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富士ソフト買収攻防が映した日本企業統治改革と資産効率の転機と課題

by 鈴木 麻衣子
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はじめに

富士ソフトを巡る買収攻防は、単なるファンド同士の値上げ合戦ではありませんでした。なぜ国内有力の独立系SI企業がここまで激しい争奪戦の舞台になったのかを追うと、日本企業の資産効率、企業統治、アクティビスト対応が一度に表面化した事例だったことが見えてきます。

公開資料をたどると、富士ソフトは買収提案が本格化する前から、不動産流動化や上場子会社の完全子会社化など、資産・資本構成の見直しを進めていました。一方で筆頭株主の3D Investment Partnersは、検討プロセスの甘さや資本政策の弱さを公然と批判しました。本稿では、富士ソフトにあった「隙」とは何だったのか、KKRとBain Capitalの競り合いが何を変えたのかを、公開情報だけで整理します。

買収攻防を招いた構造要因

不動産流動化と資本構成の見直し

富士ソフトの弱点は、事業不振そのものではありませんでした。2024年1月12日の会社開示では、企業価値向上策の一環として「不動産流動化に関する方針の策定」と「上場子会社4社の完全子会社化」を進めてきたと自ら説明しています。つまり、経営陣自身が、資産の持ち方とグループ構造の見直しが課題だと認識していたことになります。

その認識は、2024年8月8日に公表されたKKR案への賛同資料でもさらに明確です。富士ソフトは非公開化の背景として、安定した株主構成の整備、不動産流動化を含む資産・資本構成の見直し、中期経営計画2028の実行促進、新規事業やM&Aによる付加価値向上を挙げました。ここから読み取れるのは、同社の論点が「本業をどう立て直すか」ではなく、「強い事業基盤をどう市場評価に結び付けるか」に移っていたことです。

3D側の主張も、この構図を補強します。2024年2月の公開書簡で3Dは、富士ソフトが今後2年以内に不動産資産を売却するとしている以上、短期的には余剰資本の問題がむしろ強まる可能性があると指摘し、会社を売却しないなら大規模な自社株買いを行うべきだと求めました。アクティビストの見方はかなり攻撃的ですが、論点自体は単純です。利益を生む事業を持ちながら、資産の置き方と資本配分の説得力が弱ければ、株価は伸びにくいということです。

特別委員会と中計の並走

重要なのは、この案件が突然降って湧いたものではない点です。富士ソフトは2022年に企業価値向上委員会を設置し、2023年7月には独立社外取締役だけで構成するワーキンググループをつくり、同年9月には独立社外取締役6人による特別委員会を設けました。2024年1月の開示では、PEファンド各社の非公開化提案と、自社の中期経営計画による価値向上策を並行して比較検討していると説明しています。

ただし、この体制が市場を十分に納得させたかは別問題でした。3Dは公開書簡で、特別委員会が3D経由の提案しか実質的に見ておらず、より広い競争環境を自らつくっていないと批判しました。加えて、新中期経営計画2028の前提が野心的すぎ、内在価値評価が株主価値を高く見積もりすぎているとも主張しました。会社側は公正性と透明性の確保を強調し、3Dは監督と説明責任が足りないと攻める構図です。このズレこそ、公開会社として改革を進める速度と、市場が要求する速度の差だったといえます。

KKRとBain Capitalが競り上げた意味

価格競争と少数株主利益

買収戦の表面上の焦点は価格でした。2024年8月8日時点で、富士ソフトはKKR傘下のFKによる1株8800円の公開買付けに賛同し、6月13日終値6730円に対して30.76%のプレミアムだと説明しました。さらに3Dの23.46%、Farallonの9.22%について応募契約があることも示され、KKRは早い段階で強い足場を確保していました。

