NewsHub.JP
NewsHub.JP

管理職を支えるAI活用、オムロン・JTB・セガサミーの人材戦略

by 渡辺 由紀
URLをコピーしました

管理職のなり手不足を深める育成負担

部下の目標設定、キャリア支援、メンタル面への配慮、ハラスメントの予防まで、管理職が担う「人の仕事」は広がっています。一方で、自らも成果を求められるプレイングマネジャーが多く、対話に使える時間は細っています。AIを管理職の相棒にする動きは、単なる議事録作成の効率化ではなく、育成責任を個人の経験と善意だけに背負わせない試みとして捉える必要があります。

HR総研の2026年調査では、管理職の負担増が問題となっている企業の71%が「部下の育成・動機づけに時間を割けない」と回答しました。半数以上の管理職がプレイングマネジャーである企業は82%に達します。労働政策研究・研修機構が紹介した調査でも、管理職を希望する中堅社員が少ないことを課題に挙げた企業は34.5%でした。AI活用の成否は、この構造問題を軽くできるかで判断すべきです。

AIが担う面談準備と対話後の整理

部下育成を圧迫するプレイング業務

マイナビ転職の管理職800人調査では、現在の職務として「部下の育成」を挙げた割合が53.6%で最多となり、「部下のモチベーションをあげる」が47.0%、「部下の相談にのる」が46.0%で続きました。数字から見えるのは、管理職の役割の中心が、人を動かす一方向の指示から、個別事情を理解して成長を支える仕事へ移っている現実です。

ところが、対人業務は定型化しにくく、相手や状況によって正解が変わります。AI関連サービスを提供するUMUジャパンの管理職400人調査では、生成AIなどで定型業務が効率化したとの回答が半数を超える一方、部下のケアなどに費やす時間や難易度が増したとの回答も47.8%でした。提供企業による調査という限界はあるものの、「事務が減れば自動的に育成が良くなるわけではない」という論点は重要です。

壁打ちで補える判断前の思考整理

AIが最も力を発揮しやすいのは、人事判断そのものではなく、その前段にある思考整理です。たとえば、厳しいフィードバックを伝える前に、事実と解釈を分け、相手から想定される反応を列挙し、質問の順番を練習できます。キャリア面談なら、本人の希望、現在の役割、用意できる経験機会の間にあるずれを可視化し、管理職が見落とした選択肢を増やせます。

全国の役職経験者501人を対象としたScale Technologyの調査では、60.5%が部下育成やマネジメントで悩んだ経験を持ち、30.9%は誰にも相談していませんでした。部下の悩みを生成AIに相談したことがない人は73.9%でしたが、個人の特性診断データを使うAI相談サービスには50.3%が利用意向を示しています。AIは相談相手の空白を埋め得ますが、部下を診断結果に押し込めず、複数の仮説を得る用途に限定することが前提です。

面談データを継続支援に変える循環

実務では、面談の前・最中・後を一つの循環にすると効果が見えやすくなります。事前には過去の合意事項と進捗から議題案を作り、面談中は本人の了解を得て音声を文字起こしし、終了後は決定事項と次の行動を下書きします。管理職は要約を確認・修正し、次回の面談で本人と認識を合わせます。これなら、AIが人間関係を代替するのではなく、対話に集中する余白をつくれます。

動画には発話時間、割り込み、沈黙など豊富な情報があります。しかし、表情や声色から意欲、性格、心理状態まで推定し、人事評価につなげる設計は、誤判定と監視感を招きます。まずは文字起こし、合意事項、本人が明示した希望など、目的に必要な情報へ絞るべきです。評価指標も利用回数ではなく、合意事項の実行率、面談準備時間、部下側の納得感、相談の早期化といった行動変化に置く必要があります。

3社に見る人材開発とAIの接続点

オムロンの対話支援型アプローチ

オムロンは、役割を明確にする人事制度と高頻度の1on1を組み合わせ、対話を通じて納得感と意欲を高める方針を示しています。1on1支援サービス提供企業の導入事例では、キャリア採用の増加などを背景に、暗黙知や管理職個人の経験に頼るマネジメントの限界を認識し、面談だけでなく日常のやり取りの質を高める必要性が説明されています。

同社の2026年統合報告では、生成AIで目標の具体性、難易度、上位方針とのつながりを確認し、目標設定と評価運用の質を高める考えが明記されました。重要なのは「生成AIは評価を決定するものではない」と線を引き、社員と上司の対話を支援する役割に置いた点です。AI方針でも、入力データの適正化、透明性、説明、公平性、人間性の尊重を掲げており、業務ツールと人事ガバナンスを同じ設計図に載せています。

