非上場株の相続評価見直しで問われる事業承継と節税対策の再設計
はじめに
国税庁が非上場株の相続評価ルールを見直す方向だと、2026年4月15日に税務実務サイトなどが報じました。狙いは、相続直前の資産移動や持株会社の設計を通じて評価額を過度に圧縮する手法を抑え、課税の公平性を高めることにあるとみられます。一方で、非上場株は中小企業の事業承継そのものと直結する資産でもあり、単純な厳格化は後継者の負担増につながりかねません。
このテーマが難しいのは、単なる「増税」でも「節税封じ」でもないからです。非上場株の評価は、会社規模、株主の立場、資産構成、グループの持ち方で結果が大きく変わります。しかも、法人版事業承継税制の特例措置は2027年9月30日までの計画提出、2027年12月31日までの株式取得が前提となっており、制度の出口も近づいています。以下では、2026年4月16日時点で公開情報から確認できる範囲に基づき、何が見直しの焦点になりそうなのかを整理します。
現行ルールの骨格
類似業種比準方式と純資産価額方式の二本柱
非上場株の相続税評価は、まず「同族株主等」か「それ以外の株主か」で大きく分かれます。国税庁のタックスアンサーによると、経営支配力を持つ同族株主等が取得した株式は原則的評価方式で、少数株主が取得した株式は配当還元方式で評価します。配当還元方式は一年間の配当金額を一定利率10%で還元する方法であり、経営権を持たない株式の価値を比較的低く捉える仕組みです。
原則的評価方式の中身は、会社規模によって異なります。大会社は類似業種比準方式が中心で、上場会社の株価を基に配当、利益、純資産の三つの指標を比べて算定します。小会社は純資産価額方式が中心で、会社の資産と負債を相続税評価に洗い替え、含み益に対する法人税額等相当額を差し引いた残額から株価を出します。中会社はその中間で、類似業種比準方式と純資産価額方式を併用します。
この仕組みのポイントは、利益が強い会社と資産が厚い会社で評価の出方が変わることです。業績が安定した事業会社は類似業種比準方式の比重が高くなりやすい一方、不動産や有価証券を多く持つ会社は純資産価額方式の影響を強く受けます。実務では、どちらの方式が主になるかで税額が大きく変わるため、相続対策は会社の実態改善ではなく、どの方式に近づけるかという設計競争になりやすい面があります。
特定評価会社と持株会社の難所
もっとも、国税庁は何でも自由に選ばせているわけではありません。株式等保有特定会社、土地保有特定会社、開業後3年未満の会社、休業中の会社、清算中の会社などは、特定評価会社として原則的に純資産価額方式が強く働きます。資産保有色の強い会社ほど、類似業種比準方式による低い評価を使いにくくしているわけです。
ここで重要なのが「株式等保有特定会社」です。実務解説では、総資産に占める株式等の割合が50%以上だと、この類型に該当しやすいと整理されています。持株会社をつくって子会社株式を束ねると、株式等の比率が上がりやすく、通常なら評価が高めに出やすくなります。そのため実務では、特定会社に当たらないよう資産構成を調整する「株特外し」と呼ばれる発想が生まれてきました。
国税庁はこの点も手当てしており、株式等保有特定会社や土地保有特定会社に当たるかどうかを判定する場面で、課税時期前に合理的理由なく資産構成を動かし、該当を免れるための変動と認められる場合は、その変動をなかったものとして扱う考え方を示しています。ただし、この規制は特定会社判定の周辺にあるルールです。評価体系全体のどこまでカバーできるのか、持株会社や資産移転を使った圧縮余地を完全に塞げているかは、別問題として残ってきました。
見直しが向かう論点
2017年改正で広がった評価の幅
非上場株の評価ルールは長く固定されていたわけではありません。2017年の税制改正では、会社規模区分の見直しと類似業種比準方式の計算見直しが入りました。オリックスの整理によると、従業員数基準では大会社に当たる目安が100人以上から70人以上に見直され、より多くの会社が類似業種比準方式を使いやすくなりました。
