株価6万円時代の相続税、対策が進まない構造的理由
日経平均6万円と相続税10.4%時代
2026年4月27日、日経平均株価が終値で初めて6万円台に到達しました。株価だけではありません。公示地価は3年連続で上昇を続け、首都圏のマンション価格も過去最高水準を更新しています。資産価格の高騰は保有者にとって喜ばしいニュースですが、同時にある重大な問題を引き起こしています。相続税の負担増です。
国税庁の統計によれば、2024年(令和6年)に亡くなった方のうち相続税が課税された割合は10.4%に達しました。2014年の4.4%から倍増以上の水準です。かつて「一部の富裕層だけの問題」と思われていた相続税が、今や10人に1人の問題になっています。
団塊世代が全員75歳以上となった2025年以降、日本は年間160万人超が亡くなる「大相続時代」に突入しました。ところが個人もオーナー企業も、そして制度設計を担う国も、この急激な変化に十分な対応ができているとは言いがたい状況です。本記事では、株価6万円時代における相続税の課題と制度の壁を整理します。
資産価格の高騰がもたらす「いきなり相続」の衝撃
基礎控除引き下げと資産価格上昇のダブルパンチ
相続税の課税対象者が急増した直接の契機は、2015年1月に施行された税制改正です。基礎控除額が「5,000万円+1,000万円×法定相続人の数」から「3,000万円+600万円×法定相続人の数」へと4割も引き下げられました。たとえば相続人が配偶者と子ども2人の3人であれば、基礎控除は8,000万円から4,800万円へと3,200万円も減少したことになります。
この改正だけでも課税対象者は約5万6,000人から約10万3,000人へとほぼ倍増しました。さらにその後の資産価格の上昇が追い打ちをかけています。日経平均株価はこの10年で約2.5倍に上昇し、都市部の地価やマンション価格も大幅に値上がりしました。相続財産の評価額が膨らむ一方で基礎控除額は据え置きのままであるため、「まさか自分が課税対象になるとは」という「いきなり相続」に直面する世帯が増え続けています。
上場株式の評価額はどう決まるか
上場株式の相続税評価額は、国税庁のルールで次の4つのうち最も低い価額を採用できます。被相続人が亡くなった日の終値、その月の終値の平均額、前月の終値の平均額、前々月の終値の平均額です。4つの中から最も低い値を選べるため、一定の救済措置はあります。
しかし、日経平均が6万円という水準まで上昇したいま、たとえ最安値を選んでもその評価額は数年前とは比較にならない高さです。相続財産に占める有価証券の比率は年々上昇しており、株式を多く保有する家庭ほど相続税の負担は重くなっています。
制度の複雑さが対策を阻む壁に
暦年贈与の「7年ルール」と相続時精算課税の並立
生前贈与は相続税対策の王道とされてきました。しかし2024年1月から制度が大きく変わり、その複雑さが増しています。
まず暦年贈与では、従来「亡くなる前3年以内」だった相続財産への加算期間が、段階的に「7年以内」へと延長されました。延長された4年分については合計100万円の控除があるものの、生前贈与による節税効果は大幅に縮小しています。
一方で相続時精算課税制度には、2024年から新たに年間110万円の基礎控除が創設されました。この110万円以下の贈与分は将来の相続財産に加算されず、申告も不要です。暦年贈与と相続時精算課税のどちらを選ぶべきか、その判断は贈与者の年齢や財産構成、家族構成によって最適解が異なります。
2つの制度が並立し、それぞれにメリットとデメリットがある状況は、専門家でなければ正しい判断が困難です。結果として「よくわからないから何もしない」という個人が少なくないのが実態です。
タワマン節税の封じ込めと不動産評価の見直し
不動産を活用した相続税対策も大幅に制限されています。2024年1月から、マンションの相続税評価額の算出方法が見直されました。従来、タワーマンションの高層階では市場価格と相続税評価額の乖離率が2倍以上に達するケースがあり、この差を利用した「タワマン節税」が広く行われていました。
改正後は「評価乖離率」と「評価水準」という新たな指標が導入され、市場価格との乖離率が1.67倍以上となる場合は、評価額が市場価格の60%まで引き上げられることになりました。高層階ほど影響が大きく、節税効果は大幅に縮小しています。