JTBの行動変容を軸にした研修設計

JTBの特徴は、AI導入の成果を「作業時間」だけでなく、学びが職場の行動に移ったかで測っている点です。同社は研修後の満足度ではなく、学んだことを実践できる自信である自己効力感を主要指標に設定しました。研修の骨格と成長指標を生成AIにつなぎ、担当者が替わっても設計思想を引き継げるフローを構築しています。

公式発表によると、2022~2025年度に実施した研修の8割で自己効力感が上昇し、2025年度の受講者数は2022年度比175.1%、エンゲージメントスコアは9.8ポイント改善しました。ただし、これらの同時変化だけでAIの効果を切り分けることはできません。研修設計の標準化、データ分析、現場での実践支援を一体化した成果と読むのが妥当です。

JTBは2,200人以上が参加する生成AIコミュニティも運営し、部門への伴走やユースケース開発を進めています。管理職支援へ広げる場合も、個人が自由に外部AIへ相談する形より、利用目的、入力可能な情報、相談例、確認手順を共通化した社内基盤の方が、学習と安全性を両立しやすいでしょう。

セガサミーの全社AI活用基盤

セガサミーグループは2021年から「グループをデータで繋ぐ・AIで働き方を変える」を掲げ、環境、教育、文化の三方向から活用を進めています。従業員アンケートでは2025年8月時点の生成AI活用割合が約80%で、回答率は73%でした。約100部署、約2,000人が部門別ハンズオン研修に参加し、2,000人以上の社内コミュニティも形成されています。

この基盤は、管理職がAIを壁打ち相手にするための土台になります。成功例だけでなく失敗例を共有し、部門の課題に合わせて学ぶ仕組みがあるためです。一方、公開情報から確認できるのは全社的なAI教育、利用環境、ガバナンス、新任管理職研修の必修化までです。AIが部下を評価したり、面談データを自動採点したりしているとは判断できません。活用基盤の整備と、人事判断への実装は分けて見る必要があります。

3社に共通するのは、AI単体を導入するのではなく、対話、研修、目標管理、社内学習の流れに組み込んでいることです。違いは、オムロンが対話と評価運用、JTBが研修後の行動変容、セガサミーが利用者を広げる教育基盤に重心を置く点にあります。自社の詰まりがどこにあるかを特定せず、同じツールを全管理職へ配るだけでは、利用率は上がっても育成の質は上がりません。

AI支援を監視装置に変えない運用原則

最優先は、部下本人への説明と選択肢の確保です。録音や文字起こしを行うなら、何を収集し、誰が閲覧し、何に使い、いつ削除するのかを面談前に示す必要があります。利用を断ったことで不利益を受けない代替手段も欠かせません。キャリア希望、健康、家庭事情などが混ざる面談記録は、一般の会議議事録より慎重に扱うべきです。

個人情報保護委員会は、個人情報を生成AIへ入力する場合、利用目的に必要な範囲かを確認し、サービス提供者が個人データを機械学習に使わないことなどを確認するよう求めています。経済産業省のAI事業者ガイドラインも、個人情報や機密情報の不適切な入力を避け、重大な影響があり得る用途では説明可能性を確保する考え方を示しています。氏名を消すだけでなく、所属、案件、経歴の組み合わせによる再特定も想定したデータ最小化が必要です。

OECDが6カ国の中間管理職を対象に行った調査では、指示、監視、評価を支援するアルゴリズム型管理ツールを少なくとも一つ導入する企業の割合は日本で40%でした。利用する管理職のほぼ3分の2が従業員への影響を懸念し、誤った判断時の責任の曖昧さ、判断過程の分かりにくさ、心身の健康保護を問題として挙げています。導入前から労働者の意見を聞き、異議申立て窓口、監査、停止手順を用意することが、ツールへの信頼を左右します。

したがって、運用原則は「AIは仮説を出す」「管理職が根拠を確かめる」「本人との対話で修正する」の三段階です。昇進、配置、評価、懲戒をAI出力だけで決めず、判断者と説明責任を明記します。面談の目的は部下をデータ化することではなく、部下が話しやすく、管理職が適切に支援できる状態をつくることです。

経営者と人事が着手すべき実装条件

最初の対象は、評価の自動化ではなく、面談議題の作成、難しい会話の練習、合意事項の要約など、管理職と部下の双方が便益を感じやすい低リスク業務が適しています。少数部署で試し、管理職の準備時間、部下の納得感、行動の継続、相談の早期化を導入前後で確認します。効果が見えなければ、ツールより業務量、権限、管理職一人当たりの部下数を見直すべきです。

経営陣と人事には、利用目的と禁止用途、保存期間、人による最終判断、異議申立て、定期監査を制度として整える責任があります。現場には、AIの提案をうのみにせず、問いを磨くための短い実践研修が必要です。AIを管理職の「代役」ではなく、準備と内省を支える「相棒」に限定してこそ、人に向き合う時間を取り戻し、管理職という仕事の魅力を再設計できます。

参考資料:

