非上場株の相続評価新ルール案、承継税制と節税抑止の重要分岐点
非上場株評価見直しが急浮上した背景
非上場株の相続税評価が、制度創設以来の大きな転換点を迎えています。国税庁は「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を2026年4月に設け、現行の類似業種比準方式、純資産価額方式、配当還元方式を含む評価体系の再検討を始めました。
焦点は、非上場会社の株式をどの程度「時価」に近づけて評価するかです。現行制度では会社規模や株主の支配力によって評価方式が分かれますが、会計検査院は、規模が大きい会社ほど評価額が純資産に比べて低くなりやすいと指摘しました。過度な節税スキームを抑える必要がある一方、相続税が重くなれば中小企業の事業承継を阻害しかねません。今回の見直しは、税の公平性と企業継続の両立をどう設計するかという政策課題です。
類似業種比準方式から利益軸への転換
現行制度で生じた評価額のゆがみ
現在の取引相場のない株式は、株式を取得する人が同族株主等か少数株主か、会社が大会社・中会社・小会社のどれに当たるかで評価方法が変わります。大会社は原則として類似業種比準方式、小会社は純資産価額方式、中会社は両者の併用方式です。少数株主には、配当を基に評価する配当還元方式が使われます。
類似業種比準方式は、同じような業種に属する上場会社の株価を出発点に、評価会社の配当、利益、簿価純資産を比べて評価額を出す仕組みです。上場会社に近い規模の会社であれば、市場価格を参考にする発想には一定の合理性があります。ただし、非上場会社は株式市場で売買されず、所有と経営が分離していないことも多いため、上場会社の株価を機械的に参照することには限界があります。
会計検査院の検査では、類似業種比準価額の中央値は純資産価額の中央値の27.2%でした。国税庁が別期間のデータで行った再検証でも、類似業種比準価額の中央値は純資産価額の約26.1%となり、同じ傾向が確認されています。さらに、純資産価額に対する申告評価額の割合は、大会社0.32倍、中会社0.50倍、小会社0.61倍とされ、規模が大きいほど相対的に低い評価になりやすい構造が浮かびました。
問題は、この差が単なる制度上の割引にとどまらない点です。評価額が大きく変わる境目があれば、会社規模の判定や資産構成を操作して税負担を抑える誘因が生まれます。会計検査院は、国税庁がそうした税負担軽減の操作を把握しているとも記載しています。評価方式の違いが、承継対策ではなく節税商品として利用される余地を広げていたわけです。
簿価純資産と利益を使う新方式の狙い
新ルール案で注目されるのは、類似業種の上場株価を参照する仕組みを縮小または廃止し、簿価純資産や利益を軸にした算定へ移す方向です。国税庁の有識者会議では、幅広い企業に統一的に適用できる評価方式を検討すべきだとの意見が出ています。第3回資料では、配当割引モデル、DCF法、残余利益モデルなど、企業価値評価の理論も整理されました。
このうち、簿価純資産と利益を組み合わせる考え方は、残余利益モデルに近い発想です。自己資本の簿価を土台にしながら、その会社が資本コストを上回る利益を生む力を価値に反映します。将来キャッシュフローを細かく予測するDCF法は、中小企業では精度の高い事業計画を作りにくいという実務上の弱点があります。一方、簿価純資産と過去利益を基礎にすれば、決算書から把握できる情報を使いやすく、課税実務にも乗せやすくなります。
ただし、新方式がただちにすべての会社の税負担を上げるとは限りません。現行の小会社は純資産価額方式が原則で、相続税評価によって資産を洗い替えるため、土地などを保有する会社では株価が高く出ることがあります。簿価純資産や利益力を重視する方式に移れば、収益力が乏しい小規模会社では評価が下がる余地があります。反対に、これまで類似業種比準方式で低い評価を受けていた収益力のある中堅企業や大会社では、評価額が上がる可能性があります。
配当還元方式の見直し圧力
少数株主に使われる配当還元方式も論点です。現行制度では、年配当金額を10%で還元して株式価値を計算します。会計検査院は、この10%が昭和39年の通達制定当時の金利水準を参考に設定され、その後約60年にわたり見直されていないと指摘しました。
還元率は高いほど評価額が低くなります。年配当金額が同じなら、10%で割るより5%で割る方が評価額は倍になります。検査院の試算では、配当還元方式の評価額計は10%の場合の27億0754万円に対し、5%では54億1509万円まで増えます。金利環境が長く低下してきたことを踏まえれば、10%のまま据え置く合理性は問われます。
もっとも、配当還元方式を急に狭めれば、従業員持株会や少数株主整理に影響します。非上場会社では、退職した従業員株主からの買い取りや、分散した少数株主の整理がガバナンス上の課題になることがあります。評価を厳格化するだけでは、株主構成の整理が難しくなり、承継後の経営権安定に逆風となる可能性があります。
事業承継に残る税負担と資金繰りの論点
評価の公平性と承継政策の分離
有識者会議で繰り返し議論されているのは、「時価評価」と「事業承継支援」を同じ計算式に入れるべきかという点です。相続税法22条は、相続や贈与で取得した財産の価額を取得時の時価によると定めています。税法上の評価が時価から大きく離れれば、同じ財産を取得した人の間で公平性を損ないます。
一方で、非上場株は上場株のようにすぐ売却して納税資金に充てることが難しい財産です。事業を続けるための株式なのに、相続税を払うために会社資産の売却や借り入れを迫られるなら、雇用や取引先にも影響します。日本商工会議所などが長年、ゴーイングコンサーンを前提とした評価や事業承継税制の拡充を求めてきた背景もここにあります。
制度設計としては、評価式の中で一律に税負担を軽くする方法と、評価は時価に近づけたうえで納税猶予や免除で支援する方法があります。国税庁の会議では、税負担への配慮は本来、評価通達ではなく特別措置で行うべきだという意見も示されました。この考え方に立てば、新ルールは評価の客観性を重視し、承継支援は事業承継税制側で手当てする方向になります。
事業承継税制だけでは埋まらない対象外企業
法人版事業承継税制の特例措置は、非上場株式等の承継に伴う贈与税・相続税の負担を実質ゼロにする制度です。中小企業庁によると、特例承継計画の提出期限は2027年9月30日、事業承継の実施期限は2027年12月31日です。平成30年度税制改正で、対象株式数の上限撤廃、猶予割合100%、後継者最大3人への拡大などが盛り込まれました。
