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大規模マンション修繕で広がる住人なりすまし談合の高値誘導問題

by 田中 健司
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修繕積立金を狙う高値誘導の構図

マンションの大規模修繕を巡り、管理組合の内部に施工会社側の人物が住人として入り込み、議論や業者選定を誘導する問題が表面化しています。首都圏の事案では、住民会議に出席した人物が実際には大規模修繕工事の関連業者の社員だったとされ、神奈川県警が詐欺未遂や偽計業務妨害の疑いで関係者を書類送検したと報じられました。

同じ市場では、施工会社や設計コンサルタントによる受注調整疑惑も報じられています。2026年6月の報道では、公正取引委員会が施工会社36社と設計コンサルタント2社について、独占禁止法違反にあたるとして排除措置命令や課徴金納付命令を出す方針を固めたとされます。正式な命令は意見聴取などを経て決まるため、現段階では報道ベースの情報として扱う必要があります。

この問題の核心は、建物の維持管理に必要な工事そのものではありません。問題なのは、区分所有者が長年積み立てた修繕積立金を原資とする高額発注で、発注者側の意思決定が外部事業者に乗っ取られる点です。工事費が上がる局面では、適正な値上がりと不当な高値誘導の区別が難しくなります。管理組合は「安ければよい」ではなく、「誰が、どの根拠で、どの比較条件を作ったのか」を点検する必要があります。

なりすまし住人が議論を支配する手口

名義貸しと資料作成による入口

報道で明らかになった手口は、単に部外者が会議室に紛れ込むという粗いものではありません。テレビ朝日の報道では、業者側の社員が実在する住人の名前を使って会議に参加し、名義を貸した住人側には「覆面調査」などと説明されていたとされます。名義貸しの対価として金銭が示されたとの証言もあり、管理組合の外側で参加資格が作られていた疑いがあります。

さらに重大なのは、会議で発言するだけでなく、業者比較の資料作成にも関わっていたとされる点です。管理組合の意思決定は、議論そのものよりも、議論の前提となる資料に左右されます。候補会社の実績、施工体制、保証内容、見積条件、資格要件を並べた一覧表が作られれば、多くの委員はその表を「客観的な比較」と見ます。そこに恣意的な採点や条件設定が入ると、結論は会議の前にほぼ決まります。

横浜市も、修繕委員会に区分所有者と偽って施工会社の従業員が出席し、自社工事に誘導する事件が発生したとして注意喚起しています。市は、日ごろから顔見知りの関係を築くことに加え、役員や専門委員に就任する際の本人確認を検討するよう促しています。大規模マンションでは住民同士の面識が限られるため、本人確認は形式的な事務ではなく、発注統制の入口になります。

比較表が作る「合理的な選択」の錯覚

なりすましが効く理由は、修繕委員会の多くが専門知識と時間に制約を抱えているからです。外壁、防水、シーリング、鉄部塗装、給排水設備などの工事項目は専門性が高く、見積書の数量や単価をその場で判断するのは簡単ではありません。そこへ「この条件ならこの会社しかない」「この会社は要件を満たさない」と断定する人物が現れると、委員会は判断を委ねやすくなります。

LIFULL HOME’S PRESSは、なりすましが住民だけでなく、元請けや下請けの名義にも及び得ると報じています。大規模修繕は元請け、一次下請け、二次下請けが連なる多重構造になりやすく、実際に現場で作業する会社と、提案書に出てくる会社名が一致しない場合もあります。名刺、メールアドレス、会社登記、代表者、過去実績を別々に見るだけでは、関係会社の実態をつかみにくいのです。

この構造では、なりすまし住人は「入口」にすぎません。最初に修繕委員会へ入り、次に設計コンサルや施工会社の候補条件を組み、最後に関係会社が元請けや下請けとして工事に入る。こうした段階的な誘導があれば、管理組合から見ると複数社を比べたように見えても、実態は同じグループや利害関係者の中で受注先が動いているだけになりかねません。

重要なのは、発言者の肩書や専門知識に頼り切らないことです。修繕委員会に参加する全員について、区分所有者か、同居家族か、委任を受けた代理人か、外部専門家かを議事録上で明確にし、利益相反の有無を確認する必要があります。業者比較表は作成者、元データ、評価基準、失格理由をセットで残し、候補から外した会社にも説明できる水準でなければなりません。

談合と利益相反を生む発注構造

設計監理方式の盲点

マンションの大規模修繕では、設計と施工を分ける「設計監理方式」が広く使われます。設計コンサルタントが劣化診断、仕様書、見積条件、施工会社選定支援、工事監理を担い、施工会社とは別の立場から管理組合を支える仕組みです。本来は、施工会社の言い値を抑え、工事品質を確認するための発注方式です。

しかし、国土交通省は2017年から、設計コンサルタントが管理組合の利益と相反する立場に立つ問題を注意喚起してきました。2018年の実態調査公表資料では、バックマージンを支払う施工会社が受注できるよう不適切な工作を行い、割高な工事費や過剰な仕様へ誘導する例を利益相反として示しています。同調査は直近3年間の944事例を整理し、工事内訳、工事金額、設計コンサルタント業務量を比較する材料として公表されました。

設計監理方式の弱点は、管理組合がコンサルタントを「自分たちの代理人」と信じやすい点です。コンサル費が極端に安ければ、表面上は組合の負担が軽く見えます。ところが、その不足分が施工会社からのリベートや将来の受注調整で回収されるなら、最終的な負担は工事費に乗ります。低い設計監理料は必ずしも節約ではなく、監理業務の薄さや利益相反の兆候になり得ます。

