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米Zoom商標権訴訟で賠償命令、差し止めは棄却の背景

by 鈴木 麻衣子
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はじめに

2026年4月24日、東京地裁はビデオ会議サービス大手の米ズーム・コミュニケーションズ(Zoom Video Communications)に対し、約1億6600万円の損害賠償を命じる判決を言い渡しました。原告は、日本の音響機器メーカーである株式会社ズーム(東証スタンダード上場・証券コード6694)です。

争点となったのは「ZOOM」のロゴの類似性です。日本のズームは2006年に商標登録を済ませており、後発で同様のロゴを使用した米ズーム社が商標権を侵害したと認定されました。一方で、ロゴの使用差し止め請求は棄却されるという、一見矛盾するような判決となっています。

本記事では、この判決の詳細と背景にある法的論点、そしてグローバル企業が日本市場で直面する商標リスクについて解説します。

訴訟の経緯と争点

約40年の歴史を持つ日本のズーム

原告である株式会社ズームは1983年に設立された音楽用電子機器メーカーです。マルチエフェクター、ハンディオーディオレコーダー、デジタルミキサーなどの製品を世界各国で販売しており、プロ・アマチュア問わず音楽制作の現場で広く知られています。

同社は「ZOOM」のロゴを2006年3月に商標登録(商標登録第4940899号)しています。この商標は、アルファベット4文字「ZOOM」をデザイン化した図形商標で、コンピュータプログラムを含む第9類の商品を幅広く指定しています。

コロナ禍で混乱が顕在化

問題が深刻化したのは2020年、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、米ズーム社のビデオ会議サービスの利用が爆発的に拡大した時期です。日本のズームには、2019年10月頃からビデオ会議サービスに関する問い合わせが殺到するようになりました。

さらに深刻だったのは株価への影響です。2020年6月に米ズーム社が好決算を発表した際、日本のズーム(銘柄コード6694)の株価が2日連続でストップ高を記録するという誤認買いが発生し、その後急落する事態に至りました。投資家が米ズーム社と日本のズームを混同したことが原因とされています。

提訴から判決までの道のり

日本のズームは2020年以降、米ズーム社の日本法人に連絡を取り、解決策を模索しました。しかし「誠意ある回答、対応がなかった」として、2021年9月に東京地裁に提訴しています。

当初の被告は米ズーム社の日本での販売代理店第1号であるNECネッツエスアイ(東京・港)で、ロゴ使用の差し止めを求める訴訟でした。その後、米ズーム社本体も被告に加わり、損害賠償請求額は約6億円に上りました。

判決の詳細と法的判断

商標権侵害を認定

渋谷勝海裁判長は、両社のロゴについて以下の点を指摘し、商標権侵害を認定しました。

まず、ロゴはいずれもアルファベット4文字「ZOOM」をデザイン化したものであり、外観に共通点が認められること。次に、呼称が完全に同一であること。これらの類似性から、米ズーム社のロゴは日本のズームのロゴと誤認される恐れがあると判断されています。

賠償額の算定根拠

裁判所が認定した損害賠償額は、米ズーム社に対して約1億6600万円、NECネッツエスアイに対して約1610万円の合計約1億8200万円です。

注目すべきは損害の算定期間です。裁判所は、米ズーム社がロゴを日本で使用し始めた2016年2月から2020年6月末までの期間を損害発生期間と認定しました。この期間のライセンス料相当額を損害として算定しています。

差し止め請求が棄却された理由

判決で最も注目されるのは、ロゴの使用差し止め請求が棄却された点です。渋谷裁判長は、2020年7月以降は新型コロナウイルスの感染拡大に伴いビデオ会議サービスの需要が急増し、米ズーム社のサービスが広く周知されたと指摘しました。

つまり、コロナ禍以前は消費者が両社のロゴを混同する恐れがあったものの、コロナ禍以降はビデオ会議の「Zoom」が社会に浸透し、利用者が両社を識別できるようになったと判断されたのです。この結果、現時点でロゴの使用を差し止める必要はないと結論付けられました。

