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モンクレールが高級ダウンを確立した独自のブランド戦略

by 藤田 七海
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はじめに

ダウンジャケットといえば、かつてはアウトドアや防寒のための実用的なアイテムでした。しかし、モンクレール(Moncler)はこの常識を覆し、ダウンジャケットを高級衣料品の代名詞へと変貌させています。2024年の通年売上高は31億ユーロ(約5,700億円)を突破し、イタリアのラグジュアリーブランド企業として確固たる地位を築いています。

その躍進の裏にあるのは、著名デザイナーとの協業を軸にした「Genius(ジーニアス)」戦略です。本記事では、モンクレールがいかにしてダウンジャケットという単一カテゴリーから世界的ラグジュアリーブランドを構築したのか、その商品戦略と経営手法を読み解きます。

登山用品メーカーからラグジュアリーブランドへの転換

フランスの山岳地帯で誕生した高品質ダウン

モンクレールは1952年、フランス・グルノーブル郊外の「モネスティエ・ドゥ・クレルモン」で創業しました。社名はこの地名の頭文字に由来します。創業当初は登山家のためのテントやシュラフなどの装備を手がけていました。

転機となったのは、著名な登山家リオネル・テレイをテクニカルアドバイザーに迎えたことです。アルピニストの厳しい要求に応える製品開発を続けた結果、1954年のイタリア・カラコルム登頂隊、1955年のフランス・マカル登頂隊の装備に採用されました。1968年にはグルノーブルオリンピックでフランス・ナショナルチームの公式ウェアに選ばれ、世界的な知名度を獲得します。

モンクレールのダウンには、大きなダウンボールが特徴のホワイトグースの産毛だけが使用されています。フランス規格協会が最高品質と認める「キャトルフロコン(4Flocons)」マークを取得しており、この品質の高さが後のラグジュアリー化を支える基盤となりました。

イタリアへの本社移転とファッション化

1980年代に入ると、モンクレールの製品は世界のセレクトショップで取り扱われるようになり、特にイタリアでの人気が急速に高まりました。その結果、本社をフランスからイタリア・ミラノに移転するという大胆な決断を下します。

1990年代以降、アウトドアブランドからファッション性を重視したブランドへと舵を切り、2000年代にはラグジュアリーブランドとしてのポジショニングを明確にしていきます。2004年にはジュンヤワタナベ、2005年にはバレンシアガとのコラボレーションを実現し、ボリュームが出がちなダウンジャケットをタイトで美しいシルエットに仕上げる技術を確立しました。

「Genius」戦略がもたらしたブランド革命

ファッション業界の常識を覆したビジネスモデル

モンクレールの成長を決定づけたのが、2018年2月のミラノ・ファッションウィークで発表された「Moncler Genius(モンクレール ジーニアス)」プロジェクトです。CEO(当時)のレモ・ルッフィーニが掲げた理念は「One House, Different Voices(一つの家、異なる声)」でした。

従来のファッション業界では、春夏と秋冬の年2回コレクションを発表するのが基本です。しかしルッフィーニは「半年に1回しか顧客と対話しないのでは不十分だ。毎日対話する必要がある」と考え、8人のデザイナーによる8つの異なるコレクションを毎月リリースするという革新的なモデルを打ち出しました。

多彩なデザイナーが生む「常に新しい」ブランド体験

Geniusプロジェクトには、バレンティノのクリエイティブ・ディレクターであるピエールパオロ・ピッチョーリ、イギリスの新鋭クレイグ・グリーン、アイルランド出身のシモーネ・ロシャなど、確立された名声を持つデザイナーから新進気鋭のクリエイターまで、多彩な人材が参加しています。

各デザイナーにはモンクレールのアイデンティティを解釈する自由が与えられ、それぞれが独自の世界観を持つカプセルコレクションを制作します。この仕組みにより、モンクレールは一つのブランドでありながら、月ごとに異なる表情を見せることが可能になりました。SNS時代において常に新鮮な話題を提供し続けるこの戦略は、ブランドの認知度とオンライン・オフライン双方のトラフィックを大幅に押し上げる成果を上げています。

コラボレーションから「共創」への進化

2023年以降、Geniusプロジェクトはさらに進化を遂げています。単なるデザイナーとのコラボレーションから、アート、デザイン、エンターテインメント、スポーツなど多分野のクリエイターとの「共創(Co-Creation)」モデルへと発展しました。これにより、ファッション業界の枠を超えた新しいコミュニティとの接点が生まれ、ブランドの文化的影響力がさらに拡大しています。

売上31億ユーロ超を支える経営の要諦

ストーンアイランド買収によるポートフォリオ拡大

モンクレールは2020年にイタリアのストリートウェアブランド「ストーンアイランド」を約12億ユーロで買収しました。これにより、ダウンジャケット中心のモンクレールブランドに加え、より幅広い顧客層にアプローチできるポートフォリオを構築しています。2025年12月期の決算では、グループ全体の売上高が31億3,212万ユーロに達しました。

DTC(直販)戦略の徹底

モンクレールの成長を支えるもう一つの柱が、DTC(Direct to Consumer)戦略です。自社の直営店舗とオンラインストアを通じた販売比率を高めることで、ブランド体験の管理と利益率の向上を両立させています。店舗デザインや接客品質を統一することで、世界中どこでも一貫したラグジュアリー体験を提供しています。

経営体制の刷新と次のステージ

2026年4月からは、レモ・ルッフィーニがエグゼクティブ・チェアマンに就任し、新たにレオ・ロンゴーネがCEOに就任する予定です。ルッフィーニが築き上げたブランド戦略を継承しつつ、次の成長フェーズへの移行が進められています。両ブランドで2026年に3%程度の値上げを予定しており、ラグジュアリーとしての価格ポジショニングをさらに強化する方針です。

注意点・今後の展望

ラグジュアリー市場の逆風と対応力

世界のラグジュアリー市場は、中国経済の減速や地政学リスクの高まりにより不透明感が増しています。モンクレールも2025年12月期はEBITが前年比0.3%減、純利益が2.0%減と、成長の鈍化が見られます。しかし、売上高は微増を維持しており、ルッフィーニは「不安定な市場環境の中でも安定性と柔軟性を維持する能力が重要」と強調しています。

ダウンジャケットという季節性の高い商品を主力に据えながらも、Genius戦略による通年での話題創出やストーンアイランドの買収によるポートフォリオ分散など、リスクヘッジの手法も着実に進めています。

単一カテゴリーからの世界ブランド構築という示唆

モンクレールの事例は、ニッチな製品カテゴリーであっても、品質へのこだわり、大胆なブランド戦略、そしてクリエイティブな協業モデルを組み合わせることで、世界的なラグジュアリーブランドを構築できることを示しています。

まとめ

モンクレールの成功は、登山用品メーカーとしての「品質の遺産」と、ラグジュアリーブランドとしての「革新的なビジネスモデル」の融合にあります。特に2018年に始まったGenius戦略は、ファッション業界の常識であった年2回のコレクション発表を覆し、毎月新しいデザイナーの声を届けるという独自のアプローチでブランド価値を飛躍的に高めました。

ダウンジャケットを高級衣料品に変えたその手法は、製品の品質を基盤としながらも、外部のクリエイティブな才能を積極的に取り込み、常に新鮮さを維持するという点で、ブランド構築の教科書的な事例といえます。

参考資料:

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