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マクドナルド紙包装転換、PFAS規制が迫る供給網再設計の急所

by 鈴木 麻衣子
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紙製包装転換が示すPFAS経営リスク

マクドナルドが進める紙・繊維系包装への転換は、単なる脱プラスチック施策ではありません。油や水をはじくために使われてきたPFASを、商品設計、調達仕様、サプライヤー監査から外していく経営課題です。

PFASは、有機フッ素化合物のうちペルフルオロアルキル化合物とポリフルオロアルキル化合物の総称です。環境省は1万種類以上の物質があると説明し、PFOSやPFOAについては難分解性、高蓄積性、長距離移動性を理由に国内でも管理を進めています。

企業にとって厄介なのは、PFASが「悪い素材を一つやめれば済む」問題ではない点です。紙容器の耐油コーティング、撥水衣料、消火剤、半導体のフォトリソグラフィーや配管部材など、機能性を支える用途が多層的に残っています。規制は環境部門だけでなく、購買、品質保証、法務、財務、取締役会の監督責任にまたがるテーマになりました。

米欧日の規制強化で変わる包装調達

FDAが終えた食品包装PFASの市場退出

食品包装で先行したのは米国です。米食品医薬品局は2024年2月、耐油・耐水目的で紙や板紙に使われるPFAS含有のグリース防止剤について、米国市場で食品接触用途の販売が終了したと発表しました。対象はファストフード包装紙、電子レンジ用ポップコーン袋、持ち帰り容器、ペットフード袋などです。

この動きは、行政が一方的に禁止を発動したというより、2020年にメーカーから販売停止の約束を取り付け、その履行を確認したものです。包装材の在庫は最終販売日から18カ月程度残る可能性があるとされましたが、多くの企業が予定より早く市場から撤退したとFDAは説明しています。

外食企業や小売りにとって、ここで重要なのは「規制文言を待つ」姿勢では間に合わないという点です。米国のように自主的な市場退出が先に進むと、ブランド企業は法令順守だけでなく、サプライヤーの販売停止、在庫の切り替え、代替材の性能保証を同時に進める必要があります。店頭で使う袋や容器は安価な消耗品に見えますが、実際には油染み、食品安全、印刷適性、リサイクル適性、店舗作業性を満たす複合部材です。

マクドナルドは公式の包装方針で、2025年末までに主要な顧客向け包装を再生可能、再生材、または認証材から調達する目標を掲げています。同社は、主要包装の多くが紙、パルプ、段ボール、木材などの繊維系素材だと説明し、さらに意図的に添加されたフッ素化合物を包装材から取り除く方針を示しています。油脂バリアのコーティングが評価対象になるため、紙製化はPFAS管理と切り離せません。

ただし、紙に替えれば自動的に問題が消えるわけではありません。紙容器にもコーティング、接着剤、インキ、オーバープリントワニス、保持剤などの非構造部材があります。マクドナルド自身も、一部の非構造部材は包装によって異なると注記しています。経営上の論点は、完成品の表示ではなく、化学物質の意図的添加、総有機フッ素の測定、ロットごとの証跡をどこまで契約で縛れるかです。

EU包括制限案と日本の水質管理

EUでは、個別物質ごとの後追い規制から、PFAS全体を対象にする包括的な制限へ議論が移っています。ドイツ、オランダ、ノルウェー、デンマーク、スウェーデンの当局は2023年にREACH規則に基づく制限プロセスを始め、RIVMによると対象は1万物質超です。2025年6月には背景文書の最終改訂が完了し、5600件超の意見を踏まえて用途、排出、代替可能性、経済影響の情報が追加されました。

このプロセスで注目すべきは、規制が消費財だけを狙っていない点です。背景文書には印刷、シーリング、機械、医療、爆発物、防衛、技術繊維、産業用途などの分野が追加されました。最終判断は欧州化学品庁のリスク評価委員会と社会経済分析委員会の意見を経て欧州委員会が行いますが、輸出企業はすでに仕様変更や適用除外の可否を検討せざるを得ません。

