日東電工が粘着技術で医薬品市場に挑む理由
日東電工の粘着技術と医薬品市場への挑戦
スマートフォン向けの光学フィルムや電子部品用の粘着テープなど、数多くのニッチ市場で世界トップシェアを握る日東電工。「グローバルニッチトップ」戦略を掲げ、世界シェア1位・2位の製品群を次々と生み出してきた同社が、いま注力しているのが医薬品関連事業です。
祖業である「粘着技術」を医薬品の世界に応用し、経皮吸収型テープ製剤や核酸医薬の受託製造(CDMO)で存在感を高めています。チャレンジ比率を現在の41%から85%へ引き上げるという野心的な目標の背景には、既存事業の成熟化に対する危機感と、医薬品という巨大市場での勝算があります。
日東電工の「三新活動」と事業変革の歴史
絶え間ない事業構造の転換
日東電工は1918年に電気絶縁材料メーカーとして創業しました。その後、粘着テープ、光学フィルム、電子部品と事業領域を拡張し続けてきた歴史があります。この変革を支えてきたのが「三新活動」と呼ばれる独自の経営手法です。
三新活動とは、「新しい用途を開拓する」「新しい需要を創造する」「新しい製品を開発する」の3つのアプローチで事業を拡張する仕組みです。既存の技術を別の市場に応用することで、常に新たな成長領域を開拓してきました。
ニッチトップ戦略の核心
日東電工が掲げる「グローバルニッチトップ」戦略は、世界シェア1位か2位になれる製品だけに経営資源を集中させるものです。市場規模は小さくとも、圧倒的なシェアを確保することで高い利益率を維持します。
同社には「新製品比率35%」という独自指標があり、発売から3年半以内の製品が全売上高に占める割合を常にこの水準に保っています。単純計算では約3年で全商品が入れ替わることになり、この高速な新陳代謝が同社の競争力の源泉です。
粘着技術が生んだ医薬品事業
経皮吸収型テープ製剤
日東電工の医薬品事業の原点は、粘着技術を応用した「経皮吸収型テープ製剤」です。1998年から提供を開始したこの製剤は、肌に貼ることで安定した量の薬を体内に供給する仕組みです。
粘着剤の配合技術、薬物の放出制御技術、皮膚への密着性と剥離性のバランスなど、テープの製造で培ったノウハウがそのまま医薬品に活用されています。注射や経口投与に比べ、痛みが少なく投与が簡便であることから、患者の負担軽減にもつながります。
PassPort Systemによる革新
さらに日東電工は「PassPort System」という革新的な技術を開発しています。皮膚表面の角質層に微細な孔を開ける技術と、粘着テープに薬物を加えて貼り付ける技術を組み合わせたものです。
従来、注射や点滴でしか投与できなかったペプチドや核酸、タンパク質といった高分子のバイオ医薬品を、皮膚から吸収させることが可能になります。この技術が実用化されれば、在宅での自己投与が難しかった多くの医薬品の投与方法が変わる可能性があります。
核酸医薬CDMOで世界シェア6割
Avecia買収が転機に
日東電工の医薬品事業を語る上で欠かせないのが、核酸医薬品の受託製造(CDMO)事業です。2011年に米国のAvecia Biotechnology(現Nitto Denko Avecia)を数十億円規模で買収したことが大きな転機となりました。
核酸医薬とは、DNAやRNAなどの核酸を利用して遺伝子レベルで疾患に介入する次世代医薬品です。アンチセンス、siRNA、アプタマーなど多様な種類があり、がんや希少疾患の治療で期待されています。
圧倒的な製造実績
Nitto Denko Aveciaは核酸医薬原薬の受託製造で世界シェア約60%を誇ります。1,000配列以上の核酸製造経験を持ち、前臨床段階から商業生産まで対応できる世界最大規模の製造拠点を米国に保有しています。
同社は2021年に約250億円(2億2,600万ドル)を投じ、マサチューセッツ州ミルフォードの拠点で新棟建設や商業用製造ラインの増設を実施しました。急成長する核酸医薬市場において、製造キャパシティの拡大を急いでいます。
核酸医薬市場の将来性
核酸医薬の世界市場は今後10年で約3倍に拡大すると予測されています。2023年度の日東電工のCDMO売上高は約400億円で、2030年度には700億円を目指す計画です。日本国内でも日本新薬が「初の国産核酸医薬」の申請を進めるなど、市場の本格的な立ち上がりが進んでいます。
チャレンジ比率85%が意味するもの
既存事業の成熟化への対応
日東電工がチャレンジ比率を現在の41%から85%へ引き上げるという目標は、同社の事業構造を根本的に変革する意志を示しています。チャレンジ比率とは、成長期や開拓期にある事業の売上比率を指し、成熟事業への依存度を下げる指標です。
液晶用偏光板など、これまで同社の収益を支えてきた事業が成熟期を迎える中、医薬品事業をはじめとする新領域への転換を加速させる狙いがあります。2025年3月期の連結営業利益は過去最高の1,850億円(営業利益率18.4%)が見込まれており、好業績のうちに次の成長基盤を築く戦略です。
ニッチトップ売上比率の拡大
ニッチトップ製品の売上比率についても、2023年度の44%から2025年度に50%へ引き上げる目標を掲げています。医薬品CDMOのように、参入障壁が高く高シェアを維持できる事業を増やすことで、収益の安定性と成長性の両立を図っています。
核酸医薬CDMOの競争リスクとDDS応用余地
医薬品事業特有のリスク
医薬品事業は高い利益率が期待できる一方、固有のリスクも存在します。規制当局の承認プロセスは長期にわたり、開発中の薬剤が最終的に承認されない可能性もあります。核酸医薬のCDMO事業は受託側であるためリスクは限定的ですが、市場の成長速度が予測を下回る可能性は考慮すべきです。
また、核酸医薬CDMO市場には味の素バイオファーマなど競合の参入も進んでいます。現在の世界シェア60%を維持するには、継続的な設備投資と技術優位性の確保が不可欠です。
粘着技術の応用可能性
日東電工の強みは、粘着・塗工という基盤技術を持つ点にあります。この技術はテープ製剤やDDS(ドラッグデリバリーシステム)のみならず、再生医療やウェアラブルデバイスとの融合など、さらなる応用が期待されます。「貼る」という行為を起点にした医療イノベーションは、まだ発展の余地が大きい領域です。
世界シェア60%とチャレンジ比率85%の成長基盤
日東電工の医薬品事業への挑戦は、単なる新規事業の立ち上げではありません。100年以上にわたり培ってきた粘着技術を医薬品に応用するという、同社の「三新活動」の精神そのものです。核酸医薬CDMOで世界シェア60%、経皮吸収型製剤での技術革新など、すでに確かな実績を積み上げています。
チャレンジ比率85%という目標は、既存事業の成熟化に先手を打ち、次の100年の成長基盤を築く決意の表れです。粘着テープの会社が医薬品のニッチ王者を目指すという一見意外なストーリーは、技術の本質を見極めて異分野に展開する日本のものづくり企業の可能性を示しています。
参考資料:
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