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孫正義が本名で挑んだ起業と人間平等への信念

by 鈴木 麻衣子
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本名「孫」で挑む孫正義の起業原点

ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏は、世界で最も知られる日本の経営者の一人です。しかし、その成功の裏には、在日韓国人として生まれ育ち、差別や偏見と闘い続けた壮絶な半生があります。

孫氏はかつて日本名「安本正義」を名乗っていましたが、起業の際にあえて韓国名「孫」に戻すという決断をしました。親族の猛反対を押し切ってのことでした。「人間は皆同じ。いくらでもはい上がれる」という言葉には、自身の経験に裏打ちされた深い思いが込められています。

本記事では、孫正義氏のルーツから現在に至るまでの歩みを振り返り、その信念がどのように世界規模の事業へとつながったのかを解説します。

在日韓国人としてのルーツと幼少期の試練

佐賀県の朝鮮人集落で生まれて

孫正義氏は1957年8月11日、佐賀県鳥栖市の朝鮮人集落に生まれました。韓国名は「孫正義(ソン・ジョンウィ)」です。祖父の孫鍾慶氏は韓国・大邱の出身で、日本統治時代に炭鉱労働者として渡日しました。

幼少期の生活環境は厳しいものでした。一家は在日韓国人が集まる集落で暮らし、経済的にも困窮していました。父親は事業家として奮闘していましたが、社会的な差別は日常的に存在していました。

「安本」という日本名での生活

当時、多くの在日韓国人と同様に、孫家も日本名「安本」を通称として使用していました。孫正義少年も「安本正義」として学校に通い、日本人として生活していました。

しかし、幼稚園時代には「朝鮮人」とののしられ、投げつけられた石で頭から血を流すこともあったといいます。こうした経験は、幼い孫少年の心に深い傷を残すとともに、人間の平等について考える原点となりました。

渡米が変えた人生観

16歳で単身アメリカへ

高校時代、孫氏は人生を変える大きな決断をします。16歳で単身渡米し、カリフォルニア州の高校に編入したのです。当時の日本では在日韓国人に対する差別が根強く、将来の選択肢も限られていました。

アメリカでの経験は孫氏に大きな衝撃を与えました。多様な人種や文化が共存する社会の中で、出自に関係なく実力で評価される環境に触れたのです。孫氏はわずか3週間で高校を卒業し、名門カリフォルニア大学バークレー校に進学しました。

バークレーでの起業経験

大学在学中、孫氏は自動翻訳機を発明し、その特許をシャープに約1億円で売却しています。さらにソフトウェア開発会社「ユニソン・ワールド」を設立し、在学中から起業家としての才覚を発揮しました。

アメリカでの約4年間は、孫氏にとって「人間は皆同じ」という信念を確信に変える期間となりました。国籍や人種ではなく、志と実力こそが人の価値を決めるという考えが、この時期に固まったのです。

本名「孫」を掲げた創業の決断

親族の猛反対を押し切って

1981年、24歳の孫氏は日本に帰国し、福岡市で「日本ソフトバンク」を設立しました。この時、孫氏は重大な決断を下します。日本名の「安本」ではなく、韓国名の「孫」を名乗って起業することを選んだのです。

この決断に対し、親族や親戚は猛反対しました。「銀行からの融資が受けられなくなる」「取引先から敬遠される」「ハードルは十倍になる」と口々に懸念を訴えたのです。当時の日本社会で、在日韓国人であることを公にしてビジネスを行うことは、極めて大きなリスクでした。

しかし、孫氏は揺らぎませんでした。「たとえ十倍難しい道であっても、俺は人間としてのプライドを優先したい」と答えたといいます。

「希望の光」になるという使命感

孫氏がこの困難な道を選んだ背景には、単なる個人的な意地ではなく、同じ境遇で苦しむ人々への強い思いがありました。孫氏は後に次のように語っています。

「自分の先祖代々の名前を堂々と名乗って、様々なハンディキャップがあったとしてもそれでもやれるんだという事例を示したい。希望を得る若者が出れば、それは『差別反対』と言うよりも100万倍効果がある」

差別に声を上げるだけでなく、成功という事実をもって証明する。その覚悟が、孫氏の起業家精神の根幹にあるのです。

ソフトバンクの急成長と世界的経営者への道

福岡の小さなオフィスから世界へ

創業当初のソフトバンクは、福岡市内のオフィスに間借りする小さな会社でした。事業内容はソフトウェアの流通が中心で、従業員もわずか数名からのスタートです。

しかし、孫氏の事業眼は並外れていました。パソコン産業の急成長を見抜き、ソフトウェア流通で急速にシェアを拡大。その後、出版事業、インターネット事業へと展開し、Yahoo! JAPANの設立やブロードバンド事業「Yahoo! BB」の立ち上げなど、次々と日本のIT業界を変革していきました。

「人間は皆同じ」を体現する経営

孫氏の経営哲学の根底には、常に「人間は皆同じ」という信念があります。それは社員の採用や投資先の選定にも表れています。出身や経歴ではなく、志とビジョンを重視する姿勢は、ソフトバンクグループの企業文化として根付いています。

孫氏自身、「悩むのは夢や希望があるからだ。乗り越えた先に素晴らしき未来がある」という言葉を残しています。逆境を嘆くのではなく、それを乗り越える原動力に変えるという考え方は、多くの起業家や若者に影響を与え続けています。

AI時代に賭ける現在の孫正義

「AIに全賭け」の投資戦略

2026年現在、孫氏はAI(人工知能)分野への大規模投資を加速させています。2026年3月には、米オハイオ州で約5000億ドル(約80兆円)規模のAI向けデータセンター投資計画を発表しました。「1カ所への投資としては人類史上最大」とされるこの計画には、日米21社が参画しています。

さらに、OpenAIへの追加投資も進めており、「超知能(ASI)」の実現に向けて全力を注いでいます。孫氏はこの戦略を「AIに全賭け」と表現し、過剰投資との批判にも揺るがない姿勢を見せています。

日本の未来への危機感

一方で、孫氏は日本の現状に対して強い危機感も表明しています。「日本経済はこの30年間ほぼゼロ成長だった」と指摘し、「このままでは忘れられた国になる」と警鐘を鳴らしています。

この発言の背景にも、日本への深い愛情があります。在日韓国人として差別を経験しながらも日本で起業し、日本を拠点に世界と戦い続けてきた孫氏だからこそ、日本の停滞に対する危機感はひときわ強いのです。

孫正義のAI投資にも続く人間平等の信念

孫正義氏の「人間は皆同じ。いくらでもはい上がれる」という言葉は、単なる精神論ではありません。在日韓国人として差別を受けた幼少期、本名を名乗って起業する際の親族の反対、そしてそれらを乗り越えて世界的経営者となった実績に裏打ちされた、重みのある言葉です。

現在もAI分野への巨額投資で世界の注目を集める孫氏ですが、その根底にあるのは40年以上前から変わらない信念です。出自や境遇に関係なく、志を持ち行動すれば道は開ける。その生き様そのものが、困難に直面するすべての人への力強いメッセージとなっています。

参考資料:

鈴木 麻衣子

企業経営・コーポレートガバナンス

企業経営・コーポレートガバナンスを専門に取材。経営戦略の成功事例から不正会計の構造的問題まで、企業の「あり方」を鋭く問う。

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