明治きのこの山の家分譲にみるメタバース消費とブランド戦略の現在地
cluster500邸分譲に見るきのこの山の体験商品化
明治の「きのこの山」のパッケージに描かれてきた“あの家”が、メタバース空間で分譲住宅として売り出されました。ニュースとして見ると奇抜ですが、公開情報を丁寧に追うと、単なる話題づくりでは片づけにくい設計が見えてきます。舞台はメタバースの大手プラットフォーム「cluster」で、3タイプ計500邸を1万〜15万円で先着販売するというものです。
重要なのは、この企画が「デジタル不動産でひと儲け」という文脈ではなく、長寿ブランドの世界観を再編集する施策として作られている点です。明治は1975年発売の「きのこの山」を、里山や自然、郷愁と結びついたブランドとして育ててきました。その背景を踏まえると、今回の分譲はメタバース活用そのものよりも、「長年見慣れた背景をどう体験商品へ変えるか」というマーケティングの実験として読むほうが実態に近いです。
本稿では、公式サイトや関連企業の発表、広告業界メディア、メタバース専門メディアをもとに、企画の仕様、ブランド戦略上の意味、NFTの位置づけ、今後の展望を整理します。
パッケージ世界の再構築という企画設計
500邸を3グレードで売る分譲モデル
公式特設サイトとクラスターの発表によると、「FOREST HILLS KINOKONOYAMA」はcluster上に展開されるバーチャル分譲住宅です。販売数は500邸で、内訳はスイート30邸、エグゼクティブ120邸、スーペリア350邸です。価格はそれぞれ15万円、5万円、1万円に設定されました。最も安価なスーペリアでも、単なる画像データではなく、招待機能やカードキー、権利証書、NFTが付属する“所有体験”として設計されています。
面白いのは、現実の不動産販売の形式をかなり忠実に借りていることです。敷地面積や建築面積、設備の違いまで用意され、スイートは2400平方メートル、エグゼクティブは800平方メートル、スーペリアは333平方メートルと、グレードごとに明確な格差があります。スイートにはプライベートプールやボート、サウナ、ジャグジーまで設定され、エグゼクティブにもプールやウォーターガーデン、BBQガーデンが付く構成です。意図は明快で、買い物の対象を「データ」ではなく「住まい」に見立てることで、価格差に物語を与えています。
この設計は、現実の不動産価格が高い時代に対するパロディでもあります。PANORAやクラスターの発表では、都市部の不動産高騰を背景に、1万円から理想の住まいを持てる「自由」を提案すると説明されています。もちろん実在の不動産ではありませんが、価格の比較軸をあえて住宅市場に寄せることで、企画そのものを会話のネタに変える効果が生まれています。
建築家起用とディテール重視の世界観
もう一つ見落としにくいのが、見た目の作り込みです。公式特設サイトでは、建築家の神田剛氏がデザインアーキテクトとして紹介され、茅葺き屋根の原風景を現代建築として昇華したと説明されています。広告専門誌『AdverTimes.』でも、明治の担当者が「50年間慣れ親しんだパッケージを生かしたい」と考え、実際の設計士に分譲住宅の設計を依頼したと語っています。
ここにこの企画の本気度があります。もし狙いが瞬間的なバズだけなら、パッケージ背景をそのまま3D化するだけでも成立したはずです。しかし実際には、日本昔ばなし的な素朴な家を、サウナやインフィニティプールを備えた高級邸宅へ読み替えています。つまり明治は、懐かしさをそのまま保存したのではなく、記憶にあるシルエットを現代の“憧れの住宅”へ再翻訳したわけです。ここには、昭和的なノスタルジーと令和的なラグジュアリーを接続するブランド編集の意図が見えます。
なぜ今メタバースなのかという文脈
里山ブランドの延長線にある再解釈
「きのこの山」のパッケージ背景は、もともと偶然置かれた装飾ではありません。明治100周年サイトによれば、発売当時のパッケージは、高度経済成長の半面で人々が自然や故郷を求めていたことを受け、のどかな里山をイメージして作られました。ブランドサイトでも「日本のふるさとをテーマにしたチョコスナック」と位置づけられています。つまり、今回メタバースに移植されたのは単なる家ではなく、半世紀かけて積み上げた里山イメージそのものです。
