法務省が所有者不明建物を調査、登記支援で空き家対策本格転換へ
未登記建物が空き家行政の盲点になる理由
法務省が未登記の「所有者不明建物」の実態把握に乗り出す意味は、登記制度の細かな運用改善にとどまりません。老朽空き家、災害復旧、道路拡幅、再開発が同じ場所で重なる時代に、建物の所有者を速やかに確認できないことは、地域の安全と投資判断を直接遅らせる要因になります。
土地の所有者不明問題では、相続登記の義務化や住民基本台帳ネットワークとの連携など、制度整備が進んできました。しかし建物は、存在そのものが登記されていない場合があります。今回の論点は、相続後の名義更新だけでなく、最初の登記がない建物を行政がどう把握し、所有者に登記を促すかという段階に踏み込む点にあります。
登記制度の空白を広げた相続と台帳分断
土地対策から建物対策への拡張
政府は所有者不明土地について、公共事業の用地買収、災害復旧、民間取引で所有者探索に時間と費用がかかることを問題視してきました。2025年6月の関係閣僚会議の基本方針も、相続登記がされないことなどで所有者不明土地が生じ、管理放置による環境悪化や国民経済上の損失を招くと位置づけています。
この流れの中で、建物が新たな政策対象として浮上しています。所有者不明土地は「誰の土地か」が問題の中心ですが、所有者不明建物は「そこにある建物を誰が管理し、誰に除却や修繕を求められるか」という実務上の問いを伴います。空き家が倒壊しかねない場合、土地所有者だけでなく建物所有者の確認が不可欠です。
建物の登記には、所在や構造、床面積などを記録する表題登記と、所有権を公示する権利登記があります。古い住宅、増改築を重ねた家屋、家族内で使用され続けた建物では、登記費用や手続負担に比べて所有者が感じる便益が小さく、手続が後回しになりやすい構造があります。建物が固定資産税の課税対象として自治体台帳に載っていても、それが不動産登記簿の正確な所有者情報と一致するとは限りません。
相続登記義務化だけでは届かない建物
2024年4月に相続登記の申請義務化が施行され、相続で不動産を取得した人は、取得を知った日から3年以内に登記を申請する義務を負うようになりました。正当な理由なく怠れば、10万円以下の過料の対象になります。政府資料では、施行日前の相続でも未登記なら義務化の対象になると説明されています。
ただし、相続登記義務化は万能ではありません。土地や既に登記された建物の名義更新には効きますが、そもそも建物の表題登記がない場合、登記簿を起点に所有者情報を更新する仕組みが働きにくいからです。住所変更登記の義務化や、所有不動産記録証明制度も、登記情報が存在して初めて効果を発揮します。
2026年に予定される所有不動産記録証明制度は、特定の人が名義人となっている不動産の一覧把握を容易にするものです。住所等変更登記の義務化とスマート変更登記も、住基ネットなどを使って登記名義人の住所変更を職権で反映しやすくします。こうしたDXは重要ですが、未登記建物の実態調査は、その前提となる「建物の母集団」を見える化する作業です。
自治体台帳と法務局情報の接続
所有者不明建物を減らすには、法務局だけで完結する制度設計では足りません。自治体は固定資産課税台帳、空き家調査、建築確認、住民対応の情報を持ちます。一方、法務局は不動産登記の公示機能を担います。両者の情報が分断されたままだと、危険な空き家を見つけても、所有者を確定して手続を進めるまでに時間がかかります。
政府の基本方針は、固定資産課税台帳や各種台帳間の情報連携、戸籍情報連携システム、住基ネットの活用を進める方向を示しています。土地で進めてきた情報連携を建物に広げることができれば、登記官が職権で所有者に関する情報を収集し、登記を促す仕組みも現実味を帯びます。調査の焦点は、未登記建物の数を数えるだけでなく、どの台帳をつなげば実務が短縮されるかを見極める点にあります。
インフラ更新を遅らせる所有者探索コスト
空き家900万戸が示す政策対象の広がり
総務省の2023年住宅・土地統計調査によると、全国の総住宅数は6504万7千戸、空き家は900万2千戸で、空き家率は13.8%と過去最高でした。空き家のうち、賃貸用、売却用、二次的住宅を除く空き家は385万6千戸です。これは、すぐ市場に戻るとは限らない住宅ストックが大きく積み上がっていることを示します。
もちろん、空き家900万戸がそのまま所有者不明建物という意味ではありません。賃貸募集中の住宅や別荘も含まれるためです。ただ、使用目的がはっきりしない空き家が増えるほど、相続放置、遠方居住、認知症、相続人多数といった所有者探索の難しさが表面化します。未登記建物がその中に混じると、市町村の空き家対策はさらに複雑になります。
空家等対策特別措置法は、2015年の全面施行後、危険な特定空家への助言、指導、勧告、命令、代執行の枠組みを整えました。2023年12月施行の改正では、悪化前の段階で対応する管理不全空家等の仕組みや、活用促進の制度が拡充されています。制度は強くなりましたが、所有者が分からなければ、通知、指導、費用回収の各段階で壁にぶつかります。
再開発と道路整備に生じる遅延
建設・インフラの現場で最も重いのは、所有者探索が工程全体を止めることです。国土交通省の2025年資料では、2019年度以降に施行認可された土地区画整理事業260地区のうち、所有者不明土地等への対応を要する地区は見込みを含め16地区、市街地再開発事業123地区では8地区とされています。土地だけでも、事業施行者の管理人選任申立てや公示送達、組合設立同意で課題が出ています。
