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韓国「借金投資」急膨張が示す若者の信用リスクと構造問題

by 中村 壮志
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34兆ウォン突破の韓国借金投資リスク

韓国の株式市場で「ビッツトゥジャ(빚투=借金投資)」と呼ばれる現象が、再び危険水域に達しています。証券会社を通じた信用取引融資(マージンローン)の残高は2026年4月に34兆ウォン(約3.7兆円)を突破し、過去最高を更新しました。KOSPI指数が史上初めて5,500を超える上昇相場のなかで、個人投資家が借入金を元手に株式を購入する動きが加速しています。

この背景には、単なる投機熱だけでは説明できない構造的な問題があります。ソウルの住宅価格は依然として一般的な所得水準では手が届かず、国民年金は2056年までに枯渇するとの予測が現実味を帯びています。将来への不安が若者や中高年を高リスク投資に駆り立て、それが金融システム全体の脆弱性につながっているのです。本記事では、韓国の借金投資ブームの実態と、そこから浮かび上がる経済構造の問題点を分析します。

過去最高を更新し続ける信用取引融資残高

34兆ウォン突破の衝撃

韓国の株式市場における信用取引融資残高は、2026年4月17日にKOSPIとKOSDAQの合算で34兆ウォンを初めて突破しました。Seoul Economic Dailyの報道によれば、4月18日時点では33.8兆ウォンに達し、証券各社が4%を下回る低金利で顧客獲得競争を繰り広げていたことが残高急増の一因とされています。信用融資と証券担保ローンを合わせた与信残高は50兆ウォン(約5.4兆円)を超える規模に膨らんでいます。

この数字が意味するところは深刻です。2025年初頭の残高と比較すると約25%の増加であり、個人投資家がいかに急速にレバレッジを拡大してきたかが分かります。とりわけ注目すべきは、個人投資家の株式取引預かり金が2024年末から33兆ウォン増加し、約90兆ウォンに達している点です。市場に流入する個人マネーの規模そのものが膨張しています。

バリューアップ改革が呼び込んだ個人マネー

信用取引急増の背景には、韓国政府が2024年2月に打ち出した「コーポレート・バリューアップ・プログラム」の成功があります。企業に対して自社株消却や株主還元の強化を促すこの政策により、Korea Value-upインデックスは導入から約1年半で130%以上の上昇を記録しました。配当所得税の引き下げも実施され、個人投資家にとって株式投資の魅力が格段に高まりました。

海外投資家の参加がほぼ倍増するなか、国内の個人投資家も「乗り遅れたくない」という心理(FOMO)に駆られています。Seoul Economic Dailyは、2026年2月の時点で韓国の個人信用取引残高が20年ぶりの高水準に達したと報じており、バリューアップ改革による株価上昇と借金投資の拡大が表裏一体の関係にあることが浮き彫りになっています。

2026年3月の急落が露呈した脆弱性

KOSPI12%急落と連鎖的な強制決済

借金投資のリスクが一気に顕在化したのが、2026年3月の市場急落です。中東情勢の緊迫化を受けた原油価格の急騰により、KOSPIは2営業日で約20%下落するという歴史的な暴落を記録しました。CNBCの報道によれば、3月5日の1日だけでKOSPIは12%下落し、韓国の主要証券会社は相次いで新規の信用取引買い注文を停止しました。

この急落で最も打撃を受けたのが、レバレッジをかけて投資していた個人投資家です。未決済取引残高は3月5日に2兆1,488億ウォンに急増し、危機前の水準(1兆526億ウォン)の倍以上に膨らみました。強制決済(マージンコール)による売却比率は通常の1%未満から6.5%に跳ね上がり、わずか2日間で1,000億ウォン超のポジションが強制的に清算されました。

若年投資家が被った「3倍の損失」

Seoul Economic Dailyの3月22日の報道は、若年投資家がとりわけ深刻な被害を受けた実態を明らかにしています。信用取引を利用した投資家の平均リターンは3月1日から9日の期間でマイナス19.0%を記録し、信用取引を利用しなかった投資家のマイナス8.2%と比べて約2.3倍の損失を被りました。少額の口座で高いレバレッジをかけていた20代投資家の損失は、通常の投資家の3倍に達したとされています。

3月末までの集計では、超短期信用取引に伴う強制売却額は4,125億ウォン(約450億円)に上りました。これは29カ月ぶりの高水準であり、急落局面でレバレッジ投資がいかに脆いかを示す数字です。

借金投資に走る構造的な背景

住宅価格の壁と「ヨンクル族」

韓国の若者が高リスク投資に向かう最大の理由は、住宅市場の壁です。Newsweekの報道によれば、ソウルの住宅価格上昇率はニューヨークに次いで世界2位を記録しており、新築マンションの平均価格は14億6,000万ウォン(約1億5,600万円)に達しています。住宅担保貸出比率(LTV)は40%に規制されているため、購入に必要な自己資金は8億ウォン以上となり、一般的な勤労所得では到底届きません。

こうした状況から生まれたのが「ヨンクル族」(魂までかき集めて借金する人々)という言葉です。不動産が買えないならば株式市場で資産を増やすしかないという焦りが、若年層を借金投資に駆り立てています。KOSPI上昇の恩恵を受けられなければ、資産格差はさらに広がるという危機感が根底にあります。

