高温耐性米が東北で進まない本当の理由とブランド米産地の厚い壁
猛暑が米の等級と家計を揺らす時代
暑さに強い米への転換は、農業技術だけの話ではなくなっています。2025年夏の日本の平均気温偏差は統計開始以降で最も高い水準となり、農林水産省は水稲の白未熟粒が全国の作付面積で3〜4割、西日本では5〜6割に及んだと整理しました。白く濁る粒や割れる粒が増えれば、等級が下がり、精米歩留まりや取引価格に響きます。
2025年産の高温耐性品種は24.8万ヘクタール、主食用米に占める割合は18.2%まで拡大しました。それでも秋田県は2.3%、宮城県は9.1%にとどまります。東北の主産地が遅れているように見える背景には、単純な危機感の差ではなく、既存ブランド、種子更新、販売契約、自治体の普及体制が絡み合う構造があります。
高温障害が等級を落とす仕組み
米の高温障害で代表的なのが白未熟粒です。登熟期に高温や日照不足などのストレスを受け、デンプンが十分に詰まらず、玄米が白く濁って見えます。農研機構はコシヒカリについて、出穂後20日間の日平均気温が27度以上になると白未熟粒が増え、整粒歩合が顕著に下がると説明しています。
胴割粒も深刻です。米粒に亀裂が入ると、精米時に砕けやすくなります。消費者の目には同じ「米不足」に見えても、田んぼで取れた玄米の量と、店頭で白米として売れる量には差が生まれます。2025年産の全国の主食用米収穫量は、生産者が使うふるい目幅ベースで718万1千トンと前年より増えましたが、品質リスクが消えたわけではありません。
等級は生産者の手取りにも直結します。農産物検査で一等米とされるには、透明感があり、粒の形や大きさがそろった整粒の割合が重要です。猛暑が続くほど品質の下振れが大きくなり、農協や集荷業者は銘柄ごとの調達計画を組みにくくなります。ここに高温耐性米の経済的意味があります。
西日本で耐性米が先行した市場構造
高温耐性米の作付けは全国一律には広がっていません。農水省の2025年産調査では、作付割合の上位は佐賀県66.9%、長崎県49.8%、島根県47.3%、福井県44.6%、鳥取県40.8%です。西日本で先行するのは、温暖化リスクを早く経験したことに加え、既存主力品種を置き換える必要性が販売現場で共有されやすかったためです。
九州では、ヒノヒカリなど従来の良食味品種が暑さで品質低下しやすいという課題が早くから意識されました。長崎県が普及を進めた「にこまる」は、高温条件でも白未熟粒が少なく、ヒノヒカリより品質が落ちにくい品種として紹介されています。佐賀県では「さがびより」に続き、2025年産から新品種「ひなたまる」の本格栽培も始まりました。
作付比率が示す西高東低
2025年産の高温耐性品種は、東日本で12.4万ヘクタール、西日本で9.2万ヘクタール、北日本で3.2万ヘクタールです。面積だけを見れば東日本が大きいものの、主食用米全体に占める割合で見ると、西日本の存在感が強まります。米どころの規模が大きい東日本では、面積増がそのまま比率の急上昇につながりにくい面もあります。
品種別では、2025年産の作付上位に「きぬむすめ」「とちぎの星」「こしいぶき」「つや姫」「にじのきらめき」「ふさこがね」が並びます。特に「にじのきらめき」は2021年産の664ヘクタールから2025年産の1万5669ヘクタールへ急拡大しました。高温下での玄米外観品質が安定し、倒伏にも強いことが評価されています。
佐賀や長崎で転換が進んだ理由
西日本で普及が進んだ理由は、気候だけではありません。県が育成・推奨する品種を、登録生産者、栽培基準、統一パッケージ、食味ランキングの評価と結びつける仕組みが先に整いました。つまり、耐性米を「暑さ対策の代替品」ではなく、「売れる地域ブランド」として育てる戦略です。
佐賀県の「さがびより」は、生産地と生産者を登録制にし、栽培や出荷の基準を設けています。新品種「ひなたまる」も、高温登熟耐性や病害虫への強さを前面に出し、ヒノヒカリなどからの転換先として位置づけられています。長崎県の「にこまる」も、早期に奨励品種へ採用し、県が栽培法の研究を重ねてきました。
この差は自治体経営の差でもあります。新品種を普及させるには、試験研究、原種・採種、普及員の指導、販売促進、食品事業者への説明が必要です。財源や人員が限られる中で、どの品種に政策資源を集中するかは、単年度の作況ではなく、地域の販売戦略そのものを左右します。
秋田と宮城に残るブランド転換の難路
秋田県と宮城県は、暑さに鈍感な産地ではありません。むしろ両県とも、気候変動に対応する品種や栽培管理を進めています。それでも高温耐性米の作付割合が低いのは、既存ブランドが強く、急な置き換えが販路や価格形成を揺らすためです。ブランド米が定着した地域ほど、品種転換には慎重さが求められます。
秋田県では「あきたこまち」が県内作付けの7割を超える主力品種として知られてきました。秋田市の資料は、県産米全体のブランド力向上や高価格帯のプライスリーダーとして「サキホコレ」を育成した経緯を示しています。つまり秋田の課題は、高温耐性品種を入れるかどうかではなく、あきたこまち、サキホコレ、あきたこまちRをどう並べるかです。
秋田の二重投資としての品種更新
