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資産1億円時代に普通の会社員が実践する家計管理と長期投資戦略

by 藤田 七海
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資産1億円が会社員にも届き始めた背景

「富裕層」という言葉は、長く経営者や不動産オーナー、相続資産を持つ家系を連想させてきました。ところが近年は、一般の会社員や共働き世帯が、長期の積立投資や勤務先制度の活用を通じて、金融資産1億円のラインに近づく例が増えています。背景にあるのは、株高や円安だけではありません。家計の固定費を抑え、投資を生活の自動仕組みに組み込み、制度改正を使い切る消費行動の変化です。

野村総合研究所は、預貯金や株式、投資信託などの金融資産から負債を差し引いた純金融資産を基準に、日本の世帯を階層化しています。同社の推計では、2023年時点で純金融資産1億円以上5億円未満の「富裕層」は153.5万世帯、5億円以上の「超富裕層」は11.8万世帯でした。両者を合わせた165.3万世帯は、2005年以降の推計で最多です。

注目すべきは、資産の増え方が「一発当てた」ものではなく、生活の中に埋め込まれた積み上げである点です。従業員持株会、企業型確定拠出年金、iDeCo、NISAは、それぞれ制度設計も税制も異なりますが、共通するのは給与所得者でも長期の資産形成を継続しやすいことです。本稿では、ブランド消費やライフスタイルの変化という視点も交えながら、普通の家計が富裕層化する条件と落とし穴を整理します。

富裕層入りを後押しした制度と市場環境

NISA拡充が変えた投資の入口

家計の投資行動を大きく変えた制度がNISAです。金融庁が2026年2月に公表した速報値では、2025年12月末時点のNISA口座数は2,826万口座、累計買付額は71兆円でした。政府目標では2027年12月末までに買付額56兆円が掲げられていましたが、買付額は前倒しで上回った形です。

制度面の変更も大きいです。新NISAでは、つみたて投資枠が年120万円、成長投資枠が年240万円となり、両枠を併用できます。非課税保有限度額は全体で1,800万円です。かつての少額投資非課税制度は「投資を試す入口」という性格が強かった一方、現在のNISAは、長い人生設計の中でかなり大きな金融資産を置く器になりました。

日本証券業協会の「新NISA白書2024」でも、2024年12月末時点のNISA累計買付額は52.6兆円に達していました。2024年だけで17.4兆円の買付があり、制度改正直後から家計資金が大きく動いたことが分かります。投資対象は個別株だけではなく、低コストのインデックス投資信託も広がりました。毎月一定額を積み立てる行動が、特別な金融行為ではなく、給与日に自動で処理される生活習慣へ近づいたのです。

もっとも、NISAの拡大は「誰もが同じように富裕層へ近づく」ことを意味しません。年間360万円の投資枠を使い切れる家計と、生活費や教育費で余力が乏しい家計では、制度の恩恵に差が出ます。非課税枠は強力ですが、元本保証ではありません。金融庁も資産形成の基本として、預貯金、株式、債券、投資信託にはそれぞれ安全性、収益性、流動性の違いがあると説明し、長期・積立・分散の重要性を示しています。

持株会と企業型DCが作る強制貯蓄

「いつの間にか富裕層」を生むもう一つの経路が、勤務先を通じた資産形成です。東京証券取引所の2024年度従業員持株会状況調査によると、調査対象は東証上場内国会社のうち従業員持株制度を有する3,265社です。従業員持株会が保有する株式の時価総額は2025年3月末時点で8兆2,635億円、加入者1人当たりの平均保有金額は250.3万円でした。

持株会は、給与天引きで自社株を買い続ける仕組みです。多くの企業が奨励金を付けており、同調査では調査対象会社の96.6%が奨励金を支給していました。拠出金1,000円当たりの平均支給額は107.24円で、単純に見れば購入時点で一定の上乗せ効果があります。これが長期の株価上昇や配当と重なれば、会社員の資産形成を押し上げます。

