東京オフィス賃料が31年ぶり高値、その背景と影響
31年ぶり高値の都心5区オフィス賃料
東京のオフィス賃料が、バブル崩壊後の長期低迷を脱し、約31年ぶりの高値圏に到達しました。都心5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)の平均募集賃料は26か月以上にわたって連続上昇を続けており、特にAグレードと呼ばれる大規模優良ビルでは空室がほぼ枯渇した状態です。
この賃料上昇の背景には、企業が人材獲得を目的にオフィス環境の改善を急いでいるという構造的な要因があります。出社回帰の本格化、IT人材を中心とした採用競争の激化、そして新規供給の相対的な不足が重なり、貸し手が主導権を握る市場が形成されています。本記事では、31年ぶり高値の実態とその要因、企業や不動産市場への波及効果、そして今後の見通しについて解説します。
31年ぶり高値の実態と主要データ
都心5区の賃料・空室率の現状
三鬼商事の調査によれば、2026年3月時点の東京都心5区における平均募集賃料は1坪あたり22,302円で、前年同月比1,661円の上昇となっています。この上昇は26か月連続で途切れておらず、バブル崩壊後に長く続いた低迷期とは様相がまったく異なります。
空室率も大幅に低下しています。都心5区全体では2.22%と、10か月連続で低下が続く状況です。既存ビルに限れば空室率は2.02%と、テナントがオフィスを探そうにも選択肢がきわめて限られる水準にまで縮小しました。丸の内・大手町エリアにおいては空室率が0.1%台に迫るとされ、事実上の満室状態に近い局面を迎えています。
Aグレード物件の突出した上昇
大規模優良ビル(Aグレード)の賃料上昇はさらに際立っています。不動産サービス大手CBREのデータによれば、Aグレードの想定成約賃料は1坪あたり41,050円に到達しました。Real Estate Asiaの報道では、2026年第1四半期のAグレードオフィス平均賃料は1坪あたり40,815円で、前年同期比18.2%の上昇を記録しています。
この上昇率は、ほかのグレードのビルをはるかに上回っています。Aグレードの空室率は0.7%前後と、テナントの入れ替え余地がほぼ存在しない水準です。新築ビルの内定率(プレリーシング率)も70〜90%に達しており、竣工前の段階でほとんどの床が埋まる状況が常態化しています。
賃料高騰を押し上げる3つの構造要因
出社回帰の本格化とオフィス需要の拡大
コロナ禍で広がったリモートワークは、2026年現在、ハイブリッドワークという形で定着しています。ザイマックス総研の調査では、出社率60〜99%のハイブリッドワークを採用する企業が全体の約47%を占めるとされています。完全リモートではなく「出社を軸にしつつ柔軟性を持たせる」形態が主流となったことで、オフィスの重要性はむしろ増しています。
企業は単なる執務スペースとしてではなく、「価値を創造する場所」としてオフィスを位置づけ直しています。対面でのコミュニケーションやコラボレーションの価値が再評価され、出社頻度を引き上げる企業が増加しました。これに伴い、従業員が快適に働ける質の高いオフィス空間を求める傾向が強まり、賃料の高い優良ビルへの需要が集中する構造が生まれています。
人材獲得競争がオフィス戦略を変えた
賃料上昇の最も重要な駆動力の一つが、人材獲得を目的としたオフィス移転です。総務省の労働力調査によれば、IT・デジタル人材の約40%が首都圏に集中しているとされています。エンジニアやデザイナー、マーケターといった専門職の採用において、東京は他の地域と比較にならない候補者の母数を持っています。
不動産仲介大手の調査でも、人材確保を目的としたビルのグレードアップや立地改善のための移転需要は底堅いと報告されています。採用候補者にとって、オフィスの立地やビルの質は企業選びの重要な判断材料です。渋谷区や港区は若手人材が集まりやすく、千代田区や中央区は大手企業との取引アクセスに優れるなど、企業は採用戦略に直結するエリア選択を迫られています。
JLLのレポートによれば、国内企業を中心に優良ビルへの引き合いは前年と比べて増加しており、テクノロジー分野の雇用成長率は年平均4.5%と、オフィス需要を牽引する存在になっています。
新規供給の相対的な不足
需要の拡大に対し、供給は限定的です。森トラストの調査によれば、2026年から2028年にかけての東京オフィス市場における大規模ビルの年間平均供給量は約153,000坪と、過去の平均水準を下回る見通しです。2025年には約200,000坪の大量供給がありましたが、それでも空室率はむしろ低下しました。
建築資材の価格高騰や施工費・人件費のベースアップが、新規開発のコストを押し上げています。この結果、二次空室(テナントが退去した既存ビルの空きスペース)が市場に出回りにくくなっています。新築ビルの消化率は2026年竣工分で約8割、2027年竣工分でも5割超と高水準を維持しており、旺盛なテナント需要が確認できます。
