役員報酬高額否認、京醍醐味噌訴訟が問う税務判断と経営裁量の境界
月2億5000万円報酬訴訟の焦点
役員報酬をいくらにするかは、本来は企業の経営判断に属する問題です。ただし、その全額を法人税の計算上「損金」として認めるかは別の問題です。京醍醐味噌を巡る税務訴訟は、この二つの境界を正面から問いました。
同社は松井味噌グループの一社で、京都市山科区に本店を置く有限会社です。グループ公式情報では、京醍醐味噌はPB食品開発を事業内容とし、代表取締役は松井健一氏、資本金は300万円とされています。争いの対象となったのは、2013年9月期から2016年9月期にかけて役員に支給された高額な役員給与です。
裁判記録や税務専門誌の整理では、役員3人への支給総額は約22億7800万円余り、そのうち約19億円規模が「不相当に高額」とされました。国側の処分により、法人税など約3億8500万円の課税処分が行われたと報じられています。東京地裁は2023年3月23日に原告側の請求を棄却し、東京高裁も2024年1月18日に控訴を退けました。最高裁は2024年12月12日に不受理とし、会社側の敗訴が確定した形です。
この事件が重要なのは、単に「月2億5000万円は高いか」という感覚論にとどまらない点です。急成長企業やファブレス型企業では、経営者個人の構想力、海外展開力、商品開発力が利益の源泉になることがあります。一方で、同族企業では会社と役員の利害が重なりやすく、報酬を通じた利益移転への警戒も強まります。経営裁量と課税公平の衝突が、この訴訟の本質です。
法人税法34条が定める損金算入の境界
損金否認は報酬禁止ではない構造
まず押さえるべきは、国税当局や裁判所が「役員にその金額を支払ってはならない」と判断したわけではない点です。問題になったのは、法人税の所得計算上、その給与を会社の費用としてどこまで損金算入できるかです。会社が役員に報酬を支払うことと、その報酬が税務上すべて経費として認められることは、制度上切り分けられています。
法人税法34条は、役員給与について損金算入を制限する規定を置いています。定期同額給与、事前確定届出給与、一定の業績連動給与など、損金算入の入口となる類型がありますが、そこに該当しても「不相当に高額な部分」は損金になりません。国税庁の解説も、役員給与の基本類型を示したうえで、不相当に高額な部分は損金算入できないと整理しています。
なぜこのような制限があるのでしょうか。役員、とくに同族会社のオーナー経営者は、株主として利益を受け取る立場と、役員として報酬を受け取る立場を兼ねることがあります。配当なら法人段階で課税された後の利益分配ですが、役員給与として会社が費用計上できれば、法人所得を圧縮できます。税法はこの所得移転の余地を警戒しているのです。
一方で、会社法上は取締役の報酬等について、定款に定めがない場合は株主総会決議によって定める仕組みが置かれています。これは会社内部の意思決定と利害調整のルールです。しかし、会社法上の手続を踏んだことは、税務上の相当性を当然に保証しません。京醍醐味噌事件でも、争点は「会社が決めた報酬だから有効か」ではなく、「職務対価として税務上どこまで相当か」でした。
形式基準と実質基準の二重チェック
法人税法施行令70条は、過大な役員給与の判断要素を具体化しています。そこでは、役員の職務内容、会社の収益状況、使用人給与の支給状況、同種同規模法人の役員給与の支給状況などが挙げられています。つまり、税務上の相当性は、社内決議だけでなく、外部比較と収益実態を含む実質判断によって検証されます。
この判断には大きく二つの側面があります。第一は形式基準です。定款や株主総会、社員総会などで定めた限度額を超えていないか、議事録や決議が整っているかが問われます。第二は実質基準です。形式的な決議があっても、職務内容や業績、類似法人との比較から見て過大であれば、超過部分は損金になりません。
実務上難しいのは、実質基準の予見可能性です。会社自身は自社の収益や役員の仕事量を把握できますが、国税当局が比較対象にする類似法人の役員給与水準を事前に知ることは容易ではありません。京醍醐味噌側が強く反発したのも、この「見えない比較対象」によって経営者報酬の上限が事後的に決まるように見える点でした。
もっとも、裁判所はこの制度自体を違法とは見ませんでした。東京地裁判決を扱った専門解説では、課税の公平を確保するため、役員給与の背後にある恣意性を排除する趣旨が確認されています。会社側が「国が経営者の値段を決めるのか」と問題提起したことには制度論としての重みがありますが、裁判では個別事実に即した相当性の立証が決定的でした。
