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ダイヤモンド半導体が日本の切り札に?対米投資で加速する実用化

by 山本 涼太
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はじめに

2026年2月、日米両政府は総額5,500億ドル規模の対米投資イニシアティブの第1弾プロジェクトを発表しました。その中に含まれていたのが、約6億ドル規模の人工ダイヤモンド製造プロジェクトです。半導体や自動車部品の切削・研磨に不可欠な工業用人工ダイヤモンドは、現在その生産の大半を中国に依存しています。

この対米投資は「米国ファースト」政策への対応という側面を持ちますが、同時に「ダイヤモンド半導体」という次世代技術の実用化を加速させる起爆剤になるとの期待も高まっています。シリコンを超える究極の半導体素材として注目されるダイヤモンド。日本はこの分野で世界をリードできるのでしょうか。本記事では、対米投資の背景からダイヤモンド半導体の技術動向、そして日本企業の戦略までを詳しく解説します。

対米投資第1弾に人工ダイヤモンドが選ばれた理由

中国への依存度「ほぼ100%」という現実

人工ダイヤモンドが対米投資の第1弾に選ばれた最大の理由は、中国への圧倒的な依存度にあります。赤澤亮生経済産業相は「特定国への依存度がほぼ100%」と述べ、調達先の多角化が急務であることを強調しました。

工業用人工ダイヤモンドは、半導体ウエハの超精密研磨、自動車・航空部品の切削加工、量子デバイスの製造など、先端産業に不可欠な素材です。中国は世界の人工ダイヤモンド生産量の約63%を占めており、さらに輸出管理の対象品目に人工ダイヤを加える動きも見せています。レアアースに続く「第2の資源リスク」として、日米両政府が警戒を強めているのです。

ジョージア州に6億ドル規模の工場建設

2026年2月18日、日米両政府は戦略投資イニシアティブの第1陣として3つのプロジェクトを発表しました。人工ダイヤモンド製造プロジェクトのほか、テキサス州の原油輸出インフラ(約21億ドル)、オハイオ州のAIデータセンター向けガス火力発電(約333億ドル)が含まれています。

人工ダイヤモンド工場は米ジョージア州に建設される計画で、De Beers傘下のElement Sixが運営を担います。高温高圧法(HPHT)による工業用ダイヤモンドグリットを生産し、米国の国内需要を100%カバーすることを目指しています。日本側の企業も技術・資金面で関与し、中国に依存しない日米のサプライチェーン構築を進める方針です。

「究極の半導体」ダイヤモンドの圧倒的な性能

シリコンやSiCを凌駕する物性値

ダイヤモンド半導体が「究極のパワーデバイス」と呼ばれるのには、明確な根拠があります。半導体材料としての物性値が、既存の素材を圧倒的に上回っているのです。

絶縁破壊電界強度はシリコンの約33倍に達し、現在次世代パワー半導体として普及が進むSiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)をも大きく凌駕します。熱伝導率はシリコンの約17倍で、発熱が大きなパワーデバイスにとって理想的な放熱特性を持ちます。パワーデバイスの総合的な性能を示すバリガ性能指数では、シリコンの約49,000倍という驚異的な数値を示しています。

これらの特性により、ダイヤモンド半導体は高電圧・大電流の制御が求められるEV(電気自動車)のインバーターや、送電網のパワーコンディショナー、さらには宇宙・原子力施設など極限環境での利用が期待されています。

高周波デバイスとしても世界最高レベル

ダイヤモンドの優位性はパワーデバイスに限りません。高周波特性にも優れており、次世代通信技術「Beyond 5G/6G」の実現に不可欠な素材として注目を集めています。

佐賀大学理工学部の嘉数誠教授の研究グループは、ダイヤモンド高周波半導体デバイスで最大120GHzの電波増幅を達成しました。オフ時の耐電圧は4,266Vに達し、いずれも世界最高レベルの性能です。マイクロ波帯域(3〜30GHz)からミリ波帯域(30〜300GHz)まで幅広い周波数で増幅動作が可能であり、衛星通信やレーダーシステムへの応用が見込まれています。

実用化に挑む日本の4つの陣営

大熊ダイヤモンドデバイス:福島から世界初の量産へ

北海道大学と産業技術総合研究所(産総研)発のスタートアップである大熊ダイヤモンドデバイスは、福島県大熊町にダイヤモンド半導体の量産工場を建設しています。2024年にはPre-Aラウンドで約40億円の資金調達に成功し、2026年度末の工場稼働を目指しています。

