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メルシャンのBコープ活用戦略 ワイン農業と成長の両立軸

by 鈴木 麻衣子
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はじめに

ワインは食品メーカーの商品であると同時に、気候と土壌、水、生物多様性に強く依存する農業産品でもあります。そのため、原料ぶどうの安定調達、産地との関係、環境負荷の低減は、イメージ戦略ではなく事業の根幹です。近年は気候変動による収量や品質の変動が世界のワイン産業全体で重くなり、企業には「どれだけ配慮しているか」ではなく、「どう経営に組み込んでいるか」が問われています。

こうした中で、メルシャンがBコープのような国際認証を経営の物差しとして活用しようとする意味は小さくありません。単なる環境配慮の宣言ではなく、調達、地域共生、従業員、ガバナンス、顧客への説明責任までを一体で見直す枠組みだからです。本稿では、公開情報だけを基に、なぜワイン企業にとって「農業を基盤にしたサステナビリティ」が成長戦略になるのかを整理します。

ワイン事業の前提としての農業リスク

気候変動と収量変動の直撃

世界のワイン産業は、すでに気候変動の影響を正面から受けています。国際ブドウ・ワイン機構(OIV)は2024年の世界のワイン部門について、気候変動や消費構造の変化、地政学的な不確実性が同時に押し寄せていると説明しました。ワインは工場で完結する製品ではなく、ぶどうの出来によって品質も供給量も左右されます。したがって、気温上昇や干ばつ、豪雨、霜害の頻度が上がるほど、製品戦略そのものが不安定になります。

OIVの気候変動ガイドラインでも、ぶどう栽培はテロワールの中でも気候の影響を大きく受ける分野と位置付けられています。収穫時期、糖度、酸度、病害リスクまでが変わるため、企業側は単に農家から買い付けるだけでは対応できません。品種選定、畑の管理方法、水利用、土壌保全まで踏み込んだ支援や連携が必要になります。ワインの基盤は農業だという認識は、まさにこの構造を指しています。

日本市場でも進むサステナブル調達の可視化

メルシャンの公開資料を見ると、この構造変化をかなり明確に意識しています。同社はコーポレートサイトで、存在意義を「自然のめぐみを、幸せにかえてゆく。」、ありたい姿を「自然資本を活かした循環型の新しい価値を、地域と世界と共につくる。」と掲げています。ここで重要なのは、環境配慮を製品の付加価値ではなく、自然資本を基盤とした経営そのものとして言語化している点です。

実際、メルシャンのワインブランド「Mercian Wines」でも、提携ワイナリーに求める取り組みとして「環境負荷軽減」「産地との共存」「人への負荷軽減」「情報の見える化」の4項目を示しています。これは、味や価格だけでなく、どのような生産体制でつくられたワインかをブランド価値に組み込む考え方です。海外でワインを広げる際にも、こうした説明可能性は販路開拓の前提になりやすくなっています。

国際認証が成長戦略になる理由

Bコープが示す全社評価の重み

Bコープ認証は、B Labが運営する国際認証で、社会・環境・ガバナンス面の影響を統合的に評価します。B Labによれば、認証は社会的・環境的パフォーマンス、透明性、説明責任を対象にし、2026年からは更新されたV2.1基準での認証が本格化します。しかも、単なる自己宣言ではなく、第三者監査を伴う仕組みに移行しており、表示の信頼性やグリーンウォッシュ回避の観点も強く意識されています。

ワイン企業にとってこの枠組みが有効なのは、環境項目だけを切り出さず、地域社会や雇用、調達、顧客への情報開示まで同時に見られるからです。ぶどうの調達を持続可能にしても、労働や統治が弱ければ国際市場では評価されにくい時代です。逆に言えば、Bコープのような認証を使うことで、企業は「自社が何を重視し、何をどの水準で運用しているか」を海外の流通、小売、投資家に伝えやすくなります。

日本のBコープの裾野はまだ大きいとは言えません。B Corp Asiaの日本ページでは、2016年以降の日本のBコープは69社とされています。だからこそ、もし大手の酒類・食品系企業が本格活用を進めれば、国内では差別化の余地があり、海外では共通言語を得る効果があります。ESGの説明が難解な日本企業にとって、国際認証は翻訳機の役割も果たします。

