アシックスとSHIFTに学ぶ逆風下の経営改革と成長戦略の実務
逆風期の経営論
地政学リスク、消費の選別、採用難、金利上昇といった逆風が重なる局面では、経営者の力量は「何でもやる」姿勢ではなく、「何に集中し、何を仕組みに落とすか」で差が出ます。
その観点で注目されるのが、ASICSの廣田康人CEOとSHIFTの丹下大社長です。ASICSは2024年12月期に売上高6785億2600万円、営業利益1001億1100万円を計上し、中期計画の財務目標を1年前倒しで達成しました。SHIFTも2025年8月期に売上高1298億1900万円と前期比17.3%増を実現し、品質保証を起点に事業領域を広げています。
両社は業種こそ異なりますが、経営の打ち手には共通点があります。コア事業の定義を明確にし、顧客接点を握り、人材を単なるコストではなく供給力として扱い、仕組みで拡張する点です。本稿では、その共通構造を分解します。
アシックス再成長の設計
収益構造の組み替え
ASICSの回復を単なる市況追い風と見るのは不十分です。2024年12月期の営業利益は1001億1100万円と前年の542億1500万円から大きく伸び、親会社株主に帰属する当期純利益も638億600万円に達しました。トップメッセージでも、2024年に始まった中期経営計画2026の財務目標を1年前倒しで達成したと説明しており、回復が一過性ではなく、収益モデルの転換によって支えられていることが分かります。
転換の核は、ブランド体験を自社で握る戦略です。ASICSはOneASICSをデジタル戦略の中核プラットフォームと位置づけ、統合された顧客データを基に個別最適の体験を提供する方針を明示しています。靴を売って終わるのではなく、会員基盤、レース参加、トレーニング支援、レース週の特典まで含めた「ランニング・エコシステム」を築くことで、価格競争に巻き込まれにくい接点を増やしています。
ここで重要なのは、D2Cの強化を販路改革だけで終わらせていない点です。OneASICSのような会員基盤を通じて、商品開発、CRM、イベント運営、ECまでを一本化し、ブランド価値と収益性を同時に高める設計になっています。ASICSの2024年売上の8割超が海外という事業構造を踏まえると、地域ごとに分散した顧客情報を束ねる意味は大きく、廣田氏が掲げる「Global Integrated Enterprise」への転換は、組織論であると同時に利益率改善策でもあります。
ブランド体験と人的資本
ASICSの特徴は、ブランドの世界観と人的資本を切り離していないことです。Well-being施策では、健康リテラシー向上、生活習慣改善、メンタルヘルス支援、多様な人材が活躍できる職場づくりなど5つの活動を軸に据えています。2023年度には、健康課題を踏まえても8割以上のパフォーマンスを出せると回答した社員比率が43.1%から44.6%へ上昇しました。
この数字は派手ではありませんが、ASICSの経営思想をよく示しています。創業理念の「健全な身体に健全な精神」は消費者向けメッセージに見えますが、実際には社員マネジメントにも接続されています。COOが進捗を監督する体制を公開していることからも、人的資本を福利厚生ではなく経営管理の対象として扱っていることが分かります。
廣田氏の手腕は、ブランド、デジタル、組織を別々に改善するのではなく、一つの物語に束ねている点にあります。高付加価値商品を売るためにはブランド体験が必要で、ブランド体験を深めるにはデータ基盤が必要で、データ基盤を生かすには組織横断の連携と健康な人材が必要です。V字回復の本質は、この連鎖を経営レベルで設計し直したことにあります。
SHIFT躍進の拡張モデル
採用力を核にした供給力
SHIFTの成長を理解するうえで重要なのは、同社が品質保証会社である前に「供給力を設計する会社」だという点です。中長期戦略では、2028年から2030年までに売上高3000億円を目標に掲げ、日本のソフトウェア市場16兆円のうち、主力のソフトウェアテスト市場を約5.5兆円と説明しています。さらに機関投資家向け資料では、そのアウトソーシング比率が1%強にとどまると示しており、丹下氏は未開拓市場を組織力で取りにいく構図を明確にしています。
実際、2025年8月期のソフトウェアテスト関連サービス売上高は842億9500万円で前期比18.2%増、営業利益は215億1800万円で同33.1%増でした。グループ全体の売上高も2022年8月期の648億7300万円から2025年8月期の1298億1900万円へ拡大しています。2026年8月期第1四半期時点のサービス提供社数は2177社、連結従業員数は1万5768人ですから、成長はすでに大企業経営の難しさを伴う規模に入っています。
