若手メンタル不調の増加で中小企業に迫る採用難時代の人材防衛策
若手不調が採用難を深める構図
若手社員のメンタルヘルス不調は、福利厚生や個人の健康問題にとどまらなくなっています。採用難が続く中小企業にとって、入社数年以内の休職や退職は、教育投資の損失、現場の欠員、既存社員の負担増に直結します。
日本生産性本部の企業アンケートでは、「心の病」が最も多い年齢層として10〜20代を挙げる企業が2025年調査で37.6%に達しました。2014年の18.4%から約2倍です。厚生労働省の労働安全衛生調査でも、仕事や職業生活に強いストレスを感じる労働者はなお多く、対策の濃淡は事業所規模で大きく分かれています。
問題の核心は、若手が弱くなったという単純な世代論ではありません。仕事の量、責任、対人関係、成長実感の不足、相談しづらさが同時に重なる一方、企業側の受け皿が追いついていないことです。特に中小企業では、人事専任者や産業保健スタッフを置きにくく、制度を整える前に現場対応が先行しがちです。
この記事では、若手の不調が離職に変わるメカニズムと、中小企業の対策が遅れやすい構造を整理します。そのうえで、ストレスチェック義務化を単なる法対応で終わらせず、採用と定着を守る職場設計へつなげる実務の論点を解説します。
20代に集中する休職と退職の連鎖
不調経験から退職へ進む20代
若手のメンタル不調が経営課題になる最大の理由は、休職そのものよりも、その後に退職へつながりやすい点にあります。パーソル総合研究所の調査では、過去3年以内に治療なしでは日常生活が困難なほどのメンタルヘルス不調を経験した正規雇用者は14.6%でした。性年代別では20代男性が18.5%、20代女性が23.3%と、若年層ほど経験率が高い傾向が示されています。
同調査では、メンタルヘルス不調経験者のうち勤務先を退職した割合は全体で25.3%、20代では35.9%でした。さらに、過去3年以内にメンタルヘルス不調で休職した人のうち、自主退職した割合は全体で29.9%、20代では45.7%に上ります。企業が「まず休ませる」だけで対応を終えると、復帰支援の前に人材が離れてしまうリスクが高いということです。
これは、若手が会社に対して我慢しなくなったというだけでは説明できません。入社後の職務理解が浅い段階で不調になると、本人にとっては「この職場で働き続けられるか」を判断する材料が限られます。上司や人事からの支援が休職手続き中心に見えると、会社に戻るイメージよりも、環境を変える選択肢が現実的に見えやすくなります。
厚生労働省の2024年度「過労死等の労災補償状況」でも、精神障害に関する労災請求件数は3,780件、支給決定件数は1,056件と公表されています。支給決定件数を年齢別にみると、40〜49歳が284件、30〜39歳が245件に続き、20〜29歳も243件でした。若手の問題は、企業内アンケート上の印象だけでなく、労災補償のデータにも現れています。
休職への抵抗感とキャリア不安
若手が休職をためらう背景には、キャリア形成への不安があります。パーソル総合研究所の解説では、20代のメンタルヘルス不調者の約7割が休職に抵抗を感じ、約5割が「休職すれば復帰後に成長機会がなくなる」といったイメージを持つ傾向が示されています。休むことは回復のために必要ですが、若手にとっては評価や配置、同期との差、将来の転職可能性に関わる問題として受け止められます。
中小企業では、この不安がさらに大きくなりがちです。部署の人数が少ないため、休職した事実が周囲に知られやすく、復帰後の仕事量や役割を柔軟に調整する余地も限られます。本人が「戻ったら迷惑をかける」と感じるほど、相談のタイミングは遅れます。その結果、上司が気づいた時には、本人がすでに退職意思を固めているケースも出やすくなります。
新卒者全体の離職率も、若手定着の難しさを物語ります。厚生労働省が2025年10月に公表した令和4年3月卒業者の離職状況では、就職後3年以内の離職率は新規高卒就職者で37.9%、新規大卒就職者で33.8%でした。事業所規模別では、5〜29人の事業所で高卒54.6%、大卒52.0%と、規模が小さいほど高い水準です。メンタル不調だけが離職理由ではありませんが、小規模事業所ほど若手をつなぎ留める難度が高いことは明らかです。
一人の離脱が重い小規模職場
大企業では、休職者が出ても一時的な代替配置や人員補充で吸収できる場合があります。中小企業では、同じことが容易ではありません。営業、経理、製造、店舗運営などで担当が属人化していれば、一人の不調が顧客対応、納期、請求処理、教育担当の不在にまで波及します。
厚生労働省が小規模事業場向けに公表した資料では、メンタルヘルス不調による病休期間は平均で約3カ月、復職後に再び病休になる割合も約半数と説明されています。これは、少人数の職場では単なる欠勤管理では済まない負荷です。本人の回復支援だけでなく、業務の棚卸し、代替手順、復帰後の段階的な職務設計を事前に持っておかなければ、同じ職場の別の社員に過重な負担が移ります。
