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ラクス売上高4倍の原動力、楽楽精算を伸ばす高効率営業の仕組み

by 鈴木 麻衣子
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売上高4倍を支えた営業改革の全体像

「楽楽精算」を主力とするラクスの連結売上高は、2021年3月期の153億8700万円から2026年3月期には602億8600万円へ拡大しました。5年間で約3.9倍、年平均成長率は単純計算で約31%です。2026年3月期の営業利益も173億4500万円に達し、営業利益率は28.8%となりました。

ただし、この成長を「営業担当者が多く電話した結果」と理解するのは正確ではありません。ラクスの強さは、顧客獲得を細かい工程に分け、各部門の情報を数値と顧客の声で結び直す経営システムにあります。営業の行動管理だけでなく、低い解約率、商品改善、広告投資の最適化まで含めて検証する必要があります。

また、約4倍になったのは連結売上高です。「楽楽精算」単体の売上高は、比較可能な2022年3月期の76億5800万円から2026年3月期の207億2300万円へ約2.7倍となりました。成長の実像を捉えるには、主力製品と全社業績を分けて見ることが重要です。

分業と先行指標で回す営業ファネル

接点創出から継続利用までの専門分業

ラクスの営業体制では、マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスが異なる役割を担います。公式採用情報によると、インサイドセールスは顧客の状況を聞き取り、データに基づく戦略的なアプローチで商談機会を創出します。フィールドセールスは引き継いだ情報を基に、提案とクロージングを担当します。

契約後はカスタマーサクセスが初期設定や社内展開を支援し、運用開始後も活用状況に応じた改善を提案します。販売パートナーを通じた商談創出も独立した機能として設けています。各担当者が見込み客の発掘から導入後支援まで抱えるのではなく、工程ごとに専門性を蓄積する構造です。

この分業には、営業活動のどこで案件が停滞しているのかを把握しやすい利点があります。例えば、接触数が足りないのか、顧客との会話が商談につながらないのか、提案後の受注率が低いのかでは、必要な対策が異なります。最終的な売上だけを見ていては、問題が発覚するまでに時間がかかります。

一方、工程を分けるほど部門間の情報断絶が起きやすくなります。インサイドセールスが商談件数だけを追えば、受注可能性の低い案件がフィールドセールスへ渡りかねません。ラクスが採用情報で「得た情報や判断を次のプロセスにつなぐ」と明記しているのは、分業を単なる作業分担にしないためです。

結果管理を行動改善へつなぐ評価制度

ラクスは人事評価でも、売上などの成果だけではなく、成果につながる行動を分けて扱っています。パフォーマンス評価に加え、「思考力」「行動力」「人間関係力」「組織推進力」を対象とするコンピテンシー評価を運用し、上司との面談で目標と具体的な行動を振り返ります。

この制度の意味は、営業成績の良しあしを本人の資質だけに帰さない点にあります。顧客への接触方法、仮説の立て方、聞き取る情報、次の担当者への引き継ぎ方まで分解すれば、成果を生んだ行動を他の社員へ移植できます。売上という遅行指標を、現場で改善できる先行指標へ変換する仕組みです。

もっとも、今回確認した公開資料では、個人別の架電件数や商談化率、受注率の基準値までは開示されていません。「キーエンスばり」という評価を、両社が同じ日次管理や営業ノルマを採用しているという意味に広げるべきではありません。

両社に確認できる共通点は、顧客接点を一次情報の獲得経路として重視し、情報を組織内で再利用する考え方です。キーエンスは代理店を介さない直販とテリトリー制により、現場の潜在需要を商品企画へ戻しています。ラクスはマーケティングからカスタマーサクセスまでの分業を通じ、顧客情報を提案や製品改善へ還流させています。

キーエンスが製造現場向け機器の提案型直販を中心とするのに対し、ラクスは月額課金型のクラウドサービス企業です。収益構造も顧客接点も異なります。似ているのは営業技法の表面ではなく、「顧客情報を集め、標準化し、次の付加価値へ変える循環」にあります。

顧客データをLTVへ変える事業循環

低解約率が営業投資を支える収益構造

SaaSでは、新規契約を増やしても解約が多ければ営業投資を回収できません。ラクスの2026年3月期決算説明資料によると、「楽楽精算」の月次解約率は件数ベースで0.47%、月次経常収益ベースで0.17%でした。大口顧客ほど残りやすいことを示す差であり、売上基盤の安定に寄与します。

同社が算定する「楽楽精算」のLTVは、2025年3月期の1704万円から2026年3月期には1907万円へ上昇しました。LTVは平均利用額、想定利用年数、粗利益率から求める指標です。契約を長く維持できれば、新規顧客獲得のための広告費や営業人員へ再投資できる余地が広がります。

2026年6月時点のクラウド事業は、ARRが518億円、ストック売上高比率が92.6%です。新規契約が翌期以降の売上にも積み上がるため、単年度の受注競争に終わりません。営業、導入支援、継続利用を一つの経済単位として管理できることが、高効率経営の前提です。

「楽楽精算」の累計導入社数は、2025年9月時点で2万社を超えました。導入企業が増えるほど、業種や規模によって異なる経費申請、承認、証憑管理のパターンも蓄積されます。顧客基盤そのものが、次の提案や機能開発に使える情報資産となります。

営業の一次情報を製品へ戻す循環

ラクスは、営業、カスタマーサクセス、開発が顧客の要望や課題を共有するヒアリング会を設けています。営業が売って終わるのではなく、導入時の障害や日常利用で生じる不満を開発へ戻し、製品の改善に使う取り組みです。