国民年金の枯渇予測がもたらす将来不安

もう一つの構造的要因が、韓国の年金制度に対する深刻な不信感です。韓国政府は国民年金の積立金が2041年にピークを迎え、2056年までに枯渇する可能性があると発表しています。韓国の出生率は世界最低水準の0.72(2023年)を記録しており、2060年には現役世代1人が高齢者1人を支える人口構造になるとの推計もあります。

2024年には保険料率を9%から13%に引き上げる改革案が与野党間で合意されましたが、年金受給額の水準は現役所得の44%にとどまります。公的年金だけでは老後を支えられないという認識が広がるなか、自助努力としての投資が「選択」ではなく「必要」と捉えられるようになっています。年金制度への不信が投資の動機となり、それがリスクの高い借金投資につながるという悪循環が生まれているのです。

家計債務の高止まりと信用不良者の増加

韓国の家計債務は対GDP比で約90%に達しており、先進国のなかでも突出した水準にあります。マクロプルーデンス政策により2024年以降は若干の低下傾向にあるものの、依然として高い水準を維持しています。

朝鮮日報の報道によれば、韓国の信用不良者(元金や利息を90日以上延滞した者)は2025年末時点で93万5,801人に達し、2017年以降で最多を記録しました。とりわけ韓国経済の中核を担う40~50代が約44万人と全体の半数を占めており、構造的に返済能力が乏しい層が拡大していると指摘されています。20代の信用留意者も2021年の5万2,580人から6万5,887人へと25.3%急増しており、若年層の債務問題が深刻化しています。

規制当局と証券業界の対応

金融監督院の投資家保護強化

金融監督院(FSS)は2026年3月の市場急落を受け、証券会社に対してレバレッジ投資に関する投資家保護措置の実施を指示しました。Asia Business Dailyの報道によれば、FSSは「消費者リスク対応協議会」を開催し、信用取引残高の増加を主要なリスク要因として特定しています。

具体的な措置として、証券会社に対して与信限度額の内部見直し、リスク管理体制の強化、そして信用取引金利の引き下げ競争や手数料キャンペーンの自粛が求められました。過度なリスクテイクを助長するような営業行為を抑制し、投資家への損失リスクの視覚的な説明資料の活用を強化する方針です。

証券会社による自主的な取引制限

市場の自主規制も進んでいます。KB証券やミレアセット証券は信用取引の新規買い注文を制限し、Toss証券は特定銘柄の証拠金率を100%に引き上げました。カカオペイ証券は与信枠の上限に達したことを理由に新規の信用取引買い注文を停止しています。

ミレアセット証券はAlteogen、HYBE、Kakao、LG Energy Solutionなど20銘柄の担保分類を引き上げ、実質的に必要証拠金を増加させました。こうした措置は、証券会社自身のリスクエクスポージャーを管理するためのものですが、結果として個人投資家の過度なレバレッジを抑制する効果が期待されています。

バリューアップ改革と家計債務リスク

バリューアップ改革と投資家保護の両立という難題

韓国政府は「コリアディスカウント」解消を目指すバリューアップ改革を推進する一方で、個人投資家の保護という相反する課題に直面しています。株式市場の活性化は個人マネーの流入に支えられている側面があり、規制を強化しすぎれば改革の推進力を失いかねません。商法改正による自社株消却の義務化やスチュワードシップ・コードの執行強化など、今後さらなる制度改革が予定されていますが、その恩恵を享受するために個人投資家がさらにリスクを拡大するという矛盾が生じる可能性があります。

家計債務の構造的リスクは解消されていない

IMFの2025年の対韓審査報告書では、家計債務がGDP比で高止まりしている状況を指摘し、住宅市場と家計債務の動向が金融安定の鍵を握ると強調しています。DSR(総負債元利金返済比率)規制の導入で一定の抑制効果は出ているものの、信用取引融資はこの枠組みの対象外であり、株式市場を通じたレバレッジの拡大には十分に対応できていないのが現状です。

今後、金利の変動や地政学リスクの再燃によって市場が急落した場合、信用取引の強制決済が連鎖的な売りを誘発し、実体経済に波及するシナリオは十分に考えられます。韓国経済の「アキレス腱」と呼ばれる所以です。

住宅・年金不安と過剰レバレッジ

韓国の借金投資ブームは、住宅価格の高騰、年金制度への不信、そして株式市場改革による上昇期待が複合的に作用した結果です。信用取引融資残高は34兆ウォンを突破して過去最高を更新し、2026年3月の急落では若年投資家が通常の3倍もの損失を被るなど、レバレッジ投資の危うさが改めて浮き彫りになりました。

金融監督院や証券各社による規制強化は進んでいますが、若者が借金投資に向かう根本的な構造要因——住宅取得の困難さ、年金枯渇への不安、資産格差の拡大——は解消されていません。バリューアップ改革の成果を持続的な成長につなげるためには、個人投資家が過度なリスクを取らずとも資産形成できる制度的な基盤の整備が急務といえるでしょう。

参考資料:

中村 壮志

国際情勢・地政学・安全保障

中東・米中関係を中心に国際情勢を取材。地政学リスクが日本経済に与える影響を、現地の視点から分析する。

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