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生理理解不足の男性管理職が招く職場生産性低下と人材流出リスク

by 渡辺 由紀
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はじめに

生理やPMS、月経困難症を「個人の体調管理」とだけ見なす職場は、すでに人材戦略上のリスクを抱えています。症状が重い人は休むだけでなく、出社していても集中力、判断力、対人対応の質が落ちることがあります。これは本人の努力不足ではなく、職場が見落としやすいプレゼンティーズムの問題です。

にもかかわらず、意思決定層や直属上司の多くが男性で、月経に関する基本知識や相談対応の経験を持たない企業は少なくありません。この記事では、雇用管理と人材確保の視点から、生理理解不足がなぜ生産性を下げるのか、制度をどう運用すべきかを整理します。

生理理解を人材戦略に組み込む必要性

個人差を見落とす管理職リスク

月経に伴う不調は、同じ女性でも周期や年齢、疾患の有無、業務負荷によって大きく変わります。厚生労働省の「働く女性の心とからだの応援サイト」は、月経痛や月経異常には病気が潜んでいる可能性があり、強い痛みを当たり前と見なさず早めの受診を勧めています。正常な月経の目安として周期25日から38日、出血期間3日から7日、経血量20ミリリットルから140ミリリットルが示されていますが、実際の不調は数値だけでは測れません。

同サイトは、何らかの月経関連の不調を抱える人が20代で80%以上、30代で70%以上いると紹介しています。つまり、職場に複数の若手・中堅女性がいれば、月経に関する困り事は例外的な出来事ではなく、日常的な労務課題です。それを「平気な人もいる」「前は休まなかった」と比較する管理職の言葉は、本人の申告を妨げるだけでなく、体調悪化や医療アクセスの遅れにもつながります。

PMSは月経開始の3日から10日前に始まる心身の不快症状で、月経が始まると軽快・消失することが多いと説明されています。出血が始まる前に集中力低下、眠気、イライラ、気分の落ち込みが起きるため、周囲からは「急に機嫌が悪い」「ミスが増えた」と見られがちです。管理職がこの仕組みを知らないと、健康課題を勤務態度の問題に誤変換してしまいます。

人材戦略の観点では、この誤変換が最も危険です。評価、配置、昇進機会に影響すれば、本人は症状を隠して働くようになります。隠して働く時間が増えるほど、短期の生産性だけでなく、長期の定着やキャリア形成も損なわれます。

男性中心の意思決定構造

管理職の理解不足が起きやすい背景には、日本企業の意思決定層の偏りがあります。厚生労働省の令和6年度雇用均等基本調査によると、企業規模10人以上で課長相当職以上の管理職に占める女性割合は13.1%です。部長相当職は8.7%、課長相当職は12.3%にとどまります。女性の健康課題を扱う制度設計や現場対応を、月経経験のない管理職が多数派のまま決めている構図が残っています。

もちろん、女性管理職がいれば自動的に解決するわけではありません。女性同士でも症状の重さや経験は異なり、管理職になるほど「自分は我慢してきた」という規範を内面化している場合もあります。ただし、意思決定層に当事者経験や医療知識を持つ人が少ないと、困り事の初期設定がずれます。休暇の名称、申請経路、相談窓口、代替要員、在宅勤務の条件などが、利用者の心理的負担を十分に織り込まないまま決まりやすいのです。

経済産業省は、女性特有の健康課題を健康経営の重点テーマと位置づけています。同省の試算では、月経随伴症、更年期症状、婦人科がん、不妊治療による労働損失等の経済損失は社会全体で年間約3.4兆円です。このうち月経随伴症だけでも約0.6兆円とされます。これは福利厚生の細かな話ではなく、労働供給と生産性を左右する経営課題です。

経産省資料は、女性従業員側の支援ニーズが大きい一方で、企業側には「何をすればいいか分からない」「当事者から症状を聞く手段がない」「セクシュアルハラスメントにならないか不安」といった戸惑いがあると整理しています。この戸惑いを放置すると、管理職は触れないことを安全策と誤解します。しかし、何も聞かない、何も周知しない、何も選択肢を示さないことも、結果として生産性低下を固定化します。