ただし、この制度は万能ではありません。事前の計画提出、都道府県の認定、税務署への継続届出などの手続きが必要です。承継後も代表者や株式保有などの要件を満たし続けなければならず、売却や廃業の局面では納税額の再計算が問題になります。親族内承継だけでなく従業員承継やM&Aが増えるなか、すべての企業が制度の要件にきれいに収まるわけではありません。
ここに今回の評価見直しの難しさがあります。評価額が上がる会社にとっては、事業承継税制を使えるかどうかが資金繰りを左右します。逆に、税制の対象外となる株主や、後継者がまだ固まっていない会社では、評価見直しがそのまま相続税負担に跳ね返ります。承継計画の期限と評価ルールの改正時期が近づくほど、経営者は「いつ承継するか」だけでなく「どの制度で承継するか」を同時に決める必要があります。
ガバナンスに及ぶ株主構成の再設計
非上場株評価の見直しは、税務だけでなくガバナンスの問題でもあります。創業家、後継者、役員、従業員持株会、取引先株主が混在する会社では、株式の評価方法が株主間の利害調整に影響します。相続税評価額が高くなれば、後継者以外の相続人が遺留分や代償金を求める場面でも交渉が難しくなります。
類似業種比準方式が廃止または縮小されるなら、決算対策の意味も変わります。これまでは配当、利益、純資産の比準要素や会社規模区分を意識した相続対策が行われてきました。今後は、簿価純資産と利益力がより直接的に評価へ反映される可能性があります。役員退職金、不採算資産の整理、持株会社の活用、少数株主からの買い取りなども、税額だけでなく経営権の安定という観点から見直す必要があります。
小規模会社と資産管理会社で分かれる影響
今回の見直しで負担が軽くなる可能性があるのは、収益力が低い一方で、現行の純資産価額方式により資産評価が重く出ている小規模会社です。特に、事業用不動産や古くからの土地を保有している会社では、相続税評価による洗い替えが株価を押し上げます。簿価純資産や利益を軸にする方式なら、清算価値だけでなく継続企業としての稼ぐ力も反映され、過大な評価が抑えられる可能性があります。
ただし、資産管理会社や不動産保有会社には別の論理が働きます。会議では、事業会社と資産管理会社を同じように扱うべきではないとの議論が出ています。事業のリスクを取り雇用を抱える会社と、資産を保有する器としての会社では、株式価値の見方が異なります。資産管理会社については、現行の純資産価額方式に近い評価を維持すべきだとの考え方が残ります。
過度な節税対策への対応もここに集中します。会社規模を変える、特定の評価会社の要件を外す、無議決権株式や持株会社を組み合わせるといった手法は、評価ルールの境目を利用するものです。新制度が一本化に向かえば、こうした境目は減りますが、利益や簿価純資産をどう調整するかという新しい論点が生まれます。制度改正後も、形式だけの組織再編や一時的な利益圧縮は、総則6項や個別通達の改正で否認リスクを伴う可能性があります。
もう一つの注意点は移行期間です。第4回有識者会議では、60年以上ぶりの抜本改正になり得るため、一定のリードタイムが必要だとの意見がありました。評価方式は相続だけでなく、贈与、株式買い取り、役員持株、M&A前の資本政策にも影響します。施行日直前の駆け込み贈与や株式移転は、税務上の合理性を欠くと判断されるおそれがあります。早めに試算し、改正前後のどちらが有利かだけでなく、承継後の経営体制が持続するかを確認することが重要です。
経営者が相続対策で点検すべき実務
非上場株の評価見直しは、単なる税額計算の変更ではありません。会社の資本政策、親族内の財産分け、後継者の資金繰り、少数株主対策を同時に見直す契機です。まず確認すべきなのは、現行方式での株価、純資産ベースの株価、利益を反映した場合の株価の三つです。差額が大きい会社ほど、改正の影響を受けやすくなります。
次に、事業承継税制の特例措置を使えるかを点検する必要があります。期限、後継者要件、株式保有要件、承継後の届出負担を確認し、制度利用が現実的でなければ、贈与時期、生命保険、退職金、議決権設計、M&Aの選択肢を比較するべきです。
最後に、節税だけを目的にした資本移動は避けるべきです。新ルールの狙いは、評価方式のゆがみを利用した過度な節税を抑えつつ、事業承継に配慮することにあります。経営者に求められるのは、税負担の最小化だけでなく、後継者が会社を運営できる株主構成と資金計画を整えることです。
参考資料:
- 「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の開催について
- 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 第1回資料
- 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 第2回資料
- 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 第3回資料
- 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 第4回資料
- 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 第1回議事要旨
- 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 第2回議事要旨
- 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 第3回議事要旨
- 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 第4回議事要旨
- 委員提出意見書
- 会計検査院 令和5年度決算検査報告 取引相場のない株式の評価について
- 国税庁 No.4638 取引相場のない株式の評価
- 国税庁 財産評価基本通達 第1節 株式及び出資
- 中小企業庁 法人版事業承継税制 特例措置
- e-Gov法令検索 相続税法
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