これに対し、2024年10月15日にはBain Capital側が1株9450円での公開買付け開始予定を公表します。ただし富士ソフトは同日のリリースで、その条件について事前協議は行っていないと明記しました。価格ではBain Capitalが上回っても、会社の賛同や既存の応募契約という面ではKKRが優位だったわけです。2025年2月にはKKRが第2回TOB価格を9850円へ引き上げ、ReutersもBain Capitalの9600円案を上回ったと報じました。

結果として、2025年2月20日の富士ソフト開示では、第2回TOBで14,379,779株の応募があり、決済後のFKの議決権所有割合は56.79%になる見通しとなりました。少数株主の立場から見れば、この競争によって取得価格は押し上げられました。他方で、当初から3DとFarallonの持分がKKR側に傾いていたことを踏まえると、価格競争が起きた後も、最終勝者の地盤はKKRのほうが厚かったとみるべきです。

日本型M&A実務の転換点

この案件が象徴的なのは、日本のM&A実務の転換点を映したからです。東京証券取引所は2023年3月31日付で、上場会社に対して資本コストや株価を意識した経営を求める対応を公表しました。その後、開示企業一覧の公表や見直しも続き、上場企業には資本効率と説明責任の両面で圧力がかかっています。富士ソフトのように、事業基盤は強いが資産効率や統治の説明が弱い企業は、以前より買収対象になりやすい環境です。

Reutersは2025年2月、この争奪戦が日本でますます競争的になっているディール環境を示し、世界の投資ファンドが「過少活用資産」や「不十分な企業統治」を抱える日本企業を狙っていると報じました。富士ソフトはまさにその典型です。ただし、狙われた理由はネガティブな面だけではありません。KKRは自社サイトで、アジア企業のデジタル・AI投資拡大と、システムエンジニア不足が進むなかで、富士ソフトの大規模な技術者基盤に価値があると説明しています。言い換えれば、富士ソフトは「弱い会社」だったのではなく、「強い事業を持つのに資本市場での見せ方が甘い会社」だったのです。

注意点・展望

この案件を「アクティビストが正しく、経営陣が遅かった」と単純化するのは危険です。実際には、富士ソフトは2022年以降かなり早い段階から企業価値向上策を検討し、不動産流動化や子会社再編を進めていました。問題は改革の有無ではなく、その速度、優先順位、そして市場への説得力でした。会社が自ら不動産流動化や資本構成見直しの必要性を認めている以上、その実行が株価に先回りして織り込まれなければ、外部資本から見て「まだ余地がある」と判断されやすくなります。

今後の焦点は、非公開化後にその余地を本当に埋められるかです。2025年3月25日にはKKRジャパンの谷田川英治氏と宮内秀聡氏を取締役候補者に選ぶと公表され、2026年4月1日時点の会社概要でも両氏が役員体制に入っています。2025年4月25日には東証が上場廃止を決定し、上場廃止日は2025年5月16日でした。ここから先は、資産売却や資本政策だけでなく、M&A、技術投資、人材確保を通じて、非公開化の正当性を業績と成長戦略で示せるかが問われます。

まとめ

富士ソフトを巡る争奪戦で見えた「隙」は、本業の弱さではありませんでした。公開資料から見えるのは、強い事業、厚い人材基盤、成長機会を持ちながら、資産効率と企業統治の面で市場に十分な確信を与えきれなかった姿です。そのギャップが、3Dの圧力を呼び込み、KKRとBain Capitalの競り合いを招きました。

この事例は、今後の日本企業にも重なります。とくに、非中核資産の整理が遅れ、資本政策の優先順位が曖昧で、改革の説明が後手に回る企業ほど、同じ問いを突き付けられやすくなります。富士ソフトのケースは、買収防衛の話というより、公開会社が自力で改革を完遂できるかどうかが資本市場で厳しく試される時代の到来を示した事例とみるべきです。

参考資料:

鈴木 麻衣子

企業経営・コーポレートガバナンス

企業経営・コーポレートガバナンスを専門に取材。経営戦略の成功事例から不正会計の構造的問題まで、企業の「あり方」を鋭く問う。

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