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日本で急拡大するプライベートクレジット投信と海外解約波の死角

by 鈴木 麻衣子
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はじめに

プライベートクレジットは、銀行や公募社債ではなく、ファンドが企業へ直接融資する市場です。もともとは年金基金や保険会社など機関投資家の世界でしたが、この1年ほどで日本の公募投信にも一気に広がってきました。野村證券経由のゴールドマン・サックス戦略、大和証券のブラックストーン連動型、SBIのパブリック・クレジット併用型など、個人が買える器が急に増えたためです。

ただし、海外では同じ「個人向けの私募クレジット商品」で解約請求が膨らみ、5%前後の換金上限にぶつかる事例が相次いでいます。見た目は毎月分配で安定していても、裏側の資産はすぐに売れないローンです。本記事では、日本でなぜ販売が伸びているのか、海外で何が起きているのか、そして日本の投資家がどこを見落としやすいのかを整理します。

日本で広がる販売網と商品設計

公募投信化の加速

日本で目立つのは、2024年から2025年にかけて大手運用会社と証券会社が、プライベート資産を公募投信の形で一気に商品化したことです。野村アセットマネジメントは2024年の公表資料で、プライベート領域への投資機会を提供する公募ファンドを複数設定したと説明し、その一つとしてゴールドマン・サックス・プライベート・クレジット戦略投信を挙げています。販売会社の野村證券も、この商品を「日本で初めての公募投資信託」と位置づけ、個人投資家向けに動画や解説ページを前面に出しています。

実際の残高も無視できません。野村證券の外国投信ページでは、GSプライベート・クレジット戦略投信の純資産総額が2026年1月末基準で12.09012億米ドルと確認できます。日本円に直すと為替水準でぶれますが、単独で千億円台の規模に達している計算です。設定日は2024年11月27日で、決算は年12回です。短期間でここまで積み上がった点だけでも、日本の富裕層・準富裕層マネーが新しい受け皿へ流れ込んでいる構図は見えます。

大和アセットマネジメントの円建て国内籍商品も同じ流れです。ブラックストーン・プライベート・クレジット・JPYファンドは、2026年3月11日時点で純資産総額212.37億円です。こちらも決算は毎月で、米国企業への直接融資を行うプライベートクレジット戦略を前面に出しています。さらにSBIアセットマネジメントのオルタナティブ・ハイインカム・セレクト・ファンドは、2025年9月設定ながら純資産26.96億円まで積み上がっています。確認できた主要商品のみでも相応の規模になっており、日本で商品供給が急拡大していることは公開情報から十分に読み取れます。

毎月分配と相談営業の相性

なぜ日本で売れやすいのか。第一に、商品設計が明確に「インカム需要」を狙っているからです。野村證券のGS戦略投信も、大和のBCRED連動型も年12回決算です。毎月分配はコスト面の批判を受けやすい一方、受け取れる現金のイメージが強く、値上がり益より定期収入を重視する投資家には訴求しやすいです。これは公開されている販売ページの構成からも読み取れる販売上の狙いです。

第二に、売り場が日々の値動きを見て機動的に売買するネット完結型ではなく、対面や相談型の色合いが強いことです。大和証券の米ドル建てブラックストーン・プライベート・クレジット・ファンドは、公式ページで「ダイワ・コンサルティング」コース専用と案内され、オンライントレードでは扱わないと明記しています。これは、商品そのものが複雑で、販売時に相応の説明を前提にしていることを示します。日本でいま動揺が小さいのは、リスクが小さいからというより、販売チャネルと投資家層が短期売買に向いていない面も大きいとみるべきです。

第三に、価格の見え方が穏やかです。野村アセットの解説では、プライベートクレジットは第一抵当のシニア有担保ローンが中心で、変動金利で利息を受け取る仕組みが特徴とされます。同時に、流動性が低く、売却できない場合もあると明記しています。つまり、日々の市場価格で荒く振れる上場債とは違い、価格変動が見えにくい代わりに、いざ換金が集中すると弱い構造です。この「静かに見える」性質が、日本の販売現場では安心感として受け止められやすいです。

海外で表面化した解約圧力と流動性のねじれ

エバーグリーン型拡大

海外で起きているのは、まさにその裏返しです。IMFは2024年の分析で、プライベートクレジット市場の資産残高とコミットメント総額が2023年に2.1兆ドルを超え、その約4分の3が米国に集中していると指摘しました。さらに、同じ年の世界金融安定報告では、私募クレジットが主要なクレジット市場に匹敵する規模に育つ一方、脆弱な借り手、半流動型ビークルの増加、主観性の残る評価、レバレッジの多層化がリスクだと整理しています。

その後も個人マネー向け商品の増勢は止まっていません。S&P Global Market Intelligenceは、Preqinデータに基づき、2025年のエバーグリーン型ファンド新設が123本と10年で最高になり、そのうちプライベートデットが49本で最多だったと報じました。市場の拡大自体は続いていますが、流動性の薄い資産を「定期的に解約できる」形に包み直す動きが急増した結果、好調時には便利でも、逆回転のときには換金の取り合いが起きやすくなっています。

解約請求の急増

2026年春に表面化したのが、その弱点です。ロイターは4月、Carlyle Tactical Private Credit Fundに第1四半期だけで発行済み口数の15.7%に相当する解約請求が入り、通常の5%上限を大きく超えたと伝えました。Semaforは同月、Blue Owlの旗艦ファンドで22%、小型ファンドで41%の解約請求が出て、いずれも5%しか認めなかったと報じています。WealthManagement.comは、19本の私募型BDCを集計したStangerのデータとして、2026年第1四半期に12億ドルの解約に応じた一方、4.31億ドル分は満額対応できなかったと伝えました。

