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高温耐性米の西高東低をチャートで読む産地転換の分岐点と次の課題

by 田中 健司
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普及率18.2%が示す米産業の転換点

高温耐性米の普及率は、米づくりの気候変動対応を測るわかりやすい指標です。農林水産省の2025年産調査では、水稲高温耐性品種の作付面積は24.8万ヘクタール、主食用米に占める割合は18.2%でした。2021年産の15万9952ヘクタール、12.3%から見ると、5年で面積は約8万8500ヘクタール増えています。

この数字は、単に「暑さに強い品種が増えた」という話にとどまりません。米産業の供給網が、コシヒカリやヒノヒカリなど長く親しまれた銘柄を中心にした構造から、暑さ、倒伏、病害虫、作期分散、販売単価を同時に見る構造へ移りつつあることを示します。品種転換は、種子、栽培暦、乾燥調製、集荷、精米、店頭表示までを動かす産業再編です。

面積と比率が同時に伸びる意味

2025年産の主食用米作付面積は136万7千ヘクタールでした。高温耐性品種の比率が18.2%ということは、まだ8割超は高温耐性品種として報告されていない品種です。一方で、導入都府県は44に広がりました。普及は一部県の特殊事情ではなく、全国の水田で検討対象になった段階です。

ただし、比率の伸びは線形には進みません。新品種を増やすには、種子を数年かけて増殖し、栽培地域を選び、農協や卸と契約条件を詰める必要があります。食品メーカーや外食向けの米は、炊飯特性や歩留まりが変わるとメニュー設計にも影響します。品種を替える判断は、田植え前の農家だけで完結しません。

収穫量増でも消えない品質制約

2025年産の主食用米収穫量は、生産者が使うふるい目幅ベースで718万1千トンとなり、前年より66万2千トン増えました。作況単収指数は102で、収量面だけ見れば改善した年です。それでも高温耐性米の議論が強まるのは、量と品質が別のリスクだからです。

登熟期の高温は白未熟粒や胴割粒を増やし、精米時に割れやすい米を増やします。玄米の収穫量があっても、白米として安定的に売れる量が目減りすれば、流通段階では不足感が出ます。高温耐性米は収量対策であると同時に、精米・外食・小売を含む品質保証の投資です。

地域別チャートで見える西高東低の要因

地域別のチャートを見ると、普及の中心は明確です。2025年産の高温耐性品種の作付割合は、佐賀県66.9%、長崎県49.8%、島根県47.3%、福井県44.6%、鳥取県40.8%が上位です。一方、秋田県は2.3%、宮城県は9.1%にとどまります。ここに「西高東低」と呼ばれる構図があります。

この差は、暑さの発生頻度だけでは説明しきれません。西日本では2000年以降、盛夏期の異常高温による白未熟粒の増加が主要な気象被害として意識されてきました。農研機構は、2000年以前は北日本の低温や天候不順が水稲の主要な気象被害でしたが、2000年以降は西日本を中心に高温による品質低下が増えたと整理しています。

佐賀と長崎が早く転換できた背景

佐賀県や長崎県では、暑さで品質が落ちる既存品種を補う必要が早くから明確でした。長崎県で普及した「にこまる」は、ヒノヒカリに代わる高温耐性品種として、白未熟粒が少なく品質が低下しにくい点が評価されています。収量もヒノヒカリより10%近く多収とされ、西日本の暖地向き品種として広がりました。

佐賀県の「ひなたまる」は、2025年産から新品種としてデビューしました。温暖化で品質低下が問題となっていたヒノヒカリと「たんぼの夢」の後継品種として開発され、高温条件下で品質が優れ、収量はヒノヒカリより2割程度多いと説明されています。こうした品種は、気候対策と経営対策を同時に訴求できます。

秋田と宮城が慎重になる産地事情

東北の主産地は、寒冷地としての米づくりの歴史が長く、耐冷性や良食味を軸にした品種体系を築いてきました。宮城県の水稲優良品種を見ると、中生の基幹品種にひとめぼれ、ササニシキ、まなむすめ、だて正夢、晩生の基幹品種につや姫が並びます。秋田県では、あきたこまちの存在感が大きく、サキホコレやあきたこまちRとの役割分担も必要です。

東北では、既存ブランドが強いほど急な転換は難しくなります。卸や小売は、消費者が知っている銘柄を棚に置きたいと考えます。外食や中食は、炊き上がりの粘り、冷めた時の食感、歩留まりを重視します。生産者が「暑さに強い」と説明しても、需要家が用途を見つけなければ作付けは増えません。

品種別データが映す供給網の組み替え

品種別の作付面積は、供給網の変化をより具体的に示します。2025年産で作付面積が多い高温耐性品種は、きぬむすめ2万5103ヘクタール、とちぎの星1万9351ヘクタール、こしいぶき1万9000ヘクタール、つや姫1万8842ヘクタール、にじのきらめき1万5669ヘクタール、ふさこがね1万3900ヘクタールです。これら6品種はいずれも1万ヘクタールを超えました。

この中で目立つのが「にじのきらめき」です。2021年産の664ヘクタールから、2025年産は1万5669ヘクタールへ拡大しました。農水省は、にじのきらめきについて、コシヒカリより15%から30%多収で、高温耐性に優れ、コシヒカリとほぼ同じ熟期で北陸や関東以西の幅広い地域で栽培できると紹介しています。