顧客の要望をすべて個別開発で受け入れれば、製品は複雑になり、保守コストが膨らみます。重要なのは、多数の顧客に共通する課題を抽出し、標準機能として実装することです。キーエンスが現場の一次情報を汎用商品へ昇華させる構造と、ここにも共通点があります。

2026年6月に提供を始めた「伝票作成AIエージェント」は、その象徴です。領収書、法人カード明細、事前申請、過去データを参照して申請伝票を作成し、利用者は内容を確認して申請できます。同年9月にはPC対応、利用者別の権限管理、複数金額が記載された領収書への対応が追加されました。

権限管理の追加は、機能の派手さ以上に重要です。顧客企業には、社用スマートフォンを利用できない、特定部門から試したいといった運用上の制約があります。営業やカスタマーサクセスが集めた導入障壁を製品側で解消できれば、商談の対象を広げると同時に、導入後の問い合わせコストも抑えられます。

「楽楽精算」だけでなく、請求書発行、販売管理、勤怠管理、電子保存などをそろえる製品群も営業効率を支えます。同じ顧客に複数製品を提案できれば、顧客獲得費を一から負担せずに売上を増やせます。共通IDや製品間のデータ連携は、クロスセルを営業担当者の個人技から仕組みへ変える基盤です。

ただし、連結売上高の約4倍成長を営業改革だけの成果とみなすことはできません。インボイス制度や電子帳簿保存法への対応需要、価格改定、広告宣伝費の最適化、複数製品の成長も業績に寄与しました。2026年3月期のクラウド事業は売上高517億7000万円、前期比23.7%増となり、セグメント利益は160億2700万円、同71.1%増でした。

外部環境も追い風です。一方で、IPAの「DX動向2025」では、DXに取り組んでいない従業員100人以下の国内企業のうち、53.0%が「メリットがわからない」、49.0%が「知識や情報が不足している」と回答しました。未導入企業を開拓する段階では、製品説明よりも、導入効果を顧客の業務に即して示す提案力が重要になります。

ラクス自身も、競合製品が増えた現在は「商品を正確に説明すれば選ばれる」段階から、顧客の課題を起点に解決策を組み立てる段階へ移ったと説明しています。量を測る営業管理は出発点にすぎず、蓄積したデータから提案の質を高められるかが次の競争軸です。

成熟市場とAI転換期に潜む経営リスク

効率営業には、数値管理が自己目的化するリスクがあります。商談件数だけを強く求めれば案件の質が低下し、受注率だけを重視すれば挑戦的な市場を避ける行動が生まれます。これはラクスで問題が発生しているという意味ではなく、分業型営業が一般に抱えるガバナンス上の論点です。

予防には、部門ごとの件数だけでなく、解約率、LTV、導入期間、顧客満足、問い合わせ量を組み合わせた監督が必要です。売上とコンピテンシーを分けて評価するラクスの制度は一つの対策ですが、指標の定義や部門間の責任範囲を継続して見直さなければ、局所最適は避けられません。

市場成熟も無視できません。「楽楽精算」の売上高成長率は2024年3月期の39.7%から、2026年3月期には19.5%へ低下しました。依然として高い成長ですが、未導入企業の減少や競争激化に伴い、従来と同じ顧客獲得手法の効率は徐々に下がる可能性があります。

長く運用されてきた製品には技術面の負担もあります。ラクスの開発部門は、「楽楽精算」が150万行を超えるコードと700以上の画面を抱え、開発速度の低下が課題になったと明らかにしています。営業が拾った要望を迅速に実装するには、営業改革と同時に基盤刷新が必要です。

生成AIは、入力や確認の自動化によって製品価値を高める一方、類似機能の開発コストを引き下げます。AI機能が競争優位ではなく標準装備になれば、価格競争が強まる可能性があります。会計データには高い正確性が求められるため、誤処理時の責任、監査記録、権限管理も重要な統制項目です。

ラクスは2027年3月期からの中期計画で、クラウド事業のオーガニック売上高成長率を年平均15%以上とし、2028年3月期以降に売上成長率と営業利益率の合計を50%以上とする「Rule of 50」を掲げました。正社員1人当たり売上高も、2026年3月期の2366万円から2029年3月期に3000万円以上へ引き上げる計画です。

生産性目標が人員削減や過度な行動管理に偏れば、中長期の製品開発力を損ないます。2026年6月時点で公表された月平均残業時間は16.5時間、有給休暇取得率は87.9%です。今後は売上高だけでなく、離職、管理職の負荷、顧客対応品質を含む人的資本指標を合わせて確認する必要があります。

経営者が移植すべき三つの設計原則

ラクスの事例から移植すべき第一の原則は、売上目標を接点、商談、提案、受注、継続利用へ分解し、改善可能な行動へ落とすことです。第二は、営業とカスタマーサクセスが得た一次情報を、開発とマーケティングへ戻す閉じた循環です。第三は、受注件数だけでなく解約率とLTVを管理し、顧客価値を損なう営業を防ぐことです。

重要なのは、ラクスのKPIや組織図をそのままコピーすることではありません。顧客単価、契約期間、導入難易度が異なれば、最適な分業の粒度も変わります。自社の営業ファネルを可視化し、情報が失われる箇所と、顧客の声が製品へ戻らない箇所を特定することが出発点です。

投資家や取引先は、今後の売上成長率に加え、楽楽精算の解約率、LTV、AI機能の有料利用、クロスセル、正社員1人当たり売上高を確認すべきです。これらが同時に改善すれば、高効率営業が一時的な拡販策ではなく、持続的な経営能力として定着していると判断できます。

参考資料:

鈴
鈴木 麻衣子

企業経営・コーポレートガバナンス

企業経営・コーポレートガバナンスを専門に取材。経営戦略の成功事例から不正会計の構造的問題まで、企業の「あり方」を鋭く問う。

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