日本でも、PFAS対応は水環境と廃棄物管理を中心に制度化が進んでいます。環境省は2026年6月に地方公共団体向けの「PFOS及びPFOAに関する対応の手引き」を改定し、同月には濃度低減のための対策技術集も公表しました。2025年にはPFBS、PFBA、PFPeA、PFHxA、PFHpA、PFNA、HFPO-DAが要調査項目に追加されています。

日本企業にとって、国内規制がEUや米国より緩いか厳しいかだけを見るのは不十分です。海外向け包装、海外店舗で使う消耗材、輸入部材、国内工場の排水、消火設備の泡消火薬剤が別々の制度にかかります。PFASは完成品規制、化学物質管理、水質管理、廃棄物処理、訴訟リスクが重なるため、法務部門が「該当法令なし」と判断しても、購買や工場の実務では別のリスクが残ります。

フランスの事例は、規制強化後の執行リスクも示しています。2025年に成立し2026年1月に発効したPFAS法は、化粧品、衣料用繊維、靴、スキーワックスなどを対象にしました。一方で、仏紙ルモンドは、検査体制の不足により大規模な執行が遅れていると報じています。企業側から見れば、施行直後の取り締まりが限定的でも、後から市場在庫や表示、サプライヤー証明の不備が問われる可能性があります。

半導体まで広がる脱PFASの難題

ナノ工程に組み込まれたフッ素素材

PFAS規制が包装材だけで済まない理由は、産業用途の深さにあります。3Mは2022年12月、2025年末までにPFAS製造から撤退し、製品ポートフォリオ全体でPFAS使用を終了する方針を発表しました。同社は、対象にフッ素樹脂、フッ素系流体、PFAS系添加剤を含め、PFAS製造の年間純売上高を約13億ドル、EBITDAマージンを約16%と説明しています。撤退に伴う税引き前費用は約13億から23億ドルの見込みです。

この数字は、PFASが環境対策費だけでなく、事業ポートフォリオの再編費用になることを示します。原材料の販売停止は、ユーザー企業の調達先変更、認定試験、在庫積み増し、価格上昇に直結します。化学メーカーの撤退が進めば、最終製品メーカーは「規制で使えない」前に「買えない」「品質保証が続かない」という供給リスクに直面します。

半導体はその典型です。3Mも、PFASは医療技術、半導体、電池、スマートフォン、自動車、航空機など現代生活に重要な製品の製造で使われると説明しています。半導体工場では、フォトレジスト、反射防止膜、エッチング、洗浄、配管やシール材など、強い耐薬品性や耐熱性が必要な工程が多く、代替は単純ではありません。

米国の調査報道では、半導体関連のPFASがナノメートル単位の工程で最大1000段階に関わるとされます。さらに、米国のある製造拠点の排水サンプルから高濃度のPFASが検出されたとの報道もあります。数字の扱いには個別施設や測定条件の違いを踏まえる必要がありますが、先端工場の誘致や増産が環境負荷の移転を伴うという論点は避けられません。

代替材開発を阻む性能保証と秘密情報

半導体で脱PFASが難しいのは、素材が工程の歩留まりと装置寿命を左右するからです。食品包装の耐油バリアなら、多少の質感やコストの変化を消費者が受け入れる余地があります。しかし半導体では、微細加工の寸法ばらつき、欠陥密度、薬液との反応、クリーンルーム内の発塵が量産品質を直撃します。代替材の評価には、材料メーカー、装置メーカー、ファブ、顧客の長い認定プロセスが必要です。

研究面では、PFAS使用量を設計段階から可視化する試みも始まっています。2025年公開のプレプリント研究は、欧州では電子・半導体関連がPFASフッ素樹脂使用の一部を占めるとし、集積回路の層構成や露光技術の違いによってPFAS含有層の数が変わる可能性を分析しました。7ナノメートル世代のモデルでは、EUV露光を用いる場合にDUV液浸露光よりPFAS含有層が少なくなるという試算も示されています。