さらに2026年度の税制改正大綱では、貸付用不動産を利用した節税策への規制も強化されました。被相続人が亡くなる前5年以内に取得した貸付用不動産は、従来の低い評価額ではなく市場取引価額で評価されることになります。不動産小口化商品についても、市場価格との乖離が7〜9割に達していたことから見直しの対象となりました。
こうした一連の規制強化により、従来の「定番」とされた相続税対策の多くが使いにくくなっています。
オーナー企業が直面する事業承継の壁
自社株評価の高騰という皮肉
株価6万円時代の恩恵を最も受けているのは、業績好調な企業の経営者かもしれません。しかし非上場企業のオーナーにとって、会社の価値が高まることは事業承継のコスト増大に直結します。
非上場株式は国税庁が定める評価方法(類似業種比準方式や純資産価額方式)で算出されますが、会社の利益や純資産が増加するほど株価は上昇します。好業績が続く企業では、オーナーが保有する自社株の評価額が数億円規模に膨らむことも珍しくありません。後継者がこれを相続する場合、巨額の相続税が発生し、最悪のケースでは納税資金確保のために事業用資産の売却を迫られることもあります。
対策としては、役員退職金の活用による純資産の圧縮、配当政策の見直し、持株会の設立、種類株式の発行などが知られています。しかしこうした手法を最適なタイミングで組み合わせるには高度な専門知識が必要であり、多くの中小企業経営者にとってハードルが高いのが実情です。
事業承継税制の期限が迫る
こうした課題に対応するために設けられた「法人版事業承継税制(特例措置)」は、非上場株式にかかる相続税・贈与税の納税を全額猶予する強力な制度です。しかしこの特例措置には2つのタイムリミットが迫っています。
第一に、特例承継計画の提出期限が2026年3月31日でした。この期限は既に過ぎており、今後の新規申請はできません。第二に、制度そのものの適用期限が2027年12月31日です。政府は「今後とも延長を行わない」と明言しており、残された時間はわずかです。
問題は、特例承継計画を提出したにもかかわらず、実際に税制を適用していない企業が多数存在することです。要件の比較検討に時間がかかっている、経営環境の変化で事業承継の検討自体が先送りされているなど、理由はさまざまですが、2027年末の期限に向けて対応が急がれます。
経営者が70歳以上の企業は約245万社に達し、そのうち約127万社が後継者不在とされています。事業承継は経営者個人の相続問題にとどまらず、地域経済や雇用を左右する社会的課題でもあります。
今後の見通しと求められる対応
資産価格の上昇は続くのか
野村證券のメインシナリオでは、日経平均株価は2026年末に6万円、2027年末に6万3,000円が見込まれています。AI関連投資の拡大や企業ガバナンス改革の進展が株高を下支えするとの見方です。仮にこの見通しが現実となれば、相続税の課税対象者はさらに増加することが確実です。
一方、年間死亡数は2040年前後に168万人でピークを迎える見通しで、今後30年間に相続される金融資産の総額は650兆円弱に達するとの試算もあります。相続をめぐる「量」の問題も、これから本格化します。
よくある誤解と落とし穴
相続税対策でよくある誤解のひとつが「基礎控除内だから大丈夫」という思い込みです。株価や地価が上昇すれば、数年前の試算は簡単に覆ります。また、暦年贈与の7年ルール適用後は、亡くなる直前の贈与では節税効果がほとんどないことも見落とされがちです。
生前贈与は「早く始めるほど有利」という原則は変わりません。しかし制度の複雑化により、どの手法を選ぶべきかの判断が格段に難しくなっています。専門家への相談を先延ばしにすること自体が、最大のリスクといえるでしょう。
暦年贈与・事業承継税制の先送りリスク
日経平均6万円という歴史的水準は、多くの家庭やオーナー企業にとって相続税の「想定外の負担増」を意味します。2015年の基礎控除引き下げ以降、課税割合は4.4%から10.4%へと上昇し、さらに資産価格の高騰が追い打ちをかけています。
暦年贈与と相続時精算課税の複雑な並立、タワマン節税や貸付不動産活用への規制強化、事業承継税制の期限到来と、対策に使える制度は次々と変化しています。「よくわからないから先送り」が最もコストの高い選択になる時代です。まずは現在の財産評価額を把握し、早い段階で税理士やファイナンシャルプランナーに相談することが、大相続時代を乗り越える第一歩になります。
参考資料:
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