食用コオロギのグリラス破綻、デマ炎上の深層
グリラス自己破産とSNSデマ炎上
将来の食糧危機を見据え、食用コオロギの普及に挑んだ徳島大学発スタートアップ「グリラス」が、2024年11月に自己破産を申請しました。負債額は約1億5000万円です。大手コンビニでの全国展開も視野に入れていた矢先、SNSでの大炎上に見舞われ、取引先が相次いで撤退。科学的根拠のないデマが拡散される中、同社は有効な対策を打てないまま経営が行き詰まりました。
世界では昆虫食市場が急成長を続ける一方、日本では消費者の抵抗感とネット世論の暴走がイノベーションの芽を摘んだ形です。この事例から何を学ぶべきか、多角的に検証します。
グリラスの挑戦と急成長
徳島大学発のバイオベンチャー
グリラスは、徳島大学でコオロギの研究を行っていた渡辺崇人氏らが2019年に設立した企業です。コオロギは従来の畜産と比較して、飼料効率が格段に優れています。牛肉1キログラムの生産に約8キログラムの飼料が必要なのに対し、コオロギは約1.7キログラムで済みます。CO2排出量も牛の約50分の1と、環境負荷の低さが大きな強みでした。
「無印良品」採用で一躍注目
2020年、良品計画の「無印良品」がコオロギの粉末を使用したせんべいを発売し、グリラスは一躍注目を集めます。大学発ベンチャーとして研究と事業の両輪を回し、自社ブランド商品の開発も進めていました。SDGs(持続可能な開発目標)への関心の高まりも追い風となり、事業は順調に拡大していたのです。
炎上の発端と連鎖的崩壊
学校給食がきっかけに
転機となったのは2022年11月、徳島県内の高校がコオロギ粉末入りのコロッケを給食で提供したことです。当初は「昆虫食を通してSDGsを学べる」と好意的に受け止める声もありました。しかし、SNSを中心に「子どもにコオロギを食べさせるな」という批判が急速に拡大します。
この炎上は、グリラスの事業そのものへの攻撃へと発展しました。取引先企業はSNSでの批判を恐れて次々と撤退し、売上は急減していきます。
科学的根拠のないデマの拡散
事態をさらに深刻にしたのが、科学的根拠のないデマの拡散です。「コオロギは毒だから食べてはいけない」「妊婦に悪影響がある」といった主張がSNS上で広がりました。中には「コオロギを食べると酸化グラフェンが体内で生成され、電波で人間を操れるようになる」といった荒唐無稽な陰謀論まで登場しています。
「コオロギ食は人口を減らそうとする外国の策略だ」という主張も拡散され、食の安全に対する漠然とした不安が、こうしたデマの温床となりました。
デマ発信者への法的措置を取らず
グリラスの対応で注目されるのは、デマ発信者に対する法的措置をほとんど取らなかったことです。元従業員への取材によると、デマへの反論や訂正情報の発信も十分には行われなかったとされています。
研究者集団としての企業文化が、SNS上の「炎」への危機管理を後回しにさせた可能性があります。科学的に正しいことを説明すれば理解してもらえるはず、という前提が通用しない状況に、対応が追いつかなかったのです。
世界市場との大きな乖離
1000億円規模に成長する世界の昆虫食市場
グリラスが破綻する一方で、世界の昆虫食市場は急成長を続けています。日本能率協会総合研究所の調査によると、2019年に約70億円だった世界の昆虫食市場は、2025年には約1000億円規模に達する見込みです。
2013年に国際連合食糧農業機関(FAO)が発表した報告書が転機となりました。2050年に世界人口が90億人を超える中、タンパク質の供給源として昆虫の活用が有望であると提言したのです。欧米では環境意識の高い消費者を中心に、昆虫由来のプロテインバーやスナックが市場に定着しつつあります。
なぜ日本では定着しないのか
東京新聞は「昆虫食なぜ日本に定着しない?」と題した記事で、世界と日本のギャップを分析しています。日本には伝統的にイナゴや蜂の子を食べる文化がありますが、コオロギへの抵抗感は根強いのが実情です。
欧米では昆虫食が「環境に配慮した先進的な選択」として受容される一方、日本では「気持ち悪い」「わざわざ食べる必要がない」という感情的な反発が先行しています。この心理的障壁に加え、SNSでの炎上リスクが企業の参入意欲を削いでいるのが現状です。
デマ対応と昆虫食普及への課題
スタートアップが学ぶべき教訓
グリラスの破綻は、技術的に優れた製品を持つだけでは事業を維持できないことを示しています。SNS時代のリスク管理として、以下の点が重要です。
まず、デマや誹謗中傷に対する法的対応の準備を事前に整えておくことです。名誉毀損や業務妨害に該当するケースでは、毅然とした対応が抑止力になります。次に、消費者とのコミュニケーション戦略です。科学的な正しさを一方的に伝えるだけでなく、不安に寄り添いながら理解を促すアプローチが求められます。
昆虫食産業の今後
グリラスの破綻後、長野県内のコオロギ養殖企業も創業3年足らずで破産するなど、日本の昆虫食産業は厳しい状況が続いています。しかし、世界的な食料危機の深刻化を考えると、昆虫食が選択肢の一つであり続けることは確かです。
集英社オンラインの取材に対し、あるコオロギ食メーカーの社長は「コオロギ食は選択肢のひとつ」として事業継続の意思を示しています。日本市場での普及には、消費者教育と社会的受容の醸成が不可欠です。
1000億円市場と日本の受容ギャップ
グリラスの自己破産は、SNS時代におけるスタートアップの脆弱性を端的に示す事例です。科学的根拠のないデマが拡散し、取引先が撤退し、わずか数年で事業が崩壊しました。デマ発信者への法的措置を取らなかったことが、炎上の加速を招いた面は否めません。
世界では1000億円規模に成長する昆虫食市場と、日本での事業破綻という対照的な構図は、イノベーションと社会的受容のギャップを浮き彫りにしています。食の未来を考える上で、科学とコミュニケーションの両面からのアプローチが求められています。
参考資料:
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