国交省の実態調査が示した「工事内訳に過剰な項目がないか」「戸当たり、床面積当たりの金額が割高でないか」「工事監理の業務量が低すぎないか」という確認点は、現在も有効です。管理組合は、見積総額だけでなく、仮設、下地補修、防水、塗装、シーリング、諸経費の構成を見ます。加えて、設計コンサルの業務時間、現場確認頻度、検査方法、施工会社との過去取引も確認すべきです。

公取委処分方針が示す市場の広がり

公正取引委員会は、独占禁止法上の不当な取引制限としてカルテルや入札談合を規制しています。公取委の解説では、入札談合は事前に受注事業者や受注金額を決めてしまう行為です。公共入札向けの指針でも、入札参加者があらかじめ受注予定者や最低入札価格を決めることは、競争を通じて価格を決める入札制度の実質を失わせると説明されています。

今回のマンション修繕は民間の管理組合発注であり、公共工事とは発注者が異なります。それでも、複数の施工会社が受注会社や価格を事前に調整すれば、競争が形骸化する点は同じです。2025年3月には関東エリアの大規模修繕工事を巡り、約20社に公取委の立ち入り検査が入ったと報じられました。同月末には新たに複数社への立ち入り検査も報じられ、調査対象が広がったことがうかがえます。

2026年6月の報道では、施工会社36社と設計コンサルタント2社が受注会社や価格を事前に調整し、100を超える工事で談合が繰り返された疑いがあるとされました。課徴金は合計およそ16億円となる見通しとも報じられています。別の共同系配信記事では、東京都と関東6県のマンション工事が対象とされ、処分案は各社に通知済みで、意見を聞いてから決定するとされています。

ここで注目すべきは、施工会社だけでなく設計コンサルタントの関与が問題視されている点です。設計コンサルは、管理組合の発注条件を設計できる立場にあります。候補会社を絞る条件、現場説明会の運び方、質疑への回答、見積項目表の粒度、評価基準を操作できれば、受注予定者を有利にできます。談合の実行者が施工会社でも、発注プロセスを設計する者が中立でなければ、競争は成立しません。

工事費高騰期に管理組合が抱える弱点

大規模修繕市場の不正が深刻なのは、工事費が上がっている時期ほど高値誘導が見えにくくなるからです。横浜市は2026年5月のコラムで、建設資材価格の急騰、人件費の高騰と職人不足、修繕需要の集中、安全対策や施工管理コストの増加を、修繕費用高騰の要因として整理しています。同市は、見積額が数年前の1.5倍から2倍になるケースも珍しくないと説明しています。

実際に資材費や労務費が上がっているなら、見積額の増加をすべて不正と見ることはできません。足場、安全対策、近隣対応、品質管理の費用も、建設現場では必要なコストです。問題は、正当な高騰を理由に、過剰仕様や受注調整による上乗せが紛れ込むことです。管理組合が「最近はどこも高い」と諦めると、競争条件の検証が止まります。

住宅金融支援機構の「マンションライフサイクルシミュレーション」は、建物規模や築年数に応じた平均的な大規模修繕工事費用、今後40年間の修繕積立金負担、収支を試算できる仕組みです。同機構は、見積額の妥当性が分からない、どれだけ積立金を増額すべきか分からないといった管理組合の課題を想定しています。公的な試算ツールや国交省調査を使えば、少なくとも「相場から大きく外れていないか」を確認できます。

老朽化の波も圧力になります。国土交通省の大臣会見では、日本のマンション総数は700万戸を超え、築40年以上のマンションは今後10年間で2倍に増える見込みと説明されています。高経年マンションが増えれば、外壁、防水、給排水設備などの修繕需要は集中します。施工余力が不足する局面では、発注者側が条件を整えない限り、価格競争は働きにくくなります。

管理組合の最大の弱点は、専門性ではなく継続性です。理事や修繕委員は任期で入れ替わり、過去の検討経緯が十分に引き継がれないことがあります。その間に、管理会社、設計コンサル、施工会社のほうが長い経験と情報を持つ構図になります。相手が悪質でなくても情報格差は大きく、悪質な事業者が入り込めば、議事進行、資料作成、候補選定を通じて意思決定を奪われます。

今後は、本人確認の強化だけでは不十分です。外部管理者方式や管理会社主導の発注でも、利益相反取引の情報開示、監事の監査、総会への説明責任を強める必要があります。国交省は外部管理者方式等のガイドラインで、大規模修繕工事におけるプロセスや区分所有者への情報開示のあり方を留意事項に挙げています。管理の担い手不足を補う外部委託と、発注権限の丸投げは分けて考えるべきです。

管理組合が今すぐ点検すべき発注統制

管理組合が最初に行うべきことは、修繕委員会の参加資格と利益相反の棚卸しです。委員、代理出席者、助言者、資料作成者、同席する管理会社や設計コンサルの役割を議事録に残し、区分所有者本人かどうかを確認します。本人確認は不信感の表明ではなく、全員を守る発注手続きです。

次に、設計コンサル選定と施工会社選定を分けて検証します。設計コンサルには、施工会社から金銭や紹介料を受け取らないこと、候補会社との過去取引を開示すること、評価基準を事前に明示することを求めます。施工会社の見積もりは、総額ではなく同一仕様、同一数量、同一条件で比較し、候補から外した理由も残します。

最後に、相場確認を単発で終わらせないことです。国交省の実態調査、住宅金融支援機構の試算、自治体の相談窓口、複数の独立専門家のセカンドオピニオンを組み合わせれば、過剰な仕様や不自然な失格条件を見つけやすくなります。大規模修繕は建物を守る投資です。その投資を守るには、工事品質と同じ重さで発注プロセスを管理する姿勢が必要です。

参考資料:

田中 健司

製造業・建設・インフラ

製造業・建設・インフラ産業を中心に取材。大企業の事業再編から建設現場の人手不足問題まで、日本の産業基盤の変化を追い続ける。

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