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ナフサ供給網に中東危機、エチレン減産が映す日本化学産業の弱点

by 田中 健司
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はじめに

中東情勢の緊迫は、原油価格やガソリン価格だけの問題ではありません。原油やナフサは、エチレン、プロピレン、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの基礎化学品に姿を変え、包装材、自動車部品、家電、建材、医療・衛生用品まで広く使われます。

日本の石油化学は、原油精製、ナフサ輸入、ナフサ分解、誘導品製造、加工メーカーという多段階の供給網で成り立っています。どこか一つが止まると、最終製品の不足より先に、稼働率の低下、在庫の取り崩し、グレード別の偏り、価格転嫁の遅れとして影響が表れます。

本稿では、ナフサからエチレン、さらに樹脂や部材へ至る流れを整理し、中東リスクが日本の製造業にどう波及するのかを読み解きます。焦点は、目先の供給不足だけでなく、コンビナートの操業維持と産業基盤の再設計です。

ナフサから最終製品までの供給網

原油精製とナフサ分解の連結構造

ナフサは、原油を精製する過程で得られる軽質油の一種です。石油化学工業協会は、ナフサを石油化学製品の中心的な原料と位置づけています。ナフサ分解工場では、ナフサを高温で分解し、エチレン、プロピレン、ブタジエン、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの基礎化学品を取り出します。

この工程は、単独の工場で完結するものではありません。製油所、ナフサタンク、ナフサ分解炉、誘導品工場、港湾設備、パイプラインが一体となったコンビナートで動きます。つまり、原料の船が遅れるだけでも、タンク繰り、分解炉の負荷、下流工場への供給計画に影響が出ます。

日本はナフサを国内精製でも得ていますが、輸入への依存も大きい構造です。石油化学工業協会の統計では、2024年の石油化学用ナフサ輸入量は2056万キロリットルで、そのうち中東は1512万キロリットル、構成比73.6%でした。国別ではアラブ首長国連邦が30.4%、クウェートが21.6%、カタールが15.4%を占めています。

この数字が示すのは、単に輸入先が偏っているということではありません。ナフサそのものの輸入に加え、国内でナフサを生み出す原油も中東依存が高いため、川上の地政学リスクが二重に効く構造です。製油所での国産ナフサ確保は重要ですが、原油輸送が揺れれば国内精製の安定性も同時に問われます。

エチレンを起点に広がる川下産業

ナフサ分解で得られる基礎化学品の中でも、エチレンは最重要原料の一つです。エチレンを重合するとポリエチレンになり、フィルム、袋、容器、電線被覆などに使われます。別の反応を経れば、エチレングリコール、塩化ビニルモノマー、界面活性剤などの原料にもつながります。

プロピレンからはポリプロピレン、アクリロニトリル、プロピレンオキサイドなどがつくられます。ポリプロピレンは自動車部品、家電部材、食品包装、医療用品などに使われます。ベンゼンやトルエン、キシレンは合成繊維、樹脂、溶剤、塗料、接着剤などの出発点になります。

このため、ナフサ不足は「プラスチック不足」という一言では捉えきれません。包装材に使うフィルムと、自動車の内装材、電線被覆、塗料用溶剤では、必要な化学品もグレードも異なります。ある製品の在庫が十分でも、別のグレードや副原料が不足すれば、加工現場では出荷制限や代替設計が必要になります。

経済産業省は、化学、紙・パルプ、セメント、ガラスなどの素材産業を、自動車、電機電子、医薬品、消費財に安定供給する基幹産業と説明しています。石油化学の影響が広いのは、この基礎素材が最終製品の前段階で幅広く組み込まれているためです。

中東情勢が調達を揺らす経路

ホルムズ海峡と中東依存の集中リスク

中東リスクの中心にあるのがホルムズ海峡です。米エネルギー情報局によると、2024年にホルムズ海峡を通過した原油・石油製品は日量2070万バレル、2025年上半期は日量2090万バレルでした。世界の海上石油貿易の大きな部分を占める物流の要衝です。

同局は、ホルムズ海峡には代替ルートが限られると整理しています。サウジアラビアやアラブ首長国連邦には迂回パイプラインがありますが、追加的に振り向けられる能力は限られます。タンカーの運航が止まらなくても、保険料、用船料、待機日数、港湾混雑が上がれば、ナフサの実質調達コストは上昇します。

国際エネルギー機関は2026年3月の石油市場報告で、中東での戦争によりホルムズ海峡を通る原油・石油製品の流れが大きく落ち込み、湾岸諸国の生産削減につながっていると分析しました。ここで重要なのは、石油市場の混乱が原油だけでなく、ナフサや石油製品、さらに石油化学原料の調達条件へ連鎖する点です。

