三菱マテリアルが挑む製錬革命、鉱山から都市鉱山へ
はじめに
三菱マテリアルが、長年にわたる「量頼み」の経営から決別する動きを加速させています。同社はバイオガス発電事業の子会社を売却する一方、銅の製錬事業では鉱山由来の銅精鉱処理を大幅に縮小し、廃電子基板などの「都市鉱山」から金属を回収するリサイクル事業への転換を急いでいます。
この戦略転換の背景には、銅精鉱の買鉱条件(TC/RC)の歴史的な悪化があります。世界的な製錬能力の過剰拡大により、従来型の製錬ビジネスの収益性が急速に低下しているのです。三菱マテリアルはこの逆風を「資源循環ビジネスで未来を創る企業」へと生まれ変わるチャンスと捉え、大胆な事業ポートフォリオの組み替えを進めています。
本記事では、同社の経営戦略の転換点を多角的に分析し、日本の非鉄金属業界が直面する構造変化の意味を解説します。
バイオガス事業売却が示す「選択と集中」
再エネ事業の中でも明確な取捨選択
三菱マテリアルは2024年9月、バイオガス発電事業を手がける連結子会社「ニューエナジーふじみ野」(NEFC)の全株式(98.88%)を、廃棄物処理事業者のテラレムグループに譲渡しました。NEFCは食品工場や小売店から排出される食品廃棄物を処理し、得られたバイオガスで発電した電力をFIT(再生可能エネルギー固定価格買取制度)で売電する事業を展開していました。
カーボンニュートラルの実現に向けて再生可能エネルギー事業は成長分野です。しかし三菱マテリアルは、すべての再エネに手を広げるのではなく、自社の技術的強みを最大限に活かせる分野に経営資源を集中する判断を下しました。
地熱発電を主軸に据える理由
三菱マテリアルが再エネの中核に据えたのは地熱発電です。同社は長年の鉱山開発で培った地下資源の探査・掘削技術を有しており、地熱発電との技術的な親和性が高いという背景があります。水力・太陽光・風力発電も事業領域として維持する一方、バイオガスのように自社の中核能力と結びつきが弱い事業は思い切って手放しました。
この判断は、事業規模の拡大そのものを目的とする従来型の成長戦略からの明確な転換を示しています。売上の量ではなく、競争優位性に基づく収益性を重視する姿勢が、ここに表れています。
銅製錬の構造変化、TC/RCの崩壊が迫る転換
歴史的低水準に沈んだ買鉱条件
三菱マテリアルの製錬事業転換を理解するには、銅精鉱の買鉱条件であるTC/RC(Treatment Charge / Refining Charge)の動向を知る必要があります。TC/RCとは、鉱山会社が製錬所に銅精鉱の処理を委託する際に支払う手数料のことで、製錬所にとっては主要な収入源です。
2025年の長期契約では、TC/RCがトン当たり21.25ドル/ポンド当たり2.125セントと歴史的低水準まで崩壊しました。スポット取引では一時マイナスに転落する異常事態も発生しています。つまり、製錬所が鉱山側にコストを支払って原料を引き取るという、従来の常識では考えられない状況が生まれているのです。
中国の製錬能力過剰が根本原因
この事態の根本原因は、中国を中心とした世界的な銅製錬能力の過剰拡大です。銅精鉱の供給量に対して製錬能力が大幅に上回っているため、原料の奪い合いが激化し、鉱山側が優位な交渉力を持つようになりました。中国の製錬所が極めて低いTC/RCで契約を受け入れるため、日本を含む各国の製錬所も条件引き下げを余儀なくされています。
非鉄大手8社の2025年度上半期決算では、買鉱条件の悪化が直撃し、当期純利益が前年同期比21%減と大幅な減益に陥りました。この環境は2026年度以降も継続するとみられており、従来型の銅精鉱処理に依存する経営モデルの限界が鮮明になっています。
都市鉱山へのシフト、E-Scrap事業の全貌
E-Scrap処理で世界シェアトップクラス
三菱マテリアルが成長の柱に据えるのが、E-Scrap(廃電子基板)のリサイクル事業です。スマートフォンやパソコンなどの廃電子機器には、金・銀・銅・パラジウムなどの貴金属が含まれており、これらを「都市鉱山」として回収する事業は、資源循環型社会の実現に不可欠な存在です。
三菱マテリアルグループのE-Scrap処理能力は年間約16万トンで、全世界の発生量約80万トンの約20%を占めています。香川県の直島製錬所は年間11万トンの処理能力を持ち、世界最大規模を誇ります。同社独自の「三菱連続製銅法」は業界トップクラスの環境負荷低減を実現しており、技術面での競争優位性が確立されています。