京醍醐味噌の報酬設計と敗訴の理由
ファブレス型事業を巡る分類の対立
会社側の主張の柱は、自社を単純な味噌製造・卸売会社として見るべきではない、という点にありました。報道や専門家解説によれば、京醍醐味噌は生産設備や倉庫を持たず、商品開発や海外での製造委託を組み合わせるファブレス型の事業だと主張しました。社員0人、役員数人で高い売上をつくるモデルであれば、役員個人の貢献度は通常の卸売業とは違うという理屈です。
この主張には、現代的な企業経営の現実があります。製造設備を自社保有しなくても、商品企画、技術指導、委託先管理、販売先開拓、為替や在庫リスクの判断によって利益を生む企業は少なくありません。AppleやNikeのようなファブレス企業が高い企業価値を持つことを考えれば、設備の有無だけで経営者報酬を測るのは粗い見方になり得ます。
しかし、裁判所は京醍醐味噌の主たる事業について、反復継続的な仕入れと販売によって売上総利益が生じている点を重視しました。専門家解説では、東京地裁が同社を「卸売業」に該当すると認定したと紹介されています。会社側は、卸売業に通常ある調達、物流、金融、情報提供などの機能を十分に持たないと主張しましたが、裁判所は多くの機能を有していたと見たとされています。
ここで重要なのは、事業分類が報酬の比較対象を左右する点です。国側は、売上高の倍半基準などを用いて類似法人を抽出し、その役員給与水準を参照しました。会社側から見れば、独自の事業モデルを持つ会社を一般的な卸売業の枠に入れられたことが不満の核心です。逆に国側から見れば、納税者が自社の特殊性を強調しすぎると、同族会社の役員報酬に客観的な歯止めがなくなります。
ベトナム事業と報酬増額の証明責任
もう一つの焦点は、ベトナム新規事業への期待と高額報酬の関係です。報道によれば、会社側は2015年に事業資金として約20億円を確保し、ベトナムで麹の醸造品などを生産する構想を進めました。250億円分の為替予約をしたとも報じられています。事業責任者として実弟を専任させるため、月2億5000万円の役員報酬を提示し、2015年12月から4カ月で10億円を支払ったとされています。
松井氏自身も、2015年10月からの1年間に月5000万円、年間6億円の役員報酬を受けたと報じられました。会社側の論理は明確です。海外事業が成功すれば巨額の利益を生む見込みがあり、その立ち上げには実績ある人材を拘束する必要があった。したがって、将来収益を見込んだ高額報酬には合理性がある、という主張です。
裁判所が重視したのは、将来構想そのものではなく、対象事業年度における実績と見直しの合理性でした。専門家解説では、ベトナム事業について収益が生じていないこと、実弟の赴任が具体化していないこと、事業再開のめどが立たない状況で月2億5000万円の支給を続けたことが問題視されたとされています。ここでは、経営者の見込みが外れたこと自体よりも、外部環境や実行状況が変わった後に報酬を再評価した形跡が問われています。
また、東京地裁は会社の売上高や売上総利益が大幅に減少していたこと、役員給与が類似法人の役員給与最高額の64倍に達していたことなどを考慮し、約23億円の役員給与のうち約19億円が不相当に高額な部分に当たると判断したと税務通信は伝えています。会社側が「成果を出した経営者には高額報酬が必要」と主張しても、裁判ではその成果が対象会社、対象年度、対象職務にどう結び付くかが問われます。
さらに、国側の算式は類似法人の役員給与最高額の平均額を基礎に、売上高、改定営業利益、個人換算所得を勘案する形で適正額を算出したとされています。会社側は、特別利益や株式売却益なども経営成果に含めるべきだと主張しました。ところが裁判所は、役員給与の職務対価性を検討するうえで、本業収益や実際の職務遂行との関係を重く見たと整理できます。
類似法人比準が残した予見可能性リスク
京醍醐味噌事件は国側勝訴で終わりましたが、企業実務に不安を残したことも事実です。とくに、類似法人比準は納税者にとって見えにくい手法です。国税当局は申告データを持っていますが、一般企業は同業他社の非公開役員報酬を把握できません。そのため、後から「平均」や「最高額」と比較される構造には、予見可能性の問題があります。