同社は東京電力福島第一原子力発電所の廃炉作業で培った極限環境技術を活かし、放射線や高温環境下でも動作するダイヤモンド半導体デバイスの開発を進めています。廃炉ロボット向けデバイスで実績を積み、宇宙・防衛市場へと展開する戦略です。研究拠点は札幌の北海道大学とつくばの産総研に置き、生産拠点を福島に構えるという、復興と先端技術を両立させるモデルが特徴です。

ダイヤモンドセミコンダクター:世界初のサンプル出荷を開始

佐賀大学発のスタートアップであるダイヤモンドセミコンダクターは、2026年1月から世界初となるダイヤモンド半導体デバイスのサンプル製造・販売を開始しました。複数の大手電機メーカーにサンプルを提供しており、Beyond 5G/6G基地局や宇宙通信向けアンプでの市場展開を目指しています。

同社の強みは、佐賀大学の嘉数教授が長年蓄積してきた高周波ダイヤモンドデバイスの研究成果です。5〜6年以内に衛星通信向けの実用化を見据えており、地上の通信インフラから宇宙空間まで幅広い用途を想定しています。

Orbray:世界最大級の基板で量産の壁を突破

精密機器メーカーのOrbray(旧アダマンド並木精密宝石)は、ダイヤモンド半導体の量産に不可欠な大口径ウエハの開発で世界をリードしています。独自の「剣山」技術を応用し、基板を必要としない単体の高品質ダイヤモンド板の製品化を2026年中に予定しています。

ダイヤモンド半導体の実用化における最大の課題の一つが、大面積のウエハを安定的に製造することです。Orbrayはこの壁を突破する技術を持つ企業として、他の陣営との連携でも重要な役割を果たしています。

産総研:大面積複合ウエハで技術基盤を整備

産総研は2026年2月、ダイヤモンドとシリコンを高温接合し、反りを抑えた大面積複合ウエハ技術を発表しました。2030年までに6インチウエハの実現を目指しており、国内企業への技術移転を加速させています。この技術基盤の整備は、日本のダイヤモンド半導体産業全体の底上げにつながるものです。

注意点・展望

実用化までに残る課題

ダイヤモンド半導体の将来性は明るいものの、本格的な普及にはいくつかの課題が残されています。まず、ウエハサイズの問題があります。現在のダイヤモンドウエハは最大でも2インチ程度であり、シリコンの12インチやSiCの8インチと比べると大幅に小さく、量産コストの低減が難しい状況です。

また、結晶欠陥の制御技術やデバイスプロセスの成熟度も、シリコンやSiCに比べるとまだ発展途上にあります。パワー半導体として本格的に市場に浸透するには、2030年代前半までの技術革新が必要との見方が多いです。

対米投資が生む「二重の果実」

今回の対米投資プロジェクトは、工業用ダイヤモンドグリットの製造が直接の目的です。しかし、人工ダイヤモンドの製造技術と半導体用ダイヤモンドの製造技術には共通する部分が多く、量産技術の蓄積がダイヤモンド半導体の実用化を間接的に後押しする可能性があります。

2035年のパワー半導体市場全体は約7兆7,757億円規模になると予測されており、次世代素材(SiC、GaN、ダイヤモンド)の構成比率は約45%に達する見通しです。この巨大市場において日本が主導権を握れるかどうかは、今後数年間の技術開発と投資の判断にかかっています。

まとめ

日米戦略投資イニシアティブの第1弾に人工ダイヤモンド製造が選ばれたことは、中国依存からの脱却という経済安全保障上の「守り」であると同時に、次世代半導体技術の覇権を狙う「攻め」の一手でもあります。

日本には大熊ダイヤモンドデバイス、ダイヤモンドセミコンダクター、Orbray、産総研という4つの有力な陣営が存在し、それぞれが量産化、サンプル出荷、大口径ウエハ開発、基盤技術整備という異なるアプローチで実用化に挑んでいます。「第2のTSMC」の誕生は容易ではありませんが、ダイヤモンドという究極の素材において、日本が世界をリードする可能性は十分にあります。今後の技術進展と産業政策の動向に注目が集まります。

参考資料:

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