利益率が「数倍」高いE-Scrap処理
E-Scrap処理が戦略の中核に位置づけられる最大の理由は、その収益性の高さです。同社は「E-Scrap由来の銅は銅精鉱由来と比較して利益率が数倍高い」と公表しています。
銅精鉱処理では、TC/RCという鉱山側との交渉で決まる手数料が主な収入源であり、市場環境に大きく左右されます。一方、E-Scrap処理では、廃電子基板から複数の有価金属を同時に回収できるため、銅だけでなく金・銀・パラジウムなどの売却益も得られます。原料調達の交渉力も製錬側に有利であり、安定した高収益を確保しやすい構造となっています。
2035年に処理量倍増を目指す
三菱マテリアルは2025年11月に発表した中期経営戦略(2026〜2028年度)で、E-Scrap処理量を2035年度までに約30万トンへ倍増させる目標を掲げました。銅精鉱処理量は2025年度比で60〜70%に縮小する方針で、原料構成の大転換を計画しています。
具体的な投資計画も着々と進行中です。小名浜製錬所では約200億円を投じてE-Scrapの前処理設備を建設中で、2028年度の稼働を目指しています。この設備では、E-Scrapに含まれる樹脂などの可燃物を燃焼除去し、製錬工程への投入効率を高めます。
グローバル展開と資源循環プラットフォーム
欧米での製錬拠点新設
三菱マテリアルの資源循環戦略は、国内にとどまりません。欧州では「三菱マテリアルヨーロッパ」を統括拠点として設立し、二次原料製錬所の新設を検討しています。環境規制が厳しく、リサイクル意識の高い欧州市場は、E-Scrap事業にとって大きな成長機会です。
米国でも「Exurbanプロジェクト」として二次原料製錬所の新設を推進しています。2026年1月には米国に資源循環事業部を新設し、現地での事業展開を本格化させました。グローバルにE-Scrapの集荷・処理ネットワークを構築することで、原料確保の安定性と処理量の拡大を同時に実現する戦略です。
デジタルプラットフォーム「MEX」
原料調達のデジタル化にも取り組んでいます。2021年に運用を開始した「MEX」(Mitsubishi Materials E-Scrap Exchange)は、E-Scrapリサイクルビジネスのためのデジタルプラットフォームです。世界中のサプライヤーとの取引を効率化し、集荷量の拡大と品質管理の高度化を支えています。
さらに、パナソニックとの連携で運用する「PMPループ」では、家電リサイクル工場から回収した廃プリント基板を三菱マテリアルが製錬処理し、抽出した金・銀・銅をパナソニックグループが再び製品に活用するという循環モデルを構築しています。
注意点・展望
三菱マテリアルの戦略転換にはリスクも存在します。E-Scrap市場は成長が見込まれるものの、競合他社もこの分野への参入を加速させています。JX金属をはじめとする非鉄大手各社も同様にリサイクル原料へのシフトを進めており、今後は原料調達をめぐる新たな競争が生まれる可能性があります。
また、銅精鉱処理の縮小は、日本の銅地金の国内生産能力の低下を意味します。安全保障の観点から、重要鉱物の安定供給をどう確保するかという課題も浮上しています。
一方で、世界的なEV普及やデジタル化の進展により、廃電子機器の発生量は今後も増加が見込まれます。三菱マテリアルが構築するグローバルなリサイクルネットワークは、資源ナショナリズムが強まる国際情勢において、「都市鉱山」という新たな資源供給源を確保する戦略的な意義を持っています。
同社の中期経営戦略では、2028年度にROEを2025年度比で3ポイント改善、ROICを2ポイント改善する目標を掲げており、事業構造の転換がどこまで収益改善につながるかが注目されます。
まとめ
三菱マテリアルのバイオガス事業売却と製錬事業の構造転換は、「量頼み」の経営からの明確な決別を示しています。TC/RCの歴史的低水準という外部環境の変化を受け、銅精鉱処理を縮小しつつ、利益率が数倍高いE-Scrap処理を倍増させるという大胆な戦略は、日本の素材産業が進むべき方向を先取りしたものといえます。
今後の焦点は、グローバルなE-Scrap集荷ネットワークの構築と、欧米での新製錬拠点の立ち上げが計画通りに進むかどうかです。「鉱山から都市へ」という製錬の原点回帰ともいえるこの転換が、三菱マテリアルの企業価値をどう変えるのか、引き続き注目が集まります。
参考資料:
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