日産がEVモーターでレアアース9割減を実現した背景
新型リーフの重希土類9割削減と中国依存リスク
日産自動車が新型リーフに搭載したEVモーターで、レアアース(希土類)の使用量を従来モデル比で9割削減したことが明らかになりました。特に中国への依存度が高い重希土類(ジスプロシウムやテルビウム)を大幅に減らした点が注目されています。
中国は2025年以降、レアアースの輸出規制を段階的に強化しており、2026年1月には日本向けの軍民両用品に対する輸出管理も厳格化しました。世界のレアアース精製の約9割を中国が担う現状において、レアアースに頼らない代替技術の確立は、自動車産業のみならず日本の製造業全体にとって喫緊の課題です。
本記事では、日産が実現した技術の中身、中国のレアアース輸出規制の現状、各社の脱レアアース戦略、そして日本の資源確保に向けた取り組みまで、多角的に解説します。
日産が実現したレアアース9割削減の技術的背景
粒界拡散技術による重希土類の大幅削減
日産のレアアース9割削減は、主に「重希土類」と呼ばれるジスプロシウムやテルビウムの使用量を大幅に減らしたことを指します。EVモーターに使われるネオジム磁石は、高温環境でも磁力を維持するためにこれらの重希土類を添加する必要がありました。
日産は「粒界拡散技術」を採用することで、この課題を克服しました。粒界拡散とは、ネオジム磁石の結晶粒の境目(粒界)にジスプロシウムを効率的に分布させる手法です。従来は磁石全体にジスプロシウムを混ぜ込んでいましたが、粒界拡散では必要な箇所にだけ重希土類を配置するため、使用量を大幅に抑えながら同等の耐熱性を確保できます。
日産はこの技術を部品メーカーと共同で開発し、2012年の時点で既にジスプロシウムを40%削減した実績がありました。今回の新型リーフでは、さらに技術を進化させ、重希土類の使用量を磁石重量の約1%以下にまで削減しています。
新型リーフのモーター設計刷新
新型リーフ(第3世代)は2026年1月に日本で発売されました。クロスオーバーSUVスタイルへとデザインを一新し、バッテリー容量は55kWh(B5グレード)と78kWh(B7グレード)の2種類を用意しています。航続距離はB7グレードで最大702km(WLTC)に達します。
モーター設計にも大きな革新が加えられました。ローター(回転子)を6分割し、位相をずらして配置する「分割スキューローター」構造を採用しています。この設計により回転振動を抑制し、高剛性ハウジングとの組み合わせでリニアな応答性を実現しました。3-in-1電動パワートレインは現行モデルから容量を10%削減しつつ、最大トルクを4%向上させています。
こうしたモーター設計の最適化は、レアアース使用量の削減にも寄与しています。磁石の配置やローター形状を工夫することで鉄損を低減し、より少ないレアアースでも高い性能を引き出す設計思想が反映されています。
中国のレアアース輸出規制と経済安全保障リスク
段階的に強化される中国の輸出管理
中国のレアアース輸出規制は、近年急速に強化されています。2025年4月、中国商務部は米国のトランプ政権による関税措置への対抗として、レアアース7種の輸出規制を実施しました。さらに2026年1月6日には、日本向けのデュアルユース品(軍民両用品)についても輸出管理を厳格化すると発表しています。
これらの規制は、国家安全保障や核拡散防止を名目としていますが、実質的には貿易摩擦における「経済的威圧」の手段として機能しています。2025年11月以降、日中関係が悪化する中で、中国政府は日本への渡航自粛の呼びかけなど、経済的な圧力を段階的に強めてきました。
圧倒的な中国の供給支配力
中国のレアアース供給における支配力は圧倒的です。中国のレアアース生産量は世界全体の約7割を占め、精製に至っては世界全体の9割超を中国が担っています。特に重希土類のジスプロシウムやテルビウムは、日本の輸入のほぼ100%を中国に依存しているのが現状です。
野村総合研究所の試算によれば、レアアース輸入が3カ月間停止した場合の経済損失は約6,600億円、1年間では約2.6兆円に達するとされています。自動車や電子機器など、日本の主力製造業に深刻な打撃を与える可能性があり、サプライチェーンの脆弱性が改めて浮き彫りになっています。
自動車業界全体で加速する脱レアアース技術の開発競争
巻線界磁型同期モーター(EESM)の台頭
レアアースを完全に使わない技術として、巻線界磁型同期モーター(EESM)が注目を集めています。EESMは永久磁石の代わりに銅線の巻線で電磁石を形成するため、ネオジム磁石自体が不要です。
ルノーはバレオと共同でEESMを開発し、2027年の量産を目指しています。このモーターはレアアースフリーでありながら200kW(約272馬力)の出力を実現しました。BMWやフォルクスワーゲンもEESMの採用を進めており、ドイツのビテスコ・テクノロジーズは2026年に向けて新型EESMの開発を進めています。
