富士通が欧州防衛事業を倍増へ、軍民両用技術で勝機
欧州防衛2000人体制とNATO需要
富士通が欧州における防衛事業の大幅な拡大に乗り出しています。2030年代を目標に、欧州での防衛関連人員を現状の約2倍となる2000人規模に引き上げる方針です。サイバーセキュリティや量子コンピューティングなど、軍民両用(デュアルユース)技術の販売拡大が柱となります。
この動きの背景には、トランプ米政権が欧州各国に防衛費の大幅増額を求めていることがあります。NATO加盟国は防衛支出をGDP比3.5%に引き上げる目標で合意しており、欧州の防衛関連支出は2020年代末までに8000億ユーロ規模に膨らむ見通しです。同時に、欧州では米国テック企業への技術依存に対する危機感が高まっており、日本企業にとって代替需要を取り込む好機が生まれています。
本記事では、富士通の欧州防衛事業拡大の具体的な内容と、その戦略的背景について詳しく解説します。
富士通の防衛事業戦略と最新動向
ロッキード・マーティンとの戦略的提携
富士通は2026年2月、米防衛大手ロッキード・マーティンとデュアルユース技術の共同開発に関する覚書(MOU)を締結しました。この提携では、量子コンピューティング、エッジコンピューティング、AI・機械学習(AI/ML)、先端マイクロエレクトロニクス、次世代マルチドメインネットワークの5分野で技術基盤の強化を目指しています。
この覚書は、2025年5月にロッキード・マーティンのSPY-7レーダー向け電源ユニットのサプライヤーとして富士通が選定された実績を土台としています。両社の協業が装備品の供給から先端技術の共同開発へと発展した形です。富士通の世界トップクラスの商用技術とロッキード・マーティンのシステムインテグレーション力を組み合わせることで、防衛分野のイノベーションを加速させる狙いがあります。
日本初の防衛テック・オープンイノベーション
富士通は2026年3月、「Fujitsu Accelerator Program for Defense Tech」を開始しました。これは日本初の防衛テック分野におけるオープンイノベーションプログラムです。防衛省の防衛装備庁からの研究委託事業として実施され、防衛用マルチAIエージェントの研究開発が主なテーマとなっています。
このプログラムでは、複数のAIモデルを組み合わせて自律的にデータ収集・分析・提案を行う「マルチAIエージェント」の開発を目指しています。2026年3月から4月にかけてスタートアップ企業を募集し、5月にピッチイベント、6月に最終選考というスケジュールで進行中です。民間の先端技術と防衛ドメインの知見を融合させるデュアルユースの推進が特徴です。
欧州防衛市場の構造変化と日本企業の商機
NATOの防衛費増額がもたらす巨大市場
欧州の防衛市場は歴史的な転換期を迎えています。2025年のNATOハーグ首脳会議では、加盟国の防衛支出目標がGDP比2%から3.5%へ大幅に引き上げられました。このうち1.5%はサイバーセキュリティや関連インフラへの支出が想定されており、富士通が得意とするIT・サイバー分野の需要拡大が見込まれます。
マッキンゼーの分析によると、欧州の防衛支出は2020年代末に8000億ユーロ規模に達する可能性があります。とりわけサイバー防衛やデジタルインフラの領域は、従来の兵器調達とは異なる技術的専門性が求められるため、IT企業にとっての参入余地が大きいです。
「デジタル主権」と米テック依存への危機感
欧州が防衛費を増やしても、その支出先が米国企業に集中すれば戦略的自立は達成できません。実際、欧州のクラウドサービス支出の約80%が米国企業に流れているとの欧州委員会のデータがあり、防衛装備品についても約半数を米国企業から調達しているのが現状です。
2025年11月にはEU全27加盟国が「デジタル主権の強化」と「戦略的依存の削減」を掲げる共同宣言に署名しました。世論調査でも、63%の回答者がコストが高くても欧州製セキュリティ技術を好むと答えており、トランプ政権の影響を安全保障上のリスクと捉える見方が広がっています。
