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英語時間増でも伸び悩む理由認知科学で読む日本の授業改革の盲点

by 渡辺 由紀
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はじめに

日本の英語教育はこの十年で大きく変わりました。小学校では3、4年生で外国語活動、5、6年生で教科としての英語が導入され、扱う語彙も増えました。それでも「授業時間を増やしたのに、英語力が下がったのではないか」という違和感は消えていません。2025年に公表された経年変化分析調査では、中3英語の平均スコアが2021年度の503.0から2024年度は478.2へ下がりました。

ただし、ここで重要なのは、すべての英語力指標が悪化しているわけではないことです。2024年度の英語教育実施状況調査では、英検3級相当以上の中3生は52.4%まで上昇しています。つまり日本の英語教育で起きているのは、単純な「全体低下」ではなく、学んだ量は増えても、場面に応じて使う力、とくに書く・話す力が育ちにくいというミスマッチです。本稿では、その理由を認知科学と公的データから整理します。

なぜ授業時間を増やしても伸び悩むのか

語数の拡大が理解の深まりを自動では生まない

現行の学習指導要領では、小学校で600~700語程度、中学校でそれに加えて1600~1800語程度の新語を扱う想定です。量だけ見ると、以前よりかなり手厚くなっています。文科省の解説でも、小学校は3年生から6年生まで計210単位時間をかけて語彙と表現を扱う設計になっています。

しかし、認知科学や語彙研究が示すのは、語彙は「何語見たか」だけでは力にならないということです。読解には語彙の量だけでなく、意味のつながり、品詞変化、文脈での使い分けといった語彙の深さが必要です。Learning and Individual DifferencesやPMC掲載研究でも、語彙の breadth だけでなく depth が読解理解を支えると報告されています。学校で単語数の達成が先行すると、意味ネットワークが十分に育たないまま「覚えたはずの語」が使えない状態が起きやすくなります。

習った直後に使えるとは限らない

もう一つ見落とされがちなのが、技能の習得には時間差があることです。国立教育政策研究所の2023年度英語報告書は、小学校での学習を踏まえた中1初期の「書くこと」指導について、読むことと書くことには習得の時間差があり、学習してから実際に使えるようになるまでには時間がかかると明記しています。つまり、聞いて分かる、読める、書ける、話せるは、同じ速さで伸びません。

ところが現場では、小学校で音声中心に慣れた学習から、中学校で急に読み書きや文法の正確さを求める構成になりやすい。認知的には、音声で親しんだ表現を文字・文構造・文脈へ結びつける橋渡しが必要ですが、この移行が弱いと、学習者は「知っているのに書けない」「読めるのに話せない」と感じます。授業時間を足すだけでは、この橋渡しは自動化されません。

データが示す本当の課題

全国学力調査で落ちたのは発信と統合です

2025年公表の経年変化分析調査では、中3英語の平均スコアが低下しました。横浜国立大学の追加分析でも、2023年度の全国学力調査は「聞くこと」「読むこと」に比べて、「書くこと」と「話すこと」の正答率が低く、短答式・記述式の無解答率は20%程度と高いと分析されています。領域別でも、受容技能より発信技能が弱く、5領域のバランスが崩れていることが示されました。

国立教育政策研究所の報告書も同じ方向を示しています。課題として挙げられたのは、即興で伝え合うこと、聞いた内容を踏まえて考えと理由を話すこと、読んだ内容を基に考えと理由を書くことです。これは、単語や文法の断片を知っているだけでは解けません。相手、目的、場面、状況に応じて表現を選び、自分の考えを組み立てる力が必要です。認知科学的に言えば、知識の検索だけでなく、意味理解、推論、ワーキングメモリ、表現の再構成が同時に動く課題です。

なぜ「資格相当者は増加」と両立するのか

ここで「でも英検3級相当以上は増えているのでは」と感じる人も多いはずです。その通りで、2024年度の英語教育実施状況調査では、中3生の52.4%がCEFR A1相当以上とされ、過去最高でした。これは、基礎的な読解や定型表現、試験対策を含む広い学習成果が積み上がっていることを示します。

一方、全国学力調査や経年変化分析調査が強く見ているのは、学校の授業を通じて、学習指導要領が求める形で英語を使えるかどうかです。横浜国立大学の分析でも、2023年度は平成31年度より「話す」「書く」の活動は増えている一方、「英語の勉強が好き」「将来英語を使いたい」はやや低い傾向が見られました。量的拡大は進んでも、意味のある使用経験や達成感につながっていない可能性があります。ここが、能力指標の一部上昇と、実践課題での伸び悩みが同時に起きる理由です。

注意点・展望

注意したいのは、この問題を「小学校英語が早すぎた」の一言で片づけないことです。小学校での早期導入そのものより、何をどの順番で、どこまで定着させるかが問われています。文科省の解説でも、600~700語はすべてを自由に使いこなすことを求める数字ではなく、受容語彙と発信語彙を分けて考える必要があるとされています。目標語数をそのまま暗記ノルマに変えると、学習者の負荷は高まります。

今後必要なのは、語数拡大より接続設計です。小学校で音声中心に慣れた表現を、中学校で読む・書く・話すへどう移すのか。読んだことを基に短く書く、聞いたことに理由を添えて返すといった統合型の活動を、難度を細かく刻んで積み上げることが重要です。加えて、英語力と関心・意欲の関係は強いため、正解主義だけでなく「伝わった」経験を早い段階で増やせるかが、英語嫌いを防ぐ鍵になります。

まとめ

授業時間を増やし、扱う語彙を増やしても、英語力が自動的に伸びるわけではありません。日本の英語教育で起きているのは、量の拡大に対して、理解の深まりと発信技能の育成が追いついていないことです。全国学力調査の低下は、そのズレを可視化したものといえます。

改善の方向は明確です。単語数の達成より、語の意味の深さ、読む・書く・話すの橋渡し、そして目的や場面に応じて表現する経験を重ねることです。英語教育の評価では、授業時間や導入学年だけでなく、「生徒が自分の考えを英語で説明できるか」という出口から見直す必要があります。

参考資料:

渡辺 由紀

雇用・人材戦略・キャリア

雇用・人材戦略・キャリアを専門に取材。高専人材の争奪戦から中途採用市場の変化まで、「働く」を取り巻く構造変化を解き明かす。

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