同時に、類似業種比準方式の計算式も変わりました。配当、利益、純資産の比重は従来の1:3:1から1:1:1へ改められ、上場会社の株価は「課税時期の属する月以前2年間平均」を含む五つの候補から選べるようになりました。この改正は、利益の一時的な振れが株価に与える影響を弱め、より実態に近い評価を目指したものです。ただ、実務上はそれでもなお、資産の持ち方やグループ構造で評価差が生まれる余地は残りました。
足元でも制度は微調整が続いています。2026年4月1日以後の相続・贈与からは、純資産価額方式で控除する「評価差額に対する法人税額等相当額」の割合が37%から38%へ改正されました。これは防衛特別法人税の創設に伴う技術的改正で、影響は限定的ですが、国税庁が非上場株評価を固定制度ではなく、税制環境に応じて更新する対象として扱っていることを示しています。
問題視される評価圧縮の構図
2026年4月15日付の税務実務サイトや事業承継コンサルティング会社の解説では、今回の見直しが標的にするのは、持株会社や資産保有会社を介して評価を圧縮する手法ではないかとの見方が広がっています。現時点で国税庁の詳細資料は確認できていないため断定はできませんが、公開されている現行ルールを踏まえると、この推測には一定の整合性があります。
第一に、類似業種比準方式は配当、利益、純資産の三指標で決まるため、事業承継の直前に役員退職金の支払い、無配化、一時的な損失計上などを行えば、評価を押し下げる余地が生じます。2017年改正で利益偏重は弱まりましたが、ゼロになったわけではありません。第二に、純資産価額方式は資産の評価単位に左右されるため、現金を不動産や別法人の株式に変えるだけで評価の見え方が変わります。第三に、持株会社を多層化すると、各階層で子会社株式として評価されるため、実質価値に比べて低い数字を作りやすいとの実務上の指摘があります。
要するに、現行制度は「事業会社として稼ぐ力」と「資産管理会社としての持ち方」を同じ土俵で比べにくい設計です。国税庁が問題視しているのは、会社法上も民法上も有効な組織再編そのものではなく、事業実態よりも評価ルールの隙間を狙った設計でしょう。もしここにメスが入るなら、単に特定会社判定を厳しくするだけでなく、グループ内株式の評価や純資産価額方式への引き寄せ条件を広げる方向が有力です。これは公開情報からみた推測ですが、報道と現行通達の接点としては最も自然です。
事業承継税制との交点
納税猶予制度が持つ緩衝材
見直しがそのまま中小企業の承継難に直結するとは限りません。理由は、法人版事業承継税制の特例措置が依然として大きな緩衝材だからです。中小企業庁によると、特例承継計画の提出期限は2027年9月30日まで、株式取得の対象期間は2027年12月31日まで延長されています。対象株式数の上限撤廃と猶予割合100%への拡大により、承継株式にかかる贈与税・相続税の全額が納税猶予の対象になり得ます。
この制度が機能する会社では、評価額が上がっても直ちに資金繰り破綻につながるとは限りません。むしろ問題は、特例措置の適用を受けない会社や、株式の一部しか承継対象にできない会社、将来の要件維持に不安がある会社です。地方の不動産保有企業、複数の資産管理会社を重ねてきたオーナー企業、親族外承継で株式の分散が進んでいる企業では、評価見直しの影響が表面化しやすいと考えられます。
高齢化と制度見直しの時間差
もう一つの問題は、経営者の高齢化が先に進んでいることです。帝国データバンクの2025年3月26日公表資料では、2024年時点の社長平均年齢は60.7歳で、60歳以上が51.7%を占めました。社長交代率は3.75%にとどまり、高齢化に歯止めがかかっていません。制度改正を見極めてから動こうとすると、承継の準備期間そのものを失うリスクがあります。
ここで重要なのは、見直し前の駆け込み対策が最善とは限らないことです。国税庁はすでに、合理的理由のない資産移動を無視する考え方を部分的に示していますし、今後の改正で遡及的ではないにせよ、直前対策の効果が薄れる可能性はあります。逆に、事業内容、株主構成、グループ構造を説明できる会社は、評価が厳しくなっても税務当局との対話余地を持ちやすいはずです。節税テクニックの選別より、承継ストーリーの整備が重要になる局面です。
経営者が急ぐ点検