メルシャンの既存施策との相性

メルシャンの取り組みは、Bコープと相性の良い土台をすでに持っています。たとえばキリンホールディングスは、メルシャンの椀子ヴィンヤードが2023年に環境省の30by30に関わる自然共生サイトとして認定されたと公表しました。2025年には城の平ヴィンヤード、2026年3月には天狗沢ヴィンヤードも自然共生サイト認定を受けています。ぶどうを生産する畑を事業用資産として使いながら、生物多様性保全の価値も示している点が特徴です。

これは、ワインづくりを自然資本の消費ではなく、地域の生態系や景観と両立する産業として再定義する試みです。Bコープが求めるのも、まさにこうした全社的な一貫性です。調達先の選定基準、畑の管理、地域との関係、従業員の働き方、情報開示がつながって初めて、認証やブランドは効いてきます。メルシャンが国際認証を成長に結び付けようとするなら、既存の自然共生や共創の取り組みを、海外でも通用する評価軸に変換することが重要になります。

成長と環境を両立する際の論点

認証取得だけでは競争力にならない現実

注意したいのは、Bコープが魔法のラベルではないことです。B Lab自身も、2026年基準ではFoundation RequirementsやRisk Profileの導入など、認証前の要件確認を厳格化しています。つまり、ロゴを付けることより、経営の仕組みそのものを変えることが本質です。認証を取得しても、原料調達が不安定であれば供給責任は果たせませんし、価格が上がり過ぎれば日常酒としての市場拡大も難しくなります。

さらにワインは、サステナビリティを打ち出せば必ず売れる商品でもありません。OIVが示す通り、足元では消費構造そのものが変化しています。企業は、環境対応をコスト増として抱え込むのではなく、調達の安定、ブランド信頼、輸出や高付加価値市場での評価向上につなげる必要があります。国際認証はその入口ですが、出口は販売と収益です。

海外展開で問われる説明責任

海外展開を狙うなら、特に「説明責任の標準化」が重要です。日本企業は個別の良い取り組みを持っていても、それを海外の流通事業者や消費者に伝えるフォーマットが弱いことがあります。メルシャンのように、自然資本や地域共生を前面に出す企業ほど、認証や共通基準を通じて第三者が理解しやすい形に整える意義があります。ワインは原産地や造り手の物語が購買動機になりやすく、その物語が実証可能かどうかが差になります。

注意点・展望

メルシャンの今後を考えるうえで、見落としやすい点は二つあります。第一に、ワイン産業のサステナビリティは、容器包装の軽量化だけでは完結しないということです。畑、水、土壌、生物多様性、労働、地域経済まで見なければ、農業由来のリスクは残ります。第二に、海外で評価されるには、国内で通じる情緒的な語りだけでなく、監査可能なデータや基準が必要だという点です。

今後の展望としては、メルシャンが国内自社畑での自然共生の実績、提携ワイナリーとの持続可能な調達基準、そしてBコープのような国際認証をどこまで結び付けられるかが焦点になります。これがうまく進めば、環境対応はコストではなく、供給安定とブランドプレミアム、さらには海外販路拡大を支える資産になります。ワインの基盤が農業である以上、環境と成長の両立は理想論ではなく、事業継続の条件です。

まとめ

メルシャンの動きを読み解く鍵は、ワインを酒類ビジネスとしてだけでなく、自然資本に依存する農業ビジネスとして捉えることにあります。気候変動で原料の不確実性が増す中、企業は産地や生態系とどう共存するかを経営に組み込まなければなりません。Bコープのような国際認証は、その取り組みを社内改革と対外説明の両面で加速させる道具になり得ます。

成長のために環境へ配慮するのではなく、環境を守らなければ成長できない。この順序の入れ替わりが、これからのワイン産業の本質です。メルシャンがその変化をどう収益化するかは、食品・農業系企業全体の先行指標にもなりそうです。

参考資料:

鈴木 麻衣子

企業経営・コーポレートガバナンス

企業経営・コーポレートガバナンスを専門に取材。経営戦略の成功事例から不正会計の構造的問題まで、企業の「あり方」を鋭く問う。

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