この点は、2025年の「きのこの山たけのこの里サステナブル宣言」を見るとさらにわかりやすくなります。明治は発売50周年にあたり、里山の大切さとカカオの持続可能な生産・調達を延べ1億人に発信すると打ち出しました。普通に考えると、自然や里山を語るブランドがメタバース住宅を売るのは一見ちぐはぐです。ですが実際には、里山という原風景をデジタル空間で再解釈し、次の世代に触れてもらう導線として使っていると考えたほうが整合的です。
つまり、今回の施策はブランドの方向転換ではなく、既存の世界観のメディア変換です。箱の背景にあった里山を、店頭からスマホやPCへ運び直したとも言えます。自然とデジタルは対立項に見えますが、マーケティングの現場では、ブランドの核となる記号をどの媒体で再生産するかが重要です。明治はそこにメタバースを選びました。
ファンが集まる場としてのcluster
プラットフォームにclusterを選んだ理由も実務的です。cluster公式の法人向けサイトでは、年間250社以上の活用実績、累計動員数3500万人突破、最大10万人同時接続可能と説明しています。別の公式解説でも、スマートフォン、PC、VR機器、ブラウザから参加でき、基本機能は無料で使えるとされています。要するに、専用機器が必要な閉じたVRではなく、スマホでも入れる開かれた場として使いやすいわけです。
これはブランド施策として非常に重要です。菓子ブランドの販促で、来場ハードルの高いプラットフォームを選ぶと、話題にはなっても裾野が広がりません。clusterなら、重いヘッドセットを持たない一般ユーザーでも入りやすく、友人を招待して会話するという体験が成立しやすいです。AdverTimes. でも、明治側はこの空間を「第3の居住地」として想定し、ファンが集まるコミュニティの形成を狙っていると説明しています。
さらに、きのこ派か、たけのこ派かという論争は、もともと会話を生みやすいブランド資産です。ブランドサイトによれば、2019年の第3回「きのこたけのこ国民総選挙」では総投票数が10587785票に達しました。ここまで参加性の高いブランドであれば、メタバース空間は単なる展示場ではなく、雑談と対立と共有が起こる“場”として機能しやすいです。住宅の所有者だけが入れる区域を作りつつ、一般公開エリアも予定する構成は、そのブランド特性と相性がよいです。
売れる理由と注意すべき線引き
所有欲を刺激する体験商品の設計
今回の企画が刺さる理由は、NFTやメタバースという言葉そのものより、「あの家を持てる」という所有感にあります。箱の中にしかなかった風景の一部が、自分専用の場所になる。しかも友人を招待できる。これはフィギュアや限定グッズの所有欲を、空間へ拡張した形です。購入者にカードキーや権利証書が郵送される点も、この感覚を強めています。
販売ページの表現を見ると、運営側はこの感情設計をかなり意識しています。権利証書は「確かな証明書」、NFTは「価値ある所有として刻む、唯一無二のデジタル資産」、カードキーはオーナーだけに託される特典として描かれています。ここでの価値は利回りではなく、参加した記憶とファンであることの証明です。だからこそ、チョコ菓子としては高額に見える15万円のスイートにも意味が出ます。
加えて、価格構成もよくできています。1万円の入口商品がある一方、5万円と15万円の上位グレードが存在するため、安いものから高いものまで話題が広がります。ASCIIやMoguLiveが詳細な価格帯やグレード差を記事化したのも、この設計がニュースとしてわかりやすかったからです。単価だけで見れば菓子メーカーの企画としては大胆ですが、住宅になぞらえることで、むしろ「高い・安い」を議論したくなる構造が生まれています。
投資商品ではないという明確な線引き
ただし、この企画を「デジタル不動産」や「NFT投資」と同列に見るのは誤解です。販売ページの重要事項には、実在する土地・建物・不動産の所有権や居住権を取得するものではないこと、利用可能期間が2029年3月10日までの期間限定であること、NFTは購入記録をデジタルで証明するためのツールで金融商品や有価証券ではないこと、将来的な価格上昇や利益を保証しないこと、二次流通を推奨もサポートもしないことが明記されています。
