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稼ぐ循環経済の条件 EU規制と花王・ASICSの収益設計戦略

by 田中 健司
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はじめに

サーキュラーエコノミーは、長く「環境配慮の延長線」として語られてきました。しかし足元では、その位置づけが大きく変わっています。欧州連合(EU)は2024年にEcodesign for Sustainable Products Regulation(ESPR)を施行し、製品の耐久性、修理性、再生材利用、情報開示を競争条件に組み込みました。さらにデジタル製品パスポートの制度設計も進み、循環性は理念ではなく、輸出・調達・販売の実務条件になりつつあります。

重要なのは、循環経済がコスト要因としてだけでなく、利益設計の起点になり始めている点です。修理、回収、再資源化、詰め替え、再販売は、うまく設計すれば粗利改善、原材料リスク低減、顧客接点の拡大につながります。本記事では、EU規制の変化を踏まえつつ、花王とASICSの事例から「稼ぐサーキュラーエコノミー」の条件を整理します。

規制対応から収益設計へ

EU規制が変えた競争条件

欧州委員会によると、ESPRは2024年7月18日に発効し、ほぼ全ての物理的製品を対象に、耐久性、再利用性、修理性、再生材含有、資源効率などの要件を広げました。これは従来のエコデザイン指令より射程が広く、環境規制の強化というより、製品競争のルール変更に近い動きです。

企業にとって見逃せないのは、循環性が「説明責任」を伴う点です。ESPRはデジタル製品パスポートを導入し、材料構成、修理、リサイクル性、ライフサイクル影響などの情報を電子的に扱う方向を明確にしています。2025年4月には欧州委員会が制度設計に関する公開協議を開始しており、単なるスローガンではなく、実装段階に入っています。

ここで意味を持つのが、循環性を数値で捉える能力です。WBCSDのCircular Transition Indicatorsは、企業の循環性を評価するための共通フレームワークとして整備されてきました。循環施策は「良いことをしている」という説明だけでは投資判断につながりません。原材料投入量、再生材比率、回収率、寿命延長の効果を可視化し、利益や資本効率と結び付けることで初めて経営テーマになります。

つまり、これからのサーキュラーエコノミーはCSR部門だけの仕事ではありません。商品企画、調達、物流、IT、財務が連動し、規制対応を市場機会に変える必要があります。EU市場を重視する企業ほど、この転換は早く迫ります。

稼げる循環モデルの基本構造

循環経済が利益につながる経路は大きく三つあります。第一に、資源価格の変動に対する耐性です。再生材や回収材を使える企業は、バージン資源の価格高騰や調達不安の影響を相対的に抑えやすくなります。第二に、継続収益です。修理、交換部品、リフィル、回収サービスは、単発売り切りより長い顧客関係を生みます。第三に、規制順守そのものが市場参入条件となることです。

Ellen MacArthur Foundationは、循環経済を「廃棄を前提にしない設計」によって資源を高い価値のまま循環させる仕組みと説明しています。ここで重要なのは、循環の順位です。単に最後にリサイクルするより、長く使う、詰め替える、修理する、再販する方が価値を維持しやすい場合が多いからです。企業が本当に稼ぐには、回収後の処理だけでなく、設計段階からどこで価値を取り戻すかを決める必要があります。

この観点で見ると、サーキュラーエコノミーは「廃棄物処理の改善」ではなく「利益の取り直し」です。製品寿命が尽きる前に顧客接点をつくれる企業、回収後に素材として再活用できる企業、制度対応をデータ基盤に乗せられる企業ほど優位に立ちます。

花王とASICSに見る実装の勘所

花王の強みは回収前から始まる設計力

花王の事例が示すのは、循環経済が回収技術だけでは成立しないという現実です。同社は1991年から詰め替え製品を展開し、2023年末時点で423のリフィル製品を展開しています。販売数量ベースではリフィル比率が約80%に達し、2023年には詰め替え・付け替え製品の活用で7万8300トンのプラスチック使用を削減したと公表しています。

この数字が意味するのは、花王がかなり前から「容器を毎回売らない」モデルを収益と両立させてきたことです。詰め替えは単純な減量策ではなく、物流効率や継続購入と相性が良い仕組みです。軽量化や濃縮化も組み合わせれば、材料費と輸送負荷の双方に効きます。

一方で、詰め替えパウチは多層フィルムゆえにリサイクルしにくいという課題も抱えていました。そこで花王はRecyCreationを進め、使用済みリフィルの回収と再資源化を試行しています。2024年12月時点で累計268万個、48.2トンを回収したという実績は、まだ社会実験の段階とはいえ、回収インフラづくりそのものを企業価値に変える挑戦といえます。さらに同社は2040年にプラスチック包装のネットゼロウェイスト、2050年にネガティブウェイストを掲げています。重要なのは野心的な目標そのものより、削減、再生材利用、回収を一つのロードマップとして接続している点です。

ASICSの価値は高機能と循環性の両立

ASICSの事例は、循環経済が高付加価値商品と両立できることを示しています。同社は循環性の目標として、2030年までにシューズとスポーツウエアで使うポリエステルを100%再生ポリエステルへ切り替えること、3地域で回収プログラムを整えることを掲げています。

象徴的なのが、2024年発表のランニングシューズ「NIMBUS MIRAI」です。ASICSはこの製品を「最も循環性の高いシューズ」と位置づけ、使用後に返却してもらい、再び走るための資源にする構想を打ち出しました。特殊な接着技術で分解しやすくし、テストではアッパー材の87.3%を新たなポリエステルとして回収できたとしています。ここで注目すべきは、循環性を性能の妥協としてではなく、商品価値の一部として提示している点です。

スポーツ用品では、耐久性や履き心地を損なえば顧客は離れます。だからこそ、循環モデルは「環境に良いから我慢して使う」商品では成立しません。ASICSは、品質とパフォーマンスを維持したまま、回収・再資源化まで含めた新しい顧客体験を設計しようとしています。回収の仕組みそのものがブランドとの継続関係を生むからです。

注意点・展望

循環経済を稼ぐ仕組みに変えるうえで、よくある誤解は「リサイクル設備を入れれば前進する」という発想です。実際には、設計、データ、回収導線、再販や再資源化の出口までつながらなければ収益化しません。ESPRやデジタル製品パスポートが重視しているのも、まさにこの全体設計です。

もう一つの注意点は、循環性が高いほどすぐ利益率が上がるわけではないことです。初期投資、トレーサビリティ整備、サプライヤー調整、消費者教育には時間がかかります。ただ、EU規制の本格化で「やるかどうか」ではなく「どこで先に回収するか」の競争に変わりつつあります。今後は、詰め替え、修理、回収、再販を個別施策で終わらせず、製品データ基盤と統合できる企業ほど、コスト回収も早くなる可能性があります。

まとめ

稼ぐサーキュラーエコノミーの本質は、廃棄物を減らすこと自体ではありません。規制への適応を起点に、資源リスクを下げ、顧客との接点を増やし、回収後の価値まで取り込むことです。EUのESPRとデジタル製品パスポートは、その競争を一段引き上げました。

花王は詰め替えという日常的な仕組みを長年磨き、回収と再資源化へ広げています。ASICSは高機能商品の中に循環設計を埋め込み、返却まで含めた新しい体験をつくろうとしています。循環経済で稼ぐ企業に共通するのは、環境対応を販路、防衛、ブランド、データの問題として一体で設計している点です。今後の勝負は、きれいな理念より、循環を利益計算に落とし込めるかにあります。

参考資料:

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