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ロレアルが面接AI禁制へ 採用は対面回帰で候補者の真の実力見極め

by 山本 涼太
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はじめに

生成AIが採用の現場を変えています。候補者は履歴書や志望動機を短時間で整え、企業は応募のスクリーニングや面接日程の調整を自動化するようになりました。ところが、この効率化は同時に「誰の実力を、どの瞬間に見ているのか」を曖昧にしています。見た目には完成度の高い応募書類が増える一方で、思考の深さや業務理解、本人性をどう見抜くかが難しくなったためです。

その象徴がロレアルです。同社は社内でAI教育を進め、採用の初期選考にもAIを取り入れる一方、面接は人間同士の場として守る姿勢を鮮明にしています。本記事では、ロレアルの設計思想を起点に、候補者側のAI利用拡大、企業側の対面回帰、規制が促す説明責任までを整理し、採用がいまどのように再設計されているのかを読み解きます。

ロレアルが面接を人間領域へ戻す理由

AI活用企業だからこその線引き

ロレアルの動きは、単純な「AI嫌い」ではありません。2024年の年次報告によると、同社は2024年に130万件の求人応募を受け、4万2000人の従業員が「Gen AI for All」研修を受講しました。社内向けのL’Oréal GPTも月間3万2000ユーザー規模で使われています。つまり、AIを業務から遠ざけているのではなく、かなり早い段階から社内実装を進めてきた企業です。

採用でも同じです。2025年1月公開の採用責任者マイケル・キーンレ氏のインタビューでは、ロレアルは年間130万件規模の応募を約200人の採用担当者だけで手作業処理するのは不可能だと説明しています。そのため、初期段階ではAIを使って一次的な絞り込みを行います。ただし、最終判断は常に人間が担うという原則は崩していません。AIは入口の処理能力を補う道具であり、採用そのものを決める主体ではないという考え方です。

この線引きは、AIの強みと弱みを冷静に切り分けた結果といえます。大量の応募から形式的な適合度を見つける仕事ではAIが有効です。一方で、候補者の価値観、仕事理解、曖昧な状況での判断力のように、文脈を掘り下げて見極める作業では、なお人間の面接官の方が強いという認識があるわけです。

面接だけを「保護領域」にする設計

ロレアルが面接を特別扱いする理由は、応募者側のAI利用が書類作成にとどまらなくなったためです。2026年4月のBusiness Chiefの記事では、キーンレ氏が、候補者は履歴書や応募書類だけでなく、ビデオ面接の最中にもAIを使うようになったと述べています。実際に、AIが生成した回答をそのまま繰り返す候補者が現れ、不自然さから見抜かれた事例も紹介されました。

こうした事態に対し、ロレアルは面接を「AIフリー」の保護領域として扱っています。記事によると、初期面接は45分から1時間程度の人対人の対話として設計し、評価の核を自動化から切り離しました。重要なのは、同社がAI活用を止めたのではなく、AIを使う場所と使わない場所を分けたことです。書類選考や定型業務にはAIを使い、本人の思考や反応を見る場では人間同士の対話へ戻す。この二層構造こそ、現在の採用実務の本質です。

候補者のAI利用が変えた採用市場

応募量の膨張とシグナルの劣化

企業が面接の設計を見直す背景には、まず応募量の急増があります。Haysの2025年11月のグローバル調査では、51%の雇用主がAIツールの普及後に応募件数の増加を感じ、32%の求職者は生成AIのおかげで以前より多くの求人に応募すると答えました。日本向けの同年12月公表データでも、求職者の30%がAIを就職活動で使っており、その61%は履歴書の言い回し調整や翻訳支援に使っています。

この変化は便利さの裏側で、応募書類の情報価値を薄めています。Gartnerが2025年7月に公表した調査では、応募者の52%が企業はAIで応募情報を審査していると考え、実際に39%が応募過程でAIを使ったと答えました。しかし、AIが自分を公正に評価すると信じる候補者は26%にとどまっています。候補者は企業のAI審査を意識してAIで最適化し、企業はその最適化を前提にさらに審査を厳しくする。採用市場が相互にAI武装する構図です。

さらにResume Nowの2025年調査では、57%の採用担当者がAI支援応募の増加を実感し、90%が低品質またはスパム的な応募の増加を報告しました。AI生成の履歴書を無調整で使う候補者を62%の採用担当者が不利に評価すると答えています。量は増えても、選抜に必要な情報密度は下がる。これが企業の「対面で確かめたい」という反応を引き出しています。

本人確認と実務能力の新しいリスク

問題は応募量だけではありません。オンライン面接では、本人確認と実務能力の確認が同時に難しくなります。Checkrが3000人の管理職を対象に行った2025年調査では、59%が候補者によるAIを使った誇張や偽装を疑った経験があり、62%は求職者の方が企業よりAIを使った偽装に長けていると答えました。さらに31%は偽の身元の候補者を面接した経験があり、35%は応募者本人ではない別人がオンライン面接に参加したと回答しています。

TIMEが2025年8月に報じたKapwingの事例は、この問題をよく示しています。候補者は一般的な質問には流暢に答えたものの、実際に担当した機能について一段深く尋ねられると答えが破綻しました。AIで事前生成した説明や暗記した回答は、追質問に弱いのです。ここで企業が重視し始めたのが、対面面接、実技課題、行動事例の深掘り、画面外の支援を受けにくいライブ評価です。Checkr調査でも、不正防止への追加投資先として最も多かったのは対面確認の36%でした。

