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起業家高専「神山まるごと高専」が示す教育革新の全貌

by 田中 健司
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神山まるごと高専の11倍人気と110億円基金

徳島県の山間部、神山町に2023年4月に開校した「神山まるごと高専」が、開校から3年を経て存在感を増し続けています。2026年度入試では志願倍率が約11.1倍に達し、過去最高を更新しました。国内で19年ぶりとなる高専の新設校でありながら、富士通やソニーグループ、ソフトバンクといった大手企業11社から計110億円規模の奨学金基金を集め、年間約200万円の学費を実質無償化するという前例のないモデルを構築しています。本記事では、この「起業家高専」の教育内容、資金スキーム、そして日本の教育に与えるインパクトについて、独自調査に基づき詳しく解説します。

19年ぶりの高専新設が生まれた背景

Sansan創業者・寺田親弘氏の挑戦

神山まるごと高専の設立を主導したのは、名刺管理サービスで知られるSansan株式会社の創業者・寺田親弘氏です。寺田氏は理事長として学校経営の中核を担い、「人間の未来を変える起業家を育てる」というビジョンを掲げました。校長には、自身も高専出身で「ZOZO NEXT」取締役を務めた大蔵峰樹氏が就任しています。起業家が起業家を育てるために、起業家自らが立ち上げた学校という点が、従来の高専とは根本的に異なります。

寺田氏はかねてから「日本のイノベーションの起点となる人材は、15歳からの5年間で育てられる」と語っており、高専という教育制度が持つ実践性と、起業家精神を融合させた新しい学校のかたちを追求してきました。

なぜ神山町だったのか

学校の所在地として選ばれた徳島県神山町は、人口約5,000人の小さな町ながら「地方創生の聖地」と呼ばれる存在です。約25年前からアーティスト・イン・レジデンスの取り組みを開始し、全国に先駆けて町全体に光ファイバーを整備。現在では10社を超える企業がサテライトオフィスを構え、IT企業やクリエイターが集まる独自のエコシステムを形成しています。

この環境は、テクノロジーと創造性を融合させた教育にとって理想的な舞台です。都市部の喧噪から離れた場所で全寮制の生活を送りながら、地域社会と密接に関わる学びを実現できるという点で、神山町の立地そのものが教育プログラムの一部となっています。

「テクノロジー×デザイン×起業家精神」の独自カリキュラム

3領域を横断する学び

神山まるごと高専のカリキュラムは、「テクノロジー」「デザイン」「起業家精神」の3つの柱で構成されています。一般的な高専がエンジニアリング教育に特化しているのに対し、この3領域を1学科で複合的に学ぶ点が最大の特徴です。

テクノロジー領域では、プログラミング、アルゴリズム、電子工学、IoT、AI、データ分析、セキュリティといった情報工学の基礎から先端技術まで幅広く習得します。デザイン領域では、デッサンやWebデザイン、UI/UXデザイン、建築設計、映像制作、3DCG、ゲームエンジンなど、アイデアを具現化するための多彩な技術を学びます。そして起業家精神の領域では、問題解決能力、リーダーシップ、チームワーク、レジリエンス(回復力)といった、ビジネスを立ち上げ推進するために不可欠なスキルを養成します。

毎週のピッチで鍛える「伝える力」

起業家教育の要となっているのが、学生たちがほぼ毎週実施しているピッチ(プレゼンテーション)です。起業に必要な資金の獲得を想定し、自分のアイデアやビジネスモデルを短時間で的確に伝える訓練を繰り返します。入学直後には「ITブートキャンプ」と呼ばれる4~5日間の合宿形式の集中講義があり、アイデアソン、ハッカソン、ピッチを凝縮して体験します。

さらに特徴的なのが「Wednesday Night(ウェンズデーナイト)」と呼ばれるプログラムです。毎週水曜日に現役の起業家2名が来校し、特別授業を実施。起業家たちは自身の生い立ちや創業の経緯、失敗と成功の体験を語り、授業後は学生たちと食事を共にしながら対話を深めます。焚き火を囲んでの夜通しの語らいも恒例となっており、教科書では学べない生きた起業家精神を吸収する場となっています。

地域と一体化した「ネイバーフッド概論」

もう一つのユニークな授業が「ネイバーフッド概論」です。地域住民が講師を務め、神山町の企業や住民が抱える課題を学生たちに提示。学生たちはグループワークを通じて課題解決に取り組みます。これは単なる座学ではなく、地域社会を「教室」として活用する実践型の学びです。全寮制で神山町に暮らす学生たちにとって、地域の課題は自分ごとであり、ここで生まれるソリューションは机上の空論ではない現実的な提案となります。