日本側の脆弱性も明確です。JETROは、2025年の日本の原油輸入量が1億3974万キロリットルで、中東のシェアが93.5%だったと整理しています。資源エネルギー庁の資料も、原油は中東地域に90%以上依存していると示しています。ナフサ輸入の中東比率73.6%と合わせて見ると、石油化学は原料と原油の両面で中東物流に支えられていることが分かります。

在庫で時間を買う日本企業の限界

供給網はすぐに止まるわけではありません。石油化学工業協会は2026年4月23日、ナフサと川中製品の在庫を合わせ、少なくとも化学品全体の国内需要4カ月分を確保していると説明しました。ポリエチレンやポリプロピレンなど主要石油化学製品も、国内需要3カ月以上の在庫水準を維持しているとの認識です。

経済産業省も4月30日時点で、川中製品在庫を使えばナフサ由来の化学製品製造は少なくとも半年以上継続可能とし、中東以外からのナフサ輸入を加速していると説明しています。政府と業界は、備蓄原油の活用、国内精製の維持、代替産地からの調達で時間を稼いでいます。

ただし、在庫は万能ではありません。在庫は製品別、メーカー別、地域別、グレード別に偏ります。加工メーカーが必要とする特定の樹脂や溶剤が不足すれば、全体在庫があっても現場では「手当てできない」状況が起こります。政府が供給の偏りや流通の目詰まりを課題に挙げているのは、このためです。

もう一つの限界は、在庫の取り崩しが長期化するほど復元に時間がかかることです。ナフサクラッカーは連続運転を前提にした設備で、急停止や再稼働には大きな負荷がかかります。稼働率を落として供給網をつなぐ対応は合理的ですが、それは将来の補充需要とコスト増を先送りする面もあります。

価格と操業に出る連鎖反応

稼働率低下が示す設備運営の制約

中東リスクは、すでに操業指標に表れています。石油化学工業協会の2026年3月実績では、エチレン生産量は27万2600トンで、前年同月比38.8%減でした。稼働プラントの実質稼働率は前月の75.7%から68.6%へ低下し、前年同月の75.1%も下回りました。

低下の要因は、原料面の制約だけではありません。3月は定期修理が集中し、前月の2社2プラントから4社4プラントへ増えました。とはいえ、定修と原料不安が重なったことで、国内エチレン設備の余裕が小さくなっている実態が浮かびました。

川下では、在庫を使った供給維持が確認できます。2026年3月の4樹脂統計では、低密度ポリエチレンの生産は前年同月比41%減でしたが、国内出荷は3%増でした。高密度ポリエチレンは生産62%減、国内出荷4%減、ポリプロピレンは生産28%減、国内出荷4%減です。生産の落ち込みに比べ、出荷の落ち込みが小さい製品があるのは、在庫取り崩しが効いているためです。

この状況は、短期的には安心材料です。しかし、在庫を使いながら生産を抑える局面が続けば、次に問題になるのは補充です。包装材、射出成形、自動車部材、電線、工業用部品の需要は一定のタイムラグで動きます。川上の稼働低下が長引くほど、川下の購買担当者は納期、代替グレード、価格改定の調整に追われます。

代替調達がもたらすコスト上昇

政府と企業は、中東以外からのナフサ調達を増やしています。JETROは、米国、アルジェリア、ペルーなど中東以外からのナフサ輸入が、2026年5月には中東情勢悪化前の水準に比べ約3倍、135万キロリットル超になる見込みだと紹介しています。原油についても、中東以外の複数地域から代替調達を進める方針が示されています。

代替調達は供給維持に不可欠ですが、コスト面では重くなります。遠距離からの調達は運賃や保険料を押し上げます。スポット調達が増えれば、価格交渉力は弱まりやすくなります。ナフサの性状が変われば、分解炉の運転条件や得られる製品構成にも調整が必要です。

石油化学製品の価格は、原料ナフサ価格、為替、物流費、需給バランスを反映します。ただし、最終製品までの価格転嫁は一直線ではありません。樹脂メーカー、コンパウンドメーカー、成形加工会社、部品メーカー、完成品メーカーの間には、契約期間や価格改定ルールの違いがあります。原料高が先に来て、販売価格の改定が遅れる企業ほど、採算は圧迫されます。

影響を受けやすいのは、代替材料への切り替えが難しく、かつ価格交渉力が弱い中小加工メーカーです。食品包装や医療・衛生関連のように品質認証や安全規格が厳しい分野では、単純に別グレードへ置き換えることができません。供給不安は、調達部門だけでなく、設計、品質保証、営業、法務まで巻き込む経営課題になります。