ただし、持株会には勤務先依存という弱点があります。給与、雇用、退職金、保有株式が同じ会社の業績に連動しすぎると、家計全体のリスクが集中します。好業績企業に勤める人ほど資産も増えやすい一方、業績悪化局面では雇用不安と株価下落が同時に来る可能性があります。持株会は「有利な制度」ですが、家計の主役にしすぎない設計が欠かせません。

企業型DCも、給与所得者の資産形成を変えています。厚生労働省が掲載する確定拠出年金統計資料では、企業型DCの加入者数は2025年3月末時点で862万582人でした。資産額は23兆8,201億円規模、1人当たり資産額は263万円です。企業型DCは、加入者自身が投資信託や保険商品、預貯金などから運用商品を選ぶ制度であり、長期の運用成果が将来給付に反映されます。

制度を使う家計は、毎月の意思決定を減らせます。積立額や配分を決めておけば、相場が良い月も悪い月も買付が続くからです。資産形成で難しいのは、最適な銘柄を一度で選ぶことより、収入が増えた時も生活水準を上げすぎず、相場が下がった時も仕組みを止めないことです。自動化された制度は、その弱点を補います。

いつの間にか富裕層の家計管理術

生活水準を上げすぎない支出設計

資産1億円に到達する家計の特徴は、収入の高さだけでは説明できません。高収入でも支出が膨らめば金融資産は残りませんし、平均的な収入でも、長期にわたり黒字を投資へ回せば複利の効果が働きます。重要なのは、所得が増えた時に生活の標準をどこまで上げるかです。

ライフスタイルの観点で見ると、現代の「豊かさ」は見せびらかす消費から、選別する消費へ移っています。住宅、車、教育、旅行、外食、サブスクリプションは、いずれも満足度を高める一方で固定費化しやすい支出です。富裕層化する家計は、すべてを我慢しているわけではありません。自分たちにとって価値の高い支出を残し、満足度の低い固定費を早く切る傾向があります。

総務省の家計調査報告(貯蓄・負債編)によると、2024年の二人以上世帯の1世帯当たり貯蓄現在高は平均1,984万円でした。ただし平均値は資産の多い世帯に引き上げられます。貯蓄現在高を五分位で見ると、最も貯蓄が多い第Ⅴ階級では有価証券の割合が24.6%となり、貯蓄が多い世帯ほど預貯金だけでなく有価証券も組み込んでいます。

この数字は、家計管理の二段階を示しています。第一段階は、生活防衛資金を確保し、赤字を出さないことです。第二段階は、余剰資金を現預金に置き続けるだけでなく、目的と期間に応じてリスク資産へ振り向けることです。日々の支出管理がないまま投資額だけ増やすと、相場下落時に取り崩しを迫られます。逆に、預金だけに偏りすぎると、長期の資産成長を逃します。

金融経済教育推進機構の2024年調査では、二人以上世帯の金融資産保有額は平均1,374万円でした。同調査は、金融資産残高が増えた理由として、株式や債券価格の上昇による評価額増加、配当や金利収入を挙げる世帯が上位に来たと整理しています。つまり、家計の増加分は節約だけではなく、保有資産が働いた結果でもあります。

分散と継続で資産を育てる運用姿勢

「いつの間にか富裕層」という表現には、派手な成功物語とは異なる含意があります。本人の体感としては、毎月の積立、ボーナス時の追加投資、持株会、DCの配分変更といった地味な行動の連続です。相場上昇が続いた時に、気づけば評価額が大きくなっていたという構造です。

日本銀行の資金循環統計によると、2025年12月末の家計金融資産は2,351兆円でした。このうち現金・預金は1,140兆円で、構成比は48.5%です。一方、投資信託は165兆円、株式等は342兆円でした。日本の家計は依然として現預金比率が高いものの、株式や投資信託の残高は相場上昇の影響を強く受けています。

内閣府も、家計金融資産は欧米に比べて現預金に偏り、金融資産から得る所得の伸びを抑えてきたと分析しています。その一方で、NISAの抜本的拡充や株価上昇を受け、投資行動には変化の兆しが見られます。これは単なる金融商品の話ではなく、家計の将来設計における「お金の置き場所」の変化です。