この成長を支えるのが、採用を人事部門の仕事で終わらせない思想です。SHIFTは年間約2700人規模の採用体制を整え、独自のCAT検定を使って非IT人材まで採用対象を広げています。CAT検定の合格率は6%で、IT業界の就業者約100万人だけでなく、日本の労働人口約7509万人を採用母集団として捉える発想です。2024年度の非IT人材採用実績は422人、月間応募者数は4000人超まで拡大しています。
つまり丹下氏は、人材不足を外部環境として嘆くのではなく、採用市場の定義そのものを変えてきました。仕事を分解し、必要な素養を見極め、教育と評価で戦力化する。この型があるからこそ、需要増を受けても供給制約で失速しにくいのです。品質保証という一見労働集約的な事業を、採用設計によって拡張可能なモデルへ変えている点が、SHIFTの強さです。
M&AとPMIの型化
SHIFTのもう一つの特徴は、成長を属人的な案件獲得に頼らず、M&A後の統合運営まで型化していることです。PMIの説明ページでは、グループ会社が抱えやすい「採用がうまくいかない」「技術に自信があるのにスケールしない」といった課題に対し、採用、営業、戦略支援を提供するとしています。SHIFTには数百名規模の人事組織があり、プライム顧客との取引基盤も厚いため、採用支援と営業支援を同時に差し込めます。
ここが一般的なロールアップ戦略と異なる点です。単に会社を買うのではなく、買収後に人材獲得、商流の移管、経営戦略の再設計まで支援し、グループ全体の売上成長へ接続しています。FAQでも、ソーシング戦略の改革、十分な資金力の確保、選定基準と意思決定基準の明確化、さらにPMIの型化を進めてきたと説明しています。
丹下氏の経営は、品質保証を入口にしながら、採用とPMIをスケール装置として持っている点に本質があります。だからSHIFTは、単独事業の自然成長だけでなく、周辺サービスの追加やグループ経営によって事業領域を拡張できます。急成長企業でありながら、成長の説明が「気合い」ではなく「型」になっていることが、投資家や顧客にとっての安心材料です。
ASICSとSHIFTの成長モデルに残る品質維持課題
もっとも、両社のモデルは万能ではありません。ASICSはブランド価値の維持が前提であり、グローバル消費の減速や価格受容性の低下が起きれば、利益率の伸びは鈍りやすくなります。OneASICSやランニング・エコシステムが強みである一方、会員基盤拡大が体験価値の希薄化につながれば逆効果です。収益性を守るには、商品力とコミュニティ運営の質を同時に高め続ける必要があります。
SHIFTは採用とM&Aが成長エンジンであるだけに、統合の難易度も高くなります。大量採用が教育品質の低下を招けば、品質保証会社としての信頼に直結しますし、買収先支援が標準化されすぎれば、それぞれの会社の個性を損なうおそれもあります。今後の焦点は、人数と案件を増やしながら、現場品質とカルチャーの一貫性をどう維持するかです。
その意味で両社に共通する教訓は明快です。逆風期の経営は、単発のコスト削減よりも、顧客接点、人材供給、組織運営をつなぐ再現可能な仕組みづくりで差がつきます。短期業績の改善だけでなく、その改善を継続できる構造を持つかどうかが次の分水嶺です。
廣田CEOと丹下社長に見る仕組み経営
ASICSの廣田CEOから学べるのは、ブランドとデジタル、人的資本を一体で再設計し、高収益体質へ転換する発想です。SHIFTの丹下社長から学べるのは、採用とPMIを経営の中心に据え、成長を仕組みで再現する発想です。どちらも「強い商品」や「高い需要」だけでは説明できない成果であり、経営の焦点をどこに置くかが結果を左右しています。
不確実性の高い時代に重要なのは、売上や利益だけでなく、顧客基盤、人材増でも品質を保つ仕組み、組織拡大を支える制度を見る視点です。ASICSとSHIFTの事例は、その実務的な答えを示しています。
参考資料:
- Top Message | ASICS
- OneASICS Operating Model | ASICS
- ASICS Well-being | ASICS
- Financial Data | ASICS
- Consolidated Financial Statements and Auditor’s Report 2024 | ASICS
- 中期経営計画2026 | アシックス
- 役員・顧問紹介 | SHIFT
- 中長期戦略 | SHIFT
- 機関投資家のみなさま | SHIFT
- 人材マネジメント | SHIFT
- PMIの型化と効果 | SHIFT
- 株式会社SHIFT
- 第20回定時株主総会招集ご通知 | SHIFT
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