EU製優先の新法案、EVと再エネ支援が変える供給網再編の戦略
IAA案が狙うEU製造回帰と中国依存是正
欧州委員会は2026年3月4日、Industrial Accelerator Act(IAA)案を公表しました。見出しだけを追うと「EUが中国製を締め出す新法」のように映りますが、狙いは関税の一律引き上げではなく、公共調達や補助金、大型の外国直接投資に条件を付けることで、欧州域内に製造と雇用を呼び戻すことにあります。
背景には、脱炭素投資の拡大にもかかわらず、太陽光、電池、EV関連部材で欧州の製造基盤が弱まり、域外依存が深まってきた現実があります。欧州委は製造業のGDP比率を2024年の14.3%から2035年に20%へ引き上げる目標を掲げました。本稿では、IAA案の仕組み、中国製排除と受け止められる理由、そして実際に誰へどんな影響が及ぶのかを整理します。
IAA案の中身を決める三つの柱
公的支援と調達に入る「EU製」条件
IAA案の第一の柱は、公共調達や公的支援に「Made in EU」または低炭素要件を持ち込むことです。欧州委の説明によると、対象は鉄鋼、セメント、アルミ、自動車、ネットゼロ技術などの戦略分野で、化学など他分野への拡張余地も残しています。ここで重要なのは、民間のすべての売買に直ちに原産地規制をかけるわけではなく、公的なお金や公的発注をテコに需要を作る点です。
法案本文と付属文書を見ると、電池や太陽光ではかなり具体的です。発効3年後から、電池エネルギー貯蔵システムはEU域内原産であり、電池セル、バッテリーマネジメントシステム、主要部材の一部もEU由来であることが求められます。太陽光では、公共調達やオークション、公的支援制度の対象案件について、発効3年後からPVインバーターと太陽電池セルがEU原産であることが条件になります。
ここでのポイントは二つです。第一に、狙いは全面排除ではなく、欧州が取り戻したい中核部材を指定して需要を域内製造へ寄せることです。第二に、支援制度を使う案件ほど条件が厳しくなるため、安価な輸入品に頼って補助金を得るモデルが組みにくくなります。SolarPower Europeが「転換点」と評したのも、この需要創出機能を評価したからです。
外国直接投資にかかる新しい審査条件
第二の柱は、外国直接投資への条件付けです。法案は、EV、電池、太陽光、重要原材料の製造分野で、100百万ユーロ超の投資について、投資元の国が世界の製造能力の40%超を握っている場合、加盟国の投資当局または欧州委の明示的承認がなければ実行できないと定めています。ここで中国を名指ししてはいませんが、現実には中国系投資を強く意識した設計と読むのが自然です。
しかも、承認には六つの条件のうち四つ以上を満たす必要があります。内容は、EU企業との合弁で持ち分を49%以下に抑えること、知財やノウハウのライセンス供与、売上高の1%以上をEU域内R&Dへ回すこと、従業員の少なくとも50%をEU労働者とすること、投入材の30%以上をEUから調達するよう努めることなどです。なかでも50%のEU労働者要件は必須で、満たさなければ承認されません。
これは単なる安全保障審査より踏み込んでいます。EUは「投資は歓迎するが、補助金や単一市場へのアクセスだけを取りに来る投資ではなく、雇用、技術、域内調達を伴う投資だけを選別する」という姿勢を示したわけです。外資規制というより、産業政策と投資審査を結び付けた制度設計と理解したほうが実態に近いです。
開放性を残す例外と相互主義
第三の柱は、保護主義に見えすぎないよう例外と相互主義を織り込んでいることです。欧州委は3月4日の説明で、EUは依然として世界で最も開かれた市場のひとつであり、公共調達では政府調達協定に参加し、相互に市場を開いている国は同等に扱いうると明記しました。法案本文でも、EUが締結済みまたは暫定適用中のFTAやEPAで約束済みの投資は、外国投資章の対象外になる場合があります。
このため、IAA案は「中国製だけを法文で禁じるルール」ではありません。法的には、相互主義があり、かつ過度な支配的シェアを持たない国や企業には道を残しています。ただし、太陽光や電池で世界生産能力が特定国に偏る現状を踏まえると、最も強い逆風を受けるのが中国系サプライヤーと中国資本であることも事実です。中国製排除と受け止められるのは、その実務効果が明白だからです。
何が変わり、どこに摩擦が生まれるのか
産業政策の主役が補助金から需要創出へ移行