企業が進める採用プロセスの再設計

対面面接と追質問の再評価

AI時代の面接で企業が取り戻そうとしているのは、雑談ではなく「掘る力」です。EYの米国採用FAQでは、早期キャリア向けのオンライン評価に生成AIの使用を認めないと明記しています。評価は、候補者の行動傾向や状況への向き合い方を理解するためのものだからです。またEYの面接ガイドは、面接が電話、動画、対面の会話で構成されることを示したうえで、候補者に「自分のスキルと個性を真正面から示す」ことを求めています。

ここで重要なのは、対面回帰が旧来型の根性論ではないことです。AIが得意なのは、もっともらしい一般論を短時間で生成することです。逆に弱いのは、候補者自身の経験と結びついた具体性、矛盾への即応、話の脈絡の維持です。そのため、企業は面接官の質問設計も変えています。定番質問を並べるのではなく、候補者の発言を起点に追加質問を重ね、抽象論を具体的な業務場面へ引きずり下ろすやり方です。AI時代の面接力とは、候補者を圧迫する技術ではなく、経験の真偽を解像度高く確かめる技術といえます。

AI強化と人間回帰の同時進行

ただし、採用の未来が全面的な「脱AI」に向かっているわけでもありません。むしろ現実は逆で、企業側のAI活用はなお拡大しています。Amazonは2026年4月28日、Amazon Connect Talentのプレビュー提供を発表し、AIエージェントが構造化音声面接や評価を担う採用ソリューションを前面に出しました。候補者は24時間いつでも面接でき、企業は大規模採用を高速化できます。

同時にAmazonは、別の公式記事で、AIによる面接文字起こしの導入後に83%の候補者が面接のやり取りがより良くなったと回答し、AIでマッチングされた候補者は初回面接後の好結果率が24%高かったと紹介しています。ここから見えるのは、AIが採用から消えるのではなく、企業がAIを前工程へ押し込み、人間を後工程へ集中させる構図です。日程調整、文字起こし、一次スクリーニング、候補者探索はAI。本人性の確認、カルチャーフィット、曖昧な状況での判断、最終採否は人間。この役割分担が、今後の主流になりやすいです。

規制と実務が求める説明責任

人間の監督を求める制度環境

企業の線引きは、好みの問題ではなく規制対応の問題にもなっています。ニューヨーク市のLocal Law 144は、採用や昇進で使う自動化雇用判断ツールについて、利用前1年以内のバイアス監査、公表、候補者や従業員への通知を義務づけています。つまり、採用AIを使うなら「使っている事実」だけでなく、「どう監査し、どう説明するか」まで問われるわけです。

EUでも方向性は同じです。欧州議会の解説によると、AI法は雇用、労務管理、自営業へのアクセスに使うAIを高リスク分野として位置づけています。高リスクAIには、透明性、追跡可能性、人間の監督、苦情申立ての仕組みが求められます。採用AIは単なる効率化ツールではなく、基本的人権や雇用機会に影響するシステムとして扱われ始めたのです。企業にとっては、ブラックボックスの精度自慢より、監査可能で説明しやすい運用設計の方が重要になっていきます。

日本企業に広がる実務上の示唆

日本企業にとっての示唆は明確です。第一に、候補者にAI利用の可否と範囲を事前開示することです。履歴書の推敲や翻訳補助を認めるのか、テストや面接中のリアルタイム支援は禁じるのかを曖昧にすると、後から不公平感が残ります。第二に、少なくとも一段階は人間だけで評価する工程を持つことです。対面面接でなくても、追質問がしやすく補助ツールが入り込みにくいライブ評価の場は必要です。

第三に、AI導入の目的を「採用担当者の省力化」だけで終わらせないことです。ロレアルが示すように、本当に重要なのは、AIで削減した時間をどこへ再配分するかです。大量応募の処理を軽くした分、面接官の訓練、行動事例の深掘り、実技課題の設計、候補者との対話品質へ投資しなければ、AI導入は単なる処理速度の改善で終わります。採用の競争力は、AIを使うこと自体ではなく、AIで浮いた時間を人間判断の密度向上へ変換できるかで決まります。

注意点・展望

このテーマでありがちな誤解は、企業がAIを全面禁止へ向かっているという見方です。実態は逆で、AI利用は採用の前工程でさらに広がる可能性が高いです。問題はAIの有無ではなく、どの工程で何を評価し、その評価にどれだけ本人の思考が残っているかです。候補者側も、AIを使うこと自体が不利なのではなく、AIに任せ切って自分の言葉や経験を失うことが不利になります。

今後は、企業ごとに二つの方向へ分かれる公算が大きいです。一つはロレアルやEYのように、人間だけで評価する区間を明確に残す設計です。もう一つは、AI利用を前提にしたうえで、使い方そのものを評価対象に組み込む設計です。どちらの方式でも共通するのは、ルールの明示、本人確認の強化、追跡可能な評価記録の整備です。採用は「AIを使うかどうか」の議論から、「AIをどこまで開示し、どこから人が責任を持つか」の議論へ移っています。

まとめ

ロレアルの面接AI禁制は、AIへの反発ではなく、AI導入が進んだからこそ必要になった境界線です。130万件の応募をさばく一次処理ではAIが不可欠でも、候補者の思考、価値観、本人性を見抜く局面では人間同士の対話に戻す。この設計は、採用の本質が「処理」ではなく「見極め」にあることを改めて示しています。

候補者のAI利用が広がるほど、企業は対面面接、追質問、実技課題、監査可能な運用を重視します。今後の採用競争で差を生むのは、AIの導入量そのものではありません。AIに任せる工程と、人間が責任を持って見る工程をどれだけ明確に切り分けられるかです。ロレアルの判断は、その再設計がすでに始まっていることを示す先行事例といえます。

参考資料:

山本 涼太

AI・半導体・先端技術・SaaS

AI・半導体・通信などの先端技術とそれを事業化する企業を取材。技術の本質と市場インパクトをわかりやすく解説する。

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