日本の石油化学が迫られる再設計

コンビナート再編と原料多様化の現実

今回の混乱は、地政学リスクだけでなく、日本の石油化学が抱える構造問題も映しています。資源エネルギー庁のエネルギー白書2025は、2024年度の国内石油需要が1999年度のピークから3割以上減少し、2024〜2028年度も年平均約2%減少する見込みだと説明しています。需要縮小の中で、全国的な石油サプライチェーンを維持するには、再編や経営基盤の強化が必要です。

石油化学工業協会によると、2024年末の国内エチレン生産能力は年616万2000トンです。出光興産、ENEOS、京葉エチレン、クラサスケミカル、三井化学、三菱ケミカル、東ソーなど複数社が担っています。能力が分散していることは冗長性の面で意味がありますが、需要縮小局面では稼働率維持と投資余力の確保が難しくなります。

経済産業省は、化学産業について国際的な過剰供給、ナフサクラッカー稼働率の適正化、商材ポートフォリオの見直し、GX、経済安全保障への対応が必要だとしています。今後の論点は、単に設備を残すか減らすかではありません。どのコンビナートを、どの原料、どの製品群、どの港湾・物流網と組み合わせて残すかです。

短期対応としては、代替産地の開拓、共同調達、港湾タンクの運用改善、グレード別在庫の可視化が重要です。中期対応としては、製油所と石化設備の連携を深め、国内精製から得られるナフサの安定確保を図る必要があります。長期対応では、化石由来ナフサだけに頼らない原料体系へ移ることが避けられません。

リサイクル原料が補完する安全保障

原料多様化の一つが、使用済みプラスチックを油化し、再び精製装置やナフサクラッカーに投入する取り組みです。ENEOSと三菱ケミカルは2025年7月、茨城県神栖市でプラスチック油化設備を竣工したと発表しました。外部から調達した使用済みプラスチックを分解し、リサイクル生成油を既存の石油精製装置やナフサクラッカーの原料として使う構想です。

こうしたリサイクル原料は、当面の数量では輸入ナフサを大きく置き換えるものではありません。それでも、国産に近い循環原料を増やせれば、地政学リスクへの耐性と脱炭素対応を同時に進められます。重要なのは、環境投資を供給安全保障の投資としても位置づけることです。

ただし、リサイクル原料にも課題があります。回収量、異物除去、品質安定、認証、コスト、既存設備への適合性を整えなければ、基礎化学品の安定供給にはつながりません。石油化学の現場では、原料が変わると分解炉の挙動も製品構成も変わります。研究開発だけでなく、量産運転と顧客認証まで含めた実装力が問われます。

製造業全体で見ると、調達先の多様化だけでは十分ではありません。製品設計の段階から、複数グレードに対応できる材料仕様、再生材の使用余地、価格変動条項、緊急時の優先供給ルールを組み込む必要があります。サプライチェーンを強くするには、川上だけでなく川下の設計思想も変える必要があります。

注意点・展望

この問題で避けたい誤解は、ナフサ不足がすぐに全てのプラスチック製品不足を意味するという見方です。実際には、在庫、代替調達、輸出入調整、稼働率調整によって、短期の供給はかなり吸収できます。一方で、特定の樹脂、溶剤、添加剤、包装材では、全体統計に表れにくい偏りが先に出ます。

もう一つの誤解は、石油備蓄があれば石油化学原料も完全に守られるという見方です。備蓄原油は国内精製を支える重要な手段ですが、輸入ナフサそのもの、特定グレードの樹脂、海外由来の添加剤までは直接補えません。備蓄は時間を買う手段であり、供給網の構造的な偏りを消すものではありません。

今後は、ホルムズ海峡の通航状況、ナフサの代替輸入量、国内クラッカーの稼働率、4樹脂の在庫率、価格転嫁の進み具合が注目点です。中東情勢が短期で落ち着けば、在庫補充と定修後の生産回復が焦点になります。長期化すれば、低稼働の継続、輸入コストの上昇、川下企業の採算悪化がより鮮明になります。

まとめ

ナフサとエチレンの供給網は、石油、港湾、コンビナート、化学品、加工メーカーを結ぶ複雑な産業インフラです。中東情勢の悪化は、原油価格だけでなく、ナフサ調達、エチレン稼働率、樹脂在庫、川下製品の価格と納期へ波及します。

日本は在庫と代替調達で短期の供給維持を図っていますが、中東依存の高さと国内需要縮小という二つの構造課題を抱えています。企業に必要なのは、調達先の分散、在庫の見える化、代替材料の認証、価格転嫁ルールの整備です。石油化学の安定供給は、地政学対応であると同時に、国内製造業の基盤を守る経営課題です。

参考資料:

田中 健司

製造業・建設・インフラ

製造業・建設・インフラ産業を中心に取材。大企業の事業再編から建設現場の人手不足問題まで、日本の産業基盤の変化を追い続ける。

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