これまでのEU産業政策は、補助金や規制緩和で企業を支える色彩が強めでした。IAA案はそこから一歩進み、公共調達と支援制度そのものを「欧州製を買う市場」として設計し直そうとしています。2025年2月に公表されたClean Industrial Dealが1000億ユーロ超を動員してEU製クリーン製造を支える方針を打ち出し、その具体策としてIAA案が出てきた流れです。
この転換は、脱炭素と競争政策の優先順位が入れ替わったことを示します。これまでは「安い脱炭素製品をできるだけ早く導入する」ことが重視されがちでした。今後は「欧州で作れる脱炭素製品を買い、製造能力ごと残す」ことが同じくらい重要になります。再エネ導入量だけを追えば輸入品のほうが効率的な局面でも、EUは雇用、技術、供給網の安全保障を同時に買う方向へ舵を切りました。
中国企業と欧州企業にとっての実務上の分岐点
中国企業にとっての変化は明快です。価格競争力が高くても、EUの補助制度や公共案件に入るには、セルやインバーター、電池管理システムなど中核部材の域内生産や、EU側との合弁、現地雇用、域内調達を伴う形へ戦略を変える必要が出ます。単なる輸出モデルから、域内生産モデルへの転換圧力が強まります。
一方、欧州企業にとっても追い風一色ではありません。SolarPower Europeは法案を歓迎しつつ、電池向け要件は厳しすぎ、実装が複雑なら逆効果になりかねないと警告しました。実際、域内製造能力が十分でない段階で要件だけ先行すると、補助金を受ける案件のコストが上がり、導入スピードが鈍る恐れがあります。欧州が欲しいのは「保護されたが弱い産業」ではなく、「需要で育った競争力のある製造業」です。制度設計を誤れば、その両立は難しくなります。
2026年4月提案段階のEU製条件と修正焦点
この法案を読む際の注意点は三つあります。第一に、2026年4月時点ではまだ提案段階であり、今後は欧州議会とEU理事会で修正されます。第二に、「Made in EU」は全面輸入禁止ではなく、公的支援、公共調達、大型投資審査を通じて効かせるルールです。第三に、中国排除の色彩は濃いものの、法文上は相互主義やFTA例外を残しており、対象は一定の条件に絞られています。
今後の焦点は、要件の厳しさと適用時期がどこまで調整されるかです。太陽光ではセルとインバーターに絞る現案でも、欧州メーカーには強い需要支援になります。電池では部材要件が厳しく、供給能力不足との整合性が論点になります。EUが本気で製造回帰を進めるなら、要件設定だけでなく、電力価格、補助金運用、許認可迅速化まで一体で整える必要があります。
EV・電池・太陽光を域内で作らせるEU市場
IAA案は、EUが脱炭素政策を供給網と雇用を域内へ引き戻す制度へ変え始めたことを示す法案です。EV、電池、太陽光、重要原材料で公的支援や調達にEU製条件を入れ、大型の外国投資にも雇用と技術移転の条件を課す構図は、従来よりかなり攻めた内容です。
中国製排除という見方は完全には外れていません。ただし、より正確には「中国を中心とする域外依存を減らすため、EU市場へのアクセス条件を産業政策として作り替える法案」です。今後の修正次第で強度は変わりますが、2026年3月4日に欧州委員会が示した方向性は明確です。欧州は安く買う市場から、域内で作らせる市場へ動き始めました。
参考資料:
- Clean Industrial Deal | European Commission
- Industrial Accelerator Act | European Commission
- Proposal for a Regulation on establishing a framework of measures for accelerating industrial capacity and decarbonisation in strategic sectors | European Commission
- Factsheet accompanying the Industrial Accelerator Act Regulation | European Commission
- Executive summary of the impact assessment report accompanying the Industrial Accelerator Act | European Commission
- Industrial Accelerator Act marks new era for solar manufacturing in Europe | SolarPower Europe
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