ディスコ首位を支えるWill経営、不納得を減らす働きがいの戦略
はじめに
半導体製造装置大手のディスコが、Great Place to Work Institute Japanの2026年版「働きがいのある会社」ランキングで大規模部門1位となりました。GPTW Japanによると、今回は683社が調査に参加し、そのうち上位100社が選出されています。ディスコは18年連続でランクインしてきた企業ですが、首位は今回が初めてです。
注目すべきなのは、評価の中心が福利厚生の豪華さではなく、従業員の実感と企業文化の整合性に置かれている点です。ディスコの制度を追うと、同社が目指しているのは単に「社員を満足させること」ではなく、「頑張る人がしらける要因を減らすこと」だと見えてきます。本稿では、GPTWの評価枠組みとディスコ独自のWill経営をもとに、なぜ同社が首位に浮上したのかを読み解きます。
首位獲得の背景
GPTW評価の枠組み
GPTW Japanの評価は、働く人への匿名アンケートと、企業文化や制度を確認する会社アンケートの二本立てです。評価の軸は「信頼」「誇り」「連帯感」で、働きがいは、立場や職種、働く場所に関係なく、従業員が会社やリーダーを信頼し、自分の仕事に誇りを持ち、仲間との連帯感を持てる状態として定義されています。単なる制度の有無ではなく、従業員が実際にどう感じているかが重視される仕組みです。
2026年版では、大規模部門の選出は15社でした。その中でディスコは前年4位から1位へ上昇しています。GPTW Japanは、大規模部門で日系企業が1位を獲得するのは2017年版以来9年ぶりだと説明しています。つまり今回の首位は、外資系の評価が強い領域で、日本企業の組織運営が一段引き上がった象徴としても受け止められます。
壊さない設計思想
GPTW Japanの記者発表会で、関家一馬社長は「働きがいは、上げるものではない。壊さないものだ」と説明しました。入社時点で意欲の高い人材を採り、その意欲を制度や運用のまずさで損なわないことが重要だという考え方です。これは、一般的なエンゲージメント施策の発想とは少し違います。モチベーションを追加で盛り上げるより、冷める理由を丁寧に潰すという順序です。
実際、ディスコの公式説明でも、好業績でも利益が従業員に還元されない状態を避けるために業績連動型賞与を採用し、個人Will制度によって不納得な業務、異動・配属、残業をなくしていくとしています。関家氏は、頑張る人がしらける理由として、不公平感や説明不能な処遇を挙げています。評価や配属の決まり方が見えにくい会社では、熱心な人ほど先に疲弊します。ディスコはそこを制度で可視化しようとしているわけです。
加えて、同社は採用でも万人受けを狙いません。関家氏は、新卒市場約100万人のうち採用は200人前後であり、0.02%に好かれれば十分だと述べています。これは厳しい選抜にも見えますが、裏返せば制度と合わない人を無理に集めない設計でもあります。首位の背景には、入社後の制度だけでなく、入口段階からの一貫した価値観の絞り込みがあります。
Will経営の実像
社内通貨と合意形成
ディスコを象徴する仕組みが、社内通貨Willを使った個人別管理会計です。業務、サービス、備品の利用まで金額換算し、社員一人ひとりが収支を持ちます。採用サイトの説明では、Willにより自分のパフォーマンスを客観的・定量的に把握でき、自分の意志で業務選択ができるうえ、他社員との業務のやりとりも相互に納得したうえで進むとされています。
同社の人的資本戦略ページでは、Will経営の下で上司からの一方的な業務命令を極力排除し、従業員同士の合意形成があって初めて業務が動くと説明しています。仕事を誰かに依頼する際も、役職権限よりWillのやりとりが軸になります。社内オークション制度では、公開された仕事に対して担当希望者がWill価格を示し、双方が合意すれば成立します。人気のある仕事は安くても引き受け手が現れ、人気のない仕事は価格を上げないと成立しにくい。この価格形成そのものが、社内の需給と納得感を可視化する役割を果たしています。