伸びる品種に共通する実装しやすさ

作付けが伸びる品種には、いくつかの共通点があります。第1に、既存の栽培体系から大きく外れないことです。熟期が近ければ、田植え、刈り取り、乾燥調製の機械稼働を大きく変えずに済みます。第2に、品質だけでなく収量や倒伏耐性もあることです。猛暑に強くても収量が読めなければ、生産者は面積を広げにくくなります。

第3に、用途説明がしやすいことです。にじのきらめきはコシヒカリと同等の極良食味とされ、にこまるはヒノヒカリに代わる暖地向き品種として説明できます。つや姫やサキホコレのようにブランド米として販売できる品種は、価格形成の根拠を作りやすい一方、栽培地域や品質基準を厳しく管理する必要があります。

種子と採種ほ場が普及速度を決める条件

品種転換は、工場の設備更新に似ています。試作で良い結果が出ても、量産に入るには部品供給と品質管理が必要です。米の場合、その部品に当たるのが種子です。原種、採種、一般種子の段階を踏み、異品種混入を防ぐ必要があります。翌年いきなり全県で大面積に広げることはできません。

採種ほ場の確保、種子の検査、栽培講習、集荷区分、銘柄表示は一体です。高温耐性米の普及率だけを政策目標にすると、種子供給が追いつかず、品質のばらつきや販売先の混乱を招きます。産地転換の現場では、普及率の上昇よりも、毎年安定して同じ品質を出せる面積を積み上げることが重要です。

精米歩留まりと米価を揺らす品質リスク

高温耐性米の議論は、2025年から2026年にかけての米価高騰とも切り離せません。農水省が公表した2026年6月の令和7年産米の相対取引価格は、全銘柄平均で玄米60キロ当たり3万1305円でした。2025年12月には3万6075円でした。価格は需給、在庫、集荷競争、消費動向で動きますが、品質低下による白米供給量の目減りもリスク要因です。

米不足の局面では、消費者は店頭価格に注目します。一方、産業側で重要なのは、玄米を白米にした時の歩留まり、砕米の発生、等級別の調達量です。高温で胴割粒が増えれば、精米工場は同じ玄米量から同じ白米量を取りにくくなります。これは製造業でいえば、原料投入量は変わらないのに良品率が下がる状態です。

需給見通しが品種転換に与える圧力

2026年7月の米穀基本指針は、2026年度から2027年度の主食用米等需要見通しを玄米ベースで693万〜711万トン、2026年産主食用米等の生産量見通しを711万トンとしました。需給が大きく余っているわけではありません。作柄や品質が下振れすると、在庫や価格にすぐ影響が出る構造です。

政府備蓄米の議論もありますが、備蓄は恒常的な品質問題を解決する仕組みではありません。高温耐性米の普及は、備蓄放出に頼る前の供給力強化です。生産現場で一等米比率を保ち、精米歩留まりを安定させ、需要家が調達計画を立てやすくすることが、結果として価格変動を抑える土台になります。

気象データ活用が歩留まり対策になる理由

品種だけでなく、気象データの使い方も重要です。農研機構は、1978年以降の水稲高温被害に関わる夏季の高温指標を全国レベルで整理し、出穂後20日間の26度を上回る気温の積算値や、出穂日前後7日間の日中の推定穂温を提供しています。白未熟粒の発生頻度と関連する指標を、産地が使える形にする取り組みです。

これは現場の意思決定を変えます。出穂期が早まり、登熟期の高温が読まれる地域では、追肥、水管理、防除、刈り取り時期を前倒しで調整できます。精米工場や卸も、品質低下が見込まれる地域の調達を早めに見直せます。高温耐性米の普及は、気象データ、栽培管理、流通計画を結ぶ産業インフラとして考えるべきです。

産地と需要家が次に整える実装条件

高温耐性米の西高東低は、今後も固定された構図ではありません。東北や北陸でも猛暑は増え、2025年夏は北日本、東日本、西日本のいずれも夏として記録的な高温になりました。重要なのは、普及率の順位ではなく、各産地がどの品種をどの用途に、どの販売単価で、どの面積まで増やすかを決めることです。

生産側には、複数品種による作期分散が必要です。中生品種に集中すると、登熟期の高温が直撃した年に品質リスクが重なります。早生、中生、晩生を組み合わせれば、収穫期、乾燥調製施設、労働力のピークも分散できます。これは農業の話であると同時に、地域インフラの稼働平準化です。

需要家側には、未知の品種を試す姿勢が求められます。外食、中食、食品メーカーが炊飯試験を行い、冷飯、弁当、寿司、冷凍米飯、米粉など用途を整理すれば、生産者は作付けを増やしやすくなります。店頭でも、高温耐性米を「聞いたことのない米」ではなく、「暑い年でも品質を守る米」として説明することが必要です。

政策面では、種子生産、普及指導、水利施設、気象データ利用、販売促進を分けて考えないことが大切です。米の産地転換は、一つの補助事業で完了する更新ではありません。気候変動下の米産業は、品種、設備、データ、販路をまとめて組み替える段階に入っています。

参考資料:

田中 健司

製造業・建設・インフラ

製造業・建設・インフラ産業を中心に取材。大企業の事業再編から建設現場の人手不足問題まで、日本の産業基盤の変化を追い続ける。

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