個人向け国債税優遇案、相続減税と市場安定策の主論点を読み解く
金利ある時代の個人国債優遇論
財務省と金融庁が、2027年度税制改正要望で個人向け国債への税優遇を論点化する方向です。焦点は、利子への課税軽減、NISA対象化、相続税の減免といった複数の選択肢です。これは単なる家計向けの利回り改善策ではありません。日本銀行の国債保有が減り、長期金利が上がる局面で、国債の買い手をどう多様化するかという債務管理政策そのものです。
一方で、税優遇は必ず「誰を優遇するのか」という問いを伴います。個人向け国債は元本割れしにくい安全資産であり、相続税の軽減まで加えると高齢富裕層に効果が偏る可能性があります。地方銀行の預金、自治体の資金調達、地方税収への影響も無視できません。年末の与党税制改正論議では、国債市場の安定と税の公平性をどう両立するかが問われます。
税優遇案が浮上した国債市場の変化
販売急増を支えた固定5年人気
個人向け国債の制度は、すでに金利上昇の恩恵を受けています。財務省が公表する2026年8月19日時点の募集条件では、変動10年の表面利率は年1.87%、固定5年は年2.06%、固定3年は年1.71%です。税引き後でも固定5年は年1.64%台となり、長く低金利に慣れた家計から見ると、預金代替として十分に比較対象へ入る水準です。
商品性もわかりやすい設計です。購入単位は1万円からで、3年、5年、10年の3タイプがあります。変動10年は半年ごとに適用利率が変わり、固定3年と固定5年は満期まで利率が変わりません。発行後1年を過ぎれば、直前2回分の利子相当額を調整したうえで国が買い取る仕組みがあり、市場価格で損益が出る通常の利付国債とは性格が異なります。
販売実績も大きく伸びました。財務省の国債トップリテーラー会議資料では、2025年度の発行総額は6兆1,526億円となり、前年度より1.7兆円増えました。固定5年の人気が特に強く、2025年度は全体の販売構成でも固定5年が主力になっています。年度末の発行残高も19.6兆円まで増え、金利上昇が個人の行動を変え始めたことが確認できます。
家計保有1%台という政策余地
それでも、国債全体から見た家計の存在感はまだ小さいままです。財務省の国の債務管理に関する研究会では、日銀を除く国債保有が機関投資家中心で、家計による保有は全体の1%台にとどまるとの認識が示されています。財務省が2026年度末の国債発行残高を約1,239.1兆円と見込むなか、家計保有を広げたい発行当局の動機は明確です。
背景には、日銀の大規模緩和の巻き戻しがあります。銀行、生命保険会社、年金基金などの機関投資家に頼るだけでは、金利上昇局面で国債消化の安定性が揺らぎます。個人向け国債は、満期保有を前提にする家計資金を呼び込めるため、市場の短期的な売買に左右されにくい保有層を広げる手段になります。
ただし、ここで重要なのは「個人マネーなら安定的」と単純化しないことです。個人向け国債は毎月発行され、中途換金も可能です。購入者が金利や税制だけを見て動くようになれば、金利低下時や制度変更時に資金の出入りが大きくなる可能性があります。安定保有を本当に期待するなら、利回りだけでなく、保有目的や販売チャネルの設計まで含めた制度作りが必要です。
財務省は2026年12月募集分から、個人向け国債の販売対象を一部の法人等にも広げ、名称を「個人向け国債プラス」に変える予定です。学校法人、マンション管理組合、非上場法人などを想定し、商品性は基本的に変えない方針です。これは税優遇とは別の保有者拡大策ですが、同じ方向を向いています。国債の買い手を日銀と機関投資家から、家計と地域の安定資金へ広げようとしているのです。
相続税減免とNISA化を巡る制度設計
利子課税と相続評価の現行ルール
現在、個人向け国債の利子には20.315%の税金がかかります。内訳は所得税・復興特別所得税15.315%と地方税5%です。国税庁は、公社債の利子を利子所得とし、国債など特定公社債の利子は申告分離課税の対象になると説明しています。通常は支払時に源泉徴収され、投資家の手取りは税引き後利率で考えることになります。
相続時の評価も明確です。国税庁の質疑事例では、個人向け国債は課税時期に中途換金した場合に取扱機関から受け取れる価額で評価するとされています。具体的には、額面金額に経過利子相当額を加え、中途換金調整額を差し引く形です。上場債券の市場価格ではなく、制度上の換金価額を基準にする点が特徴です。
相続税そのものには基礎控除があります。国税庁の説明では、基礎控除額は3,000万円に600万円と法定相続人の数を掛けた金額を加えたものです。税率は課税遺産総額を法定相続分で按分した金額に応じて10%から55%まで段階的に上がります。したがって、個人向け国債の相続税減免は、基礎控除を超える遺産を持つ層に主に効く制度になります。
ここに慎重論の根があります。個人向け国債は購入上限が設けられていない設計です。相続税を大きく軽減すれば、資産家が現預金や他の金融資産を国債へ移す相続対策になりかねません。国債保有の安定化には役立つとしても、税制として説明するには、上限額、保有期間、対象年齢、相続人の範囲などをかなり細かく設計する必要があります。
NISA対象化で問われる制度目的
もう一つの案が、国債をNISAの対象に加える構想です。現行NISAは2024年から恒久化され、年間投資枠は最大360万円、非課税保有限度額は1,800万円です。金融庁は、つみたて投資枠と成長投資枠を併用できる制度として、長期の資産形成を促す仕組みだと説明しています。
