれるわけです。

注意点・展望

注意すべきなのは、実質金利マイナスを単純化しすぎないことです。実質金利は、総合CPIで見るか、コアCPIで見るか、期待インフレで見るかで変わります。したがって「日本の実質金利は必ず何%」と一点で言い切るのは危険です。ただ、少なくとも基調インフレ対比でみて緩和的な金融環境が残っているという方向感は、一次統計から十分に確認できます。

今後の円相場を左右するのは主に3点です。第一に、日銀が0.75%の先でどこまで利上げを続けるかです。第二に、FRBが利下げを再開し、日米金利差がどこまで縮むかです。第三に、日本の海外所得がどれだけ円転されるか、あるいは海外で再投資され続けるかです。加えて、日本は資源輸入国であるため、原油価格や地政学リスクが高まると、貿易収支悪化を通じて円安圧力が強まりやすい点にも注意が必要です。

円高への反転シナリオがあるとすれば、日銀の追加利上げだけではなく、海外投資からの資金還流、あるいは米金利の低下が同時に起きる局面です。逆に言えば、そのどれか一つだけでは、超円安の流れを止めるには力不足になりやすいといえます。

まとめ

円安が長引く背景には、日米金利差だけでなく、日本の実質金利がなおマイナス圏にあり、円が低コストの資金調達通貨として使われやすい事情があります。日銀が0.75%まで利上げしても、物価上昇を差し引けば金融環境はまだ緩く、FRBとの金利差も大きく残っています。

加えて、日本は対外純資産を大きく持ちながら、経常黒字の中身が輸出より第一次所得に依存し、しかもその所得が円転されず海外にとどまりやすい構造へ移っています。ここでいう国富流出とは、国が貧しくなることではなく、国富の果実が円需要として国内に戻りにくいことです。超円安を理解するには、金利と国際収支の両方を同時に見る必要があります。

参考資料:

鈴木 麻衣子

企業経営・コーポレートガバナンス

企業経営・コーポレートガバナンスを専門に取材。経営戦略の成功事例から不正会計の構造的問題まで、企業の「あり方」を鋭く問う。

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