110億円基金が支える学費実質無償化の革新性

運用益で学費をまかなう仕組み

神山まるごと高専の最も革新的な側面の一つが、年間約200万円の学費を実質無償化する奨学金基金の仕組みです。寺田理事長は「1社およそ10億円×10社で100億円」という明確な目標を掲げ、企業からの資金調達を進めてきました。

この基金は、一般社団法人の「基金制度」を活用した独自のスキームで運営されています。企業から拠出された資金を運用し、その運用益(年率約5%を想定)を奨学金として学生に給付する仕組みです。元本を取り崩さないため、持続可能な形で将来にわたって学費の無償化を維持できる設計となっています。

参画企業11社の顔ぶれ

「スカラーシップパートナー」と呼ばれるこの枠組みには、各社10億円規模で以下の企業・個人が参画しています。

  • 富士通 - 2022年12月にパートナー参画を発表し、奨学金基金へ10億円を拠出
  • ソニーグループ - 技術教育との親和性から早期に支援を表明
  • ソフトバンク - 10億円の支援に加え、教育プログラムの提供でも協力
  • デロイトトーマツ - コンサルティング領域の知見を教育に還元
  • 伊藤忠テクノソリューションズ(CTC) - IT人材育成への投資として参画
  • セプテーニホールディングス - デジタルマーケティングの視点から支援
  • セコム - セキュリティ企業としての社会貢献の一環
  • リコー - 2023年3月にパートナー参画を発表
  • ミクシィ - テクノロジー企業としての未来への投資
  • Sansan - 寺田氏の創業企業として10億円を拠出・寄付
  • その他の個人寄付も含め、合計約110億円に到達

寺田氏はこの資金調達において「企業の眠っているお金を、実質負担なく日本の未来を担う人材の育成に使う」という論理で企業を口説き落としてきました。企業にとっても、将来の優秀な技術人材・起業家候補との接点を持てるという実利があり、単なる慈善活動ではなく戦略的な投資としての側面を持っています。

高専教育全体に広がる起業家育成の潮流

国の政策としての高専スタートアップ支援

神山まるごと高専の成功は、日本全体の高専教育における起業家育成の潮流とも連動しています。政府の「スタートアップ育成5か年計画」では「高等専門学校における起業家教育の強化」が明記され、文部科学省の「高等専門学校スタートアップ教育環境整備事業」では、高専1校あたり約1億円の補助金が交付されています。起業家工房(試作スペース)の整備など、ハードウェア面での支援も進んでいます。

DCON2026にみる高専発スタートアップの広がり

高専生の事業創出コンテスト「DCON2026」(第7回全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト)には、40高専から91チーム、計119作品と過去最多の応募が集まりました。モンゴルやタイからの海外参加も拡大しており、高専発スタートアップの国際的な広がりも見せています。これまでにDCONからは12社のスタートアップが誕生しており、技術と事業性を両輪とした教育が社会実装につながる人材育成に実際に結びついています。

2026年2月には「第3回高専起業家サミット」が一橋講堂で開催され、全国から起業を志す高専生が集結するなど、高専全体における起業家マインドの醸成が加速しています。

110億円基金の持続性と2028年卒業成果

持続可能性の課題

110億円基金の運用益による学費無償化は画期的なモデルですが、金融市場の変動リスクは常に存在します。年率5%の運用益を安定的に確保し続けるには、運用体制の高度化と市場環境への柔軟な対応が求められます。また、1学年定員約40名という少人数制は教育の質を担保する一方で、スケーラビリティには限界があります。

起業家輩出の真価が問われる時期へ

2023年に入学した1期生は、2028年に卒業を迎えます。学校側は「卒業生の40%が起業家になる」という高い目標を掲げていますが、その成果が実際に現れるのはこれからです。起業家教育の真価は、卒業後のキャリアパスや実際のスタートアップ創出数で測られることになります。

2028年には滋賀県立高専も新設

高専の新設はさらに続き、2028年には滋賀県立高専の開校が予定されています。神山まるごと高専が切り拓いた「起業家育成型高専」のモデルが、今後の新設校にどのような影響を与えるかも注目されます。

110億円基金と起業家教育が示す高専転換点

神山まるごと高専は、起業家が起業家を育てるという理念のもと、大手企業11社から110億円規模の基金を集め、学費実質無償化と起業家教育を両立させた前例のない教育モデルを構築しました。2026年度入試で志願倍率11倍を記録する人気の背景には、テクノロジー、デザイン、起業家精神を横断的に学べるカリキュラムと、毎週のピッチ訓練や現役起業家との交流といった実践的な教育があります。国の政策としても高専における起業家教育の強化が進む中、神山まるごと高専の挑戦は、日本の教育における一つの転換点として、今後も大きな注目を集め続けることでしょう。

参考資料

田
田中 健司

製造業・建設・インフラ

製造業・建設・インフラ産業を中心に取材。大企業の事業再編から建設現場の人手不足問題まで、日本の産業基盤の変化を追い続ける。

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