こうした「脱・米国依存」の流れは、日本のIT企業にとって追い風です。欧州から見て日本は同盟国でありながら米国とは異なる選択肢を提供できる存在として注目されています。富士通は英国で約4000人のセキュリティクリアランス保有者を擁しており、60年以上にわたって英国の重要インフラを支えてきた実績があります。この信頼基盤を欧州全域に広げる戦略です。
高市政権下の日本の防衛産業政策
防衛産業を国家戦略に位置づけ
富士通の欧州展開を後押しするもう一つの要因が、日本国内の政策環境です。高市政権は防衛産業を17の重点投資分野の一つに位置づけ、防衛装備品の輸出拡大に向けた規制緩和を進めています。
防衛装備移転三原則は2023年12月と2026年3月に改定され、国際協力の枠組みが拡大されました。従来は「救難・輸送・警戒・監視・掃海」の5類型に限定されていた輸出対象の見直しも議論されています。防衛関連予算は14年連続で増加し、2026年度も過去最高を更新しました。
国内体制の強化も並行して推進
富士通は国内でも防衛事業の体制を強化しています。2023年8月には傘下の防衛系3社(富士通特機システム、富士通ディフェンスシステムエンジニアリング、富士通システム統合研究所)を統合し、「富士通ディフェンス&ナショナルセキュリティ(FDNS)」を設立しました。約670名の体制で、防衛省・自衛隊向けの情報通信システムの開発からサイバーセキュリティ、AI、センシング技術の研究まで幅広く手がけています。
国内の体制整備とロッキード・マーティンとの提携で技術力を高めつつ、欧州では「デジタル主権」を求める市場ニーズに応える形で事業を拡大するという、二正面での成長戦略が見えてきます。
ホライゾン問題とDIANA連携の課題
富士通の欧州防衛事業拡大には、いくつかの課題もあります。まず、英国での郵便局冤罪事件(ホライゾン問題)が企業イメージに与えた影響は軽視できません。ICLの会計システムの欠陥により900人以上が無実の罪を着せられた事件は、英国議会でも大きく取り上げられました。欧州での信頼回復には継続的な取り組みが必要です。
また、欧州の防衛市場では域内企業の保護を求める声も根強くあります。「脱・米国依存」が必ずしも「日本企業への発注増」に直結するわけではなく、欧州域内の防衛産業統合が進む可能性もあります。
一方で、サイバーセキュリティや量子コンピューティングといった先端IT分野では、技術力がそのまま競争力になります。富士通が持つ世界最高水準の量子技術や、長年の防衛向けシステム開発の実績は、欧州企業にはない強みです。NATOのDIANA(Defence Innovation Accelerator for the North Atlantic)のような枠組みを通じた連携も、今後の展開を左右する重要な要素となるでしょう。
NATO増額とデュアルユース戦略の行方
富士通の欧州防衛事業の倍増計画は、単なる人員増強ではなく、グローバルな安全保障環境の変化を捉えた戦略的な動きです。NATOの防衛費増額、欧州のデジタル主権志向、日本政府の防衛産業支援という三つの追い風が重なっています。
ロッキード・マーティンとの提携や防衛テック・アクセラレーターの立ち上げなど、技術力を高める取り組みも着実に進んでいます。欧州で「米国でも中国でもない第三の選択肢」としての地位を確立できるかが、今後の鍵となります。防衛とITの融合が進む中、富士通のデュアルユース戦略の行方に引き続き注目が集まりそうです。
参考資料:
- Lockheed Martin and Fujitsu to Accelerate Dual-Use Technology Development
- Fujitsu launches Japan’s first defense tech open innovation program
- NATO defense spending: Tracking the numbers | McKinsey
- Europe’s Digital Sovereignty Means Decoupling From U.S. Technology
- Several trends are shifting defense tech toward Europe - Defense One
- 国策が追い風の防衛産業、2026年は「輸出拡大」の分水嶺 | 東洋経済オンライン