EESMの課題はブラシの摩耗や粉塵の問題でしたが、ドイツのZFが開発した「I2SM(In-Rotor Inductive-Excited Synchronous Motor)」技術がこれを解消し、メンテナンスフリー化を実現しつつあります。
日本メーカーの多様なアプローチ
日本のメーカーも独自の脱レアアース技術を開発しています。トヨタ自動車は、重希土類の使用量を最大50%削減する新型磁石の開発を発表しています。ホンダは永久磁石も巻線も使わない「スイッチトリラクタンスモーター(SRM)」に注目しており、ローターに鉄の突極だけを使用する究極のレアアースフリーモーターの実用化を目指しています。
明電舎もレアアースフリーの次世代eアクスルを2027年に開発する計画を公表しました。永久磁石が不要な誘導モーターを採用する方針です。
こうした技術開発の加速は、2025年から2037年にかけてレアアースフリーモーターの需要が年率15%で成長するという予測にも裏付けられています。2025年時点でのパイロット車両への採用から、2026〜2028年の中規模量産を経て、2030年頃には本格的な普及が見込まれています。
日本の資源確保戦略と今後の展望
南鳥島沖のレアアース泥採掘が前進
日本独自の資源確保に向けた動きも進んでいます。2026年2月、内閣府と海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、南鳥島沖の排他的経済水域(EEZ)で、水深約6,000メートルの深海底からレアアースを含む泥の試掘に成功したと発表しました。地球深部探査船「ちきゅう」を活用した世界初の快挙です。
南鳥島近海の海底には、ジスプロシウムが日本の需要の数百年分に相当する量が存在するとされています。今後はレアアースの精製試験や技術課題の検証を進め、2027年度には1日あたり350トンを目標とする本格採掘の実証が予定されています。
調達先の多角化
日本政府は調達先の多角化も推進しています。双日とエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)はオーストラリアの鉱山企業ライナスに出資し、マレーシアの工場で精錬される重希土類の最大65%を日本向けに供給する契約を締結しました。また、経済産業省はJOGMECを通じてフランスのカレマグ社によるレアアース精錬にも資金を拠出しており、将来的に日本の需要の20%相当の供給を見込んでいます。
残される課題
ただし、これらの取り組みには課題も残っています。南鳥島沖の深海採掘は技術的なハードルが高く、商業ベースでの採算性は未知数です。調達先の多角化についても、中国の精製能力との格差は依然として大きく、短期間での脱中国依存は困難です。
日産のレアアース9割削減も、あくまで重希土類の削減であり、モーターの磁石にはネオジムやプラセオジムといった軽希土類は依然として使われています。完全なレアアースフリーを実現するEESMなどの技術が本格普及するまでには、まだ数年の時間が必要です。
レアアース9割削減が示す経済安全保障戦略
日産が新型リーフで実現したレアアース9割削減は、中国のレアアース輸出規制が強化される中で、日本の製造業が技術力によってサプライチェーンリスクに対抗できることを示す重要な成果です。粒界拡散技術やモーター設計の最適化によって、重希土類への依存を大幅に低減しました。
自動車業界では、EESMをはじめとするレアアースフリーモーターの開発競争が世界規模で加速しています。日本も南鳥島沖の海底資源開発や調達先の多角化を進めており、複数の手段を組み合わせた経済安全保障戦略が構築されつつあります。
今後は、技術開発と資源確保の両面で取り組みを加速させ、特定国への過度な依存を解消することが、日本の製造業の競争力維持にとって不可欠となるでしょう。
参考資料:
- 日産が切り拓く”レアアース依存からの脱却”──新型リーフが示す日本製造業の未来
- Nissan’s “90% Rare Earth Cut” ? Is It Real or Marketing?
- ジスプロシウムを従来比40%削減した電気自動車用モーターを開発 - 日産自動車ニュースルーム
- 中国レアアース輸出規制と各国の対応~経済安全保障の主戦場をめぐる攻防 - 笹川平和財団
- 中国が対日軍民両用品の輸出規制を強化:多くのレアアースが含まれれば日本経済に大きな打撃 - 野村総合研究所
- Why electric motor makers are moving away from rare-earth magnets - Interesting Engineering
- Eliminating rare earth elements from EV motor supply chains - S&P Global
- 南鳥島EEZでレアアース試掘に成功 - Science Portal
- レアアースフリーモーターの開発動向 - アドバンスドテクノロジーX
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