生産性低下の正体

欠勤より見えにくいプレゼンティーズム

生理による生産性低下は、休暇取得日数だけでは把握できません。職場が見落としやすいのは、出社しているのに本来の力を発揮できないプレゼンティーズムです。オランダで3万2748人を対象にしたBMJ Openの調査では、月経関連症状による欠勤を報告した人は13.8%でした。一方、80.7%がプレゼンティーズムを報告し、年平均23.2日で生産性が低下していました。低下率を加味すると、プレゼンティーズムによる損失は年8.9日分と推計されています。

日本の研究でも同じ傾向が見えます。2025年にIndustrial Healthへ掲載された全国の就労女性2987人の横断研究では、中等度から重度の月経前障害がある人は、軽症群に比べて欠勤リスクが約2倍で、プレゼンティーズムは18%から30%悪化していました。重度群の3分の2は、欠勤せずに30%以上のパフォーマンス低下を経験していたと報告されています。

東京都心で働く女性を対象にした2024年の研究でも、重い症状がある人の仕事の落ち込みは明確です。対象238人のうち、重いPMSまたは月経中症状を訴えた人は半数でした。重い症状がない群の相対的プレゼンティーズムは91%だったのに対し、重いPMSのみの群は69%、PMSと月経中症状の両方がある群も69%でした。これは、休んでいない人ほど問題が小さいという見方が誤りであることを示します。

企業の勤怠データだけを見ると、生理関連の課題は小さく見えます。ところが、実際にはミスの増加、判断の遅れ、会議参加の質低下、顧客対応の負荷、感情労働の消耗として現れます。特に接客、医療・介護、製造、物流、営業のように休憩や在宅勤務を取りづらい職種では、本人の負担が業務品質に直結します。管理職の知識不足は、この見えない損失を本人の頑張りで吸収させる構造を生みます。

相談できない職場と生理休暇の限界

日本には労働基準法第68条に基づく生理休暇があります。厚生労働省の特集ページは、生理日の就業が著しく困難な女性が請求した場合、使用者はその日に就業させてはならないと説明しています。休暇日数を就業規則で限定することはできず、半日単位や時間単位での取得も可能です。有給か無給かは会社の定めによります。

制度があるにもかかわらず、利用は進んでいません。厚労省サイトの専門家コラムは、令和2年度雇用均等基本調査で生理休暇の取得率が0.9%だったと紹介しています。背景には、上司に言い出しにくい、周囲の女性が休んでいない、同僚の目が気になる、無給では使いにくいといった事情があります。

BMJ Openの調査でも、月経関連症状で欠勤した際に、それが理由だと勤務先や学校へ伝えた人は20.1%にとどまりました。多くの人は症状名だけを伝えるか、理由を伏せています。これは日本だけの特殊な沈黙ではなく、月経を話題にしにくい職場文化が各国でプレゼンティーズムを増やしていることを示します。

ここで重要なのは、生理休暇を増やせば終わりではないという点です。休む権利は不可欠ですが、PMSは出血前に起きることもあり、月経困難症の背景には子宮内膜症や子宮筋腫などの疾患が隠れていることもあります。休暇だけでは医療につながらず、症状の根本的な軽減にもならない場合があります。制度の目的は「休ませること」だけでなく、働き方の調整、受診の後押し、評価への不利益防止を組み合わせることです。

制度運用を変える現場マネジメント

休暇制度と柔軟な働き方

管理職が最初に整えるべきことは、申告しやすい選択肢の明文化です。生理休暇は法定制度ですが、就業規則や社内ポータルに載っているだけでは足りません。時間単位で使えること、診断書を原則求めないこと、直属上司以外にも申請先を設けること、有給・無給の扱い、勤怠表示名、代替要員の考え方を周知する必要があります。

柔軟な働き方も重要です。月経関連症状への希望として、BMJ Openの調査では67.7%が業務や勤務時間の柔軟性を望んでいました。日本の職場でも、在宅勤務、時差出勤、短時間の休憩、会議時間の調整、立ち仕事から座位業務への一時変更、外回り日の変更などは、比較的低コストで導入できます。これらは特別扱いではなく、体調変動を前提にした業務継続策です。

ただし、柔軟な働き方は本人任せにすると機能しません。「必要なら言ってください」だけでは、言い出す負担が本人に残ります。管理職は、繁忙期前や1on1で「体調に関する勤務調整は制度として使える」と一般論として伝え、具体的な症状を聞き出さずに選択肢を示すことが大切です。プライバシーに踏み込まず、業務上必要な配慮だけを確認する姿勢が求められます。