若手の不調は、本人のコンディション、上司のマネジメント、組織の業務設計が重なって生じます。採用難の時代には、採用した人を「辞めさせない」だけでは足りません。早い段階で仕事の意味、相談先、成長の見通しを示し、不調の兆しが出た時に退職以外の選択肢を提示できるかが、中小企業の人材防衛力になります。
中小企業で対策が遅れる構造的要因
対策率に表れる規模間格差
厚生労働省の2024年労働安全衛生調査によると、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は全体で63.2%でした。規模別では、労働者50人以上の事業所が94.3%である一方、30〜49人は69.1%、10〜29人は55.3%にとどまります。規模が小さいほど対策が遅れる傾向は、統計上も明確です。
取り組み内容では、ストレスチェックの実施が65.3%、職場環境等の評価・改善が54.7%、メンタルヘルス不調の労働者への必要な配慮が47.9%、事業所内での相談体制の整備が46.1%でした。これらは重要な施策ですが、数値を裏返せば、対策に取り組む事業所の中でも相談体制や復職支援、計画策定まで届いていない職場が少なくないことを示します。
中小企業で遅れが出る理由は、意識の低さだけではありません。専任の人事担当者がいない、相談窓口を置くと匿名性を保ちにくい、外部委託費を負担しにくい、管理職がプレーヤーを兼ねている、といった現実があります。社長や上司が従業員の生活事情までよく知っている職場ほど、かえって本人は弱音を出しにくい場合もあります。
また、50人未満の事業場では産業医、衛生管理者、衛生委員会の設置義務がないため、健康課題を継続的に扱う会議体が自然には生まれません。中央労働災害防止協会のQ&Aでも、50人未満の事業場ではこうした体制が義務付けられていないことを前提に、外部委託や実効性あるマニュアル整備の必要性が説明されています。制度の空白を、経営者や現場管理職の経験だけで埋めるには限界があります。
相談しにくさを生む社内距離の近さ
若手の悩みは、仕事量や労働時間だけではありません。厚生労働省の労災補償状況では、精神障害の支給決定件数の出来事別内訳として、パワーハラスメントが224件、仕事内容・仕事量の大きな変化が120件、顧客や取引先、施設利用者等からの著しい迷惑行為が108件と示されています。職場内の上下関係、業務変化、顧客対応が重なり、悩みは多様化しています。
中小企業では、相談先が上司本人、社長、総務担当者に限られることがあります。上司との関係が悩みの原因であれば、社内窓口は機能しません。顧客からのクレームやカスタマーハラスメントが原因でも、「お客さま対応は若手が慣れるしかない」と扱われると、本人は支援を求める言葉を失います。
相談しにくさは、若手だけの問題ではありません。上司側も、どこまで踏み込んでよいか迷います。メンタルヘルス不調は医療判断を伴うため、管理職が診断することはできません。一方で、遅刻、表情、ミスの増加、顧客対応への過度な不安など、日々の変化に最初に気づくのは現場です。上司が「専門外だから」と距離を置きすぎても、「気合いで乗り切れ」と励ましすぎても、対応は悪化します。
必要なのは、診断ではなく接続です。いつ、誰が、どの窓口に、どの情報をつなぐのか。本人の同意をどう扱うのか。休職に至る前に、業務量の調整や一時的な配置変更を誰が判断するのか。こうした手順を決めておけば、現場管理職は個人の善意や経験に頼らずに動けます。
管理職に集中する発見と調整
中小企業のメンタルヘルス対策で見落とされがちなのは、若手を支える管理職自身の負担です。若手の相談を受け、業務を組み替え、周囲に説明し、欠員分を自分で埋める役割が一人に集中すれば、管理職の不調も連鎖します。管理職が疲弊すると、若手へのフィードバックは遅れ、心理的安全性は下がり、さらに相談が減ります。
日本生産性本部の2025年調査では、理念や経営方針が従業員に浸透していないと回答した企業で「心の病」が増加傾向とする割合が50.0%だったのに対し、浸透していると回答した企業では34.2%でした。この差は、メンタルヘルス対策が個人面談やストレスチェックだけでは完結しないことを示しています。若手が自分の仕事の意味や成長の方向を見失うと、不安は個人の内面だけでなく、組織への不信として蓄積します。
そのため、中小企業ほど「困った人への個別対応」から「困りごとが早く見える職場設計」へ移る必要があります。朝礼や1on1を増やすだけでは不十分です。業務量、納期、顧客対応、教育担当、休暇取得、残業の偏りを定期的に見直し、管理職だけで抱え込まない仕組みを持つことが、結果的に若手の離職防止にもつながります。
ストレスチェック義務化後の実務課題
形だけの実施に終わる危険