企業とテナントへの影響
契約更新時の賃料増額が常態化
貸し手優位の市場環境のもと、契約更新時にオーナーが賃料増額を提示するケースが急増しています。不動産調査会社の報告では、「契約更新の難航」が調査開始以来最高の水準に達しました。物価上昇やオフィス市場の活況を背景に、既存テナントが更新時に大幅な賃料引き上げを突きつけられる事例が増えています。
移転で対抗しようにも、希望エリアでの物件確保が困難な状況です。移転先の選択肢が限られるため、結果として提示された増額条件を受け入れざるを得ないケースも少なくありません。
移転コストの上昇と中小企業への圧迫
移転を決断した場合のコスト負担も増大しています。建築資材の高騰や施工費の上昇を反映し、50坪程度のオフィスでも入居時の初期費用が500万〜1,000万円規模に達するケースが珍しくなくなりました。敷金・礼金に加えて内装工事費や什器費用が上乗せされるため、移転総額が当初予算を超過する事例が頻発しています。
特に中小企業やスタートアップにとって、この負担は重くのしかかります。賃料の絶対額だけでなく、移転に伴う一時的なコスト負担が経営を圧迫するリスクがあります。東京都心5区と名古屋・大阪では1坪あたり8,000円以上の価格差が生じており、コスト重視の企業は拠点の分散を検討する動きも出始めています。
大手企業は「投資」としてのオフィス移転を加速
一方、大手企業や資金力のあるテクノロジー企業は、オフィスのグレードアップを人材戦略への投資と位置づけ、積極的な移転を進めています。Colliersの分析では、テナントの移転動機として「アップグレード」「立地改善」「高グレード施設の確保」が上位を占めています。
採用市場で競争力を維持するためには、優れた立地と設備を備えたオフィスが不可欠という認識が定着しました。これは企業間の格差をさらに拡大させる要因にもなっています。資金力のある企業がAグレード物件を押さえることで、中堅以下の企業は玉突き式により下位グレードのビルに押し出される構造が形成されつつあります。
バブル期比較と2027年大型供給の焦点
31年ぶり高値をどう読むか
31年ぶりの高値という表現は印象的ですが、バブル期のピーク(1991年前後)と単純に比較することには注意が必要です。1980年代後半のバブル期には投機的な資金が不動産市場に流入し、実需とかけ離れた水準まで賃料が高騰しました。現在の上昇は、出社回帰や人材獲得競争といった実需に裏打ちされている点で、構造的な性質が異なります。
ただし、賃料の上昇ペースが企業の収益成長を上回る局面が続けば、テナントの支払い能力との間にギャップが生じるリスクもあります。
2027年以降の供給動向に注目
今後の焦点は、2027年以降に予定される大型再開発プロジェクトの影響です。東京駅前に日本一の高さとなる超高層ビルが2027年に完成予定のほか、虎ノ門一丁目東地区の再開発(TORANOGATE)も2027年10月竣工を予定しています。これらの大型供給が市場にどの程度の緩和効果をもたらすかが注目されます。
もっとも、新規供給の多くはAグレード物件であり、プレリーシング率が高い傾向は続くと見込まれます。供給が増えても需要がそれを吸収する限り、賃料の急落は考えにくいとする見方が不動産業界では支配的です。
出社回帰とAグレード18%上昇の帰結
東京のオフィス賃料が31年ぶりの高値に達した背景には、出社回帰の本格化、人材獲得を目的としたオフィスのグレードアップ需要、そして新規供給の相対的な不足という3つの構造要因があります。都心5区の空室率は2%台前半にまで低下し、Aグレード物件では前年比18%超の上昇が示すように、貸し手優位の市場が鮮明です。
企業にとってオフィスはもはや単なるコストではなく、人材戦略の一環としての「投資」です。一方で、賃料負担の増大は中小企業の経営を圧迫し、企業間格差の拡大にもつながりかねません。2027年以降の大型供給がこの逼迫を緩和するかどうか、東京の不動産市場は重要な局面を迎えています。
参考資料:
- 東京の賃貸オフィスの賃料相場・空室率 - 三鬼商事
- 東京オフィス賃貸市場の最新動向と2026年以降の展望 - JLL
- Tokyo prime office rents surge to record 18.2% in Q1 2026 - Real Estate Asia
- Tokyo Office in demand, why vacancy rates at record low - REITcorner
- 東京にオフィスを移転するメリットとエリア別の立地戦略 - Growth Office
- オフィス賃料の最新相場と今後の見通し - ビズキューブ
- 東京23区の大規模オフィスビル供給量調査2026 - 森トラスト
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