トランプ10%関税も違法判断 米貿易裁が示す通商政策の行き詰まり
CITの10%関税違法判断と二度目の司法敗北
米国際貿易裁判所(CIT)は2026年5月7日、トランプ大統領が全世界に課した10%の一律関税を違法とする判断を下しました。2対1の多数決による判決で、1974年通商法122条に基づく関税発動の法的根拠を否定した形です。
この判決は、2月の連邦最高裁による国際緊急経済権限法(IEEPA)関税の違憲判決に続く、トランプ政権にとって二度目の重大な司法敗北となりました。11月に中間選挙を控える中、政権の通商政策は法的基盤を失い、深刻な行き詰まりに直面しています。本記事では、判決の法的論点、関税政策の迷走の経緯、そして今後の展望を整理します。
判決の内容と法的争点
「国際収支赤字」の解釈をめぐる攻防
今回の裁判は、スパイス輸入業者のBurlap and Barrel社、玩具メーカーのBasic Fun社、そしてワシントン州を含む24州が原告として提訴したものです。争点は、通商法122条が定める関税発動要件を満たしているかどうかでした。
通商法122条は、「国際収支の根本的な問題(fundamental international payments problems)」が存在し、「大規模かつ深刻な国際収支赤字(balance-of-payments deficits)」が生じている場合に限り、大統領に最大15%・最長150日間の関税賦課権限を認めています。
トランプ政権は、米国の貿易赤字がこの条件に該当すると主張しました。しかしCITの多数意見は、「国際収支赤字」は1974年の経済学における専門用語(term of art)であり、貿易赤字や経常収支赤字とは異なる概念だと判断しました。政権が根拠として示した貿易赤字は、法が想定する「国際収支赤字」に該当しないというのが裁判所の結論です。
限定的な差止命令と反対意見
注目すべきは、判決の効力範囲です。CITは原告であるBurlap and Barrel社、Basic Fun社、ワシントン州に対してのみ恒久的差止命令を出しました。全国的な差止命令(nationwide injunction)は見送られたため、これら原告以外の輸入業者に対しては、関税の徴収が当面継続されます。
反対意見を述べたティモシー・スタンシュー判事も、政権の主張を全面的に支持したわけではありません。同判事の反対理由は主に手続き面に集中しており、当事者が十分に弁論を尽くしていない法理論に基づいて判決を急いだという点を問題視しました。実体面での政権側の主張に対しても、全面的な擁護は行っていません。
関税政策の法的迷走 IEEPAから122条へ
最高裁によるIEEPA関税の違憲判決
今回の判決を理解するには、トランプ政権の関税政策がたどった法的迷走の経緯を押さえる必要があります。
トランプ大統領は2025年2月以降、国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に、中国・カナダ・メキシコをはじめとする多数の国に対して関税を課しました。同年4月には「相互関税」として、ほぼ全ての貿易相手国に最低10%の追加関税を発動しています。
しかしIEEPAには「関税を課す」権限が明記されておらず、同法を関税の根拠とした大統領は歴史上存在しませんでした。2025年5月にCITがIEEPA関税を違法と判断し、同年8月には連邦巡回控訴裁判所(CAFC)も一審判断を支持しました。そして2026年2月20日、連邦最高裁が6対3の判決でIEEPAは大統領に関税賦課の権限を与えていないと確定させました。
通商法122条への緊急転換
最高裁判決からわずか数時間後、トランプ大統領は通商法122条に基づく新たな10%一律関税を発表し、2月24日から発効させました。これはIEEPA関税の「代替措置」として急遽導入されたもので、それまで122条が実際に発動された前例はほとんどありませんでした。
122条には明確な制約があります。税率の上限は15%、期間の上限は150日間で、議会の承認がない限り延長できません。2月24日を起点とすると、この関税は2026年7月24日に自動的に失効します。
こうした制約から、通商の専門家の間では当初から「122条は架け橋(bridge)に過ぎない」との見方が支配的でした。そして今回のCIT判決は、その架け橋自体の法的正当性をも否定した形です。
今後の展開と三つのシナリオ
控訴審と差止命令の行方
トランプ政権は速やかに連邦巡回控訴裁判所(CAFC)に控訴し、判決の執行停止を求めると見られています。IEEPA関税をめぐる過去の訴訟では、控訴裁が審理中の関税継続を一時的に認めた経緯があり、今回も同様の展開が予想されます。
