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ソフトバンクがレアメタル不使用蓄電池に参入する狙い

by 山本 涼太
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はじめに

ソフトバンクが蓄電池の自社生産という新たな領域に踏み出そうとしています。韓国の新興企業Cosmos Labと提携し、リチウムやコバルトといったレアメタルを使わない次世代蓄電池を大阪府堺市で生産する計画が明らかになりました。生産開始は2027年度を目指しています。

背景にあるのは、AI時代の到来に伴うデータセンターの電力需要の爆発的な増大です。ソフトバンクは年間2兆円規模のAIインフラ投資を計画しており、電力の安定供給は事業の生命線となっています。同時に、蓄電池の主要原材料であるレアメタルの大半を中国に依存している現状は、地政学リスクとして無視できません。

本記事では、ソフトバンクがなぜ通信事業者の枠を超えて蓄電池製造に参入するのか、その技術的背景と事業戦略を掘り下げます。

堺工場を蓄電池生産拠点へ転換する計画

シャープ旧液晶工場の再活用

ソフトバンクは2025年、シャープの旧液晶パネル工場の土地・建物を約1,000億円で取得しました。敷地面積は約44万平方メートル、延べ床面積は約84万平方メートルという巨大な施設です。当初はAIデータセンターとしての活用が主目的でしたが、その敷地の一部を蓄電池の生産ラインに転換する方針が新たに打ち出されました。

データセンターとしては受電容量約150メガワット規模で稼働を開始し、将来的には400メガワット超への拡大を見込んでいます。蓄電池の生産ラインは数ギガワット時クラスの規模を想定しており、実現すれば国内最大級の大型蓄電池製造拠点となります。

韓国Cosmos Labとの提携

パートナーに選ばれたCosmos Labは、2021年に設立された韓国のスタートアップです。同社は水系電解質を用いた亜鉛臭素電池を開発しており、韓国の中小ベンチャー企業部から「超格差スタートアップ1000+」に選定されるなど、その技術力が評価されています。

Cosmos Labの電池技術の特徴は、水ベースの電解質を使用するため発火リスクがゼロに近い点にあります。リチウムイオン電池で課題となる熱暴走の危険がなく、大規模な冷却システムも不要です。充放電サイクルは4,000回以上の長寿命を実現し、マイナス20度以下の低温環境から高温環境まで安定した性能を発揮するとされています。

レアメタル不使用がもたらす構造的優位性

中国依存リスクからの解放

蓄電池の主要原材料であるリチウムやコバルトは、採掘から精錬に至るサプライチェーンの多くを中国が握っています。中国は2023年8月からガリウムやゲルマニウムの輸出許可制を導入し、2025年10月にはレアアース関連品目の輸出管理をさらに強化しました。2026年2月には日本企業20社を名指しで軍民両用品の輸出禁止対象としており、レアメタルを含む戦略物資の供給途絶リスクは年々高まっています。

亜鉛臭素電池の主要原材料である亜鉛と臭素は、世界各地で広く産出される汎用的な元素です。中国への依存度が低く、原材料調達の地政学リスクを大幅に低減できます。蓄電池のコストに占める原材料費の割合も下がるため、Cosmos Labは将来的に1キロワット時あたり50ドルという低コストを目標に掲げています。

安全性と運用コストの優位

データセンター向け蓄電池において、安全性は極めて重要な要素です。リチウムイオン電池は高エネルギー密度と引き換えに、熱暴走による発火・爆発のリスクを内包しています。データセンターのように高密度に電子機器が集積する環境では、火災は壊滅的な損害をもたらしかねません。

水系亜鉛臭素電池は、電解質が水ベースであるため本質的に不燃です。大規模な消火設備や高度な温度管理システムへの投資を抑制でき、運用コストの面でも優位性があります。さらに、リチウムイオン電池で必須となる精密な電池管理システム(BMS)も簡素化できるため、システム全体のコスト削減につながります。

AIデータセンターが直面する電力問題

急増する電力需要

AIの急速な普及により、データセンターの電力需要は爆発的に増加しています。日本の電力中央研究所の推計によれば、2034年度にはデータセンターの電力需要が44テラワット時に達し、産業部門の電力需要の約14%を占める見通しです。2050年には現在の水準から最大で2,000億キロワット時まで増加し、国全体の電力消費の10〜20%に相当する規模になる可能性が指摘されています。

