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ホルムズ海峡封鎖で問われる日本の蓄える力とエネルギー安保戦略

by 中村 壮志
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ホルムズ危機と850万キロリットル放出

ホルムズ海峡は、日本のエネルギー安全保障の弱点が最も露出しやすい地点です。2026年3月16日、経済産業省は民間備蓄義務量の引き下げと国家備蓄石油の放出を決定しました。続く3月24日には、国家備蓄原油の放出予定総量を約850万キロリットルと示し、危機対応を本格化させています。

この動きが示すのは、日本が「輸入先を変える力」より先に、「供給が止まった直後をしのぐ力」を試されているという現実です。本稿では、ホルムズ海峡が世界市場に与える影響、日本の原油・LNGの依存構造、そして備蓄の厚みと限界を整理し、日本が次に高めるべき「蓄える力」の中身を考えます。

中東依存の現実

世界市場を揺らす海上要衝

国際エネルギー機関(IEA)は2026年2月更新のファクトシートで、ホルムズ海峡を2025年平均で日量2000万バレルの原油・石油製品が通過する世界有数のチョークポイントと位置づけています。世界の海上石油貿易の約4分の1がこの海峡を通る計算で、通行の寸断は価格高騰だけでなく、配船、保険、精製計画にまで連鎖しやすい構造です。

しかも問題は石油だけではありません。IEAは、海峡封鎖が起きればカタールとUAEのLNG輸出が足止めされ、両国で世界のLNG輸出のおよそ2割を占める点を強調しています。米エネルギー情報局(EIA)も、2023年のホルムズ通過量を日量2090万バレルとしたうえで、迂回できるパイプライン容量には限界があると指摘しています。つまり、代替ルートが存在しても、遮断分をそのまま置き換えることは難しいということです。

加えて、2026年4月2日にはAP通信が、英国主導で30カ国超が航行再開策を協議したと報じました。これは、封鎖リスクが単なる市場の警戒材料ではなく、外交・安全保障の国際課題に発展していることを示します。

日本の輸入構造の偏り

日本の弱さは、海峡そのものよりも、海峡を通る中東依存の深さにあります。資源エネルギー庁の2023年度版パンフレットによると、日本の原油は中東地域に約90%依存しています。さらにエネルギー白書2025は、日本が原油の約9割、天然ガスの1割弱を中東から輸入していると明記しています。

ここで重要なのは、原油とLNGで危機の性格が違う点です。経済産業省は2026年3月10日の官民連絡会議で、ホルムズ海峡を経由するLNGの年間輸入量は約400万トン、日本全体の6%程度と説明しました。LNGも無傷ではありませんが、原油に比べると輸入先の多角化がやや進んでいます。

一方で、国内の電力構成を見ると安心はできません。資源エネルギー庁のエネルギー動向によれば、2023年度の電源構成はLNGが32.9%で最大、石油等も7.4%を占めました。ホルムズ由来のLNG比率は総量でみれば限定的でも、需給逼迫時にはLNG価格上昇が電力コストと火力運用を直撃します。原油危機とガス危機は、別々に見えて電力料金と産業コストの局面で合流しやすいのです。

蓄える力の実像

石油備蓄の厚みと放出の仕組み

日本には、危機時にすぐ枯渇するわけではないだけの石油備蓄があります。資源エネルギー庁が2026年3月に公表した統計によると、2026年1月末時点の備蓄日数は国家備蓄146日分、民間備蓄96日分、産油国共同備蓄6日分で、合計248日分です。IEA基準でも合計210日分とされます。

実際、今回の危機では備蓄制度がすぐ作動しました。経産省は3月16日に民間備蓄義務量を70日分から55日分へ15日分引き下げ、同時に当面1カ月分の国家備蓄石油放出を決定しました。さらに3月24日には、国家備蓄原油の放出予定総量を約850万キロリットル、予定総額を約5400億円と公表しています。備蓄は「最後の保険」ではなく、供給不安を市場と現場の両方で和らげる初動装置として使われているわけです。

ただし、ここで「248日分あるから大丈夫」と受け止めるのは危うい見方です。備蓄日数は国内消費量を基準にした計算であり、どの油種が足りなくなるのか、どの製油所にどのタイミングで届くのか、海上保険料や船腹がどうなるのかまでは表しません。備蓄量の多さは重要ですが、それだけで供給網の摩擦を消せるわけではありません。