この問題は、役員給与税制に昔からある緊張関係です。国税不服審判所の過去裁決でも、類似法人の役員給与最高額を参照して、不相当に高額な部分があるかが判断されています。一方で、泡盛メーカーを巡る残波事件では、平均値との単純比較の限界や、経営者の特殊な貢献をどう評価するかが争われました。つまり、裁判例は「類似法人比較だけで機械的に決まる」とまでは見ていません。
ただし、特殊な貢献を主張する側には高い立証負担があります。海外展開の構想、商品開発力、投資判断、人的ネットワークといった要素は、経営者の力量を示す材料です。しかし、それが対象会社にどの収益をもたらし、対象年度の役員給与とどの程度対応しているかを示せなければ、税務上の相当性にはつながりません。経営物語だけでは足りず、数字と記録が必要です。
この点で、京醍醐味噌事件は同族企業のガバナンスにも警鐘を鳴らしています。実働のある親族役員への報酬であっても、第三者の目から見て、職務、成果、報酬額の関係が説明できる必要があります。オーナー経営者の直感や信頼関係は、社内では合理的に見えても、税務調査や裁判では客観証拠に置き換えなければ通用しにくいのです。
今後も、知的財産、海外事業、ファブレスモデル、投資成果を背景に高額報酬を設計する中小企業は増える可能性があります。その場合、争点は「高額かどうか」ではなく、「なぜその会社で、その役員に、その年度に、その金額なのか」です。ここを事前に説明できる企業と、税務調査後に説明を組み立てる企業では、リスクの大きさが変わります。
経営者が報酬決定で整えるべき記録
経営者報酬の設計で最初に確認すべきは、会社法と税法の二層構造です。株主総会や社員総会、取締役会の議事録を整え、限度額や個別配分の決定権限を明確にすることは前提です。しかし、それだけでは十分ではありません。税務上は、職務内容、収益貢献、類似水準との比較、報酬改定の理由まで一貫して記録する必要があります。
とくに高額報酬を支給する場合は、報酬決定時点の事業計画、期待収益、本人の役割、代替人材の市場価値、達成指標を残すべきです。新規事業が遅れた場合や担当役員の職務内容が変わった場合には、報酬の見直しを検討した記録も重要です。裁判所が問題視したのは、構想が失敗したことだけではなく、状況変化後も高額支給を続ける意思決定の合理性でした。
また、同族企業では、親族役員であること自体が否認理由になるわけではありません。問題は、第三者にも説明できる職務対価性です。実働している役員なら、担当領域、意思決定、取引先開拓、技術指導、資金調達、リスク負担を具体的に示す資料を残すことが欠かせません。報酬額が大きいほど、経営判断の自由を支える証拠の密度も高くする必要があります。
京醍醐味噌事件は、国が経営者報酬を直接決める制度ではありません。しかし、税務上の損金算入という入口を通じて、経営者報酬の客観的説明責任を強く求める判例動向を示しました。経営者が取るべき対応は、報酬を萎縮させることではなく、報酬決定を事業戦略、業績指標、ガバナンス記録と結び付けることです。高い報酬ほど、高い説明責任を伴います。
参考資料:
- 「月2.5億円の役員報酬は高すぎる」国税の判断に味噌会社が訴え…最高裁に“門前払い”されるも意義を唱える理由
- 京醍醐味噌事件(東京高R6.1.18棄却)(控訴人上告予定)
- 法人税法34条2項の違憲性と役員給与適正額の算定方法
- 東京地裁 過大役員給与の判定を巡る事件で国側が勝訴
- [全文公開] 今週のFAQ(5/4/24)<過大役員給与を巡る事件と一時所得の計算を巡る事件の状況>
- 「私は節税もせず、あえて日本に納税してきた…」世界で利益を上げる松井味噌代表の役員報酬は844万円が妥当なのか?
- 役員報酬「月2億5000万円」は不相当に高い? 関西の味噌会社が「経費不認定」の処分取り消し求めて提訴
- No.5211 役員に対する給与(平成29年4月1日以後支給決議分)
- 法人税法施行令 第70条 過大な役員給与の額
- 会社法 - 取締役の報酬等 - 第三百六十一条
- 過大役員給与/法人税法34条2項に規定する「不相当に高額な部分の金額」があるか否かを巡り争われた事例
- 役員報酬の不相当に高額な部分とは? 過大役員給与を巡る事件で国が勝訴(東京地裁)
- 役員報酬と従業員給与との違いとは?法人税の損金算入制限の法的背景と歴史的変遷
- 松井グループ
- 有限会社京醍醐味噌 | Gビズインフォ
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