ソフトバンクは2026年度から年間2兆円規模をAIデータセンターに投じる計画を掲げています。堺の拠点に加え、北海道苫小牧でも再生可能エネルギーで運用するAIデータセンターの2026年度開業を目指しており、電力確保は事業戦略の根幹を成す課題です。

蓄電池が果たす役割

データセンターは24時間365日の無停止運用が求められ、電力の安定供給は絶対条件です。従来、無停電電源装置(UPS)や非常用発電機がバックアップを担ってきましたが、AIワークロードの増大に伴い、より大容量かつ長時間の電力貯蔵が必要になっています。

蓄電池は単なるバックアップ電源にとどまらず、再生可能エネルギーの出力変動を吸収するバッファとしても機能します。太陽光や風力の発電量が多い時間帯に充電し、需要ピーク時に放電することで、電力網への負荷を平準化できます。ソフトバンクが蓄電池の自社生産に乗り出す背景には、こうした電力マネジメントを自社でコントロールしたいという戦略的意図があります。

蓄電池市場の拡大と競争環境

急成長するデータセンター向け市場

グローバルのデータセンター向け蓄電池市場は、2024年時点で約34億ドルと評価されており、2034年までに年平均成長率5.5%で拡大する見通しです。より広範な定置用蓄電システム市場に目を向ければ、2026年に約790億ドルの規模が、年平均成長率23.6%で成長し、2035年には5,420億ドルを超えると予測されています。

日本国内の蓄電池ビジネス市場も、2024年度の450億円から2030年度には約4,240億円まで拡大するとの予測があります。AIデータセンターの建設ラッシュが続く中、蓄電池需要は構造的に拡大していく局面にあります。

通信事業者からエネルギー事業者への転換

ソフトバンクが蓄電池の自社生産に踏み切る動きは、同社がもはや単なる通信事業者ではないことを象徴しています。従来、データセンター事業者はCATLやBYD、テスラといった蓄電池メーカーから製品を調達するのが一般的でした。しかし、AIインフラへの投資規模が兆円単位に達する中、電力供給の上流まで自社で押さえる垂直統合型の戦略が合理性を持ち始めています。

堺工場での蓄電池生産は、まずソフトバンク自身のデータセンター向けに供給されると見られますが、将来的には外部販売の可能性も視野に入ります。通信インフラからAIインフラ、そしてエネルギーインフラへと事業領域を拡張するソフトバンクの姿が浮かび上がります。

注意点・展望

ソフトバンクの蓄電池参入には課題も残ります。Cosmos Labの亜鉛臭素電池は、リチウムイオン電池と比較してエネルギー密度が低いという技術的特性があります。データセンターのバックアップ電源や定置用途には適していますが、設置面積あたりの蓄電容量では不利になる場面も想定されます。

また、量産技術の確立も重要な関門です。Cosmos Labはスタートアップであり、ギガワット時規模の量産実績はまだありません。2027年度の生産開始というスケジュールを実現できるかは、量産プロセスの確立と品質管理体制の構築にかかっています。

一方で、米中対立の長期化により、レアメタルのサプライチェーンリスクは構造的に高まっています。中国の輸出規制が恒常化すれば、レアメタル不使用の蓄電池技術への需要は一段と強まるでしょう。ソフトバンクが先行投資で量産技術を確立できれば、データセンター向け蓄電池市場で独自のポジションを築ける可能性があります。

まとめ

ソフトバンクの蓄電池参入は、AI時代の電力需要と地政学リスクという二つの構造的課題に対する戦略的回答です。韓国Cosmos Labの水系亜鉛臭素電池技術を採用することで、中国産レアメタルへの依存を回避しつつ、安全性の高い大規模蓄電システムの自社調達を目指しています。

堺工場を起点とした蓄電池の国内生産は、日本のエネルギー安全保障の観点からも注目に値します。AIインフラ投資が世界的に加速する中、電力の安定供給を自社で確保できるかどうかが、データセンター事業の競争力を左右する時代が到来しつつあります。今後は量産技術の確立と生産コストの低減が、この取り組みの成否を決める鍵となるでしょう。

参考資料:

山本 涼太

AI・半導体・先端技術・SaaS

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