事業承継税制の免除案、中小企業の成長投資と賃上げを本当に促すか
免除案が浮上した事業承継税制の転換点
経済産業省が2027年度税制改正要望に盛り込む方向で検討する事業承継税制の見直しは、中小企業の後継者にとって単なる税負担軽減策にとどまりません。相続税・贈与税の免除を、成長投資や賃上げと結び付ける発想が示されたためです。
現行制度は、非上場株式を引き継いだ後継者の納税を猶予し、一定の事由が生じた場合に免除する仕組みです。税負担を「消す」のではなく、長期にわたり条件付きで「止める」制度である点が、実務上の重さになってきました。
今回の焦点は、後継者が投資と賃上げに踏み出す企業について、税務上の不確実性をどこまで下げられるかです。制度設計を誤れば、節税目的の承継を助けるだけになります。一方で、条件を過度に複雑にすれば、成長意欲のある中小企業ほど使いにくい制度になります。
猶予から免除へ変わる制度設計の焦点
現行特例の仕組みと期限
法人版事業承継税制は、後継者が先代経営者などから非上場株式を贈与または相続で取得し、経営承継円滑化法に基づく認定を受けた場合に、贈与税・相続税の納税を猶予する制度です。2018年度税制改正で創設された特例措置では、対象株式数の制限撤廃や納税猶予割合の100%化など、従来制度より大きく拡充されました。
ただし、現行制度は免除を直ちに確定するものではありません。後継者の死亡、さらに次の後継者への贈与、倒産や一定の事業継続困難事由など、制度上定められた局面で猶予税額が免除されます。裏返せば、認定取消事由に該当すれば、猶予税額や利子税の負担が現実化する可能性があります。
2026年度税制改正では、非上場株式に係る特例承継計画の提出期限が1年6カ月延長されました。自治体の案内でも、特例承継計画は2027年9月末までに提出し、特例制度は2018年1月から2027年12月までの時限措置と整理されています。時間的な猶予は広がったものの、適用期限そのものの扱いは次の税制改正論議に残された課題です。
現行手続きには、都道府県への計画確認、贈与または相続後の認定申請、税務署への申告、承継後5年間の年次報告、5年経過後の継続届出などが含まれます。税負担が実質ゼロに近づく制度である一方、後継者には長期の報告義務と資本政策上の制約が残ります。
成長投資・賃上げ要件の意味
免除案の核心は、税優遇の目的を「円滑な所有移転」から「承継後の成長」に移す点です。従来の制度は、株式評価額が高く納税資金を用意しにくい非上場企業の承継を助けることに主眼がありました。新案では、設備投資、事業再構築、省力化、販路拡大、人材確保などを通じて企業価値を伸ばす後継者を優先する発想になります。
この方向性は、中小企業政策全体の流れとも合います。2026年版中小企業白書は、賃上げや人手不足、インフレ、金利上昇を背景に、現状維持そのものが経営リスクになると位置付けました。RIETIの講演録でも、中規模企業では賃上げ実施が8〜9割に及ぶ一方、小規模事業者では賃金据え置きが4割超に達するとの説明が示されています。
賃上げを継続するには、原資となる付加価値の拡大が必要です。白書関連資料では、労働生産性の増加率が高い業種ほど賃金変化率も高い傾向があり、成長投資に取り組んだ企業ほど付加価値額の増加率が高い傾向も指摘されています。税制が投資と賃金を条件にするなら、制度目的はかなり明確です。
問題は、どの指標を要件にするかです。設備投資額だけを見れば、更新投資や不動産取得に偏る可能性があります。賃上げ率だけを見れば、採用抑制や一時金偏重で数字を整える余地があります。営業利益、付加価値額、給与総額、継続雇用者給与、投資計画の達成度をどう組み合わせるかが、制度の実効性を左右します。
後継者交代が中小企業の稼ぐ力を左右
高齢化と後継者不在の残る重み
中小企業庁の白書は、後継者不在率が低下傾向にある一方で、中小企業経営者の高齢化がなお重い課題であることを示しています。2024年版白書では、2023年時点の後継者不在率が54.5%とされ、半数近くの企業で後継者が見つかっていない状況が確認されています。
2025年版白書では、中小企業の経営者年齢は依然として高く、60歳以上が過半数を占めると説明されています。法人企業では親族内承継を考える企業が約3割ある一方、個人企業では現在の事業を自らの代で終える意向が約4割に上ります。地域の雇用、取引網、技術、生活サービスをどう残すかは、税務を超えた経営課題です。
承継は、守りの手続きであると同時に、経営刷新の機会でもあります。2025年版白書は、経営者年齢が若い企業ほど新事業分野への進出に取り組む割合が高く、事業承継後の成長率が同業種平均を上回るデータがあると紹介しています。若い後継者への承継では、新たな感性や社内の雰囲気の変化が効果として挙げられています。
中小企業庁の後継者育成策である「アトツギ甲子園」でも、過去出場者への調査で回答者の27.5%が事業承継済みで、そのうち88%が39歳以下で承継したとされています。税制の免除案は、こうした早期承継と承継後の挑戦を後押しする制度でなければなりません。
