東証上場廃止最多で問われる非公開成長と日本企業統治改革の行方
上場廃止最多が示す市場改革の転換点
東京証券取引所で上場廃止が増えています。JPXの上場廃止銘柄一覧を確認すると、上場廃止日が2026年中の銘柄は128件に達し、2025年通年の125件を上回っています。2024年は94件、2023年は61件であり、件数の増加は一時的な現象にとどまりません。
背景には二つの力があります。一つはMBOや完全子会社化を通じた非公開化の増加です。もう一つは、市場再編後の上場維持基準が本来の水準で適用され、流動性や時価総額の弱い企業に退出圧力がかかっていることです。
これは「上場企業が減る」という単純な話ではありません。上場を続ける意味、株主に説明できる成長戦略、少数株主を公正に扱う手続きが同時に問われています。東証の市場改革は、企業に対して「上場していること」ではなく「上場に値する経営」を求める段階に入りました。
増加を押し上げるMBOと完全子会社化
非公開化を選ぶ成長企業の論理
2026年の上場廃止一覧には、久光製薬、マンダム、ソラスト、ラクスル、INFORICH、MCJなど、MBOを理由とする案件が並びます。MBOは経営陣が買収側に関与し、公開買付けや株式併合などを経て株式を非公開化する手法です。市場での資金調達よりも、短期的な株価評価から離れた意思決定を優先する場合に選ばれます。
象徴的なのがラクスルです。同社は2026年5月29日にMBOで非上場化したと説明し、ネット印刷から中小企業の課題解決プラットフォームへ進化するには、大胆で迅速な意思決定が必要だったとしています。RAKSUL IDのユーザー数は364万超、中小企業だけでも48万社、166万ユーザーに達するとされ、既存事業の延長ではなく事業モデルの再設計を志向していることが分かります。
この種の非公開化は、上場市場からの逃避だけでは説明できません。成長投資、AI活用、事業ポートフォリオ再編、海外展開、価格体系の見直しなどは、短期業績を押し下げる局面があります。四半期ごとに市場の評価を受ける上場会社では、こうした投資の説明負荷が重くなります。非公開化は、その摩擦を小さくする資本政策として位置づけられています。
ただし、MBOには構造的な利益相反があります。経営陣は会社の内部情報に近く、買い手としては低い価格で取得したい一方、取締役としては株主利益を守る責任を負います。この緊張関係を放置すれば、非公開化は企業価値向上の手段ではなく、少数株主から価値を移転する取引になりかねません。
親子上場解消とグループ再編の加速
上場廃止のもう一つの柱は、親会社や取引先による完全子会社化です。2026年の一覧では、PALTAC、伊藤忠食品、タカラバイオ、住友理工、SCSKなど、支配株主等による買収や他社による買収を理由とする案件が目立ちます。豊田自動織機のような大型案件も、完全子会社化に向かう流れの中で市場から退出しています。
親子上場は、日本市場の長年の論点でした。親会社と子会社の双方が上場している場合、子会社の少数株主にとって、親会社との取引条件や経営資源配分が本当に公正かという疑問が残ります。完全子会社化はこのねじれを解消し、グループ全体で投資、研究開発、人員配置を進めやすくする効果があります。
一方で、買収される側の株主にとっては、将来の成長余地をどの価格で手放すかが最大の問題です。株式交換、株式移転、公開買付け、株式併合など、手続きの形式は案件ごとに異なりますが、重要なのは価格の妥当性と検討過程の透明性です。東証の上場廃止一覧も、企業買収による場合の理由欄について、MBO、支配株主等による買収、他社による買収を区別して記載しています。
M&A Onlineの2026年TOB速報でも、8月から9月にかけてイーソル、ボードルア、デジタルハーツホールディングス、JPMC、フューチャー、アールビバンなどのMBO関連案件が確認できます。上場廃止は個別企業の資本政策であると同時に、業界再編と企業統治改革が同時進行する市場現象になっています。
上場維持基準が迫る市場退出の現実
経過措置終了で露出した流動性不足
非公開化だけでなく、上場維持基準への不適合も上場廃止を押し上げています。東証は市場区分見直しに伴う経過措置について、2025年3月1日以後に到来する基準日から本来の上場維持基準を適用しています。基準に適合しない場合、原則として1年間、売買高基準では6か月間の改善期間に入り、なお適合しない場合は監理銘柄、整理銘柄を経て上場廃止となります。
主な基準は明確です。プライム市場では株主数800人以上、流通株式時価総額100億円以上、流通株式比率35%以上、1日平均売買代金0.2億円以上が求められます。スタンダード市場では株主数400人以上、流通株式時価総額10億円以上、流通株式比率25%以上などが基準です。グロース市場では株主数150人以上、流通株式時価総額5億円以上に加え、上場10年経過後は時価総額40億円以上という基準も意識されます。
この制度変更は、形式的なふるい落としではありません。流通株式が少なく、売買が薄い会社は、株価が企業価値を適切に反映しにくくなります。投資家が十分に売買できない市場では、上場による価格発見機能も弱まります。東証が上場維持基準を厳格に運用する狙いは、市場の信頼性と投資対象としての厚みを高めることにあります。
2026年9月4日時点の上場会社数は、プライム1549社、スタンダード1558社、グロース597社、TOKYO PRO Market187社、合計3891社です。会社数だけを見れば日本市場はなお大きいものの、全ての上場会社が同じ流動性や成長性を備えているわけではありません。市場改革は、企業数の多さから市場の質へ評価軸を移しています。
グロース市場にも広がる成長証明の圧力