国民民主党は2026年7月、NISAにおける国債の利子所得や譲渡所得等を非課税対象に加え、NISA口座内の国債に係る相続税非課税の仕組みも検討する法律案を参議院に提出しました。法案は、国民の安定的な資産形成と国債の円滑な発行を目的に掲げています。これは、与党内の相続税優遇論と同じ問題意識を、NISA制度の枠組みに載せたものです。
しかし、NISAにはもともと「貯蓄から投資へ」という政策目的があります。株式や投資信託を通じて企業の成長資金を供給し、家計の資産所得も増やすという考え方です。元本保証性の強い個人向け国債を同じ制度に入れると、リスクマネー供給という理念が薄まるとの批判は避けられません。
一方で、現実の家計は一枚岩ではありません。若年層でも、全額を株式投信に振り向けることに不安を持つ人はいます。退職世代では、価格変動を抑えながら利子収入を得たい需要が大きくなります。NISA対象化を検討するなら、国債枠を既存の1,800万円の内枠にするのか、別枠にするのか、成長投資枠の一部に限るのかで制度の意味は大きく変わります。
地方税の扱いも見落とせません。国債利子の税率には地方税5%が含まれます。参議院提出法案にも、地方公共団体の財政状況に悪影響を及ぼさないようにするとの規定があります。これは形式的な一文ではありません。国が国債を売りやすくするために地方税収を削る構図になれば、自治体財政の側から強い疑問が出ます。地方交付税で補うのか、国税だけを非課税にするのか、制度の負担配分が問われます。
地方金融と税公平性に残る副作用
個人向け国債の税優遇は、地域金融の現場にも波及します。地方銀行、信用金庫、ゆうちょ銀行は、地域の家計預金を集め、それを企業融資や地方債購入に回してきました。個人向け国債が税制で強く優遇されれば、預金から国債へ資金が移る可能性があります。全国銀行協会の会長も、銀行預金から個人向け国債への資金シフトが過度に進めば、信用創造機能や成長資金の供給に影響が出る可能性を指摘しています。
地方の中小企業にとって、地域金融機関の貸出余力は重要です。預金が急速に国債へ移れば、金融機関は貸出や地域プロジェクト向け資金の配分を慎重にせざるを得ません。もちろん、個人向け国債も銀行や証券会社が販売するため、手数料収入や顧客接点の面では金融機関に利点があります。それでも、預金の安定性と販売商品の収益性は同じではありません。
税の公平性も難題です。利子非課税だけなら、少額投資家にも効果があります。NISA内で上限を設ければ、恩恵の範囲も比較的説明しやすくなります。ところが相続税の減免は、対象者が資産保有層に寄りやすい制度です。購入上限なし、保有期間要件なし、相続時だけ優遇という設計では、国民参加型の財政というより相続対策商品に見えてしまいます。
国債市場へのメッセージにも注意が必要です。個人保有を増やすこと自体は、保有者層の多様化として合理性があります。しかし、税優遇を急ぎ過ぎると、市場から「通常の条件では国債を消化しにくい」と受け取られる恐れもあります。発行当局が示すべきなのは、苦しいから税で買ってもらうという姿勢ではなく、家計の資産形成、財政運営の透明性、国債市場の安定を同時に高める設計です。
その意味で、目的別国債の議論には一考の余地があります。衆議院財務金融委員会では、教育、防災、国土強靱化など資金使途を見える化した個人向け国債の提案も出ています。地方財政の視点から見れば、防災やインフラ更新に資金が使われるなら、自治体と住民にとって説明しやすい面があります。ただし、国債は基本的に国全体の資金調達手段です。目的を細分化し過ぎると、償還財源や予算統制が複雑になります。
年末税制改正で見極める実効性
年末の税制改正論議で見るべき点は、優遇の有無だけではありません。第一に、対象を利子非課税、NISA対象化、相続税減免のどこに置くのかです。第二に、購入上限や保有期間を設けるのかです。第三に、地方税収や地域金融への影響をどう補正するのかです。第四に、制度効果を販売額だけでなく、保有期間、購入者層、預金流出、財政コストで検証できるかです。
個人投資家も、税優遇を見込んで先回りする必要はありません。現行制度だけでも、個人向け国債は安全性と中途換金のしやすさに特徴があります。一方で、利子は課税され、インフレ率を上回る実質利回りが常に得られるわけではありません。相続対策としての活用も、制度が決まるまでは不確実です。
個人向け国債の税優遇は、家計、国、金融機関、自治体の利害が交差する政策です。国債の安定消化を急ぐあまり、税の公平性や地方の資金循環を損なえば、制度への信頼は続きません。必要なのは、富裕層向けの抜け道ではなく、幅広い家計がリスクに応じて資産を分散し、国の財政運営を冷静に支えるための透明な仕組みです。
参考資料:
- 個人向け国債商品概要
- 現在募集中の個人向け国債・新窓販国債
- 国の債務管理に関する研究会(第10回)議事要旨
- 国債トップリテーラー会議(第25回)議事要旨
- 特集 令和8年度国債発行計画について
- 個人向け国債の法人等への販売対象拡大について
- 片山財務大臣兼内閣府特命担当大臣閣議後記者会見の概要(令和8年7月14日)
- 第221回国会 財務金融委員会 第10号
- 少額投資非課税制度における国債に係る所得に対する所得税の非課税に関する措置等に関する法律案
- No.1310 利息を受け取ったとき(利子所得)
- 個人向け国債の評価
- No.4152 相続税の計算
- NISAを知る:NISA特設ウェブサイト
- 加藤会長記者会見(2026年7月16日)
- 資金循環統計のFAQ
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