備蓄だけでは埋まらない空白

今回の局面で見えてきたのは、石油備蓄の厚みと、LNGを含む燃料全体の「運用余力」は別物だという点です。資源エネルギー庁は、天然ガスを特定重要物資に指定し、戦略的な余剰LNGの確保・運用や、有事の事業者間融通の枠組みを進めています。これは石油のような長期大量備蓄が難しいLNGでは、在庫そのものより、融通と契約の柔軟性が安全保障になるためです。

言い換えれば、日本が高めるべき「蓄える力」は、タンクの容量だけではありません。平時から長期契約を厚く持つこと、スポット市場への依存を下げること、受入基地や発電所の運用を融通しやすくすること、そして需要側で節電や燃料転換を機動的に動かせることまで含みます。危機時に効くのは、物量の備蓄と制度の備蓄の掛け算です。

危機に強い構造への転換

調達先多角化と資源外交

エネルギー白書2025は、ホルムズ海峡を通らない輸入先の確保を含む供給源の多角化を進める必要性を明記しています。ここでいう多角化は、単に調達国を増やすことではありません。中東の中でもサウジアラビアやUAEとの関係を深めつつ、米国、豪州、東南アジアなども含めた複線化を進め、どこか一つの海域や政治情勢に調達が縛られない形にしていくことです。

その意味で注目したいのが自主開発比率です。資源エネルギー庁は、2023年度の石油・天然ガス自主開発比率を37.2%とし、第7次エネルギー基本計画では2030年に50%以上、2040年に60%以上を目標に掲げています。自主開発比率が高まっても輸送路の地政学リスクは消えませんが、権益を持つことは契約面の融通余地を増やし、危機時の交渉力を高める効果があります。

電源分散と需要抑制の底力

もう一つの柱は、そもそもの輸入依存を下げることです。エネルギー白書2025は、特定の電源や燃料源に過度に依存しないバランスの取れた電源構成を求め、第7次エネルギー基本計画でもS+3Eの下で再エネや原子力を最大限活用する方向を示しました。これは脱炭素政策であると同時に、安全保障政策でもあります。

実際、LNGが電源構成の3割超を占める現状では、再エネの拡大、原子力の再稼働、送配電網の増強、蓄電池や需要応答の普及は、すべて「ホルムズ海峡への間接依存」を下げる政策になります。危機に強い国は、危機のたびに備蓄を放出する国ではなく、放出しなくても持ちこたえられる燃料構成を持つ国です。日本のエネルギー安全保障は、タンクの中身と同じくらい、電源ポートフォリオの分散で決まります。

備蓄日数では測れない価格高騰と物流摩擦

今後の焦点は、短期の供給不足よりも、中期の価格高騰と物流摩擦がどこまで長引くかです。原油そのものがすぐ尽きなくても、船腹の逼迫、保険料上昇、製油所の調達コスト増、電力・都市ガスの燃料費上昇は時間差で家計と企業収益を圧迫します。備蓄放出は価格上昇を完全には止められず、あくまで急激な混乱を和らげる手段です。

よくある誤解は、「備蓄日数が長いので封鎖は恐くない」という見方です。実際には、ホルムズ危機の本質は数量不足だけでなく、調達条件の悪化と不確実性の増幅にあります。2026年4月時点で国際社会が航行再開へ動いていることを踏まえると、日本は当面の放出対応と並行して、備蓄制度、LNG融通、電源分散、資源外交を一体で見直す局面に入ったと考えるべきです。

中東原油依存と止まっても回る構造

ホルムズ海峡封鎖が突きつけたのは、日本のエネルギー安全保障が依然として中東原油に深く結びついているという事実です。石油備蓄は厚く、初動対応も機能しました。しかし、危機が長期化すれば、問われるのは備蓄の量だけでなく、LNG運用の柔軟性、輸入先の多角化、電源構成の分散、そして需要を抑える制度設計です。

日本に必要なのは、「足りなくなったら放出する」体制の強化だけではありません。「止まっても回る」構造への転換です。ホルムズ危機を一時的なショックとして片づけず、蓄える力を広く再定義できるかどうかが、次の危機への備えを左右します。

参考資料:

中村 壮志

国際情勢・地政学・安全保障

中東・米中関係を中心に国際情勢を取材。地政学リスクが日本経済に与える影響を、現地の視点から分析する。

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