ガバナンスを伴う投資計画の重要性
成長投資や賃上げを免除要件にするなら、後継者には投資計画の説明責任が生じます。どの設備を導入し、どの工程を改善し、どの顧客層を開拓し、賃上げ原資をどのように確保するのか。これらを取締役会、金融機関、従業員、親族株主に説明できる状態にする必要があります。
特に同族会社では、株式の移転と経営権の移転が一体になりやすい一方、非後継者の親族、古参幹部、金融機関との利害調整が複雑です。免除要件を満たすための投資が、会社の財務耐久力を超えれば本末転倒です。税負担を下げるための投資ではなく、事業価値を高める投資であることを社内の意思決定記録に残すべきです。
第三者承継やM&Aでも同じです。中小M&Aガイドライン第3版は、仲介者やFAの手数料説明、利益相反、最終契約の不履行、経営者保証の扱いなどを重視しています。後継者不在企業を外部が引き継ぐ場合、税制だけでなく、契約、PMI、従業員説明、保証解除の設計が成否を分けます。
2026年の事業承継・M&A補助金では、親族内承継や従業員承継を予定する事業者の設備投資、M&Aの専門家費用、PMIの取り組みなどが支援対象とされています。一定の賃上げを実施する場合に補助上限が800万円から1,000万円に上がる枠もあり、税制と補助金の双方で投資・賃上げを促す政策設計が進んでいます。
株式評価見直しと公平性を巡る攻防
もう一つの論点は、非上場株式の評価です。国税庁のタックスアンサーは、取引相場のない株式について、同族株主かどうか、会社規模、類似業種比準方式、純資産価額方式、配当還元方式などにより評価すると説明しています。評価額が相続税・贈与税の土台になるため、事業承継税制と切り離せません。
2026年には、非上場株式評価のあり方をめぐる議論も強まっています。専門家解説では、国税庁が有識者会議を立ち上げ、評価方式間の乖離、恣意的な評価圧縮、第三者承継やM&Aの増加などを踏まえた見直しが議論されていると整理されています。評価が上がれば承継負担は重くなり、評価が下がりすぎれば租税公平性への疑問が強まります。
日本公認会計士協会は、2026年6月公表の令和9年度税制改正意見書で、取引相場のない株式等の評価について事業承継や成長投資の観点を考慮すること、事業承継税制を維持することを重点意見に掲げました。日本税理士政治連盟も、法人版事業承継税制の一般措置に代わる新たな猶予制度の創設を要望しています。
免除案が実現する場合、制度の正当性は「誰を支援するか」の線引きにかかります。休眠会社、資産保有会社、賃上げの実態が乏しい会社まで広く免除すれば、政策減税としての説明は難しくなります。反対に、地域の雇用とサプライチェーンを維持し、生産性向上に資金を投じる企業に限定すれば、成長政策としての意味が明確になります。
経営者が税制改正前に整える実務論点
中小企業の経営者と後継者が今すぐ行うべきことは、税制改正の結論待ちではありません。まず株主構成、株価評価、役員就任状況、後継者候補、金融機関借入、個人保証、従業員年齢構成を棚卸しすることです。税務上の承継だけでなく、会社の支配権と経営責任を誰に移すのかを明確にする必要があります。
次に、成長投資と賃上げを一体で説明できる中期計画を作ることです。設備投資、DX、省力化、価格転嫁、人材育成を別々の施策として扱うのではなく、付加価値を高め、その成果を賃金に回す筋道を示すべきです。免除要件が最終的にどう設計されても、この準備は金融機関や従業員との対話に役立ちます。
2027年度税制改正は、事業承継税制の単純な延長論では終わらない可能性があります。後継者が会社を守るだけでなく、投資し、賃上げし、ガバナンスを整えることが問われます。税制を待つ経営から、税制を使いこなせる経営へ移れるかが、中小企業の次の分岐点です。
参考資料:
- 法人版事業承継税制|国税庁
- No.4439 非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例等|国税庁
- 令和8年度税制改正の大綱(2/9)|財務省
- 事業を引き継ぐのですが、事業承継税制について教えてください。|財務省
- 非上場株式に係る事業承継税制について|神奈川県
- 事業承継の支援策|中小企業庁
- 2025年版 中小企業白書 第9節 事業承継|中小企業庁
- 2025年版 中小企業白書 第5節 経営者の成長意欲|中小企業庁
- 2026年版中小企業白書・小規模企業白書が閣議決定されました|経済産業省
- 2026年版中小企業白書・小規模企業白書について|RIETI
- 事業承継・M&A補助金 十五次公募|中小企業庁
- 中小M&Aガイドライン|中小企業庁
- No.4638 取引相場のない株式の評価|国税庁
- 令和9年度税制改正意見書の公表について|日本公認会計士協会
- 要望等|日本税理士政治連盟
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