年金改革の先送りを徹底検証、基礎年金3割減とパート適用拡大の影響
給付削減と適用格差を残した年金改革
2025年の年金制度改正法は、短時間労働者への社会保険適用拡大や遺族年金の見直しなどを盛り込み、同年6月に成立しました。しかし、低所得層ほど影響を受けやすい基礎年金の底上げは直ちに実施されず、2029年の次期財政検証を踏まえて判断する仕組みです。
パート労働者への適用拡大も、一部は動き始めたものの、勤務先の規模を問わず加入できる制度になるのは2035年です。改革の方向は間違っていなくても、給付低下や勤務先による格差が長期間残る点に「緩さ」があります。
本稿では、約3割低下するとされる基礎年金の意味、底上げ策が先送りされた背景、パート労働者と地域企業、自治体財政への影響を整理します。
基礎年金3割低下を招く財政構造
「3割減」が示す基礎年金の相対水準
「将来の基礎年金が3割減る」という表現は、現在の年金額が一律に3割カットされるという意味ではありません。基礎年金の「所得代替率」、すなわち現役世代の手取り賃金に対して年金がどの程度の水準になるかを示す比率が、低成長の前提で約3割低下するという試算です。
厚生労働省の2024年財政検証では、2024年度のモデル世帯の所得代替率は61.2%でした。内訳は夫婦2人分の基礎年金が36.2%、会社員だった夫の報酬比例部分が25.0%です。
過去30年間と同程度の経済状況が続くケースでは、給付調整終了後の所得代替率は2057年度に50.4%となります。基礎年金部分は25.5%、報酬比例部分は24.9%です。基礎年金部分だけを比べると、36.2%から25.5%への低下率は約29.6%となり、「約3割減」の根拠になります。
| 財政検証のケース | 全体の所得代替率 | 基礎年金部分 | 報酬比例部分 |
|---|---|---|---|
| 2024年度 | 61.2% | 36.2% | 25.0% |
| 成長型経済移行・継続ケース | 57.6% | 32.6% | 25.0% |
| 過去30年投影ケース | 50.4% | 25.5% | 24.9% |
| 過去30年投影・調整期間一致 | 56.2% | 33.2% | 22.9% |
所得代替率の低下と、名目年金額の減少は同じではありません。賃金や物価が上昇すれば名目額は増える可能性がありますが、現役世代の所得に比べた生活水準や購買力が低下する恐れは残ります。
厚生労働省が公表した追加試算では、適用拡大を織り込んだ過去30年投影ケースにおいて、2024年度価格に換算した老齢基礎年金は月6.7万円から2052年度に5.5万円へ低下します。早期の底上げを実施した場合は6.8万円となる試算です。影響は老齢年金だけでなく、障害基礎年金や遺族基礎年金にも及びます。
基礎年金だけ調整が長期化する仕組み
給付水準の低下に使われるのが「マクロ経済スライド」です。少子高齢化による現役人口の減少と平均余命の伸びを年金の改定率に反映し、賃金や物価ほど年金額を増やさないことで財政を均衡させます。
問題は、基礎年金と報酬比例年金で調整の終了時期が大きく異なることです。厚生労働省の制度解説によると、成長型のケースでは報酬比例部分の調整が2025年度以降不要となる一方、基礎年金の調整は2037年度まで続きます。過去30年投影ケースでは、報酬比例部分が2026年度に終わるのに対し、基礎年金は2057年度まで続く見通しです。
基礎年金は、国民年金と厚生年金の加入者全体に共通する1階部分です。その財源は各制度からの拠出金と国庫負担で構成され、拠出金は原則として被保険者数に応じて配分されます。国民年金の加入者が減り、未納や免除の影響も受けるなかで、その財政力の弱さが基礎年金の調整を長期化させています。
これは自営業者だけの問題ではありません。会社員や公務員の年金にも基礎年金が含まれます。加入期間が短い人、非正規雇用が長い人、低賃金で報酬比例部分が少ない人ほど、1階部分の低下を強く受けます。
同時終了策が変える所得再分配
底上げ策の中心は、基礎年金と報酬比例年金のマクロ経済スライドを同じ時期に終了させる仕組みです。基礎年金の調整を早く終える代わりに、報酬比例部分の調整を長く続け、公的年金全体で財政均衡を図ります。
過去30年投影ケースでは、調整終了後の所得代替率が現行制度の50.4%から56.2%へ5.8ポイント改善します。基礎年金部分は7.7ポイント上昇する一方、報酬比例部分は2.0ポイント低下する試算です。基礎年金給付費の2分の1には国庫負担が入るため、報酬比例部分の低下を上回る改善効果が生じます。
この仕組みは、低年金層への再分配を強める半面、厚生年金の積立金を基礎年金の底上げに使うことや、追加の国庫負担をどう確保するかが争点になります。税財源を明示しないまま給付だけを約束すれば、将来世代や地方財政を含む別の負担に置き換わりかねません。
2025年改正で定められたのは即時実施ではありません。社会保障審議会年金部会の説明では、2029年の財政検証で両制度の調整期間に著しい差があり、基礎年金の低下が見込まれる場合に、同時終了のための法制上の措置を講じるとされています。
発動条件の評価、財源、具体的な拠出ルールは今後の議論です。底上げをしないと決めたわけではありませんが、給付改善の時期と規模が確定したわけでもありません。ここに最大の先送りがあります。
パート加入拡大に残る企業規模の壁
撤廃済みの106万円要件と残る20時間要件
2025年改正では、短時間労働者が厚生年金と健康保険に加入する際の月額8.8万円以上という賃金要件を撤廃しました。年額換算で約106万円となることから、「106万円の壁」と呼ばれていた要件です。