この種の研究は、規制対応を購買部門の後始末から、製品設計と工程設計の初期判断へ移す可能性があります。炭素排出量のように、PFAS使用の多い工程、代替余地のある工程、当面は適用除外を求める工程を分類できれば、経営判断は精密になります。逆に、化学物質情報を営業秘密として閉じたままでは、最終製品メーカーが開示や規制当局への説明を担えません。

ここにガバナンス上の緊張があります。サプライヤーは詳細配合を出したがらず、顧客企業は全物質の情報を求め、規制当局は用途別の排出量や代替可能性を求めます。PFASを使う理由が「重要だから」だけでは、投資家や地域社会の納得は得にくくなっています。必要不可欠な用途を主張するなら、排出抑制、回収、廃棄物処理、代替研究のロードマップも同時に示す必要があります。

企業価値を左右する四つの管理論点

PFAS対応を企業価値の問題として見ると、管理すべき論点は四つあります。第一は、対象範囲の定義です。意図的添加を禁じるのか、総有機フッ素のしきい値を設けるのか、非構造部材やリサイクル材の混入をどう扱うのかで、必要な検査と契約条項は変わります。

第二は、サプライチェーンの証跡です。完成品メーカーは、包装材メーカーや化学メーカーの自己宣言だけでは足りません。仕様書、分析証明、ロット管理、代替材変更時の事前通知、監査権限を購買契約に組み込む必要があります。特に外食や小売りは、地域ごとに現地調達品があるため、本社方針と店舗実務のズレが生じやすい業種です。

第三は、事業継続計画です。3Mの撤退のように、主要サプライヤーがPFAS事業から退く場合、規制発効前でも供給制約が起こります。代替材の二重購買、認定試験費用、在庫評価損、価格転嫁の交渉を事前に見積もらなければ、調達部門の努力だけでは吸収できません。

第四は、開示と責任の設計です。PFASは飲料水や土壌、排水、消火剤に広がるため、製品表示の問題にとどまりません。工場立地、廃棄物委託先、使用済み活性炭、排水処理の説明責任が問われます。規制対象外の物質でも、将来の科学評価や地域住民の調査でリスク認識が変わる可能性があります。

この四点は、ESG報告書の文章ではなく内部統制の問題です。取締役会は、PFASを環境部門の専門案件として放置せず、重要製品、重要顧客、重要サプライヤー、重要拠点ごとのリスク台帳を求めるべきです。企業不祥事の多くは、法令違反そのものより、早期警戒情報を経営が処理できなかったことから拡大します。

経営者が来期予算で備えるPFAS対策

来期予算で優先すべきは、全社一斉の掛け声ではなく、用途別の棚卸しです。食品包装、撥水・撥油加工、半導体材料、電池、消火設備、排水処理、廃棄物委託のどこにPFASがあり、どこが代替可能で、どこが供給途絶に弱いかを一覧化する必要があります。

次に、サプライヤーに対する質問票を法務、購買、品質保証で統一します。PFAS不使用の宣言だけでなく、意図的添加の有無、総有機フッ素の測定、対象外部材、変更管理、第三者認証の有無を確認する設計が必要です。回答不能の取引先は、単に能力が低いのではなく、下流企業に開示リスクを移している可能性があります。

最後に、代替材開発をコスト増としてではなく、事業継続投資として扱うことです。PFAS規制は包装の見直しから始まり、半導体や化学素材の競争条件まで変えています。早く動く企業ほど、仕様を自社主導で決め、顧客への説明を先取りできます。遅れた企業は、規制、供給制約、訴訟、評判低下が同時に押し寄せる局面で、最も高い切り替え費用を払うことになります。

参考資料:

鈴木 麻衣子

企業経営・コーポレートガバナンス

企業経営・コーポレートガバナンスを専門に取材。経営戦略の成功事例から不正会計の構造的問題まで、企業の「あり方」を鋭く問う。

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