株価算定とグループ構造の棚卸し
実務上の第一歩は、自社株の評価方式を正確に把握することです。大会社、中会社、小会社のどこに当たるのか、同族株主と少数株主の線引きはどうか、株式等保有特定会社や土地保有特定会社に該当する余地はないかを、最新決算ベースで点検する必要があります。ここが曖昧なままでは、見直しが自社に効くのかさえ判断できません。
次に、グループ構造の目的を言語化すべきです。持株会社、資産管理会社、不動産保有会社、親族会社が複数ある場合、それぞれが事業上どんな役割を持つのかを整理しておくことが重要です。資金調達、株式の分散防止、子会社管理、雇用維持といった説明が弱く、「評価を下げるためだけ」と受け取られる構造ほど、改正の的になりやすいからです。
税制依存から企業価値重視への転換
第三に、事業承継税制を使う場合でも、制度依存を前提にしすぎない姿勢が求められます。納税猶予は強力ですが、要件管理が必要で、将来の組織再編や売却の自由度を狭める面もあります。相続税評価を抑えるためだけに利益や配当を不自然に落とせば、金融機関評価、従業員処遇、投資余力にも跳ね返ります。
非上場株の見直しは、税務の細則変更に見えて、実際には経営判断の順序を問い直す話です。税額を下げるために会社の形を変えるのか、企業価値を守るために税負担を管理するのか。この優先順位が逆転したままでは、改正が入るたびに対応が後手になります。公開情報から見えるメッセージは、相続税評価の最適化より、承継後も続く会社の形を先に作れということです。
注意点・展望
注意したいのは、2026年4月16日時点で、国税庁がどのスキームをどう潰すのかを説明した詳細な新資料は確認できていないことです。したがって、「持株会社はすべて不利になる」「不動産を持つ会社は全面的に増税になる」といった断定は早計です。実際には、純粋な事業会社で資産移動が少ない先では影響が限定的にとどまる可能性もあります。
今後の焦点は二つです。一つは、2026年内に見込まれる検討会や税制改正議論で、どこまで実態基準を強めるかです。もう一つは、事業承継税制の特例措置が2027年に向けてどのように整理されるかです。評価の厳格化と承継支援の延長は、本来セットで設計しないと制度目的が衝突します。課税の公平性と地域企業の存続をどう両立させるかが、次の制度設計の核心になります。
まとめ
非上場株の相続評価見直しは、表面的には節税抑止のニュースですが、本質は「会社の実態」と「税務上の見え方」のずれをどこまで縮めるかという論点です。現行制度では、会社規模、資産構成、持株会社の使い方で評価が揺れやすく、2017年改正後もその余地は残ってきました。見直しが入れば、評価の低さを前提に組んできた承継計画ほど再点検が必要になります。
経営者に必要なのは、駆け込みの小手先対策ではありません。自社株がどの方式で評価され、グループ構造にどんな説明可能性があるのかを確認し、事業承継税制の活用余地と合わせて複数シナリオを作ることです。制度変更を待つのではなく、制度変更に耐える承継計画を先に作れるかどうかが、次の分岐点になります。
参考資料:
- No.4638 取引相場のない株式の評価|国税庁
- No.4148 非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)|国税庁
- 法人版事業承継税制(特例措置) | 中小企業庁
- 令和8年度税制改正の大綱(2/9) : 財務省
- 全国「社長年齢」分析調査(2024年)|帝国データバンク
- 非上場株の相続評価 過度な節税抑止のため国税庁が見直しへ
- 第14回:非上場株式の相続時評価が変わる!? | ヒルズ&パートナーズ
- 株式保有特定会社とは?評価方法や株特外しについても解説 | fundbook
- 第23回 平成29年度税制改正における自社株評価のポイント | ORIX
- 純資産価額方式の改正 | クロスリンク・アドバイザリー
- 非上場株式の評価方法を徹底解説|相続税に影響する3つの算定基準と評価ステップ | OAG
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