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SEC転換で揺れる米株主提案と企業裁量の代償

by 鈴木 麻衣子
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2025年SEC転換で広がる企業裁量

米国の株主総会シーズンでは、ここ数年まで「株主提案を議案に残すか外すか」を巡る判断に、米証券取引委員会(SEC)のスタッフ見解が大きな重みを持っていました。企業がRule 14a-8に基づくno-action requestをSECに出し、スタッフが「除外しても執行措置は取らない」と示せば、実務上は強いお墨付きになっていたためです。

ところが2025年は、この前提が二段階で崩れました。2月にはSECがStaff Legal Bulletin No.14Mを公表し、バイデン政権期の14Lを取り消して、企業が提案を除外しやすい枠組みに戻しました。さらに11月には、2025-2026年の委任状シーズンについて、SECが州法論点を除く大半のno-action requestに実質的な回答をしないと表明しました。企業の裁量は広がった一方で、判断の最終責任も企業側に戻ったわけです。この記事では、制度変更の中身と株主総会への波及を整理します。

2025年に何が変わったのか

2月のSLB 14Mが除外判断を企業寄りに戻した

最初の転換点は2025年2月12日のSEC Staff Legal Bulletin No.14Mです。SECはこの文書で、2021年公表の14Lを撤回し、Rule 14a-8のうち「経済的重要性」と「通常業務」を理由にした除外判断を、より会社個別の事情に即して見る姿勢へ戻しました。

とくに重要なのは、社会的に大きなテーマであっても、それだけで自動的に議案に残るわけではなくなった点です。14Mは、提案がその会社の事業とどれほど結び付いているかを重視し、一般論としての社会的重要性より、当該企業への関連性や重要性を問う構造を明確にしました。これにより、気候変動やDEI、労働問題のような論点でも、企業側が「当社にとっては通常業務の範囲だ」「事業との結び付きが弱い」と主張しやすくなりました。

この影響はすぐ数字に表れています。Skaddenによれば、2025年の委任状シーズンでは、企業によるno-action requestの件数が前年より約35%増え、取り下げ分を除くと約70%が認められました。Morningstarも、2025年の米国ESG関連株主提案の投票件数が前年比22%減の502件となり、背景として2月のSECガイダンス変更を挙げています。

つまり、2025年前半の時点で、米国の株主提案制度はすでに「提案しやすい仕組み」から「会社が外しやすい仕組み」へ傾き始めていました。総会で議論される前の段階で、議案の母数そのものが絞られたのです。

11月のSEC方針で「お墨付き」そのものが薄れた

次の転換点は2025年11月17日です。SEC企業金融部門は、2025-2026年の委任状シーズンについて、Rule 14a-8(i)(1)を除き、株主提案除外に関するno-action requestへ実質判断を示さないと公表しました。企業は依然としてSECと提案者への通知義務を負いますが、それは原則として「informational only」です。Cooleyによれば、企業やその代理人は「合理的根拠がある」と無条件で表明すれば、SECから形式的な「no objection」レターを受け取れますが、SECはその法的根拠を審査しません。

ここが実務上の大きな変化です。従来のno-actionレターは法的拘束力こそないものの、企業にとっては強い防波堤でした。ところが新しい運用では、SECは「見解を示さない」か、示しても企業の表明を前提にした形式回答にとどまります。

SECは理由として、政府閉鎖後の業務逼迫や、既存のガイダンス蓄積を挙げました。ただし投資家側は、SECが長年担ってきた中立的な仲裁役を放棄し、企業と株主を法的な不確実性の中に置くと批判しています。

株主総会では何が起きているのか

企業は強くなったが、前より気楽ではない

表面的には、企業にとって追い風です。14Mで除外のハードルが下がり、11月の運用変更でSECの審査も薄くなりました。ところが、SECの実質判断がない以上、企業が提案を外した場合に株主側から訴訟を起こされる可能性は以前より意識せざるを得ません。

言い換えれば、これまでの制度は「SECが認めたから除外した」と説明できましたが、いまは「自社で合理的と判断したから外した」に変わりました。ガバナンスや政治献金、気候戦略、労働慣行のように社会的注目が高いテーマでは、除外判断そのものが新たなレピュテーションリスクになりえます。SECの後ろ盾が弱まった分、取締役会や法務部門の説明責任はむしろ重くなっています。

そのため、制度が企業寄りになったにもかかわらず、すべての企業が積極的に提案を外すとは限りません。Diligent Market Intelligenceは、2025年11月のSEC方針変更後、no-action requestが前年同期比で60%超減った一方、むしろ株主提案を議案に残す企業が増えている可能性を指摘しました。

投資家の影響力は縮小ではなく「選別」に向かう

では、株主の発言力は一方的に弱くなるのでしょうか。そこも単純ではありません。Morningstarの2025年データを見ると、環境・社会テーマの提案数は減った一方、ガバナンス提案への支持は相対的に底堅く推移しています。ESG全般への支持低下と、株主権・取締役会改革・資本政策といったガバナンス論点の支持は、同じ動きではありません。

このため今後の米株主総会では、「何でも株主提案が通りにくくなる」のではなく、「どのテーマが会社固有の重要課題として認識されるか」が一段と厳しく選別される公算が大きいです。逆に株主側も、広い社会的意義だけでなく、企業との接続をより具体的に示す必要があります。

この変化は、米国のコーポレートガバナンスを「株主提案の件数」で測りにくくする面もあります。議案数が減っても、総会前の対話や非公開のエンゲージメントが増えれば、実質的な圧力は残るからです。

SEC沈黙で重くなる取締役会責任

この問題でありがちな誤解は、「SECが企業寄りになったので、企業は自由に提案を消せるようになった」と見ることです。実際には、除外しやすさと引き換えに、法的・説明責任上の負担は増しています。SECが実質判断を避けるほど、最終的に問われるのは取締役会の判断の質です。

今後の焦点は3つあります。第一に、2025-2026年シーズン限りの暫定運用なのか、それとも恒久的な実務変更になるのかです。第二に、州法とくにデラウェア法を使った(i)(1)除外の活用が広がるかどうかです。第三に、機関投資家や議決権助言会社が企業の除外判断をどこまで厳しく評価するかです。

米国市場の魅力は、株主が経営に異議を唱える制度の予見可能性にも支えられてきました。予見可能性が弱まれば、市場全体の信頼コストが上がる可能性があります。

SLB 14Mとno-action停止の本質

米SECの転換は、二つの層で進みました。まず2025年2月のSLB 14Mで、株主提案を除外しやすい解釈へ戻しました。続いて同年11月には、多くのno-action requestへの実質判断をやめました。

その結果、企業の裁量は確かに広がりましたが、同時に責任も重くなりました。総会から議案を外す判断は、以前よりも法務・IR・取締役会の総合判断になっています。SECが一歩引いたことで、企業統治の責任がより直接的に企業自身へ返ってきたことに本質があります。

参考資料:

鈴木 麻衣子

企業経営・コーポレートガバナンス

企業経営・コーポレートガバナンスを専門に取材。経営戦略の成功事例から不正会計の構造的問題まで、企業の「あり方」を鋭く問う。

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