上流資源の争奪戦が映すエネルギー安保の新局面
はじめに
2026年に入り、エネルギーや重要鉱物といった「上流」資源を巡る地政学リスクが一気に顕在化しています。2月末の米・イスラエルによるイラン攻撃を契機としたホルムズ海峡の事実上の封鎖、そして中国による対日レアアース輸出規制の強化は、サプライチェーンの根幹を揺るがす事態です。
原材料や資源の確保がこれほど注目される局面は、1970年代の石油危機以来といえるかもしれません。本記事では、上流資源を巡る最新の動向を整理し、日本のエネルギー安全保障が直面する課題と打ち手を解説します。
ホルムズ海峡封鎖がもたらすエネルギー危機
原油価格の急騰と供給不安
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの軍事攻撃を開始しました。これに対しイラン革命防衛隊は3月2日にホルムズ海峡の封鎖を宣言し、通航する船舶への警告を発しています。
ホルムズ海峡は世界の石油消費量の約5分の1にあたる日量約2,000万バレルの原油・石油製品が通過する要衝です。さらに世界のLNG取引の約20%もこの航路を経由しています。封鎖の影響は即座に市場を直撃し、WTI原油先物価格は攻撃前の1バレル67ドルから3月9日には一時120ドル近くまで急騰しました。
LNGスポット取引価格(JKM)も2月27日の11.06ドル/mmBtuから3月9日に24.80ドル/mmBtuへと2倍以上に跳ね上がっています。
日本への深刻な影響
日本にとってこの事態は極めて深刻です。2025年時点で日本の原油輸入の約94%が中東地域に依存しており、そのタンカーの約8割がホルムズ海峡を通過しています。日本郵船や川崎汽船など国内大手海運会社も通峡を停止している状況です。
野村総合研究所の試算によれば、封鎖が2〜3カ月続き原油価格が1バレル110ドルに達した場合、ガソリン価格は1リットル204円前後まで急上昇する可能性があります。ようやく低下傾向を見せ始めていた日本の物価上昇率が再び押し上げられ、国民生活への悪影響が懸念されています。
日本政府はエネルギー対策本部を設置し、UAEやサウジアラビアの閣僚と資源の安定供給について協議を進めています。しかし、当面は原油備蓄の取り崩しに頼らざるを得ない厳しい状況が続いています。
重要鉱物を巡る争奪戦の激化
中国のレアアース輸出規制強化
エネルギーと並んで注目すべきが、レアアースなど重要鉱物を巡る動きです。中国政府は2026年1月、レアアースを含む「軍民両用品目(デュアルユース)」の対日輸出管理を大幅に強化しました。
この規制は日本の製造業、特にEVや半導体産業にとって深刻な問題です。ある試算では、規制が長期化した場合、日本の実質GDPが1.3%減少する可能性が指摘されています。ドローン製造に必要な約50種類の鉱物資源の供給において、中国は50%という圧倒的なシェアを占めており、代替調達先の確保は容易ではありません。
日本の対抗策:南鳥島とリサイクル
しかし、日本側にも明るい材料があります。2026年2月1日、探査船「ちきゅう」が南鳥島沖の深海約6,000メートルからレアアースを含む泥の試験採取に成功しました。10年以上にわたるプロジェクトが実を結び、商用化への道筋が具体化したことは、日本の交渉力を高める重要なカードとなります。
また、2026年度予算案では重要鉱物のリサイクル促進や再資源化の高度化に総額約379億円が計上されました。日本の都市鉱山に眠る資源量は世界有数の資源国に匹敵する規模と推計されており、リサイクル技術の高度化によって中国依存からの脱却を図る戦略です。
米国もサプライチェーンの再構築に動いています。米商務省はUSAレアアース(USAR)と意向表明書を締結し、最大2億7,700万ドルの補助金と最大13億ドルの融資を提供する計画で、重要鉱物の国内一貫生産体制の構築を加速させています。
日本のエネルギー安保戦略の課題
自主開発比率の引き上げ
こうした上流リスクに対する日本の構造的な課題は、資源の自主開発比率の低さにあります。日本は石油・天然ガスの自主開発比率を2017年の約27%から2030年までに40%以上へ引き上げる目標を掲げています。
自主開発とは、日本企業が資源国で自ら探鉱・開発・操業を行い、生産した石油・ガスの権益を確保する取り組みです。INPEXはアブダビで50年以上にわたり油田操業に参画してきた実績があり、JOGMECがリスク資本を供給することで海外権益の確保を後押ししています。
多角化とGX戦略の両立
もう一つの課題は、調達先の多角化と脱炭素(GX)戦略の両立です。ロシアからのLNG輸入は日本の約9%を占めますが、2026年から2033年にかけて多くの契約が期限を迎えます。制裁や地政学的緊張の中で、代替供給源の確保は急務です。
一方で、再生可能エネルギーへの転換を急ぐことは、長期的にはエネルギー安全保障の強化にもつながります。しかし、野心的なGX戦略とその根底にある構造的脆弱性との間に、予測不能な連鎖的障害が生じるリスクも指摘されています。
注意点・展望
今回のホルムズ海峡危機は、エネルギー安全保障の議論を一変させる転機となりつつあります。しかし、危機対応としての短期的な備蓄放出と、中長期的なサプライチェーン再構築は分けて考える必要があります。
封鎖が長期化した場合、スタグフレーション(景気後退と物価上昇の同時進行)のリスクが現実味を帯びてきます。原油備蓄にも限りがあり、代替ルートの確保や省エネルギーの推進が急がれます。
一方で、今回の危機は上流権益の確保、重要鉱物の国内調達能力の強化、そして再生可能エネルギーへの投資加速という3つの方向性の重要性を改めて示しました。資源外交とテクノロジーの両面から、サプライチェーンの強靭性を高める取り組みが問われています。
まとめ
地政学リスクの顕在化は、上流資源の重要性を改めて浮き彫りにしました。ホルムズ海峡の封鎖による原油・LNG価格の急騰は、中東依存度の高い日本経済に直接的な打撃を与えています。同時に、中国のレアアース輸出規制は、重要鉱物のサプライチェーンの脆弱性を突きつけています。
日本が取るべき道筋は明確です。自主開発比率の向上、南鳥島沖のレアアース商用化やリサイクル技術の高度化による国内調達能力の強化、そして再生可能エネルギーを含むエネルギー源の多角化です。「上流の時代」を生き抜くために、短期的な危機管理と中長期的な構造改革を同時に進めることが求められています。
参考資料:
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