ただし今回の差止命令は原告のみに限定されているため、仮に控訴審でも違法判断が維持されたとしても、全輸入業者への影響が確定するまでにはさらなる訴訟が必要です。
通商法301条への移行
トランプ政権の最も有力な次の一手とされているのが、通商法301条に基づく関税への移行です。米通商代表部(USTR)は2026年3月11日、16カ国・地域を対象とした過剰生産能力に関する301条調査と、60カ国以上を対象とした強制労働に関する301条調査を開始しました。
301条には122条のような税率上限や期間制限がなく、政権にとってはるかに自由度の高い関税手段です。グリアUSTR代表は、122条の期限である7月24日までに調査を完了する「加速スケジュール」を示唆しています。5月5日から8日にかけて公聴会が開催されており、手続きは着実に進行しています。
しかし301条調査にも課題があります。過去の301条関税(対中関税など)は特定の不公正貿易慣行に基づく国別措置であり、全世界一律の関税を正当化するために使われた前例はありません。法的な異議申し立てが再び起こる可能性は否定できません。
中間選挙と議会の動向
2026年11月の中間選挙は、通商政策の方向性に大きな影響を与えます。上院の3分の1と下院の全議員が改選を迎える中、関税による物価上昇が有権者の不満につながれば、与党共和党にとって逆風となりかねません。
議会が122条関税の延長を議決する選択肢もありますが、選挙前に関税引き上げへの賛成票を投じることは政治的リスクが高く、超党派での合意は困難との見方が有力です。
原告限定差止めと301条移行リスク
今回の判決について、いくつかの点に注意が必要です。
まず、差止命令が原告に限定されているため、大多数の輸入業者にとって関税は引き続き有効です。判決の法理が広く適用されるかどうかは、今後の訴訟と控訴審の判断にかかっています。
また、122条関税は7月24日に自動失効するため、仮に控訴審で政権が逆転勝訴したとしても、その実質的な意味は限定的です。より重要なのは、301条調査による後継関税の水準と範囲がどうなるかという点です。
日本を含む各国の輸出企業にとっては、関税率の不安定さそのものが最大のリスクとなっています。IEEPA関税から122条関税、そして301条関税へと法的根拠が次々と変わる中で、企業が中長期の事業計画を立てることが極めて困難な状況が続いています。
7月24日と11月中間選挙の政策節目
米国際貿易裁判所による通商法122条関税の違法判断は、トランプ政権の関税政策が直面する法的限界を改めて浮き彫りにしました。IEEPA関税の最高裁違憲判決に続く二度目の司法敗北により、政権は通商法301条への移行を加速させると見られます。
7月24日の122条失効期限、控訴審の行方、301条調査の進展、そして11月の中間選挙という四つの節目が、今後の米国通商政策を左右することになります。関税の法的根拠が安定しない状況は当面続く見通しであり、対米輸出に関わる企業は複数のシナリオを想定した柔軟な対応が求められます。
参考資料:
- Trump’s attempt to impose new 10% tariffs gets struck down by a panel of judges - CNN
- Federal court rules against new global tariffs Trump imposed after loss at the Supreme Court - NBC News
- Trade court strikes down a second round of Trump tariffs - NPR
- US Court of International Trade Rules Against Trump’s Section 122 Tariffs - Reason
- CIT Strikes Down Section 122 Tariffs: What This Means for Businesses - Customs & International Trade Law Blog
- トランプ政権の一律10%関税措置は違法 米国際貿易裁判所 - CNN.co.jp
- More Tariff Refunds, Not So Fast? CIT Strikes Down Section 122 Tariffs - Snell & Wilmer
- USTR Launches Broad Section 301 Investigations - Davis Wright Tremaine
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