2025年5月に公布された改正労働安全衛生法により、これまで努力義務だった労働者数50人未満の事業場にも、ストレスチェックの実施が義務化されました。施行日は公布後3年以内に政令で定められるため、2028年5月までに制度対応が必要になる見通しです。
ただし、ストレスチェックは実施すれば十分という制度ではありません。厚生労働省の説明では、本人のストレスへの気づきとセルフケアを促すだけでなく、検査結果の集団ごとの集計・分析を通じて職場のストレス要因の改善につなげる仕組みです。つまり、目的は不調者探しではなく、職場環境の改善です。
大企業でも、集団分析の活用には課題があります。日本生産性本部の2025年調査では、ストレスチェック制度の課題として「集団分析結果の活かし方」が65.3%で最多でした。制度導入から10年がたっても、結果をどう現場改善に結びつけるかは難題です。中小企業が同じ制度を始める場合、紙やWebで実施するだけでは、現場の負荷や相談しにくさは変わりません。
外部資源と社内ルールの接続
50人未満の事業場では、産業医や衛生委員会がいない前提で制度を設計する必要があります。中央労働災害防止協会は、実施者や事務担当者の不在、プライバシー保護の観点から外部委託を推奨しています。厚生労働省も、産業保健総合支援センターによる研修、相談、訪問支援などを案内しています。
外部委託を使う場合でも、社内で決めるべきことは残ります。受検対象者の範囲、実施時期、個人結果の取り扱い、高ストレス者への案内、面接指導を希望しない人へのフォロー、集団分析の単位、改善策の責任者です。小規模職場では人数が少ないため、集団分析の匿名性にも注意が必要です。部署単位で結果を出すと個人が推測される場合は、複数部署をまとめるなどの工夫が求められます。
最も避けるべきなのは、ストレスチェックを「法改正で増えた事務作業」と見なすことです。義務化は、メンタルヘルス対策を経営課題として棚卸しする機会です。若手の離職が続く部署、教育担当が固定化している現場、クレーム対応が一部の社員に偏る職場では、チェック結果と業務実態を突き合わせることで、採用難対策にも直結する改善テーマが見えてきます。
人材定着へ転換する職場設計の要点
中小企業が若手のメンタル不調に備えるうえで、最初に必要なのは大がかりな制度ではなく、仕事と相談の見える化です。入社後3カ月、6カ月、1年の節目で、業務量、期待役割、つまずき、相談相手を確認します。面談は評価面談と分け、弱音を出しても不利益にならない場として運用することが重要です。
次に、休職前の選択肢を増やすことです。短時間勤務、業務の一時的な切り出し、顧客対応からの一時退避、教育担当の変更、在宅勤務や時差出勤などを、個別の特例ではなく運用ルールとして持っておきます。柔軟な働き方は、単なる優遇策ではありません。退職か休職かの二択に陥る前に、働き続ける余地を残す人材定着策です。
最後に、管理職を孤立させないことです。若手の不調を見つけた上司が一人で抱え込まないよう、社長、人事労務担当、外部専門家へつなぐ手順を決めます。ストレスチェック義務化は、その手順を整える期限でもあります。採用で補えない時代ほど、メンタルヘルス対策は守りの労務管理ではなく、若手が育つ職場をつくる経営戦略になります。
参考資料:
- 第12回「メンタルヘルスの取り組み」に関する企業アンケート調査結果 | 公益財団法人日本生産性本部
- 2025「メンタルヘルスの取り組み」企業アンケート 調査結果概要 | 公益財団法人日本生産性本部
- 「心の病」増加傾向が約4割、年代は10~20代が最多 | 労働政策研究・研修機構
- 若手従業員のメンタルヘルス不調についての定量調査 | パーソル総合研究所
- 20代若手社員のメンタルヘルス不調増加が企業に与える影響 | パーソル総合研究所
- 若手従業員のメンタルヘルス不調についての定量調査 PDF | パーソル総合研究所
- 令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概要 事業所調査 | 厚生労働省
- メンタルヘルス対策に取り組む事業所割合は63% | 労働政策研究・研修機構
- ストレスチェック制度・メンタルヘルス対策 | 厚生労働省
- 労働者数50人未満の事業者の皆さまへ | 厚生労働省
- 令和6年度「過労死等の労災補償状況」を公表します | 厚生労働省
- 「精神障害」の労災支給決定件数が6年連続の増加 | 労働政策研究・研修機構
- 新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)を公表します | 厚生労働省
- ストレスチェック50人未満義務化 改正Q&A | 中央労働災害防止協会
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