渡
渡辺 由紀

雇用・人材戦略・キャリア

雇用・人材戦略・キャリアを専門に取材。高専人材の争奪戦から中途採用市場の変化まで、「働く」を取り巻く構造変化を解き明かす。

関連記事

AI活用は管理職罰ゲーム解消から始める業務と組織の再設計が急務

生成AIの導入が進む一方、管理職には育成、評価、会議、リスク対応が集中します。リクルート調査では一般社員の6割超が管理職に否定的です。パーソル、JUAS、厚労省などの資料を基に、負荷軽減とAI定着を両立する業務再設計、ガバナンス、人的資本戦略の要点と取締役会が見るべきKPIと実務の具体策を詳しく解説。

AI時代に転職無限ループを抜け出す「キャリアの住所」の築き方

生成AIは仕事を代替するだけでなく、若手が初級業務から判断力を学ぶ機会まで細らせる。ILO、厚生労働省、OECDなど国内外の調査を基に、資格や流行スキルを追って転職を重ねる不安定さを分析。業界知識、実績、社内外の関係資本を組み合わせ、自分の「住所」を築くキャリア設計と企業が守るべき育成の足場を解説。

高年収窓際族を生まないAI時代の人材再配置戦略と学び直し改革

AIで管理職や専門職の仕事が消えるより先に、役割の空白が可視化されています。JILPTやOECDの調査、DX人材不足、職務給の動きから、高年収の窓際化を防ぎ、意欲ある人を事業へ戻す再配置とリスキリングの設計を解説。人手不足下で人を余らせない評価、社内公募、学習投資の実務上の勘所を深く丁寧に読み解く。

人事AIで進む適所適材と人的資本経営、配属改革の実務論点最前線

人的資本開示とスキル不足を背景に、人事AIは採用だけでなく配属、育成、キャリア相談へ広がる。オリックス生命のエンゲージメント分析やブリヂストンのタレント創造性KPI、EU AI Actなどの規制を踏まえ、適所適材を実装するデータ基盤、説明責任、人事の役割転換、社員納得感を高める運用条件の具体策を解説。

課長のリーダーシップ多様化が変える日本企業の管理職育成策改革

課長級の女性比率は2024年に15.9%、管理的職業従事者は16.3%にとどまります。賃上げや人的資本開示が進む中、課長職の重さを個人任せにせず、昇進前教育、評価、権限移譲を整え、多様なリーダーシップを育てる制度設計と現場支援、賃金格差や管理職不足を防ぐ論点と次世代候補の育成方法を実務的に読み解く。

最新ニュース

Apple年末商戦、高価格iPhone偏重で問われる成長持続力

Appleは2026年の年末商戦で、21万9,800円からのiPhone 18 Proと36万4,800円からの折りたたみ型iPhone Duoを新製品の柱に据えた。標準モデルを翌年へずらす分散投入、旧世代の併売と分割払い、メモリー高騰による供給・採算リスクを整理し、高価格機種頼みの成長が持続する条件を読み解く。

アクティビストに狙われたダイキン、利益率と挑戦文化の両立を問う

米エリオットの株式取得を機に、ダイキン工業は売上高偏重から営業利益率・ROEを重視する「率の経営」へ転換した。3,500億円の自社株買い、低採算事業の改革、間接費削減が進む一方、盆踊りや越境プロジェクトが育てる自主性と失敗許容の文化をどう守るのか。資本効率と人的資本を両立する経営設計を深く読み解く。

2026年の年末調整、変更点と控除拡大・178万円の壁を解説

2026年分の年末調整では、所得税の課税最低限が160万円から178万円へ上がり、扶養判定は給与収入136万円以下に拡大します。23歳未満の扶養親族がいる人の生命保険料控除、大学生年代の特定親族特別控除、住民税や社会保険とのずれ、申告書で確認すべき実務を、国税庁資料を基に具体例とともに詳しく解説します。

NECが1万人超SIerを吸収、AI時代に迫るSE雇用再編の怖さ

NECは2026年10月、1万人超のITエンジニアを抱えたNECソリューションイノベータを吸収合併した。国内IT需要が堅調な一方、生成AIは実装・試験の工数を急速に圧縮する。なぜ今、大規模SIerを本体に取り込み、SEをコンサルティングや運用へ移すのか。人月モデルの限界と雇用再編の行方を、決算・人材データから読み解く。

ANAHD、AIRDO・ソラシド完全子会社化 国内線再編の狙い

ANAホールディングスはAIRDOとソラシドエアを傘下に持つRPWの完全子会社化で基本合意した。株式交換の条件、黒字でも薄い収益基盤、規制緩和が開いた再編、調達・販売・運航計画の統合効果を検証。羽田発着枠の回収や運賃競争、地域ブランド、少数株主保護など、2027年4月の実現に向けた経営課題を読み解く。