Willは賞与にもつながります。採用サイトによると、個人Will会計の収支に応じた社内ポイント「DISCA」があり、賞与の一部は所属部門や個人のWill収支で増減します。つまり、裁量だけが与えられているのではなく、成果とコストが個人単位で見える化され、その結果が報酬にも結びつく構造です。自由度が高い一方で、曖昧さを減らすための数字のルールが細かく埋め込まれています。
PIMと人的資本投資
Will経営を単発の制度で終わらせないのが、PIMと呼ばれる改善活動です。ディスコは2003年以降、海外拠点を含む全社でPIMを推進してきました。業務の中で見つけた気づきをもとにメソッドチェンジを行い、組織の実行力と改善力を日々高める仕組みです。2012年からは「PIMコロシアム」での対戦形式発表を実施し、経営陣と従業員がWillで投票して勝敗を決めています。改善案の質だけでなく、伝える力や見極める力まで鍛える設計です。
人的資本戦略の記載を見ると、同社は従業員満足の把握もかなり定量的です。ES調査は2003年から継続しており、年1回の本調査と年2回の簡易調査で年間3回実施しています。結果は執行役で構成するESコミッティで共有され、改善点やリスクの芽があればその場で議論するとされています。制度を導入して終わりではなく、満足度の変化を継続測定し、修正していく運用がセットになっています。
教育投資も厚いです。人的資本戦略ページでは、オンデマンドeラーニング600種類以上、対面やウェビナーの研修400項目以上を整備し、Willを支払って自由に受講できる仕組みを採用しています。受講料は研修を開発・実施する社員のWill収入になるため、教育の受け手と作り手の双方に改善インセンティブが生まれます。さらに健康面では、2026年3月更新の健康経営ページで、健康を企業価値向上の前提条件と位置づけ、健康MBOや歩数・体重・血圧測定へのインセンティブ付与まで実施していることが確認できます。自律性を重視する一方で、その自律が機能するための健康と学習にも投資している点が特徴です。
こうした制度群は、半導体市況の追い風だけでは説明しきれない組織競争力の土台とも読めます。ディスコの2025年3月期第3四半期決算短信では、売上高が2725億96百万円、営業利益が1150億98百万円、営業利益率が42.2%でした。会社側は人的資本戦略の中で、従業員満足を土台とした戦略が事業成長と近時の好業績を支えていると説明しています。因果を単純化することはできませんが、少なくともディスコ自身は「人の納得」と「収益性」を別物として扱っていません。
注意点・展望
もっとも、ディスコのやり方はそのまま他社へ移植できる万能モデルではありません。制度の中心にあるのは自由そのものではなく、自由を機能させるための透明なルール、数値管理、相互信頼です。採用段階で価値観をかなり絞り込み、入社後も自己責任と合意形成を前提に動くため、この文化に合わない人には負荷が高い可能性があります。
また、賞与を業績やWill収支に強く連動させる仕組みは、高収益局面では強い納得感を生みますが、業績悪化局面では緊張感も増します。だからこそ、ディスコは健康経営やES調査、関係の質への投資を並行させているのでしょう。参考にすべき本質は、社内通貨やオークションといった表面的な制度名ではなく、「不納得を減らすために何を数値化し、どこを対話で補うか」という設計思想です。人手不足が続く日本企業にとって、この視点は今後さらに重くなるはずです。
まとめ
ディスコの首位は、珍しい制度を持っているからではなく、採用、配属、業務選択、改善活動、報酬、健康管理までを一つの思想でつないでいるからこそ実現した結果といえます。その思想の中核は、従業員の働きがいを高めるというより、壊す原因を減らすことにあります。
自社に引き寄せて考えるなら、最初に問うべきは福利厚生の追加ではありません。頑張る人がしらける瞬間がどこにあるのか、配属、評価、残業、異動、説明責任のどこに不納得が潜んでいるのかを見極めることです。ディスコの事例は、働きがいを感情論ではなく、組織設計の問題として扱う重要性を示しています。
参考資料:
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