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英語が話せない日本人、時間増より先に要る語彙とスキーマの再設計

by 田中 健司
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はじめに

日本人の英語学習では、長く「読む・聞くより話すが苦手」と言われてきました。そこで出やすい処方箋が、会話の授業や発話量を増やすという発想です。しかし、2025年に公表された文部科学省の英語教育実施状況調査や、TOEFL、EF EPIの公開データを重ねると、弱いのは単純な発話量だけではありません。語彙の使い分け、聞いた内容を保持して言い換える力、日本語と異なる発想の枠組みまで含めた「土台」の薄さが、話す力にまとめて表れている可能性があります。

今井むつみ氏は公開インタビューや執筆ノートで、学習のつまずきには原因があり、日本人がなぜ英語でつまずくのかを認知科学から考える必要があると述べています。この記事では、有料記事の中身には触れず、公開情報だけをもとに、なぜ「スピーキングが苦手だからスピーキング時間を増やす」だけでは足りないのかを整理します。

日本人の英語力を示す最新データ

学校教育と到達目標の隔たり

文部科学省が2025年6月23日に公表した令和6年度「英語教育実施状況調査」によると、高校生でCEFR A2相当以上に達した割合は51.6%、B1相当以上は21.2%でした。どちらも前年より改善していますが、第4期教育振興基本計画が掲げる目標はA2以上6割、B1以上3割です。改善基調にある一方、卒業段階で「英語で用が足せる」水準に十分届いているとは言い切れません。

同じ資料では、生徒の英語力に影響する要素として、生徒の英語による言語活動、教師の英語使用、教師の英語力、ALTとの授業外活動などが挙げられています。つまり、到達度は単なる授業時間ではなく、授業内で何をどう使い、誰がどの水準で支えるかという設計全体に左右されるということです。高等学校で「話すこと」と「書くこと」の両方のパフォーマンステストを実施している割合の平均は49.7%にとどまり、アウトプットを評価し直す仕組みもまだ途上です。

テストが映すスピーキングの弱さ

学外データでも同じ傾向が見えます。ETSの2024年TOEFL iBT受験者データでは、日本の平均点はReading 19、Listening 18、Speaking 17、Writing 18、Total 72でした。ETSの区分ではSpeaking 17は「Low-Intermediate」に当たり、話す力だけが突出して高い状況ではありません。むしろ、読む・聞く・書くとほぼ同じかやや弱い水準で横並びです。

EF EPI 2025でも、日本の総合スコアは446で123の国・地域中96位でした。技能別ではReading 454に対し、Speakingは393、Writingは394で、産出系技能の弱さがより鮮明です。EF EPIは自主受験型の成人データであり、学校教育の成績と単純比較はできません。それでも、学校段階でも成人段階でも、知識を外に出して使う局面に弱さが残るという大きな流れは共通しています。

話す時間を増やす前に見るべき土台

スキーマと語彙の不足

今井氏は三田評論ONLINEの執筆ノートで、学習のつまずきには必ず原因があり、多くの英語学習本は規範を説明しても「なぜ日本人が間違うか」には踏み込んでいないと書いています。毎日新聞の著者インタビューでも、言語習得で重要なのは思考の枠組みである「スキーマ」で、日本語の枠組みから離れて英語のスキーマを身につける必要があると説明しています。これは、単語の意味を訳語で覚えるだけでは足りず、どんな文脈でどの語を自然に選ぶかまで含めて学ばなければならない、という指摘です。

朝日新聞系の書評でも、この本の要点は、単語や文法の下に、概念、前提、文脈、関連語が巨大な氷山のように広がっている、という理解でまとめられています。ここから導けるのは、日本人のスピーキングの弱さが、口が回らないことだけでなく、使える語彙の束が薄いこと、可算・不可算や前置詞、時制のような英語特有の見方を内面化できていないことと結びついている、という見立てです。これは公開資料を総合した推論です。

量より設計がものを言う学習

研究面でも、話す力は「とにかく口を動かせば伸びる」とは言い切れません。2023年のLanguage Learning Journal掲載論文の要旨では、英語学習者46人を対象にした分析で、話し言葉としての語彙知識は流暢さ、語彙、発音、文法の評価と関連した一方、書き言葉としての語彙知識は評価と結びつきませんでした。黙読で知っている語彙と、口頭で即座に取り出せる語彙は別物だということです。

また、2020年のLanguage Learning論文のERIC要旨では、聞く活動を通じた語彙学習では、既有語彙よりもlistening proficiencyと指導条件のほうが大きく影響し、説明なしの条件が最も効果が低いとされました。露出量だけ増やしても、自動的に語彙が定着するわけではないと読めます。ETSもTOEFL iBTの設計で、話す力は読む・聞く・書くと切り離された単独技能ではなく、複数技能を統合して測るものだと説明しています。公開情報をまとめると、話す力の改善に必要なのは、発話時間の総量より、聞いて理解し、語彙を選び、構文化して出す一連の処理を鍛える学習設計です。

その観点から優先順位を付けるなら、まず必要なのは三つです。第一に、語彙を「見てわかる」状態から「口頭で引き出せる」状態に変えることです。第二に、日本語訳ではなく、可算・不可算、前置詞、コロケーションのような英語側の発想で整理することです。第三に、一つの音声や文章を使って、理解、要約、言い換え、短い発話までをつなげることです。会話練習自体は重要ですが、こうした土台なしに量だけ増やすと、いつもの語といつもの文型を反復するだけで頭打ちになりやすいはずです。ここも複数資料に基づく推論です。

注意点・展望

注意したいのは、「だからスピーキング練習は不要だ」という結論ではないことです。文部科学省の調査は、生徒の英語による言語活動が高い学校ほど到達度も高い傾向を示しています。問題は、話す活動を増やすかどうかではなく、どんな語彙と入力を前提に、どんなフィードバック付きで話させるかです。基礎の薄いまま会話量だけを増やすと、誤用の固定化や、言えない内容を避ける癖が強まりかねません。

今後は、学校でも独学でも、AI会話ツールや録音機能を使った反復はさらに広がるでしょう。ただし有効なのは、誤りの原因を特定し、同じ素材を使って理解から産出までを往復できる場合です。ランキングや平均点だけで悲観するより、自分が詰まるのは語彙の検索なのか、聞き取りなのか、英語の見方そのものなのかを切り分けることが、遠回りに見えて最短経路になります。

まとめ

公開データを見る限り、日本人の英語スピーキングの弱さは、単純な会話時間の不足だけでは説明できません。高校段階の到達度、成人の技能別スコア、今井氏の公開発言、関連研究を重ねると、語彙の使える化、英語のスキーマ理解、聞くことと話すことをつなぐ学習設計が先に必要だと見えてきます。

「苦手だからその練習を増やす」は半分しか正しくありません。先に問うべきなのは、何が話す力を詰まらせているのかです。そこを見誤らなければ、スピーキング練習は消耗戦ではなく、成果の出る投資に変えられます。

参考資料:

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