日本の商標制度とグローバル企業のリスク

先願主義が生む国際的な摩擦

日本の商標制度は「先願主義」を採用しています。これは、同一または類似の商標が出願された場合、その商標を先に使用していたか否かにかかわらず、先に出願した者に登録を認める原則です。

今回のケースでは、日本のズームが2006年に商標登録を完了しており、米ズーム社が日本市場でロゴを使用し始めた2016年よりも10年先行しています。先願主義のもとでは、米ズーム社がグローバルでどれほど知名度が高くても、日本では後発の立場になるのです。

iPhone商標に見る類似事例

海外テック企業が日本の商標制度で苦戦する事例は、今回が初めてではありません。代表的な例が、Appleの「iPhone」商標をめぐるケースです。

日本では、インターホン大手のアイホン株式会社が「アイホン」の商標を保有しています。Appleは日本国内でiPhoneの商標を出願しましたが、アイホン社の登録商標を理由に拒絶されました。最終的にAppleはアイホン社にライセンス使用料を支払う形で決着しています。

また、中国ではAppleが「iPad」の商標をめぐり、中国のIT機器メーカーとの訴訟で6000万ドル(当時約48億円)を支払って和解した事例もあります。

Web会議市場における米Zoom社の現在地

こうした商標問題にもかかわらず、米ズーム社の日本市場での存在感は圧倒的です。国内のWeb会議システム市場において、Zoomは利用シェアで首位を維持しています。複数の市場調査では、企業利用でのシェアが35〜55%程度とされ、Microsoft Teamsを大きく引き離しています。

コロナ禍をきっかけにリモートワークが定着した日本では、「ズームする」という表現が一般動詞のように使われるまでにサービスが浸透しました。裁判所が差し止め請求を棄却した背景には、こうした市場の現実も影響していると考えられます。

企業法務から見た注意点と今後の展望

両社にとっての判決の意味

今回の判決は、双方にとって部分的な勝訴・敗訴の構図です。

日本のズームにとっては、商標権侵害が法的に認定された意義があります。同社はもともと「登録商標が法的に保護されるべき知的財産であることの確認」を訴訟の目的に掲げており、この点では目的を達成したといえます。ただし、請求額約6億円に対して認容額は約1億8200万円にとどまり、最も求めていたとされるロゴ使用の差し止めは認められませんでした。

米ズーム社にとっては、賠償金の支払いは必要なものの、事業上最も重要なロゴの継続使用が認められた点で、実務的な影響は限定的です。

控訴審の行方

いずれかの当事者が控訴する可能性があります。特に日本のズームにとって、差し止め請求の棄却は不満が残る結果であり、知的財産高等裁判所での争いに持ち込まれることも考えられます。

グローバル企業への教訓

本件は、海外テック企業が日本市場に進出する際の商標リスクを改めて浮き彫りにしました。各国の商標制度は属地主義に基づいており、一国での商標権は他国には及びません。グローバル展開を計画する企業は、対象国での商標調査と出願を早期に行うことが不可欠です。

後手に回った場合、ライセンス料の支払いや訴訟リスクにさらされるだけでなく、ブランド戦略そのものの見直しを迫られる可能性があります。

まとめ

東京地裁は、日本の音響機器メーカー・ズームの商標権を侵害したとして、米ズーム社に約1億6600万円の賠償を命じました。一方で、コロナ禍以降の周知性向上を理由に、ロゴの使用差し止めは認めないという判断を下しています。

この判決は、先願主義に基づく日本の商標制度の原則を確認しつつ、市場の実態(サービスの周知性)も考慮した実務的なバランスを示したものといえます。グローバル企業にとっては、進出先の商標環境を事前に把握し、必要な権利確保を速やかに行うことの重要性を再認識させる事例となりました。今後の控訴審の動向にも注目が集まります。

参考資料:

鈴木 麻衣子

企業経営・コーポレートガバナンス

企業経営・コーポレートガバナンスを専門に取材。経営戦略の成功事例から不正会計の構造的問題まで、企業の「あり方」を鋭く問う。

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