研修・相談・医療アクセス

管理職研修では、医学知識を細かく暗記させるより、誤解を減らす設計が有効です。月経困難症は日常生活に支障をきたす月経痛であり、PMSは月経前に起きる心身の症状であること、症状には個人差が大きいこと、痛み止めで対応できない場合があること、重い症状は受診対象になり得ることを押さえるだけでも、現場対応は変わります。

2024年のBMC Women’s Healthの研究では、有給就労があり定期的な産婦人科受診がない25歳から44歳の女性3090人を対象に、PMSのチェックリスト型教育が検討されました。ベースラインで中等度から重度のPMSに該当した人は16.1%でしたが、8カ月の追跡で医療機関を受診した人は全体の4.9%にとどまりました。知識提供だけでは受診行動が十分に増えない可能性があります。

一方、治療によって改善するケースもあります。日本人の月経困難症患者397人を追跡した2022年の研究では、低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬を用いた群で、月経症状、健康関連QOL、仕事の生産性が改善しました。医療判断は医師が行うべきですが、職場は受診しやすい時間、相談窓口、健康診断や産業保健スタッフへの接続を整えることができます。

日本医療政策機構の2018年調査は、就労女性2000人を対象に、女性に関するヘルスリテラシーと仕事のパフォーマンスに関連があると報告しました。重要なのは、ヘルスリテラシーを女性本人だけに求めないことです。上司、同僚、人事、産業保健スタッフが最低限の共通言語を持って初めて、本人が安心して対処できます。

人事指標として見る女性の健康

人事部門は、女性の健康支援を「相談件数」だけで測るべきではありません。相談件数が少ない職場は、問題が少ないのではなく、言い出せない可能性があります。生理休暇の取得率、在宅勤務や時差出勤の利用状況、健康相談の匿名傾向、離職理由、昇進辞退、長時間労働、部署別の休暇取得しやすさを組み合わせて見る必要があります。

特に採用難の環境では、月経関連の配慮は若手女性の定着に直結します。入社後に相談しづらい、休むと評価に響く、上司が理解していないと感じれば、社員は社内で長期キャリアを描きにくくなります。逆に、制度が明確で、上司が私生活を詮索せず、業務調整が自然に行われる職場は、女性だけでなく体調変動を抱える全社員にとって働きやすい環境になります。

経産省が示す施策例には、経営層・管理職への研修、休暇を取得しやすい環境、勤務日数や時間の柔軟化、相談窓口、健康管理アプリや支援プログラム、受診・治療費補助などがあります。すべてを一度に導入する必要はありません。まずは管理職研修、制度周知、申請経路の複線化、短時間の勤務調整から始めるのが現実的です。

注意点・展望

生理に関する職場対応で避けるべきは、善意の過干渉です。管理職が症状の詳細、周期、服薬、婦人科受診歴を聞き出す必要はありません。必要なのは、業務上どの調整が必要か、いつまでの見通しか、代替対応をどうするかです。本人の同意なく周囲に理由を共有することも避けるべきです。

もう一つの誤りは、全員に同じ配慮を当てはめることです。月経痛が重い人、PMSが重い人、出血量が多い人、既往症がある人、症状が軽い人では必要な支援が違います。「女性はこうすべき」と決めつけず、本人が選べる制度にすることが重要です。

今後は、健康経営や人的資本開示の中で、女性の健康支援の実効性がより問われます。制度の有無だけでなく、管理職が理解しているか、使っても評価に不利益がないか、医療につながる導線があるかが差になります。月経関連の支援は、女性活躍の周辺施策ではなく、人材を失わないための基盤整備です。

まとめ

生理への知識不足は、本人のつらさを見過ごすだけでなく、職場の生産性、評価の公正性、人材定着を損ないます。経産省の試算や国内外の研究が示すように、問題の中心は欠勤だけではなく、見えにくいプレゼンティーズムです。

企業が取るべき次の一手は明確です。管理職研修で基礎知識をそろえ、休暇と柔軟な働き方を使いやすくし、プライバシーを守る相談経路と医療アクセスを整えることです。生理を語りやすい職場をつくることは、女性だけのためではなく、限られた人材が力を発揮し続けるための経営課題です。

参考資料:

渡辺 由紀

雇用・人材戦略・キャリア

雇用・人材戦略・キャリアを専門に取材。高専人材の争奪戦から中途採用市場の変化まで、「働く」を取り巻く構造変化を解き明かす。

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