この改正はすでに施行され、日本年金機構によると、2026年10月1日に月額8.8万円以上という条件がなくなりました。ただし、週の所定労働時間が20時間以上であること、学生ではないこと、対象企業に勤めていることなどの条件は残ります。
厚生年金へ加入すると、基礎年金に報酬比例年金が上乗せされます。健康保険では傷病手当金や出産手当金の対象にもなり得ます。国民年金の第1号被保険者だった人は、保険料を事業主と分担しながら保障を厚くできる利点があります。
一方、配偶者の扶養に入っていた第3号被保険者は、新たに本人負担が発生するため、加入直後の手取りが減る場合があります。老後の年金増加と目先の可処分所得を分けて説明しなければ、労働時間を20時間未満に抑える新たな就業調整を招きます。
2035年まで続く段階施行
最大の問題は企業規模要件です。2026年11月時点では、原則として厚生年金被保険者が51人以上の企業で働く短時間労働者が対象です。この条件は一度に廃止されず、2035年まで段階的に縮小されます。
| 適用開始時期 | 対象となる企業規模 |
|---|---|
| 2026年11月時点 | 51人以上 |
| 2027年10月 | 36人以上 |
| 2029年10月 | 21人以上 |
| 2032年10月 | 11人以上 |
| 2035年10月 | 企業規模要件を撤廃 |
同じ週20時間のパート労働でも、勤務先の従業員数によって厚生年金に加入できる時期が異なります。改革法の成立から完全撤廃まで約10年を要し、その間は仕事内容や賃金ではなく、企業規模による社会保障格差が続きます。
厚生労働省は、企業規模要件の撤廃で約70万人、最低賃金上昇と賃金要件撤廃でさらに約110万人が新たに被用者保険の対象になると推計しています。人数が大きいだけに、小規模企業への保険料負担と事務負担を理由として段階施行にした面があります。
常時5人以上を雇う個人事業所についても、2029年10月から業種要件をなくす方針です。しかし、施行時点ですでに存在する非適用業種の個人事業所は「当分の間」対象外とされます。新設か既存かによっても適用が分かれ、勤労者皆保険にはなお距離があります。
地域企業と自治体国保への二重の影響
地域経済の視点では、適用拡大には二つの異なる効果があります。働く側には老後保障や休業時の所得保障を厚くする効果がありますが、企業側には厚生年金と健康保険の事業主負担が生じます。
厚生労働省は、従業員50人以下の企業などで新たに加入する短時間労働者のうち、標準報酬月額12.6万円以下の人を対象に、3年間の保険料負担軽減策を設けました。事業主が労使折半を超えて保険料を負担した場合、その追加分を制度全体で支援する仕組みです。
ただし、支援は時限措置です。終了後は事業主負担が通常化するため、企業は人件費への恒久的な反映を見込む必要があります。価格転嫁が難しい企業ほど、採用抑制、労働時間の短縮、他の経費削減で対応する可能性があります。
労働政策研究・研修機構の企業・労働者調査では、2024年10月の適用拡大対象だった51~100人規模の企業のうち、対象労働者を「できるだけ適用する」「どちらかといえば適用する」とした割合は合計40.2%でした。未定や無回答も多く、制度施行前の小規模企業が対応に迷う実態が表れています。
自治体が運営に関わる国民健康保険にも影響します。厚生労働省が2024年12月に示した改正案段階の推計では、適用拡大によって約110万人が市町村国保から移り、全国合計の財政影響は170億円の改善とされました。
もっとも、全国総額の改善と、個々の自治体の安定は同義ではありません。勤労所得のある加入者が被用者保険へ移れば、自治体ごとに保険料収入と医療費の構成が変わります。被保険者が少ない地域ほど、一部の移動でも保険料水準や事務運営への影響が大きくなる可能性があります。
先送りが地域の雇用と老後格差に及ぼすリスク
第一のリスクは、2029年の財政検証で経済前提が改善した場合、基礎年金の底上げが不要と判断される可能性です。高い賃金上昇が続く前提では給付見通しも改善しますが、その成果が低所得層や地方の非正規労働者まで同じように届くとは限りません。
第二は、適用拡大の遅さによる世代内格差です。大企業のパート労働者にはすでに厚生年金が適用される一方、小規模企業では2035年まで待つ場合があります。その間に加入できたはずの厚生年金記録は、後から一括して取り戻せません。
第三は、小規模企業に負担が集中することです。保険料支援が切れた後も雇用を維持できるよう、生産性向上や価格転嫁、業務の共同化まで含む支援が欠かせません。単に施行時期を遅らせるだけでは、企業の準備期間が空白期間に変わります。
基礎年金の保険料拠出期間を現在の40年から45年へ延ばす案も、2025年改正では実施が見送られました。追加負担の問題はあるものの、底上げ策を一つに絞らず、適用拡大、拠出期間、税財源を組み合わせて検討する必要があります。
家計と地域企業が次期検証までに備える論点
家計は「年収の壁」という呼び名だけで判断せず、週の所定労働時間、勤務先の被保険者数、自身が第1号か第3号かを確認することが重要です。手取りの変化だけでなく、将来の厚生年金、傷病手当金、出産手当金まで含めて比較する必要があります。
地域企業は、自社が2027年、2029年、2032年、2035年のどの段階で対象になるかを確認し、対象労働者数と恒久的な保険料負担を試算すべきです。自治体も国保加入者の移動を見込み、保険料収入と窓口事務への影響を早期に分析する必要があります。
2029年の財政検証で問われるのは、平均的なモデル世帯の数字だけではありません。低年金層の生活、障害・遺族基礎年金、地域間の雇用格差をどこまで縮小できるかが、改革の実効性を測る基準になります。
参考資料:
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