上場維持基準の圧力は、スタンダード市場の小型企業だけに向いているわけではありません。東証はグロース市場についても、高い成長を目指す企業が集う市場として機能させるため、2030年から上場維持基準を見直す方針を示しています。機関投資家の投資対象となり得る規模への早期成長を促し、M&Aや起業家の次なる創業も促進する考えです。
2025年9月からは、グロース上場会社に対して、これまでの成長状況や市場評価を分析し、成長戦略と開示をアップデートするよう働きかけています。2026年2月には、事業計画及び成長可能性に関する事項を一覧化する特設ページも設けられました。つまり、上場直後の期待だけで評価される市場から、上場後の成長実績を継続的に問う市場へ移行しています。
この変化は、スタートアップや新興企業にとって厳しいものです。上場によって資金調達や知名度向上を得ても、その後の成長が鈍れば市場評価は下がります。流動性が低ければ機関投資家は入りにくくなり、株価はさらに不安定になります。結果として、追加の成長投資を非公開市場で進める選択肢が現実味を帯びます。
一方で、上場後に十分な成長を示せない企業が市場に残り続けることは、投資家にも市場全体にも望ましくありません。上場市場は資金調達の場であると同時に、外部株主の規律を受ける場です。その規律を受ける覚悟と説明能力がなければ、非公開企業として再出発する方が合理的な場合もあります。
非公開化時代に強まる少数株主保護の責任
上場廃止の増加は、資本市場の新陳代謝として肯定できる面があります。低流動性の企業が整理され、親子上場の利益相反が解消され、成長投資に集中する企業が非公開化を選ぶことは、市場全体の効率性を高め得ます。しかし、その前提は少数株主が公正に扱われることです。
経済産業省の企業買収に関する議論では、買収は企業価値の向上と株主利益の確保の双方に資するべきものと整理されています。デロイト トーマツによる指針の解説でも、企業価値・株主共同の利益、株主意思、透明性という三つの原則が紹介されています。買収提案を検討する取締役会には、価格、買収後の経営方針、買収者の資力、実現可能性を丁寧に検討する責任があります。
特にMBOや支配株主による買収では、特別委員会の独立性が重要です。委員の選任、アドバイザーの独立性、株価算定の前提、買付価格の交渉経緯、少数株主が反対できる手続きなどが開示されなければ、市場は公正性を判断できません。プレミアムが付いていても、将来価値を過小評価していれば十分とはいえません。
2026年7月には、e-Govで「企業買収における行動指針」のポイントやQ&Aに関する意見募集結果が公示され、59件の意見提出が確認されています。これは、買収実務が増える中で、関係者の判断枠組みをより明確にしようとする動きです。非公開化が増えるほど、価格形成と手続きの公正性は市場の信頼を左右します。
投資家側にも注意が必要です。上場廃止が増える局面では、MBO期待だけで株式を買う投機が生じやすくなります。しかし、全ての低PBR企業や低流動性企業が買収対象になるわけではありません。むしろ、上場維持基準への不適合や内部管理体制の問題で上場廃止に向かう銘柄では、投資回収が難しくなるリスクもあります。
投資家と経営者が確認すべき市場選択
東証の上場廃止増加は、日本企業に上場の意味を問い直しています。上場を続ける企業は、資本コストを上回る収益性、流通株式の厚み、株主との対話、成長投資の説明を避けられません。東証の資本コスト要請も、自社株買いや増配だけではなく、研究開発、人的資本、設備投資、事業ポートフォリオ見直しを含む抜本的な取り組みを求めています。
経営者に必要なのは、上場維持を目的化しない判断です。市場からの規律を受けながら成長できるなら、上場は強力な信用と資金調達手段になります。逆に、市場評価と必要投資の時間軸が合わず、非公開化の方が企業価値を高めるなら、その選択自体は否定されるべきではありません。ただし、少数株主への説明責任と公正な価格形成は最後まで残ります。
投資家が見るべき点も明確です。第一に、上場維持基準への適合状況です。第二に、親会社、創業家、ファンド、事業会社との資本関係です。第三に、取締役会が資本コストや株価を意識した経営をどこまで具体策に落としているかです。上場廃止の増加は、単なる銘柄数の減少ではなく、企業統治の質を見極める局面の到来を意味しています。
参考資料:
- 上場廃止銘柄一覧(株式) | 日本取引所グループ
- 上場廃止銘柄一覧(株式)2025年アーカイブ | 日本取引所グループ
- 上場廃止銘柄一覧(株式)2024年アーカイブ | 日本取引所グループ
- 上場廃止銘柄一覧(株式)2023年アーカイブ | 日本取引所グループ
- 監理・整理銘柄一覧 | 日本取引所グループ
- 上場会社数・上場株式数 | 日本取引所グループ
- 上場維持基準に関する経過措置の終了 | 日本取引所グループ
- 上場維持基準の詳細 | 日本取引所グループ
- 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応 | 日本取引所グループ
- グロース市場の機能発揮に向けた対応 | 日本取引所グループ
- 市場区分の見直しに関するフォローアップ | 日本取引所グループ
- ラクスルは、第二創業期の新たなステージへ | ラクスル株式会社
- 2026年 のTOB速報検索結果一覧 | M&A Online
- 「企業買収における行動指針」のポイント・Q&A等に関する意見募集結果 | e-Govパブリック・コメント
- 「企業買収における行動指針」の概要 | デロイト トーマツ グループ
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