関連記事
防衛ドローン協業加速、日本素材と実戦知が変える安保産業新地図
防衛省は2027年度中のSHIELD構築へ無人アセットに1001億円を投じ、三菱重工やTerra Drone、Prodroneが海外技術と国産素材を組み合わせる。ウクライナの実戦知を求める日本勢と、炭素繊維や制度資金、量産力に接近したい海外勢の思惑から、防衛ドローン協業の勝ち筋と輸出課題を読み解く。
銀行脆弱性検知が倍増、AI時代の金融サイバー防衛を急ぎ再構築
国内大手行で脆弱性検知が前年の2倍に増えたとの情報を手がかりに、Claude MythosなどフロンティアAIが銀行の攻防速度を変える構図を整理。金融庁・日銀の短期要請、全銀協の自主停止論、サードパーティ管理、国際規制の視点まで、決済網への波及を抑える資産保護と利便性の優先順位を冷静に詳しく読み解く。
防衛新法人とスタートアップ投資で変わる国産装備輸出司令塔構想
政府が2027年度にも検討する防衛新法人は、VC経由の出資と日本版FMSを結び、防衛スタートアップ育成と装備輸出の司令塔を狙う。防衛生産基盤強化法、移転三原則改正、米国制度との比較から、民間資金を呼び込む条件とリスクを解説。制度設計次第で、研究開発の谷、量産資金、輸出管理の透明性という課題への答えが見えてくる。
三菱UFJ銀行が防衛融資へ、安保政策で変わる金融判断の新焦点
三菱UFJ銀行が防衛関連企業向け融資の基準を整える動きは、ESGで慎重だった民間金融が安全保障政策をどう評価するかを問う転機です。2026年度防衛関係費8兆8093億円、装備移転三原則の改正、防衛生産基盤強化法、非人道兵器除外の線引きから、銀行と企業の実務リスクを読み解く。
メガバンクがClaudeミュトス利用へ、金融AI防衛の新たな焦点
米政府の一時停止を経て、三菱UFJ・三井住友・みずほなどメガバンクがAnthropicのClaude Mythosをサイバー防衛に試す局面へ。ゼロデイ探索力と悪用リスク、30日データ保持、官民連携会議、金融システムのサードパーティ管理まで、国際規制対応も含め経営判断と技術実装の両面から詳しく統制を解説。
最新ニュース
銀行融資データ開放で変わる信用リスク分析と地域金融行政の焦点
政府・日銀が検討する銀行融資データの外部開放は、貸出金利や債務者区分を用いた信用リスク分析を政策に近づける。共同データプラットフォームの本格稼働、EBPM、地域金融機関への影響、個人情報保護と匿名化の課題、自治体の中小企業支援や制度融資に及ぶ波紋まで、金利上昇局面の政策課題を具体的に詳しく解説します。
ビール4社カルテル疑惑、減税商戦を揺らす寡占市場の深刻な信頼危機
酒税一本化でビールが350mlあたり54.25円に減税された直後、アサヒ、キリン、サントリー、サッポロ4社に出荷価格調整の疑いが浮上。公取委が刑事告発も視野に入れるなか、新ジャンルのビール化が進む商戦で寡占企業が何を問われるのか。原材料高、量販店の売り場戦略、ブランド投資、消費者信頼への影響を読み解く。
みずほ270店刷新で読み解く大手銀の預金争奪と店舗回帰の勝算
みずほ銀行が270店舗規模の刷新を掲げ、預金獲得競争はデジタルだけでなく店舗の使い方を問う段階に入った。金利上昇、約1万1000台のATM網、SMBCのOlive戦略、全銀協調査をもとに、対面拠点再投資の狙い、働く世代と高齢層への接点設計、銀行員の役割転換、相談品質、利用者視点の採算リスクを読み解く。
NOTAが住宅参入、PODが問う高級住宅市場の再定義と成長余地
NOT A HOTELがNOTAへ社名変更し、住宅事業NOT A HOUSEを始動。6980万円からのPOD、申真衣氏のCEO就任、建設費高騰と住宅需要の変化を踏まえ、ホテル発の住まい事業が量産化できる条件と、首都圏で問われる施工・販売・アフターサービスの課題、既存住宅流通まで見据えたブランド戦略を解説。
TOPIX刷新、全入指数から選別指数へ企業統治改革を迫る新局面
JPX総研がTOPIX初回定期入替で35銘柄の新規採用と683銘柄の移行措置を公表。連動資産約160兆円の指数が「全入」から流動性重視へ変わる意味、986銘柄体制が企業統治・IR・政策保有株解消に及ぼす圧力、2027年再評価の焦点を解説。