香港でシャインマスカット販売急減の深層
香港販売急減と中国産偽装品の衝撃
日本が30年以上かけて開発したブランドぶどう「シャインマスカット」が、海外市場で深刻な危機に直面しています。特に香港では、2024年に岡山県産シャインマスカットの販売が急減するという事態が起きました。
その背景には、中国産の偽装品が大量に出回り、本物の日本産ブランドが駆逐されつつあるという構造的な問題があります。農林水産省の試算では、品種流出による日本の損失は年間100億円以上に達しています。なぜこのような事態に至ったのか、その深層に迫ります。
香港市場で何が起きているのか
「晴王」偽装品の横行
岡山県産シャインマスカットの最高級ブランド「晴王」は、1房1万円を超えることもある高級フルーツです。しかし香港の油麻地市場では、この「晴王」を名乗る偽装品が安価に出回り始めました。
2024年7月、JA全農おかやまに東京の輸出仲介業者から深刻な通報が入りました。香港で販売されている商品に、本物のJA全農おかやまのロゴと同一のパッケージが使われていたのです。しかし中身は中国産のシャインマスカットでした。粒の大きさや糖度で本物に劣るにもかかわらず、外箱だけでは判別がつかない精巧な偽装でした。
さらに深刻なのは、中国国内のECサイトで「晴王」のラベルやギフトボックスが自由に購入できる状態になっていることです。偽装に必要な資材が容易に入手でき、グレーマーケットのサプライチェーンが形成されているのです。
価格破壊と本物の駆逐
偽装品の価格は本物の数分の一です。香港の消費者にとって、見た目が同じであれば安い方を選ぶのは自然な行動です。その結果、本物の岡山県産シャインマスカットは価格競争に巻き込まれ、販売量が急減しました。
これは単なる「偽物が出回っている」という問題ではありません。偽装品の品質が低いことが、「シャインマスカット」というブランド全体の信頼性を毀損しているのです。消費者が偽物をつかまされ「期待外れだった」と感じれば、本物への需要も減退します。
品種流出はなぜ起きたのか
日本のブランド果物は「盗み放題」だった
シャインマスカットは、農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)が33年の歳月をかけて開発した品種です。山梨県、長野県、岡山県、山形県などで栽培され、皮ごと食べられる甘さと香りが世界的に評価されています。
しかし、この貴重な品種の苗木が非正規ルートで海外に流出しました。中国や韓国では無許可での栽培が急速に拡大し、農林水産省の調査によると、2020年時点で中国のシャインマスカット栽培面積は5万3,000ヘクタールに達しています。これは日本の栽培面積の約30倍に相当します。
流出の根本原因は、当時の日本の法制度にありました。品種登録制度はあったものの、海外での品種登録を怠っていたケースが多く、種苗の持ち出しに対する実効的な規制がなかったのです。日本のブランド果物は事実上「盗み放題」の状態でした。
中国・韓国での大量栽培の実態
韓国ではシャインマスカットの作付面積がすでに日本の2倍以上に拡大し、飽和状態に陥った生産者が次の品種を狙う動きも報告されています。中国では品質のばらつきが大きく、「中国産シャインマスカットがまずくなった」という声も上がっています。
しかし皮肉なことに、品質が低い中国産が大量に出回ることで、世界市場でのシャインマスカットの平均価格は下落しています。日本の農家が長年かけて築き上げたブランド価値が、品種流出によって希釈されているのです。
種苗法改正と知財防衛の現状
2022年の種苗法改正で何が変わったか
この問題を受け、日本政府は2020年に種苗法を改正し、2022年4月に完全施行しました。改正の柱は大きく2つあります。
第一に、登録品種の海外持ち出し制限です。品種登録出願時に、種苗を持ち出せる国を「指定国」として限定できるようになりました。指定国以外への種苗持ち出しは法律で制限されます。
第二に、登録品種の増殖に育成者権者の許諾が必要になったことです。これにより、種苗の増殖実態を把握し、不正な流出に対して法的措置を取りやすくなりました。
改正法の限界と課題
しかし、専門家からは改正法の実効性に疑問の声も上がっています。すでに海外で広く栽培されている品種については、事後的な規制では取り返しがつかないのが現実です。シャインマスカットの場合、中国での栽培面積が日本の30倍に達した状態で法改正をしても、既に流出した苗木を回収することは不可能です。
また、海外での知的財産権の執行には、相手国の司法制度に依存する部分が大きく、実効性の確保には国際的な連携が不可欠です。香港当局が偽装品の販売に対して有罪判決を下した事例はあるものの、問題の規模に対して対応は追いついていません。
海外品種登録と産地証明技術の課題
今後の課題として、いくつかの重要なポイントがあります。まず、新品種の開発段階から海外での品種登録を同時に進める体制の構築が求められます。シャインマスカットの二の舞を防ぐためには、開発と知財保護を一体的に進めることが不可欠です。
また、ブロックチェーン技術やDNA鑑定など、新しい技術を活用した産地証明システムの導入も検討されています。消費者が確実に本物の日本産を識別できる仕組みが実現すれば、偽装品との差別化が可能です。
一方で、日本の農業者にとっては、品質の圧倒的な優位性を維持し続けることが最も重要な防衛策です。中国産の品質が「まずくなった」と評価されている現状は、日本の農業技術の強さを示しています。品種だけでなく、栽培技術も含めた総合的なブランド力の維持が鍵を握ります。
シャインマスカット流出が示す知財戦略の教訓
香港でのシャインマスカット販売急減は、日本の農業知財戦略の脆弱性を浮き彫りにした事例です。品種流出、偽装品の横行、ブランド価値の毀損という負の連鎖は、種苗法改正だけでは解決できない構造的な問題を含んでいます。
日本の農業が世界市場で競争力を維持するためには、品種開発と同時進行での知財保護、産地証明技術の活用、そして何より圧倒的な品質の維持が求められます。シャインマスカットの教訓を活かし、次世代のブランド果物を守るための取り組みが急がれています。
参考資料:
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