サキホコレは、食味と高温登熟性の強化を目標に育成された品種です。出穂期はあきたこまちより6日、成熟期は9日程度遅く、高温条件でも玄米品質が低下しにくいとされています。2022年の本格デビュー以降、秋田県産米のフラッグシップとして認知度を高めてきました。
一方で秋田は、2025年度から「あきたこまちR」への一般作付け切り替えも進めています。これは高温耐性ではなく、カドミウム低吸収性を目的とした品種更新です。出穂期、成熟期、収量、玄米品質、食味はあきたこまちと同等で、農産物検査では「秋田県産あきたこまち」の品種群として扱われます。
ここに行政コストの難しさがあります。消費者に長く定着した「あきたこまち」の表示を維持しながら、安全性対応の品種更新を行い、さらに高温耐性ブランドのサキホコレを拡大する必要があります。県や農協、生産者団体は、種子生産、栽培講習、説明資料、販売先への情報提供を同時に抱えます。
宮城の多品種戦略とつや姫の位置
宮城県も単一品種依存から距離を取ろうとしています。県の水稲優良品種一覧では、中生の基幹品種に「ひとめぼれ」「ササニシキ」「まなむすめ」「だて正夢」、晩生の基幹品種に「つや姫」が並びます。つや姫は高温耐性品種として報告され、2025年産の宮城県の主な高温耐性品種にも挙げられています。
ただし、宮城の米の顔は長く「ひとめぼれ」と「ササニシキ」です。だて正夢も、2018年本格デビューのプレミアム米として、登録農家や品質基準と結びつけて育てられてきました。ここへ高温耐性の観点だけで新たな転換圧力をかけると、棚割り、契約栽培、米卸の説明、外食向けの使い分けが複雑になります。
2025年8月1日時点で、宮城県では水稲作付面積の74.1%が出穂期を迎え、県全体の出穂期は平年より2日早い7月30日でした。県は高温が続く見通しを踏まえ、飽水管理や斑点米カメムシ類の適期防除を呼びかけました。宮城の対策は、品種転換だけでなく、水管理と病害虫防除を組み合わせる現実路線です。
水管理と種子供給で広がる自治体負担
高温耐性品種は万能薬ではありません。農水省の2025年調査でも、高温対策として最も効果があった取り組みは「高温耐性品種の導入」が延べ18府県で最多でしたが、適期防除、肥培管理、適切な水管理も挙げられています。品種を替えても、水田の水が足りない、追肥の判断が遅れる、防除時期を逃すと品質は落ちます。
このため自治体の役割は重くなります。普及指導員は、地域ごとの出穂予測、葉色診断、用水の配分、カメムシ防除を生産者へ伝える必要があります。水利施設の老朽化や担い手不足が進む地域では、猛暑時の水管理は個々の農家だけで完結しません。土地改良区、農協、市町村、県の調整能力が問われます。
種子供給にも時間がかかります。新品種を広げるには、原種から一般種子へ増やし、採種ほ場を確保し、異品種混入を防ぎ、検査や表示に対応する必要があります。サキホコレのように品質基準や推奨地域を設ける場合、むやみに面積を増やすとブランド価値を損なう恐れがあります。比率だけを追う政策は危ういのです。
米価高騰後の需給政策も、自治体の判断を難しくしています。2026年7月の米穀基本指針は、2026年産主食用米等の生産量見通しを玄米ベース711万トンとし、2026年度から2027年度の需要見通しを693万〜711万トンとしました。作柄が少し下振れすれば、需給余裕はすぐ薄くなります。品質を守る投資は、地域財政にとっても価格安定策です。
読者が店頭と地域政策で見るべき論点
高温耐性米の東西差は、遅れた地域を責めるための数字ではありません。秋田や宮城のような主産地ほど、定着した銘柄、種子更新、販売契約、品質基準を抱えています。新しい品種へ一気に替えるより、既存ブランドの信用を守りながら、暑さに強い選択肢を増やす方が現実的です。
消費者にできることは、名前を知らない品種を避けないことです。きぬむすめ、にじのきらめき、にこまる、サキホコレ、つや姫などは、単なる代替米ではなく、気候変動下で品質を保つために育てられてきました。店頭で選ばれる品種にならなければ、生産者は作付けを増やしにくくなります。
自治体には、品種転換を補助金の短期事業で終わらせず、研究、普及、水利、販売促進を一体で設計する力が必要です。米どころの競争力は、収穫量だけでなく、猛暑の年にも約束した品質を出せるかで測られる時代に入っています。
参考資料:
- 「令和7年地球温暖化影響調査レポート(速報)」の公表について:農林水産省
- 令和7年地球温暖化影響調査レポート(速報):農林水産省
- 2025年夏(6月〜8月)の天候:気象庁
- 令和7年産水陸稲の収穫量:農林水産省
- 米穀の需給及び価格の安定に関する基本指針(令和8年7月):農林水産省
- 気温変化に向き合い道を拓く、農業の未来:農林水産省
- 秋田県の高温耐性水稲品種「サキホコレ」の栽培:気候変動適応情報プラットフォーム
- 秋田米新品種「サキホコレ」について:秋田市
- 水稲新品種「あきたこまちR」を紹介します:秋田県
- 育成品種・系統の紹介:宮城県
- 令和7年産水稲の出穂状況について:宮城県
- (研究成果) 水稲品種「にじのきらめき」の暑さ対策:農研機構
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