資産1億円を目指すうえで、利回りの仮定を過度に高く置く必要はありません。むしろ重要なのは、運用期間、入金力、税制、コスト、分散の組み合わせです。たとえば、NISA口座で低コストの投資信託を長期保有すれば、運用益への課税を抑えられます。企業型DCやiDeCoでは掛金や運用益、受取時の税制優遇があり、老後資金の柱になり得ます。

一方で、制度ごとに資金拘束や換金性は異なります。NISAは比較的柔軟に売却できますが、DCやiDeCoは老後資金を前提とするため、原則として途中で自由に取り崩せません。教育費や住宅購入、介護費用など、使う時期が近いお金までリスク資産に振り向けると、下落局面で生活設計が崩れます。分散とは銘柄数を増やすだけでなく、使う時期ごとにお金の置き場を分けることでもあります。

生活文化の面でも、資産形成は「節約を楽しむ」段階から「選択を設計する」段階へ移っています。安いものを選ぶだけではなく、長く使えるもの、再販価値のあるもの、家族の時間を増やすものに支出を寄せる。逆に、惰性の保険、使わないサブスク、過剰な車関連費、見栄のためのブランド消費を見直す。こうした価値観の転換が、毎月の投資余力を生みます。

相場依存が広げる資産格差と落とし穴

「いつの間にか富裕層」は、前向きな現象である一方、相場が家計格差を広げる現象でもあります。株式や投資信託を保有していた世帯は、株高と円安の恩恵を受けやすくなりました。NRIは、富裕層・超富裕層の増加要因として、リスク性資産の価値上昇、円安による外貨建て資産の実質価値上昇、準富裕層から富裕層への移行などを挙げています。

これは、投資していた人が報われたという単純な話だけではありません。投資を始める余力がある世帯、金融知識にアクセスしやすい世帯、下落時にも売らずに済む生活防衛資金を持つ世帯ほど、相場上昇を享受できます。逆に、毎月の生活費で手元資金が尽きる世帯は、NISA枠が拡大しても利用しにくいです。制度は平等に見えても、使える余力は平等ではありません。

高齢世帯の資産分布にも注意が必要です。総務省の家計調査では、世帯主が65歳以上の二人以上世帯のうち、貯蓄現在高2,500万円以上の世帯は35.2%でした。一方で、300万円未満の世帯も14.8%あります。高齢期の平均貯蓄額だけを見ると余裕があるように見えても、実態は大きく分かれています。

相場依存のもう一つの落とし穴は、成功体験がリスク感覚を鈍らせることです。株高局面で資産が急増すると、保有比率が自然に株式へ偏ります。特定の自社株、特定の投資テーマ、特定の通貨建て資産に集中している場合、下落時のダメージは大きくなります。資産1億円に近づいた家計ほど、増やす技術だけでなく、守る設計が必要です。

家計が今日から点検すべき三つの軸

普通の会社員が富裕層化する道筋は、魔法の銘柄探しではありません。第一に、家計の黒字を安定させることです。手取り収入、固定費、教育費、住宅ローン、保険料を見直し、相場が悪い時にも積立を止めなくてよい余力を作る必要があります。

第二に、制度の優先順位を決めることです。NISAは中長期の資産形成に使いやすく、企業型DCやiDeCoは老後資金の土台になります。持株会は奨励金が魅力ですが、自社株集中を避けるため、家計全体の比率を定期的に確認することが大切です。

第三に、資産額ではなく生活の自由度を指標にすることです。1億円は分かりやすい節目ですが、家族構成、居住地、住宅ローン、健康状態によって必要額は変わります。見せる消費より、選べる時間と選べる仕事を増やす。そこに資産形成の本来の価値があります。

相場が追い風の時期ほど、家計の実力と市場の偶然を分けて考える姿勢が求められます。富裕層入りはゴールではなく、制度、生活、リスク管理を組み合わせた結果です。毎月の小さな選択を、将来の選択肢へ変える設計こそ、「いつの間にか富裕層」の核心です。

参考資料:

藤田 七海

ブランド・消費文化・ライフスタイル

ブランド戦略・消費文化・ライフスタイルを幅広く取材。歴史や科学にも造詣が深く、多角的な視点で社会の「今」を切り取る。

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