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ナフサ中東依存の転換は可能か 日本の石化供給網と代替調達の実務

by 田中 健司
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はじめに

今回のテーマは、中東からのナフサ輸入を他地域調達へ切り替えるという政策方針の実現性です。独自に確認できる政府側の動きとしては、2026年3月9日に高市早苗首相が国会で原油調達先の拡大に動いていると説明し、3月16日には石油備蓄放出が決まり、3月17日には赤沢亮正経済産業相がナフサについて「国内需要の約4カ月分を確保可能」と述べました。重要なのは、これは単なる外交メッセージではなく、日本の石油化学供給網の弱点が表面化したことを示すサインだという点です。ここでは、なぜ政府がナフサに踏み込んだのか、どこまで切り替えが現実的なのかを整理します。

政策発信の意味と政府対応

3月16日から17日にかけた緊急措置

政府の初動は、まず原油と石油製品の供給不安を抑える方向でした。経済産業省は2026年3月16日、中東から日本への原油輸入が3月下旬以降に大幅減となる見通しを踏まえ、民間備蓄義務量を15日分引き下げ、当面1カ月分の国家備蓄石油を放出すると決定しました。これは家計向け燃料価格の抑制だけでなく、国内の精製能力を維持し、産業用途を含む供給全体を支えるための措置です。

その翌17日には、赤沢経産相がナフサについて、民間在庫の活用に加え、米国や南米からの輸入、国内での原油精製を組み合わせれば「トータル国内需要の約4カ月分を確保可能」と説明しました。ここで注目すべきなのは、政府が初めて石油一般ではなく、石油化学原料としてのナフサを個別に取り上げた点です。つまり危機の中心が、ガソリンや灯油だけでなく、プラスチック、包装材、合成繊維、塗料などを支える基礎原料へ移っているという認識です。

3月後半の政府発信が示した優先順位

3月後半の政府発信が意味するのは、緊急時の備蓄対応から、調達構造の組み替えへ論点が移ったことです。資源エネルギー庁は、中東情勢を踏まえた対応ページで、日本の原油輸入の中東依存度が9割超である一方、2025年12月末時点で石油備蓄は約8カ月分あると説明しています。原油は備蓄で時間を稼げますが、石油化学の現場では、必要なタイミングで必要な原料を確保できるかが別問題になります。

ここから読み取れるのは、政府が「エネルギー安全保障」を燃料価格対策だけでなく、素材供給網の問題として扱い始めたということです。ナフサはポリ袋や容器の原料となるエチレンのもとであり、石油化学工業協会によれば、2024年の国内需要を数量ベースでみた石油化学製品の用途は、合成樹脂が62%、合成繊維が10%、塗料が6%、合成ゴムが4%を占めます。ナフサ不足は、石化メーカーだけの問題ではなく、食品包装、物流資材、自動車、日用品まで広がる産業問題です。

代替調達の現実と供給網の制約

2024年統計に表れた中東偏重

石油化学工業協会の統計では、日本のナフサ輸入量は2024年に2056万キロリットルでした。このうち中東は73.6%を占め、内訳はアラブ首長国連邦30.4%、クウェート21.6%、カタール15.4%、サウジアラビア3.0%です。輸入先が複数国に分かれていても、地域としては中東偏重がかなり強い構造です。

一方で、ロイターが3月17日に伝えた石化協コメントでは、日本国内で消費されるナフサのうち約4割は国内生産、約4割が中東輸入、約2割がそれ以外の地域からの輸入とされています。ここは誤解しやすい点ですが、輸入の7割超が中東でも、国内精製分があるため、最終消費全体での中東依存は約4割に圧縮されています。したがって「日本のナフサは全部中東頼み」という理解は正確ではありません。ただし、輸入部分の大半を中東に依存しているため、物流が止まると調達の自由度が急低下する構造は変わりません。

減産が示した代替調達の難所

代替調達が簡単なら、企業はここまで早く減産に踏み切りません。実際、三井化学は3月10日に千葉と大阪のエチレン設備で減産を開始し、三菱ケミカルも茨城拠点で減産に入りました。さらに東ソーは3月17日、定修中設備の再稼働延期を決定し、再稼働時期はナフサ調達次第だと説明しています。信越化学工業も、エチレン価格急騰と数量制限を理由に、塩ビ樹脂の販売価格を4月から約2割引き上げるとされます。

一方で、石化協は、石油化学製品全体では約2カ月、ポリエチレンやポリプロピレンなど主要品では3カ月から4カ月程度の在庫があり、「直ちに供給困難となる状況ではない」としています。つまり足元では在庫がクッションになりますが、それは時間を買っているだけです。ICISは3月18日、2025年のナフサ輸送の54%以上がアジア向けで、アジアのナフサ輸入の6割がホルムズ海峡経由だと指摘しました。日本は約1カ月分のナフサ在庫を持つ一方、韓国と並んで供給リスクが高い国として挙げられています。

ここでの核心は、首相が掲げる「切り替え」は方向としては正しくても、短期に全面代替できるという意味ではないことです。米国や南米からの調達拡大は現実的な選択肢ですが、アジア全体が同じ代替玉を奪い合えば、運賃、到着時期、採算、製品価格への転嫁が同時に重くなります。資料を並べると、今回の論点は「輸入先を変えれば解決」ではなく、「輸入先変更を進めながら、減産と在庫活用で移行期間をしのげるか」にあります。

注意点・展望

このテーマでまず避けたい誤解は、石油備蓄放出が決まったからナフサ問題も即座に解決するという見方です。政府の備蓄対応は原油全体の安定供給には有効ですが、石油化学の現場では、必要なグレードの原料を必要な船腹で回せるかが別の論点です。実際、政府資料は原油備蓄の厚さを示す一方、ナフサについては中東以外からの調達加速と国内精製の組み合わせを強調しており、企業対応が前面に出ています。

もう一つの注意点は、「中東依存の縮小」と「中東からの撤退」を同じ意味で受け取らないことです。統計上、日本はすでに国内生産分を持ち、非中東からの輸入も一定量あります。したがって現実的な政策目標は、中東比率を段階的に下げ、危機時でも工場停止を避けられる調達網を作ることです。今後の焦点は、政府がどこまで長期契約や物流支援に踏み込むか、そして石化企業が平時コストと危機耐性のどちらを優先するかに移るはずです。

まとめ

ナフサの中東依存見直し論は、単なる危機対応アピールではありません。2026年3月中旬以降の政府措置、業界団体の声明、実際の減産事例をつなぐと、日本の弱点が「原油価格」から「石油化学の原料供給網」へ広がっていることが見えてきます。中東依存の縮小は可能ですが、短期の全面代替は難しく、在庫、国内精製、非中東調達、価格転嫁を組み合わせる移行戦略が必要です。今回の論点は、エネルギー安保ではなく、素材安保として読むと全体像がつかみやすくなります。

参考資料:

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