この条件整理はかなり重要です。2021年以降、NFTには投機や転売のイメージが強く付きまといました。そこで明治と関係各社は、NFTを投資対象ではなく“所有証明”に限定して位置づけています。SBINFTの発表でも、今回の役割は「権利証書NFT」の発行・配付基盤であり、新しい体験価値の創出が目的だと説明されています。つまりNFTは主役ではなく、ファンマーケティングの裏方です。
ここを見誤ると、この企画の評価を誤ります。価値の本体は、売買益ではなくブランド体験です。利用期間が切れれば空間へのアクセスも終わり、プラットフォームの仕様変更リスクもあります。だからこそ、買う側に求められるのは投資判断ではなく、「この体験にいくら払いたいか」というエンタメ消費の判断です。この割り切りが明確だからこそ、企業キャンペーンとして成立しやすいのです。
2029年期限とcluster依存下の交流課題
今回の企画を過大評価しすぎる必要はありません。第一に、利用期間は無期限ではなく2029年3月10日までです。第二に、clusterという外部プラットフォームに依存する以上、サービス仕様の変更や終了リスクがあります。第三に、ブランド体験としては面白くても、実際にどれだけ継続的な滞在や交流が生まれるかは別問題です。販売初速が話題化しても、日常的に使われなければコミュニティ設計は成功とは言えません。
一方で、明治にとっては学びの多い試みになるはずです。菓子ブランドは通常、店頭棚、テレビCM、SNS投稿で消費者と接点を持ちます。しかしメタバース空間では、滞在時間、招待数、会話、再訪といった、これまで見えにくかった行動が可視化されます。ブランドが「どれだけ好かれているか」を、購入数だけでなく場への参加で測れるようになるのは大きいです。
しかも、きのこの山にはもともと論争性と共同体性があります。公式サイトが示す通り、2001年から「きのこ・たけのこ総選挙」が繰り返され、論争そのものがブランド資産になってきました。AdverTimes. の取材では、明治側はすでに「4年後はたけのこ派の企画も」と示唆していましたが、実際にはその後すぐに「たけのこの里」のタワーマンション企画も発表されています。今後は戸建て対タワマン、里山対都市型、所有対共有といった新しい対立軸を重ねながら、ブランド世界を立体化していく可能性があります。
500邸分譲が示す次の50年の参加型物語
「きのこの山」の家の分譲は、メタバースの再流行を示すニュースというより、長寿ブランドの背景美術を“住める商品”へ変えた事例として見るべきです。500邸、1万〜15万円という価格設計、建築家の起用、カードキーと権利証書、NFTを使った所有証明、そしてcluster上でのコミュニティ設計は、どれもブランドの世界観を立体化するための部品としてつながっています。
同時に、これは投資商品ではなく、期間限定の体験商品です。実在の不動産でもなければ、値上がりを期待する金融商品でもありません。だからこそ評価の軸は、「売れるか」だけでなく、「半世紀続く菓子ブランドが、次の50年に向けてどんな参加型の物語を作れるか」に置くべきです。今回の施策は、その問いに対するかなり洗練された第一回答だと言えます。
参考資料:
- FOREST HILLS KINOKONOYAMA | 株式会社 明治
- クラスター株式会社のプレスリリース | PR TIMES
- SBINFT Mits採用に関する発表 | PR TIMES
- 法人向けメタバース活用 | cluster
- 日本最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」とは? | note
- 「きのこの山」&「たけのこの里」ブランドサイト | 株式会社 明治
- きのこの山/たけのこの里 | meiji 100th
- きのこの山たけのこの里サステナブル宣言 | 明治ホールディングス
- きのこの山の「あの家」に住める 限定500戸を分譲へ | AdverTimes.
- いやあの家買えるんかい 「きのこの山」まさかの分譲住宅化 | ASCII.jp
- 「きのこの山」パッケージに映っているあの家をメタバースに再現 | MoguLive
- フォレストヒルズ きのこの山 SUPERIOR 限定350邸 | きのたけ不動産
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