ここで重要なのは、価格が暴落したから解約が出たのではなく、「換金できるはずの商品」で換金枠が足りないこと自体が不安を増幅した点です。ムーディーズは2025年、個人投資家向け私募クレジット商品の急増について、流動性条件と投資家の期待がずれれば、信頼が損なわれると警告しました。Reuters配信記事でも、定期的な流動性ウィンドーが市場変動時にはミスマッチを起こし得ると整理されています。IMFも同様に、特にリテール向けファンドは解約リスクを慎重に監視すべきだと述べています。

問題は、貸し出している先の信用不安だけではありません。どの価格で売却・評価するのか、解約請求をどの順番で処理するのか、スポンサーが自腹で買い支えるのか、といった「器の設計」が問われます。海外で相次ぐ解約は、プライベートクレジットそのものの崩壊というより、私募ローンを半流動型商品に変換したときの摩擦が可視化された局面だと理解したほうが実態に近いです。

日本で動揺が広がりにくい理由と見落としやすい論点

換金条件の厳しさ

日本で今のところ表面上の動揺が小さい最大の理由は、海外より安全だからではなく、最初から換金条件がかなり厳しく設計されているからです。大和証券の円建てBCRED連動型の販売資料では、換金申込期間は2月、5月、8月、11月の年4回だけです。しかも申込みから価格決定、受渡しまで数カ月かかり、投資対象の外国投資証券には各四半期で前四半期末の発行済み口数または純資産総額の5%を上限とする換金制限があると明記されています。

この条件なら、日々のマーケット変動を見て即日解約することはできません。日本の投資家が落ち着いているというより、構造的に一斉解約が見えにくいのです。逆に言えば、いざ不安が高まったときに「思ったより出られない」可能性は海外商品と同質です。日本ではまだそのストレス局面が本格化していないだけで、商品性そのものは別世界ではありません。

もう一つは、商品が新しいことです。GS戦略投信は2024年11月設定、大和の円建て国内籍は2025年6月設定です。長い信用サイクルを一巡していません。分配の継続と基準価額の安定が確認できる期間が短いため、投資家の安心感は実績の厚みというより、販売時の説明と直近の分配継続に支えられている面があります。ここは今後数年で見え方が変わる可能性があります。

価格の安定感と情報不足

プライベートクレジットは、価格が日々大きく動きにくいぶん、安心感を生みやすい資産です。しかし、それは必ずしもリスクが小さいことを意味しません。IMFは私募クレジットの評価が古くなりやすく、ストレス時には予想外の損失が出る可能性を指摘しています。FSBも2025年のNBFI監視報告で、私募クレジットについて統計や規制データの制約が深刻だと述べました。市場全体の透明性が低いからこそ、公開される基準価額だけでは実態を読み切れません。

日本の投資家が確認すべきなのは、利回りの高さだけではありません。何に貸しているのか、シニアローン中心なのか、業種の偏りはないか、為替ヘッジはあるのか、換金窓口は年何回か、上限は何%か、販売会社がオンラインか相談型か、こうした設計の細部です。特に毎月分配型は、受け取る現金に意識が向きやすく、元本の流動性と評価の仕組みが後回しになりがちです。

ここから先の注目点は明確です。海外で解約請求が続き、評価損や分配調整が増えれば、日本でも販売トーンは変わります。逆に、スポンサーの資金力で当面の換金対応が続けば、国内では「やはり安定資産だ」という認識が強まる可能性もあります。ただし、それは根本リスクの消滅ではなく、表面化の先送りにすぎません。日本で静かなのは安全だからではなく、商品設計と販売慣行が変動を遅らせているからだ、という視点は外せません。

注意点・展望

このテーマでよくある誤解は、上場債より値動きが小さいから安全だ、という見方です。実際には、価格の平準化と低流動性が同時に存在しているだけで、信用悪化や解約集中が起きれば問題は一気に表面化します。特に、四半期ごとの換金受付や5%前後の上限は、平時には気になりにくい一方、ストレス時には最も重要な条件になります。

今後の焦点は3つです。第一に、海外の解約圧力が一時的な調整で終わるのか、それとも評価手法やスポンサー支援を巻き込む構造問題に広がるのかです。第二に、日本で新規設定がなお続くのか、それとも販売会社が説明責任を強めて選別販売に入るのかです。第三に、当局や業界団体が、商品設計上の流動性ミスマッチをどこまで可視化させるかです。私募クレジットの公募化はまだ初期段階であり、本当の評価は下押し局面で決まります。

まとめ

日本でプライベートクレジット投信が伸びているのは、単に利回りが高いからではありません。毎月分配、相談型営業、見かけ上の低ボラティリティという、日本の個人向け販売と相性のよい要素が重なっているためです。公開情報でも、野村経由のGS戦略投信は12.1億ドル、大和の円建てBCRED連動型は212億円まで拡大しており、商品供給の増勢ははっきり確認できます。

一方で、海外ではCarlyleで15.7%、Blue Owlで22%という解約請求が出ており、半流動型商品の弱点が表面化しています。日本で今すぐ同じことが起きていないのは、リスクが低いからではなく、換金条件が厳しく、商品がまだ新しいからです。購入判断で見るべきなのは分配金の多さではなく、換金頻度、上限、裏側資産の流動性、評価の透明性です。そこまで確認して初めて、この新しい「ファンド融資」ブームを冷静に判断できます。

参考資料:

鈴木 麻衣子

企業経営・コーポレートガバナンス

企業経営・コーポレートガバナンスを専門に取材。経営戦略の成功事例から不正会計の構造的問題まで、企業の「あり方」を鋭く問う。

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