ここに未登記建物が重なると、補償、除却、移転、残置物処理の判断がさらに遅れます。道路拡幅で建物の一部除却が必要になる場合、誰に説明し、誰が同意し、誰に補償するのかを確定しなければなりません。都市部では権利者が多く、土地の筆界や建物の区分所有、抵当権、賃借人の有無が絡みます。登記の空白は、単なる書類不足ではなく、工期と事業費の不確実性です。
地籍調査の遅れも同じ問題を映しています。国土交通省は2026年6月、2025年度末時点の地籍調査進捗率を全国の対象地域で53%、優先実施地域で81%と公表しました。令和7年度に新たに明確化された地籍は594平方キロメートルです。土地境界が不明確な地域では、土地取引、都市再生、災害復旧、公共用地管理に支障が出るとされています。
災害復旧で表面化する境界と建物の問題
災害時には、建物の所有者が分からないことの影響が平時より大きくなります。倒壊しかけた建物が道路や隣地に危険を及ぼす場合、行政は安全確保のために除却や応急措置を急ぎます。しかし、所有者を確定できなければ、財産権への配慮、通知、費用負担、記録保存に時間がかかります。
地籍調査が未実施の地域では、災害復旧の前に土地境界の確認から始める必要があり、復旧・復興の遅れにつながると国土交通省は説明しています。建物登記の欠落は、これに建物管理者の不明という別の層を重ねます。復興住宅、道路、上下水道、電力設備の復旧を進めるうえで、土地と建物の権利情報を別々に追う時間は大きな負担です。
法務局地図作成事業の新整備計画では、防災・まちづくり型、大都市特化型、被災地域復興型の類型が示されています。登記所備付地図は防災、まちづくり、不動産流通を支える基本インフラとされ、災害リスクの高い地区や公共事業・開発計画がある地区が考慮要素に挙げられています。所有者不明建物の実態調査も、同じ優先順位で進める必要があります。
支援制度に残る公平性と実務負担の論点
未登記建物の登記支援を進める場合、最初の論点は公平性です。建物の登記は本来、所有者が財産を公示し、取引や相続を円滑にするための基礎手続です。行政が支援するなら、危険空き家、災害リスク地区、公共事業予定地、高齢単身世帯など、公益性や支援必要性の高い対象を絞る設計が欠かせません。
次の論点は実務負担です。未登記建物の表題登記には、現地調査、図面作成、所有関係の確認が伴います。相続が何代も続いている場合、相続人全員の把握だけで時間がかかります。土地家屋調査士、司法書士、自治体、法務局の連携を前提にしなければ、制度を作っても現場が処理しきれないおそれがあります。
個人情報の扱いも慎重さが必要です。固定資産課税台帳、住民票、戸籍、登記情報をつなげれば所有者探索は速くなりますが、利用目的、閲覧範囲、記録管理を明確にしなければ、住民の信頼を損ないます。土地境界のみなし確認制度のように、通知到達や意見申出期間を丁寧に設計する発想が、建物登記支援にも必要です。
一方で、支援を先送りするコストも小さくありません。相続土地国庫帰属制度では、2025年4月時点の法務省資料で申請件数3732件、延べ相談件数4万4617件が示されました。土地を手放したい、管理しきれないという相談需要は既に顕在化しています。建物についても、管理不能になってから行政が追いかけるより、所有者が確認できる段階で登記を整える方が社会的負担を抑えやすいです。
自治体と所有者が確認すべき登記実務
所有者不明建物対策の本質は、老朽化した建物を一律に取り壊すことではありません。誰が所有し、誰が管理し、必要なときに誰と交渉できるかを明確にすることです。登記は市場取引のためだけでなく、防災、都市更新、地域管理のインフラになっています。
自治体は、空き家調査、固定資産課税台帳、災害危険区域、道路整備計画を重ね、未登記が疑われる建物を優先順位づけする必要があります。所有者側は、固定資産税の通知が届いていることだけで安心せず、建物の登記事項証明書、相続関係、増改築の履歴を確認すべきです。
法務省の実態調査が有効に機能するかは、調査後に登記支援、専門職相談、自治体台帳連携までつなげられるかで決まります。建設・不動産事業者にとっても、未登記建物の早期発見はデューデリジェンスの重要項目です。所有者不明建物への対応は、空き家対策からインフラ投資の前提条件へと位置づけが変わりつつあります。
参考資料:
- 人口減少時代における土地政策の推進 所有者不明土地等対策
- 所有者不明土地等対策の推進のための関係閣僚会議
- 所有者不明土地等対策の推進に関する基本方針 令和7年6月6日
- 法務省提出資料 令和7年6月6日
- 所有者不明土地等問題 対策推進の工程表
- 市街地整備事業の円滑な施行のための環境整備
- 令和5年住宅・土地統計調査 調査の結果
- 令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計結果
- 空家等対策の推進に関する特別措置法関連情報
- 空家等対策の推進に関する特別措置法の一部改正について
- 空家等に関する施策を総合的かつ計画的に実施するための基本的な指針
- 地籍調査の概要
- 土地の戸籍に関する最新の調査実施状況
- 地籍調査をしないとこんな困ったことに
- 土地基本法・土地基本方針・土地白書
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